Fate/stay night 槍の騎士王と幼い正義の味方   作:ウェズン

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ども、久々に感じる方はお久しぶり、そうでない方はどうもこんにちは。
さて、対アインツベルンもあと数話したら終わると思われます。
では始まります。


第二十一夜-絆と壊-

「…………」

 

 聖槍による光は消え、またあたりは暗闇が支配した頃、アルトリアは目の前にある四肢が完全に断たれてしまったヘラクレスを見つめていた。

 アルトリアは慎重に近づく。死んだかどうか確かめるためだ。本当に死んだのであれば魔力の粒子となって消えるが、まだヘラクレスの体は残っている。分解が始まっていないだけかもしれないが、生きている可能性もあった。

 それを確認するためにも、できるだけ慎重に歩み寄る。そこで、

 

(…死んだのだろうか。…いや、この気配…まだ生きている…!)

 

 生命の活動が終わってないことに気づき、アルトリアは瞬時に一歩離れて槍を構える。すると、

 

「■■…! ■■■■■■■■■■ーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」

 

 断たれたヘラクレスの体が瞬時に粘土のようにくっついて治り、起き上がると再びアルトリアと雌雄を決するために斧を振りかざす。

 

「くっ…! (これは…!)」

 

「■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーーーーーーー!!!!」

 

 宝具、『十二の試練(ゴッド・ハンド)』。ヘラクレスは神より与えられた難行を乗り越えたことにより不死身の肉体を手に入れたという。この宝具はありとあらゆる一撃をものともしない防御宝具でもあり、命を十二個持つ蘇生宝具でもある。つまり十二回殺すことでようやく彼は倒れる。これがあるゆえにヘラクレスは最強の一角に数えられている。

 アルトリアは突然のことで不意を打たれたように固まってしまったが、寸前で対応し槍で防ぐ。だが、相変わらず筋力ではあちらの方が断然上であり、抑えたのも一瞬でその後はどんどんと地面を削りながら押し込まれていく。

 

「■■■■ーーーーーーー!!!!」

 

 ヘラクレスが雄叫びを上げると筋肉がさらに膨張していく。ここまでくると彼には限度などあるのだろうかと疑いたくなってくる。

 このようなことができるのもヘラクレスだからこそなのだろう。仮に他の人がヘラクレスと同じものを持っていたとしても、ここまで果敢に立ち上がることができるだろうか…。

 

「ハァアッ!!」

 

 とはいえ、こうして起き上がりアルトリアを押し込んでいるものの、よく見ればほとんど死に体だった。

 宝具によって蘇ったが、死んだ者を生き返らすのには限度がある。アルトリアの聖槍の一撃はその限度を容易く撃ち破り、一回の死では済まされなかった。

 結果、それを埋めるのに使用した命は十一。後一回死ねば終わるところまで来てしまっていた。さらにいえば、これでも傷を完全に回復するには至らなかったようで、最後の命も既に風前の灯火だった。

 

「■■■■■■■■■■ーーーーーーーーーー!!!!!」

 

 だが、ヘラクレスはたとえ本能的にそのことを判っていようとも最期まで諦めるつもりはない。

 何故なら、それは英雄ヘラクレスにとってイリヤスフィールは、自身の娘のように感じていたのだから。

 

「■■■…!」

 

 ヘラクレスは思い出す。イリヤスフィールと初めて会ったときのことを、召喚された時のことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヘラクレスとイリヤスフィールの出会いははっきり言うならば最悪と言って差し支えないだろう。召喚されたその瞬間から縛られ、令呪で体の自由をほとんど奪われたのだから。

 ヘラクレスとしうてはこれくらいなんともなかった、というよりも狂戦士として喚ばれたからか、それを感じることもなかった。

 

「………………」

 

 令呪で縛るマスターであるイリヤスフィールはヘラクレスを見ても険しい顔をするばかりで自分のサーヴァントへの思いやりみたいなものも、ただの従者、便利な人形とも思わずその赤い眼を一直線に向けるだけだった。それ以上それ以下でもないというように。

