ダイの大冒険――幸せを求める世界   作:山ノ内辰巳

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お久しぶりでございます。一年以上も更新してませんでした。
サイトのほうも頑張りますm(__)m


始まりの薬

 ……ドン!

 

「んが?」

 遅めの昼食を取っていたポップは、パンを口に入れたまま、音のした方を見た。

 

 ドンドン!

 

 かなり激しく、扉を誰かが叩いている。

「誰かしら?」

 先に食べ終わっていたマァムが、心配そうに眉を寄せて立ち上がる。玄関に行く彼女の背を見ながら、ポップはもごもごと動かす口のスピードを上げた。

 誰が来たのかはわからないが、何の用かはわかる。怪我か、それとも急病か。ただの茶飲み話が訪問の理由なら、あのように強く扉を叩く者は、彼らの知り合いにはいない。

 

 ポップは、まだあまり噛めていないパンを無理やり飲み込んだ。マグに手を伸ばし、ひと息に中身をあおる。

 

 最近デルムリン島で仕入れたコーヒー豆はとても上質だ。これでコーヒーを淹れると乙な苦味はもとより、香が素晴らしい。マァムともども気に入っているのだが、いまだに二人で香を燻らせてのんびり…というのは実行できていない。

 

 夜に飲むと眠れなくなるので、出来ればこんな昼下がりにゆっくりじっくり飲んでみたいものだ―――いずれは。

 

 空になったマグの底に、一瞬だけ恨めしい視線を送ったあと、ポップは頭を切り替えた。

 病魔は時を選ばない。ならば、人も時をおかずに治療に当たるべきだった。

 

 

 

「まぁ大変!! ポップ!!!」

 

 マァムの慌てた声に、ポップも小走りで玄関に向かった。

 近くの村の男の子、ライが足からダラダラと血を流して姉の背におぶわれていた。

「うわ! ひでぇ怪我じゃねぇか!」

 踵から、ふくらはぎにかけて、何箇所もの刺し傷がある。鋭利な刃物で傷つけたのではないが、それゆえに却って抉られて見える肉の赤さに目を覆いたくなる。連れてきた姉―――クリスが心配の余り青褪めているのも当然だった。

 

「キツネ用の罠を、踏んでしまったんです。ポップ先生、マァム先生、ライを助けて!!」

 

 自分もまだまだ幼いクリスの声は、心配に震えていた。

 一方、当のライは何も言わない。血だらけの足を、彼は必死に見ないようにしていた。見てしまえば、それまで張り詰めさせていた我慢の糸が、一気に切れてしまうだろうから。口を開けば痛みを訴える泣き声しか出ないだろうから。

 誰しも覚えのある忍耐方法を、幼い子供が必死で実践している姿に、ポップとマァムの二人は、痛々しさを覚えながらも目元を和ませた。

 

「マァム、消毒液たのむわ」

「わかったわ」

「クリス、ライを椅子に。ライ、よく我慢したな。偉ぇぞ」

 

 赤みがかった少年の髪をくしゃりと撫でると、ポップは玄関横の低い椅子を持ってきてクリスの近くに置いた。

 普通、治療は奥の居間で行っているが、ライにもクリスにも、これ以上移動させるのは可哀相だ。消毒液を取り出したマァムが、コットンを入れた箱を持って何の迷いも無くこちらに戻ってくるのは、彼女も同じ思いだからだろう。

 

 

 傷口の血が、土汚れと共に洗い流されていく。

 食い縛った歯の隙間から、言葉にならない音を漏らしながら、ライは消毒の痛みに耐えている。

 脳天を突き抜けるような痺れと激痛が、叫びとなって迸るのをかろうじて押さえ込んでいるのは、優しくて綺麗な『マァム先生』の前で、赤ん坊のようにわんわん泣くのは恥ずかしいという、男の子特有のプライドのなせる業だ。

 手に取るようにわかるライの心理に、すり潰した薬草のぺーストをガーゼに塗りつつ、ポップは心の中で苦笑する。

「いい子ね、ライ。もうすぐ終わるからね。…汚れはもう取れたと思うわ」

 マァムの後半の台詞は、そんなポップを振り向いて告げたものだった。

「了解。…ライ、もうちょっとだかんな」

 ポップの言葉に、涙目になりながらも少年は顔を上げる。姉の手をさらに強くキュッと握って、「うん」と小さくうなずいた。

 幸いにも、神経や骨には傷は至っていなかった。これならば回復呪文を使わずに、大魔道士&聖拳女特製の上やくそうで、数日で治せるはずだ。

 

 包帯を巻き終わり、泣かずに我慢したご褒美に飴をあげて、何度も頭を下げる幼い姉弟を二人が見送ったのは、それから15分後のこと。

 それを皮切りに、やけに患者が多い午後となった。

 

 

 

 

 

 

 

