今回はバレンタインデーの時とは違い、和人と優良以外の話もすこしあります。
ホワイトデー
「………」
「フ~ンフフ~ン」
——どうしてこうなった、と俺キリトこと桐ヶ谷和人は心の中でつぶやいた。
そんな俺の隣では俺の嫁さんであるカユラこと茅場優良が鼻歌交じりにお菓子を作っていた。因みに場所は第二十五層の俺と優良の家の台所だ。台所と言っても昔の釜戸とかある奴じゃなくて、普通の現代風のキッチンだ。
……うん、楽しそうにお菓子を作っている優良はいつもの数倍可愛いな。
「? 和君、私の顔に何かついてる?」
「い、いやなにも付いてないぞ」
あ、あっぶね~。危うく優良の顔に見惚れてるのがばれる所だった。いや、別にバレテもいいけど。
「あ! もしかして今私に見惚れてたでしょ~」
「な、何で分かったっ!」
と、大げさに驚いてみたものの俺も彼女の事ならある程度の事は分かるので、彼女が俺の事をある程度分かっていても不思議じゃない。
「もちろん分かるよ。だって私は、和君の事なら八割方分かるし」
そんなドヤ顔も可愛いと思ってしまう俺はもう末期なのだろうか。
いや、そんな事は無い筈だ。俺の愛はまだまだ深くて重いからな。あ、でも重すぎるとダメなんだっけか?
「ん~ん、そんなことないよ。私は和君の愛ならどんなに重くても受け止めきれる自信あるし」
また読まれた。これはもう心の中で愛を囁くしかないんじゃないかな。
「あー……。ついでに言葉にもしてくれるとその……うれしいかな」
そんな風に照れながら上目使いで言って来る優良。
そんな風にされた俺はもう心臓が煩いほどにドキドキと鳴っている。
……全く、こんなとこまで再現しなくていいのに。
「優良、それ取ってくれ」
「はーい。あ、和君それ取って」
「おう」
それに気づかれないようにするために優良の注意を別の方向に向けた。そして調理器具を取ってもらったお礼に優良のも取ってあげる。
俺達はあれやこれ等の指示語でも十分に相手の言いたいことが分かる。その事で俺と優良の絆の深さを改めて分かった俺は自然と頬が緩む。
「フフッ」
その時横で小さく優良が笑った。
生憎俺は優良の考えてる事を彼女ほど正確に分かる訳じゃ無いので今の笑いが何に対する笑いなのかは分からない。だが、彼女の頬が少し赤い事やその横顔が笑顔な事からきっと彼女にとってうれしい事に対する笑いなのだろう。
——俺と同じこと考えていたから笑ったのかな?
そんな事を思いながら俺は、隣にいる優良と共にお菓子作りを続けるのだった。
今作っているのはホワイトデーとしては王道ともいえるクッキーだ。
ただここは
そおして実はこの調理の仕方にも裏ワザがある。といってもすごく簡単なものだ。
その前にこの世界での調理の仕方について。この世界の調理の仕方は二つあって、一つは材料を包丁で叩くと切った後の状態になり、料理をする人がすることは包丁と材料に当てる事と煮込み料理などのタイマーをセットする事くらいと言う『簡易調理モード』。もう一つはあっちの世界と同じように調理する人が一から十まで全部やる『基本調理モード』。それで実はその裏ワザとは『基本調理モード』の事なのだ。
今ではもう料理スキルを持っている人は全員気付いているのだが、この『基本調理モード』で調理をすると料理の味が上下するのだ。つまりうまく作れたら実際に自分が習得している料理スキルの値よりも、少し上の出来具合になり料理がおいしくなる。しかし逆に下手に作ったらその分不味くなる。という風にあっちの世界をいくらか再現しているのだ。ま、『簡易調理モード』の方がある程度スキル熟練度が上がれば安定するから、こっちを使う人は少ないけどな。
「う~ん……」
「? 何を悩んでいるんだ」
材料を混ぜ合わせている俺の隣で優良が唸っていたので聞いてみる。すでに彼女は材料を混ぜ合わせるのを終えていて、生地を冷蔵庫で冷やしている段階だ。
「いや、ここは敢て失敗して和君にドジッ子アピールをするべきかな~、と思って」
あの、アピールするも何も……
「それを俺に言っちゃお終いじゃないのか? それ以前に幼馴染でもある俺にそれは通用しないと思うぞ」
「あっ! そっか!」
「いや、気づかなかったのかよ」
呆れたようにツッコむと、彼女はいや~、と言って照れながら頭をかいていた。