 イリヤスフィールの隣ではセラが「素晴らしい大英雄ですよ! お嬢様!」と妙に興奮したように騒ぎ立てているが、そのことも耳に入ってきていないようだ。

 この少女がヘラクレスに何を求めているのか。否、なにも求めていないのか。それすらも判らず、ただマスターとサーヴァントの契約が結ばれた。

 その日からも、イリヤスフィールによるヘラクレスの扱いは何とも言い難いものだった。ただの従者としてでもなく、かと言って英雄として讃えるような素振りも何もない。このまま淡々と聖杯戦争のコマとして無情に戦って終わるだけかと思われた。

 ヘラクレスとしてはそれでも構わなかった。狂化された故か、聖杯への願い事も思いつかず、戦う理由も見出せなかった。一つ気がかりがあるというのであれば、それはイリヤスフィールだろう。戦う理由を見出せないならばマスターの願いを叶えることを戦う理由にしてしまえはいいだろうと思った。

 だが、それも判らなかった。何日も共に暮らしているというのに仮初めの願いすらも聞けず、聖杯戦争が開幕するまでの時間が一刻一刻過ぎていくばかりだ。

 ただ、その時間で少しだけ判ったことがあった。それは、イリヤスフィールは親からの愛情に飢えていたことだ。こうして何日も過ごしたことで判る。イリヤスフィールには両親がいない。どこにいるのか、それとも亡くなっているのか、その判断はつかない。とにかくだ、イリヤスフィールが両親からの愛情に飢えているのであれば、ヘラクレスはその代わり…にはなれなくとも、彼女のために戦いその喉を麗してやりたいと、戦う理由を見出せた。

 とはいえ、依然と二人の関係は冷め切っていたままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな何もない主従関係に機転が起こったのはある日のことだった。

 雪面で覆われたの森の中、そんな中をイリヤスフィールは一人で歩いていた。それも白いシンプルなキャミソールを一枚着ただけで。

 

「…………」

 

 この森には野生の獣がよく出没する。そんな森を一人で何も持たずに歩こうなど自殺行為に近い。

 

「……!」

 

 案の定、野生の狼が現れた。それも一匹などではなく群でだ。

 牙を見せ威嚇してくる狼にイリヤスフィールは怖がり逃げ出す。すると、狼達は背中を見せたイリヤスフィールを完全に餌として認識し追いかける。

 後ろを振り向かず、必死になって逃げる。さもなくば、あの鋭い牙と爪が肌を切り裂いてくるだろう。なんとしても逃げなければならなかった。だが、

 

「あうっ! …! い、いやっ…!」

 

 イリヤスフィールは走っている途中坂を下りようとし、足を持っていかれ転げてしまう。その隙を突いて、一番前にいた狼がイリヤスフィールに噛みつく。それに続き他の狼もイリヤスフィールに噛みつき、新血が真っ白な雪を染めていく。

 イリヤスフィールは痛みに嘆き、逃げようと必死にもがくも狼達は離す気がまるでなく、泣き叫ぶがここには自分しかいない。いつも助けてくれるセラもリーゼリットもここにはいない。誰も、誰も助けてくれない。

 そう思った時だ。

 

「…っ!」

 

 突然、イリヤスフィールのいた場所に何かが落ちてくる。雪煙が舞い、噛みついていた狼達は吹き飛んでいく。

 イリヤスフィールは何があったのかと、自身を覆っているものを見上げると、そこには、

 

「バー、サーカー…?」

 

 ヘラクレスが守るように立っていた。

 誰も助けてくれない。そう思っていたが、それは間違いだった。いたのだ、たとえ地獄だろうと助けてくれる存在がイリヤスフィールにはいた。

 

「どう、して…」

 

 イリヤスフィールはそれに疑問に思うことがあった。

 何故彼はあれだけのことをした自分を助けてくれたのか。ただ自由を奪い、その後も冷めきった対応しかしていないはずだというのに。

 そう疑問に思っている間に、狼達がヘラクレスに噛みついてくる。その(獲物)を寄越せと。だが、狼ごときの牙でヘラクレスの体が傷つくわけがなく、この場にヘラクレスが現れたことで狼達の運命は定まったも同然だった。

 

「…………」

 

 震える手をゆっくりと伸ばす。少し力を込めれば折れてしまいそうな、雪と同化してしまいそうなくらい細く白い腕を伸ばし、手でヘラクレスの黒い肌に触れる。

 そこには確かな暖かみがあった。もう触れることはないだろうと思われた人の暖かみ。イリヤスフィールはその温もりがもう出会うことのない父親を思い起こす。

 