 ポップは、大戦後にマァムたちと世界中を回った。それは偏に、黒の核晶で行方不明となったダイを探すためだったが、旅を開始してすぐにもう一つの目的が出来た。

 すなわち―――復興の支援。

 

 大戦の爪痕はポップ達が想像していたよりも酷かった。

 バーンは軍隊を率いて地上に攻めてきたのではない。そんな事をする必要はなかった。

元から世界中にモンスター達は存在している。普段は他の動物と共存している彼らだが、その魔性を活性化させてやれば、即座に人間の生活を破壊する使役となるのだ。

 アバンの使徒として、当時のポップたちは、各国の王都をその都度救ってきた。王都は国の行政の中心であり、魔王軍の戦略も王都に大量のモンスターを投入するというものであったから、勇者の一行が守備に重きを置くのも当然だった。

 だが、たとえ大量のモンスターに襲われなくとも、小さな村や集落は壊滅することもあるのだという事を、彼らは失念していた。

 マァムの故郷であるネイル村などは、男たちが王都の守りに徴集されても、マァムやその母であるレイラといった守り手がいた。ポップの故郷ランカークスはそれなりに人口もあり、山育ちの屈強な男たちがいた。…けれど、それらは幸運な例外にすぎないのだ。

 たとえ人的被害を受けなくとも、一歩外に出ればモンスターが暴れているとなれば、農家は鍬を振るえず畑は荒れる。街道を封鎖されれば、商家は仕事が成り立たなくなる。戦後3年が経ってそれらは随分回復したとは言え、まだまだ、どの国も田舎に行くほど疲弊しているのだ。

 

 ダイを探しつつ、ポップ達はそういった村々に立ち寄るたびに、復興の手助けをした。瓦礫の除去や、毒の沼地と化した池の浄化、時には子供らに文字を教え、村人に頼まれた物資の輸送も手伝った。

 中でも最も有り難がられたのは、医者の真似事だった。王都の守りに必要なのは兵士だけでなく、医者もそうだったため、多くの村が無医村となっていた。そんな村で、アバン譲りの簡単な医学知識を持ち、回復呪文を扱えるポップやマァムは非常に稀有な存在だったのだ。

 

 そして、現在(いま)がある。

 

 ここはパプニカ領内の村だが、ポップとマァムの住居兼診療所は各国にある。それも各王都にではなく、特に支援が必要とされる田舎に、だ。

 軽い病や怪我なら薬を調合し、大きな怪我は回復呪文で治療する。―――そんな事を繰り返している間に月日は流れ、ダイが帰還する頃にはポップは 大魔道士の他に薬師としての肩書きも持つようになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「…つっかれた…………」

 がっくりと肩の力を抜いて、椅子に背を預けるポップを、同じく疲れた顔でソファに座ったマァムが見る。

「今日は多かったわね…」

「ああ…。もうすぐリンガイアの方に移るからなぁ。みんな、わかってるんだろうな」

 あんまり薬草とか買いだめして欲しくねーんだけどなぁ……

 甕の中の上やくそうは、すっかり嵩が減ってしまった。ぼやくポップを見て、マァムは苦笑する。明日から錬金釜で上やくそうの大量生産に取り掛かるだろうポップの、渋い表情が今から想像できた。

 冬になれば彼女たちは一旦ここの診療所を閉じて、リンガイアに居を移す予定だ。パプニカよりも更に被害が酷かった国なので、薬作り以外にも、まだまだせねばならない事は多いはずだった。

 そろそろ荷造りでも…と思っていたが、そんな自分達の気配を察知したかのごとく、今日は患者が多かった。

「あ…もうこんな時間なのね」

 ご飯作らなきゃ…とマァムは立ち上がる。

 窓の向こうに月が見えた。今日はちょうど満月らしい。澄んだ空気にさやかな光を放つ、白い面。

「いーよ、もう。外に食いに行こうぜ。お前ぇだって疲れてるんだし、休んでく…」

 

  トントン

 

 ポップがマァムに休んでくれよと言いかけた矢先。それは昼のような大きな音ではなかったが、二人は顔を見合わせて苦笑する。

 

「はーい。どなた?」

 

 マァムは扉を開けた。

「遅くに、申し訳ない。マァム様」

 入ってきたのは村はずれに住む老爺で、彼はひどく掠れた声で謝罪を口にした。

 

「薬を…頂きたいのです。熱はないのですが、少し前から、咳が、ひどくて……」

 

 吸気のたびにひゅーひゅーと喉を鳴らしながら、彼は頭を下げた。

「咳止め……あったかしら…?」

 マァムは困ってポップを振り返る。確かに老人はひどく咳き込んでいる。簡単な風邪薬よりも、気管に特化した薬の方が良さそうだ。けれど、彼女はそんな薬を恋人が作っているのを見たことはなかった。

 おそらくはポップが首を横に振るだろうと思い、彼女は風邪薬を取りに行こうとその場を離れた―――離れようとした。

 

