ダイの大冒険――幸せを求める世界   作:山ノ内辰巳

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だいぶ暖かくなりました。皆様、お元気でしょうか。

この話、サイトにUPしたのは遥か昔の新年だったような気がします。


理由の強化

 

 

 

 微かな魔法力の波動に振り向けば、鳥が背後に、いた。

 

「…来たか」

 バーンは確認を取るかのように一人ごちる。

 鳥―――と見えたのは、その周りで輝く細かな羽根のせい。霧散するキメラの翼の煌きは、夜明け前のこの暁闇に眩い。

 羽ばたかずしてその場に降り立ったのは、分厚い法衣を着込んだ青年だった。

 

「遅かったな」

 

 バーンの言葉に、青年は力なく笑う。

 

「わりぃ。抜け出すのに手間取ったんだよ」

 

 頭をかきながら、青年はバーンの横に立った。

「マァムは? まだか?」

「ああ。まだだ」

 少しアルコールのニオイをまとう青年に、バーンは眉を寄せる。

 

「気に入らんな。」

「ほえ?」

「余をこのような所に呼び出しておいて、自分は酒宴とは」

 

 半ば本気で言えば、青年は口をへの字にした。

 

「新年の祝いの席で、"国王陛下ならびに貴族諸卿"の杯を断れるかよ」

 つまらなそうな口調とふてくされた顔は、青年を大層幼く見せる。バーンは、一瞬目の前の彼が3年前の少年に戻ったかのような錯覚を覚えた。

 ふん、と鼻を鳴らす。

「貴様のようなガキに酒の味がわかるのか?」

「ひでぇな。多少は飲めるんだぜ」

「どうだかな」

 バーンは青年の法衣の襟元をちらりと見る。一見しただけではわからないが、立てた襟の中、首をさらに保護するかのように巻かれたスカーフは随分と水気を含んでいる。暗闇であっても魔族の目には明らかだった。

 

 祝いの席だと言うのに、振舞われたのはどうも安物の酒らしい。人には感じ取れぬだろう妙な刺激臭が、僅かにそのスカーフから漂っていた。

 

「大方、酔ってこぼしたのであろうが」

 

 バーンの指摘に彼は「あー…」と空気の抜けるような声を吐く。

 そういうわけじゃねぇんだけど、と弄んでいた厚手のスカーフをそのまま首から外し、広げる。高価な絹のそれは、完全にその色を深めるほどに濡れていた。

「やっぱりバレるかな、こりゃ。上手く誤魔化したつもりだったんだけどな…」

 苦笑を深め、「早めに洗濯しよう」とぼやく青年は、とてもその衣服の格に見合った存在とは思えなかった。

 この世界でそれなりの法衣といえば"賢者の国"と称されるパプニカ産であると相場が決まっているが、青年が今着ているものはその中でも最高級の物だ。

 ゆったりした袖口と長い裾。胸部につやを消した金糸で刺繍されているのは、師であるアバンの家紋。色は、先年法衣の貴色とされた緑を基調としていて、まさに青年のためだけに仕立てられた服なのだという事が一目でわかる。

 

 青年の立場は知っている。

 

 勇者ダイと共に、大魔王たる自分を相手に最後まで戦った、地上最高の魔法使い―――大魔道士ポップ。

 現在は生国であるベンガーナに仕え、国王の信頼も篤い。国が生んだ英雄として、そのうち、民草の生まれとしては例外的に、領地や爵位も与えられるのではないかと街では噂されている。

 

 経験でも伝聞でも自分はポップの事を知っているが、それでもなお、砕けた態度でいる時の彼は、『大魔道士』の呼称には似合わない。

 バーンにしてみれば、『瀕死だった自分を助けて治療を施した薬師の青年』の方が印象が強いため、尚更だ。

 

 彼は軽く頭を振った。長い銀髪が緩やかに揺れる。

 ポップの持つ二面性など、考えた所で今更どうなるものでもない。むしろその違いを楽しむべきなのだろう。

 

「…まぁいい。ところで、何故このような所に余を呼んだ」

 

 海を臨むこの場所は、通称『剣の岬』と言われている。

 勇者ダイが行方不明であった間、その剣が立てられていた為だ。

 もちろんダイが帰還した現在は、剣は主の元に戻った。今この場には台座が名残を留めているのみだが、それでも観光名所であるらしく、気候の良い時季には大勢の人間がやってくる。

 

 しかし、さすがに厳冬期の今、しかも夜明け前のこの時間に人通りはない。そもそも勇者に関係する場所に大魔王を呼ぶとは、何を考えているのか。

 

「ああ。ここでさ、日の出を見ようと思ってな」

 にこやかな笑顔と共に、ポップは告げる。

「日の出…だと?」

 うん。と頷いて、彼は剣の台座に腰掛けた。

「ここ、海から昇る太陽が物凄く綺麗なんだよ。毎年、年明けに来る事にしてんだ」

 

 バーンの口元に浮かぶのは、深い笑みだった。

 結局のところ、そんなものか。普段は過去の恨みの全てを忘れたような態度でいるとしても、その底には、敗残の身である自分に、最早永遠に手に入らぬ物を見せ付けてやろうという想いがあるのだ。

 それも当然だろうな。余裕を示せるのは勝者の特権だ。

「なるほど…」

 その口調は明らかに冷たいものをまとっていた。ポップは振り返る。

 

「………違うよ、バーン。お前ぇが今考えてるような理由で、ここに呼んだんじゃねぇ」

 