「…やっちゃえ」

 

 イリヤスフィールは俯き命じる。ただ一言で。

 

「やっちゃえ、バーサーカー…!」

 

 瞬間、ヘラクレスに噛みついていた狼達は体を二つに裂かれた。彼の強靭な気迫のみで。

 狼達が死に、まだ僅かに生き残りはいたが、ヘラクレスに恐れをなして森の中へと逃げ込む。

 二人は立ち上がり、イリヤスフィールはヘラクレスのその大きな手を握る。父親に甘える子供のように。

 

「………行こっか」

 

「………………」

 

 今二人には絆が結ばれた。ただの従者と主の関係よりもずっと強く切り裂かれることのない確かな絆が。

 その絆に名を付けることは無粋と言うものだろう。それほどまでに、美しく儚かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思えば、ヘラクレスには聖杯に願うことなど本当に何もなかった。それは狂化されているからではなく、純粋にだ。

 ただ、そんなヘラクレスにも願いができた。それは―――イリヤスフィールの救済。ヘラクレスは何がなんでもイリヤスフィールを助けたかった。かつて殺してしまった自身の子供に報いるためにも。

 

「ハァアアアッ!!」

 

 それだけの理由。されど、それだけで命をかけるのに値した。彼女が傷ついた姿を、彼女の絶望で歪んだ顔を見たくない。彼女に勝利を、彼女に笑顔を分かち合いたい。

 父親のような気持ちが彼を最期の最期まで奮い立たせる。体は傷つきもう勝てないと判っていようとも、その想いだけで体を動かせる。握り拳が作れる。

 

「■■■…!」

 

 だが、そんな彼にもついに終わりを迎えようとしていた。武器が、ヘラクレスを呼ぶのに触媒としたその更に上の次元を越えた斧が、アルトリアの渾身の一撃で砕かれた。

 そして、その瞬間にできた隙をアルトリアは逃すはずもなく、一瞬の間で槍を心臓に向けて構える。

 ヘラクレスは僅かばかりの自我でついに命運が尽きたことを察した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ…はっ…はっ…」

 

 士郎と『この世全ての悪(アンリマユ)』が戦い始めてどれほどの時が経ったか。未だ終わる気配の無い戦いに士郎はついに体の限界が来ており、方膝を付けて肩で息をする。

 

「ふぃ~。ようやく終りかなっと。

 やっとこさ終わるときが来たぜ。お前もいい加減限界だったろ。すぐに楽にしてやっからその場で動かないでくれよ?」

 

 士郎はもう体を動かす体力がほとんど無い中でも彼を射止める視線に衰えは感じさせない。むしろ、先程よりも視線の強さが増しているようにも感じられた。

 

「ケケッ。そんなに睨んだところで意味なんてないぜ。…まあ、お前もよく頑張ったよ。オレも久々に人間の善性ってモンに会えたからな。割と心地よかったぜ。

 …それにしてもまぁ、お前がサーヴァントになりさえすれば、きっと世界を救う戦いに行くことになったろうによ。ま、オレにはどうでもいいことか」

 

 『この世全ての悪(アンリマユ)』は片膝を付けて荒い呼吸をする士郎に短剣を向ける。

 その刃はたとえ最弱が持つ刃であろうと人間一人を殺すことなど造作もないだろう。その刃はゆっくりと士郎を切り裂こうと動き出す。向けられていた刃は士郎の頭上高くまで登り、

 

「んじゃ、これで別れってことで」

 

 容赦なく振り下ろされ刃が頭皮を裂き頭蓋骨を割る――

 

「………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――と思われた。

 

「…………」

 

「………………」

 

 そのまま士郎の頭を二つに裂くと思われたが、何故か士郎の頭上十数cmというところで刃は止まった。

 士郎は何故止めたのかと疑問に思っていると、

 

「…もう死ぬってのにさ、お前全然諦めようとしてないのな」

 

 そんなことを言いつつ、『この世全ての悪(アンリマユ)』は得物を戻す。

 

「スゲえな、お前。普通死ぬ間際になったらみんな怯えるモンだぜ。だっていうのに、お前は全く怯えもしなければいまだ諦めるつもりはないときた」

 

「……だったらなんだよ」

 