だが、彼女が気付かなかったのはそれだけ俺の事を思っていた(という俺の願望)という事なのでこれ以上はその事には触れないでおく。
それよりも今はクッキーを作らなきゃな。慣れてないから結構難しい。これは優良に見栄を張って『基本調理モード』を選ばなきゃよかったな。まあ、その見栄も優良にはお見通しだろうけど……
ピピピッピピピッ
「あ、固め終わったみたい」
彼女がセットしていたタイマーが鳴り優良が冷蔵庫から冷やされて固まったクッキー生地を取り出す。俺はそのタイミングでやっと生地を混ぜ終わったところだ。
「それじゃあ先にオーブンで焼いてるね」
そう言って彼女はすでに余熱を終えたオーブンに生地を入れて時間をセットする。その手際の良さに生地が固まるまで暇な俺は見惚れた。
「ん? どうしたの?」
見返りながら小首をかしげる優良は普段見る凛々しさとは違い年相応の可愛らしさがあって、その姿に俺の胸の鼓動が高くなる。
そしてまだ出来ていないクッキーの甘い香りに当てられたのか、彼女の問いに俺は無意識のうちに口を動かしていた。
「いや……。ただ今日の優良は可愛さが増してるなー、と思ってさ」
「ふーん。……じゃあ何時もの私は可愛くないんだ」
どうやらあまり考えもせずに言ったのが悪かったらしい。優良は拗ねてしまって俺から顔を体ごと背けてしまった。
「い、いや別にそうはいってない! ただその……何というか……普段の優良は凛としたカッコよさとかふいに見せる仕草の色っぽさとかそういうのの方が際立ってる感じってだけで……。決して可愛くないなんて言ってない。寧ろ俺はこの世に優良異常に可愛い子なんていないと思ってる!」
「………」
俺が勢いに任せて今まで思っていたことを言うと彼女は不意に黙ってしまった。
「あ、あの…優良さん?」
流石に(後になって思い返してみると)恥ずかしい事をかなり大きな声で言ったのに何も反応が無いのは不安になった俺は、未だに顔を背けている優良の肩に触れようとする。
「………」
「おわっ⁉」
しかし俺の手が触れる前に優良が勢いよく振り返り俺に胸の中に飛び込んできた。
いきなりの事に驚いたものの、何とか体制は崩さないように踏ん張りながら彼女の体を抱く。
「ど、どうし———」
「……い」
どうした? と聞こうとした時、優良が聞き取れるかどうか怪しいほどの小さな声で何か言った。なので俺からは何も言わずに彼女の言葉を待つことにする。
「和君は………いよ」
「……ん?」
先程より聞こえるようになった彼女の声には、いくらかのテレが含まれている様な気がした。よくよく見ると綺麗な白銀の髪の隙間から見える彼女の耳が赤い。
「和君はいつもずるいよ。いつも、私をドキドキさせることを無意識に言って……。和君は…ずるい」
俺の腕の中から顔を真っ赤にして見上げながら彼女が俺に言った言葉はそれだった。
今の彼女のサファイアの瞳は、ウルウルと潤んでいて吸い込まれそうになるほど綺麗だ。そして顔全体がリンゴのように赤く、その肌はいつも以上につやつやとしている気がする。そして彼女と抱擁していると分かるが、俺とあんまり背は変わらないのに彼女は華奢でその体の細さから繊細さも伝わって来た。何よりも潤んだ瞳で上目使いの威力がヤバイ。具体的に言うなら二十五層のクオーターボスの三倍くらいの威力がある。
だがそれでも、俺は先程の彼女の言葉に異を唱えずにはいられなかった。
「いや……ズルいのは優良の方だろ」
「私が? ……何で」
俺の言葉に訳が分からずに頭に?マークが浮かんでいる優良。
——いや、だからそのキョトンとした顔とかですよ……。それ俺にとったら効果は抜群なんですからね。
だが、それを直接口に出して言うのはなぜか憚られたので口には出さない。
「何でもだよ」
「えー、何それ意味わかんない」
だから理由を言わなかったのだが、また優良が拗ねかける。
チーン
そんな時丁度良く俺の方のクッキーが焼きあがった。
「あ、焼きあがったな」
「え……ちょっと和君! 何で私がズルいのっ!」
逃げる様にレンジの方に行くがここはキッチンなので、逃げられるわけなく優良が後ろから何回も聞いて来る。
「分かった分かった。後でちゃんと話すから今はクッキーを作ることに集中しようぜ」
「むー……分かった。じゃあクッキー作り終わったらちゃんと教えてね」