「ほう?」

 嘲りも露な声音に、ポップは少し哀しそうな顔になる。

 バーンは鼻で笑う。

「わざわざ余に太陽を見せるというこの事が、『太陽は地上の物だ』と言うのと、どう違うのだ?」

 ポップは答えない。小さく違うと呟いたようだったが、バーンはそれを無視した。

「所詮はお前も、その程度の人間か。神に優遇され竜の騎士に守られて当然だと思っている」

「…違う」

「違う? 何がどう違うと言うのだ?」

 嗤いながら、バーンは自分の言葉に怒りが篭っていくのを感じていた。そして、その怒りの原因を考えてさらに苛立ちが募る。

 

 何故こうも腹立たしい? ポップが自分に向けた態度か。だがそれは当然ではないのか。自分は3年前の血戦で負け、彼らは勝利者なのだ。生きているのも彼らが憐れんだからではないのか。

 わかっていた事だろう。気まぐれによって与えられた余生だと。違うとでも思っていたのか。何を怒る事がある。

 

 勝者と敗者、恨みと蔑み以外の、何か別の関わりを彼らに期待でもしていたのか―――?!

 

 自分の心が量りかねるという事は、これまでバーンにはなかった。数千年の生を経て、あらゆる経験を積んだ彼であったが、こんな気持ちは知らない。単純な怒りだけではなく、かといって屈辱や悔しさとも違う想い。

 ただわかるのは、この気持ちに襲われるのが、決まってポップ達と共にいる時だという事だけだった。

 

 凍りつくような視線を向けたまま、沈黙したバーンとは対照的に、ポップは少し苦く笑う。

 どこか困ったように、呆れたように、…寂しそうに。様々な感情を含んだその笑みは、掴みどころのない青年の性格を実によく現していた。

 

 

 

 

「全然違うよ、バーン。太陽に照らされる地上を、あんたに好いてもらいたいんだよ―――」

 

 

 

 

 まるでその言葉が合図だったかのように、曙光が海から溢れ出した。

「……………っ!」

 水平線を眩い光が包み込み、海が何百の宝石を散りばめたかのように輝きを放つ。力強い光は、闇に慣れたバーンの瞳を一瞬圧倒した。目の前の青年の輪郭が霞む。

 まんじりともしないポップは、まるで石像のように見えた。

 

「良かった…今年も見れたな」

 

 ぽつねんとした呟きは、一体どういう意味なのか。

 問おうとした時、光の中に再び鳥が現れた。

 

「ポップ!」

「マァム!! ぎりぎりだな! 丁度今からだぜ!」

 一転、朗らかな笑みを浮かべ、青年は恋人を抱き寄せる。現れた時そのままに、重さを感じさせない軽やかな動きでポップの胸におさまった娘は、陽光に目を細めた。

 

「綺麗ね……」

「ああ」

 式典用の、しかし動きやすさを重視した武道着姿の娘が寒くないように、青年はマントで彼女を包み込む。

 その優しい動作から、ポップの先程の台詞の意味を測るのは難しかった。

 

 ふと、マァムがポップの手にあるものを見る。

「……ポップ」

 不安気に眉を寄せた彼女に、ポップは申し訳なさそうに笑う。

「うん。……大丈夫だぜ?」

 笑って振るのは、ぐっしょりと酒に濡れたスカーフ。

 

 

 "国王陛下ならびに貴族諸卿"の杯を断れるかよ

 

 あー…そういうわけじゃねぇんだけど

 

 上手く誤魔化したつもりだったんだけどな…

 

 

 何故か、先程のポップの台詞が、唐突に脳裏に蘇った。

 

 酔ったのだと思っていた。貴族どもの酒で手元を危うくしたのだと。

 だが、ならば何故マァムはああも心配しているのか。

 酔ったのでないなら、それは…

 零さねばならない理由があるからではないのか?

 

 潮の匂いに混じって、先程の刺激臭がやけに鼻につく。

 

 

 良かった…今年も見れたな

 

 

「ポップ、うぬは…」

 

 自分が何を言おうとしたのか、バーンにはわからなかった。それでも、確かに掛けようとした言葉が存在した事を、胸の閊えが彼に教えた。

 

「綺麗だろ、バーン」

 

 ポップが彼を振り向いて笑う。

 それは最早一切の苦みを除かれた明るさで。

 

「魔界を照らしてもきっと綺麗なんだろうけどさ、地上も捨てたもんじゃねぇって思わねぇ?」

 

 その笑顔をバーンは知っている。心の底からの笑みだ。

 何故だか泣き出しそうにも見えてしまう、心の底から何かを信じようとしている笑みだ。

 

 

 

 

 

 地上を、あんたに好いてもらいたいんだよ

 ―――色んな人が好いたものなら、きっと俺は嫌いにならないから

 

 

 

 

 

 ポップの身体が震えているのは、寒さ以外にも理由があるのだろう。

 心得たかのように、彼の手を握るマァムがいる。

 

 

「……ああ」

 

 バーンは金眼を閉じた。曙光よりも更に眩いものが、彼にその動作を促したのだった。

 寒々しかった夜霧と共に、胸の内の怒りが霧散している事に彼は気付く。

 

 恨みと蔑み以外の関係を、彼らには求めても良いのかもしれない。けれど―――

 

「そうだな。捨てたものではないな」

 

 

 

 

 

 ―――そう思いたいのは、お前だろうに。

 

 

 

(終)

 

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