 何が言いたいのか判らない。確かに士郎は『この世全ての悪(アンリマユ)』に殺されようとも諦めるつもりはなかった。だからといってそんなことは彼になんの関係もないはずだ。

 

「おっと、別にオレはバカにしてんじゃないぜ。むしろ讃えてんだよ。お前のその勇気に、志に少しチャンスでもやろうかなーーなんて」

 

 『この世全ての悪(アンリマユ)』の言葉に眉間のシワを寄せる。彼の言おうとしていることが読めないからだ。

 彼はしゃがみ、士郎と同じ視線の高さになって話し続ける。

 

「つー訳でよ、オレはお前を試したいんだ」

 

 悪魔が囁きかけるように。

 

「…試す、だって? 何をするつもりだよ、最弱野郎」

 

「お前案外口悪いのな。まあいいや。でだ、オレが試したいことってのは、お前がどれだけ苦痛に耐えられるかって話さ」

 

 と『この世全ての悪(アンリマユ)』は言うが、具体的には何をするつもりなのかさっぱり判らず疑問符を浮かべる。正直、彼が士郎に苦痛を与えるという状況が想像できないため一体何をしようというのか。

 

「さて、早速始めたいんだけどよ。その前に言っとくぜ。これからオレがやろうってのは所謂ゲームだ。そして、ゲームとくれば必ずルールとクリア方法がある。それらを今から説明するぜ」

 

 『この世全ての悪(アンリマユ)』は短剣を懐にしまう。どうやってしまっているのかを聞くのは無粋だろうか。

 

「ルールは簡単。お前の心が折れれば負け、折れずにクリアすればお前の勝ち。そんでもって、クリア条件は苦痛に負けずにオレを殺す(・・・・・)ことだ」

 

「………」

 

 士郎はそれを聞いて一体どういうつもりなんだと思った。

 彼が言った内容は至ってシンプルで判りやすい内容だった。それでいてクリア方法も簡単。もともと彼は倒す予定だったのだ。今更ゲーム式にして何になるというのか。

 

「あっ、ちなみに何度でもやり直してやるから安心しろ。お前はオレを殺すことだけに集中すればいい」

 

「…そうかよ」

 

 なぜやり直しシステムまでつけたのかは判らないが、何にせよこれでさらに難易度が下がった。

 

「んじゃ、準備はいいか?」

 

「ああ」

 

 士郎からの承諾が取れた『この世全ての悪(アンリマユ)』は少しだけ口尻を曲げ厭らしい笑みを浮かべる。

 

「それじゃ、ゲーム開始(スタート)だ」

 

 そういうと同時に『この世全ての悪(アンリマユ)』は指を鳴らす。すると、

 

「――!!? な、なんだこれ…!?」

 

 何もなかった筈の風景が一瞬にして切り替わった。

 

「…?? これ、どうなってんだ。って、ここおれの家じゃん」

 

 士郎は辺りを見回す。

 士郎が言った通りここは衛宮邸の一室、和装で趣味の良い落ち着くこの部屋は居間だった。周囲に『この世全ての悪(アンリマユ)』はいない。外の方を見れば、晴天なのか晴れており非常に明るい。

 

「…外じゃまだ夜だよな」

 

 まだ夜のはずだった外が明るいということは、これは完全に幻覚なのだということが判る。

 

「あの野郎、一体何をするつもり――」

 

「あれ? 今日は早いね。士郎くん」

 

 『この世全ての悪(アンリマユ)』の真意が何なのかと考えていたら、いつもの優しい声が聞こえ振り向くと、全体的な印象が紫色の桜が居間に入ってきた。

 

「…! さ、さくらねえちゃん…(いや、偽物だ。これはあの時も見た幻覚だ)」

 

「…? どうかした? 士郎くん」

 

 だが、その首を傾げる仕草や雰囲気は本物といっても差し支えないほど同じだった。よくもこれほどまでの幻覚を見せることができるなと、冷静な思考が『この世全ての悪(アンリマユ)』を評価する。

 

「ううん。なんでもないよ」

 

「そっか。なら待っててね。すぐ朝ごはんの支度をするから」

 

 そう言って桜は手に持っていたエプロンを身に付けながら台所に入っていく。

 今は朝らしい。だからこれほどまでに明るいのだろう。

 