「…あるよ、咳止め」

 

 横から、ひどく静かな声がした。

「ちょっと待ってな、爺さん」

 ポップが立ち上がる。マァムは何故か彼に声をかけるのをためらい、老人に椅子を勧めながら、薬戸棚に向かう姿を黙って見つめた。

 普段あまり使わない奥のほうから、ポップは大きいビンを取り出して開ける。中に入った粉末を袋に分けて、メモに何事かを書いて付けると、彼は老人にそれを渡した。

「そのまま飲んじゃダメだぜ。中に入ってるスプーン1杯分をぬるま湯に溶かしてな。あと、頓服だから、メシの後じゃなく咳き込んで苦しい時に飲めばいい。爺さん、字は読めたよな? その紙にちゃんと書いてあるから…」

 いつも以上に、その声が優しいものに聞こえたのは、マァムの気のせいだろうか。

「ありがとうございます。大魔道士さまのお薬は、よく効くんで……」

 押し戴くように袋を持ち上げる皺々の両手。玄関先まで見送り、ポップは「お大事に」と呟いた。

 

 

 

 

「…お爺さん、喜んでたわね」

「ん? ああ…そうだな」

 

 そんなに疲れたのだろうか。老人が帰ったあと、外に出るという予定も忘れたかのように、ポップは黙りこくってしまった。

 あまりの静けさにマァムは話題を探したが、いつものポップらしくなく、すぐに会話は断ち切れてしまう。

 話の接ぎ穂を探して、マァムは「あの薬って…」と戸棚を見た。

 

 返ってきたのは、意外な答えだった。

 

「ああ、あれか…。俺が初めて作った薬だよ」

「え?」

「アバン先生に錬金釜を借りて作った、最初の薬だな。錬金術(あれ)なら、失敗したらすぐにわかるしさ」

 錬金釜で作ったモンは劣化しないから助かるよな、と小さく笑う。

「ちょ、ちょっと待って、ポップ。あなた…最初に作ったのが、あんな難しい薬だったの? しかもあんなに沢山なんて……」

 マァムが唖然とするのも当たり前だった。いくら錬金釜があるとは言え、普通はもっと簡単な薬―――たとえば栄養剤など―――から作るはずだろう。それをいきなり、気管の炎症を抑えるという、高度な技術と知識を必要とする薬から挑むなど、有り得ないではないか。

 

 けれど、ポップはただ微笑むだけだった。

 山の稜線から完全に顔を出した満月。窓辺に立ちそれを見つめるポップ。彼の顔に落ちた寂寥の影があまりにも濃くて、マァムは息を詰める。

 

 

「……そうだな。せっかく沢山作っても、ほとんど使わずじまいだった」

 

 

 ああ、そうか……

 

 マァムは思い出した。ポップがアバン先生から借り受けた錬金釜で薬を作り始めたのは、旅の初めからではない。その頃は、せいぜいが薬草をすり潰したり、エキスを抽出するくらいだった。彼が本格的に薬を作り出したのは、一旦旅を中断した時からだ。

 そして彼女は知っている。先ほどの老人よりも、さらに酷く咳き込んでいた人を。

 

 大呪文による身体の酷使からくる発作に苦しみながらも、いつでも軽口をたたき、老いても達者な姿を見せては笑うその人は、マァムにとっては両親の大切な仲間であり、ポップにとっては魔法においての偉大すぎる師匠だった。

 いよいよ発作が酷くなり、ポップはダイ捜索の旅を中断し、そして………

 

「もう…2年になるのね……」

 

 そっと寄り添い、呟く。頭一つ分高いところで、彼の頤が軽くひかれた。

 

「……ね…ポップ。コーヒーを飲まない?」

 彼女からの突然の提案に、「え?」とポップは目を丸くする。

「そりゃ、いいけど…今飲んだらなかなか眠れなくなるんじゃねぇか?」

「いいじゃない、たまには。…だって―――」

 

 マァムは微笑んだ。瞳に宿る光は強い。それは、痛みを知り、共有し、なおかつ相手をいたわる慈愛の笑みだ。

 

 恋人がかけてくれる優しさに、胸の内の哀しさを全部さらけ出して甘えたくもなりながら、それでもポップは笑顔を選択した。

 

「そうだな…。たまには……」

 

 たまには夜更かしもいいかもしれない。3年前と今迄と。通夜という言葉どおり、静かに積もった話を語り合うのに、夜は最適だろうから。

 

 

 

 

 ―――月がこんなに綺麗なんだもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作り置きの素朴な料理と淹れたてのコーヒーを挟んで、恋人達が話すテーブルの片隅で、始まりの薬が月に照らされて輝いていた。

 

 

(終)




マトリフ師匠がポップに与えた影響を考えると、ポップは仮令ダイのことがあっても、つきっきりで介護くらいはしたと思います。
錬金のイメージは、ドラクエとアトリエシリーズを足した感じで考えております。

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