「分かってる」
それから俺と優良はクッキー作りに精を出した。と言っても後は冷えるのを待つだけなんだけどな。
その間優良は一度もさっきの話題を出してこなかった。どうやら俺の言った事に賛成してくれたらしい。
「んー」
「いや……あの、優良さん?」
「んー」
クッキーを作り終わった俺達は居間でお互いの作ったクッキーを食べることになった。なったのだが……
「ほぉら、ふやくふぁずくん」
今俺の目の前には俺が作ったクッキーを口にくわえて突き出してくる優良が居る。その様子は雛鳥が親鳥から餌をせがむ姿みたいでものすごく愛らしく可愛い。だがなぜこうなった……。
いや、彼女のやりたいことは分かる。だが最初はただ普通にお互いの作ったモノを食べさせあうだけだったのにどうしてこうなった……。
「むー……、ノリが悪いぞ和君」
いつまで経っても食べない俺に痺れを切らした優良が、口にくわえていたクッキーを取って俺にそう言ってきた。
「いや、やるのは別に構わない——というよりこっちから頼みたいくらいなんだが……なぜ普通に食べさせあうだけだったのにそうなったのでしょうか? 説明を要求させてもらいます」
現在進行形で期限がよろしくない方向に向かっている優良を刺激しない様に自然と敬語になる俺。うん、確実に尻に敷かれてるな。
「なんでって……そんなの私が和君とキスしたいからに決まってるじゃん。他に何があるの?」
「いや、キスなら毎日二桁以上してるでしょう。まだ足らないんですか……?」
「うん、足りない」
流石に攻略がある日(ほとんど毎日)は控えめに十数回だが、それ以外の日——特に家で一日中ごろごろしている日はゆうに二十回は超える数のキスをしている。それでもしたいと言ってきたという事は、彼女はまだまだ不満なのだろう。だがこれは逆にチャンスかもしれない。俺も普段からもっと優良とイチャイチャしたりキスしたいと思っていた。流石にこれ以上するのはあれかなー、と思っていたので今まで言わなかったが向こうがそれを望んでいるならこちらにも都合がよいので素直に受け入れよう。
「分かった。これからはもっとイチャイチャしよう。前々から俺も物足りないと思っていたしな」
「やったーっ! 和君愛してるー‼」
喜びを体全身で表現した優良が俺に抱き着いて来た。何となくこうなる事は予想できたので余裕をもって彼女の体を受け止める。
「じゃあ早速……んー」
「はいはい……」
突き出されたクッキーを今度は直に自分の口でくわえる。その時に彼女の唇と俺の唇が触れる。
パキンとクッキーを折って咀嚼していると、自然と優良と視線がぶつかった。
「えへへ、おいしー」
ヤベェ、何この天使超可愛いんですけど!
「ああ、俺もおいしいよ」
彼女の蕩けそうな笑顔を見て自然と俺の頬も緩み、声音も柔かいものになる。
「……和君」
「ん? どうした?」
俺の胸に額を付けて寄りかかりながら、俺の名及ぶ彼女の体を俺は抱きしめる。
「私達は、どんなことがあってもずっと一緒だよね……?」
その声は確認するような声音だった。
その声は何かに恐怖しているような声音だった。
その声はそう願っているような声音だった。
その言葉を発した彼女の身体は震えていた。
だからだろう。俺が頭で考えるよりも早く俺の体は動いていた。
「大丈夫だ。俺達はずっと——どんなことがあっても一緒に居る。例えフロアボスが相手だろうと、
「……ッ⁉」
俺の言葉を聞いた優良の身体がビクッと一度跳ねる。
しかしその後は俺にゆっくり体を預けて来た。どうやらもう震えは止まったらしい。
根拠は全くない言葉だけれど、絶対と宣言できるほど確証はないけれど、俺自身その事が怖くて自信を勇気づける為に出た空元気な言葉だけれど……それでも、彼女の震えを止められただけで俺は満足だ。
「和人……ありがとう」
「どういたしまして。……けど、何かむず痒いな」
今まで優良に名前を呼ばれたことはあまりない。大体はニックネームかキャラネームだ。それがいきなり名前で呼ばれたものだから背中の辺りがむず痒い。
「もう、折角の雰囲気が台無し」
「ごめんごめん」
拗ねた顔で見上げて来る彼女に軽く詫びる。
『フフ……』
暫くの間見つめ合っていた俺達は、どちらからともなく自然と笑みが零れた。
その後俺と優良は作ったクッキーを全部口移しで食べ、一日の残りを優良と体を密着させたまま過ごした。
その時に縁側から見た外の景色は、デスゲームに不釣り合いなほど輝いて見えた。
~おまけ~
——時はこの日の朝に遡る。
流石にこの日は攻略も殆どのギルドは休みだ。
故にいつもは最前線にいるプレイヤーたちが思い思いの層に居るので、この日に限って言えばどの層の主街区もいつもより人が二割増しで多かった。
そんないつもより人通りの多い主街区を歩く一人の青年がいた。
青年は頭に趣味の悪いバンダナを付けていて野武士面だ。
「あ~……どうすっかな~」
彼のプレイヤーネームはクライン。ギルド『風林火山』のリーダーで、攻略組屈指の実力者だ。
そんな彼は今ある壁にぶつかっていた。
「ホワイトデーつってもいったい何を送ればいいんだ……?」
というのが今の彼の前に立ちはだかる壁なのだが、ぶっちゃけこの悩みを彼の友人である黒の双剣士や商人兼斧使いなどに尋ねたら……
「そんなもの、相手が喜ぶものをあげればいいだろ。例えば……『愛』とか」
「そうだな、キリトの言う通りだ。それが一番悩まなくていいし、相手も一番喜ぶ」
と言われることは目に見えているので、彼は相談しに行ってはいない。
「……どうしたもんかな~」
「何が?」
「オワッ⁉」
そんな事を呟いた彼の後ろから、いきなり声が掛かった。その所為で柄にもなく変な声を上げてしまう。
「な、なんだルルかよ……」
「何だとは失礼ね。そんなに私は魅力がないのかしら……?」
声を掛けて来た人物——ルルにそう言われたので彼女の体を頭の先からつま先まで見てみる。
ザ日本人といった黒髪。
某白銀の双剣士とは違ってあまり気丈に飛んでいない胸部。
スラリと伸びた綺麗な脚線。
そして何処か感じさせる大人の色香。
普通ならばセクハラになる位見回したクラインは、彼女の顔を改めて見つめて彼の中で思った事を素直に口にした。
「いや、別に魅力が無い訳じゃ無いと思うぞ。
「あら、ありがとう」
クラインの言葉にいつも通りの感じで返すルルだったが、その頬は先程より僅かに赤い。
その事に気づいたクラインだったが、見て見ぬふりをした。
「じゃあ褒めてくれたお礼に今日は色々奢ってあげるわ。付いてきなさい」
「いや、ここは俺が持つ。こういう時は男が払うもんだからな」
「あらそう。じゃあお願いするわ」
そうしてクラインとルルの幼馴染コンビは主街区を練り歩いた。
「はぁ~……。今日は結構歩いたわね」
「そうだな。俺も久々に街の色々な所を見て歩いた気がするぜ」
すっかり日も落ちた頃、二人はちょっと高そうな雰囲気のレストランに入ってディナーを楽しんでいた。
「……あっ」
そこで一息ついた時にクラインは思い出した。彼女にバレンタインデーのお返しをしていない事に。
「フフ……。別にいいわよ、今日一日付き合ってくれただけで」
「え……?」
そんな彼の心を見透かしたかのようにルルがクラインに向かって言った。
「だから、バレンタインデーのお返しは今日一日付き合ってくれた事でいいって言ったのよ」
「……いやいや、そんなの俺の気が済まねえよ」
ようやく彼女の言っている意味を理解したクラインが、彼女に何かお礼をしようと頭の中で色々考えるがいい案は思い浮かんでこなかった。それでも必死に考えるクラインに向かってルルから今日一番の爆弾が投下された。
「それに私にとってはあなたと居れる時間こそが、どんなものにも代えがたいほどの宝物だわ」
テーブルの上にある蝋燭に照らされたルルの顔は、美しい笑顔だった。
「ぇぅ……そ、そうか」
面と向かって言われたクラインは顔を真っ赤にして俯いてしまう。
「フフ、夜はまだ長いわ。ゆっくり楽しみましょう」
「あ、ああ……そうだな」
こうして二人の三月十四日は過ぎていく。
その過ごし方は双剣士夫婦とは違い、甘すぎず苦すぎない大人な過ごし方だった。
正直ホワイトデーはあまりいいネタが思い浮かばなかったのでグダグダ感が半端ないと思います。こんな駄作を読んでいただきありがとうございます。
最後のクラインとルルの話は急造なのでやっつけ感があります。ですがこの二人の絡みは書いてて楽しかったので気が向いたらまた書きます。
次の更新はいつになるか分かりませんがこれからもよろしくお願いします。