(あの野郎、本当になんのつもりなんだ。またこんなもの見せやがって)

 

 偽物とはいえ、桜にああ言われたのであれば待つしかない士郎は座布団の上に座って待つ。すると、

 

「おっはよ~~!! さーてさて、今日の桜ちゃんの朝御飯は~っと。ありゃ、士郎!?」

 

 どこからともなくやって来た大河が大層愉快に挨拶をしながら居間に入ってきた。

 

「め、珍しい…! あ、あの士郎が、こんな朝早くから起きているなんて…!」

 

 すごい細部までできているなあ、と士郎は大袈裟に驚いている大河を見ながらぼんやりと考える。

 

「うるさいなあ。いいだろたまには早く起きてたって」

 

 とりあえず士郎はこの会話に乗ることにする。偽物とはいえ、このやり取りも久方ぶりな感じなので少し楽しみたいのだ。

 

「ふーん。ま、いっか~♪早起き三文の徳ってね。そんなことよりあっさごはん~と」

 

 英語教師らしかぬ台詞だが、そんなことは置いといて、こうして二人目だ。これは全員が来てもおかしくないだろう。

 『この世全ての悪(アンリマユ)』がどんな目的でこれを見せているのかはまだ判らない。だが、彼のことだ、恐らく自分もこの幻覚の住人として出てくるだろう。そのときに詳しく聞けばいい。士郎はそれまではしばらく待つことにする。

 

「あら、今日は早いわね士郎」

 

「む、今日は早起きだな衛宮 士郎」

 

「おはようございます、シロウ」

 

(…みんな全く同じだ)

 

 その後も案の定他のメンバーが集まってきた。これで、あといるとしたら一人だけだ。

 

「おっはよ~」

 

 そうこうしている内にその最後のメンバーがノコノコと当然のようにやって来る。

 

「…『この世全ての悪(アンリマユ)』」

 

「ん? オレがどうかしたか」

 

 士郎は隣に座ろうとしている『この世全ての悪(アンリマユ)』の名をなんとなしげに呼ぶ。

 

「なあ、これは一体なんのつもりなんだ。お前は何を試そうとしているんだ」

 

「……? どうした士郎」

 

 士郎が真剣に話そうとしているのに、それに対して『この世全ての悪(アンリマユ)』は何故そのような事を聞いてくるのか全く判らないと首を傾げる。

 

「ふざけてんじゃねえ…! 一体何をしようとしてんだよ!!」

 

「コラッ! 士郎! アンリ君になに怒鳴っているの! アンリ君困ってるじゃない!」

 

 士郎はそれに立ち上がりつつ怒鳴るが、大河がそれを諌める。

 

「あーいいッスよいいッスよ虎の姉ちゃん。きっと早めの厨二病でもきたんでしょうよ」

 

「…………」

 

 士郎は大河に叱られ唖然となっている。ただ『この世全ての悪(アンリマユ)』から聞きたいことがあっただけだったというのに、本物となんら変わりの無い大河に叱られたのが驚きだったらしい。

 

「ほら、士郎。お前も座って飯を待とうぜ。話なら後でいくらでも聞いてやっからよ」

 

 士郎は『この世全ての悪(アンリマユ)』を見て歯軋りをならす。

 

(くそっ。訳判らない。こいつ、何がしたいんだよ)

 

 とにかく、今はおとなしくした方がいいだろう。先程からアルトリア達もこちらを静かに威嚇するように見ている。

 

(後でいくらでも聞けるか…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさまでした」

 

(…味までしっかり再現してやがった。いつもと全く変わってない)

 

 それからしばらく、士郎達は食事を済ませた。食事の味は幻覚とは思えないほど再現度が高く、つい自分の精神の中だということを忘れて頬張っていた。

 

(ようやくアイツと話せるな)

 

 士郎は座布団から立ち上がり、隣にいる『この世全ての悪(アンリマユ)』に話しかける。

 

「ん? ああ、ちょいと待ちな」

 

 士郎が話しかければ、それだけで察した『この世全ての悪(アンリマユ)』は簡単に解釈して居間から出ていく。その後を士郎もついていく。

 二人は出てすぐの廊下で話始める。

 

「んで、話ってのはなんだい」

 

「…一体いつまでとぼけているつもりだ」

 

 ここまで来たのなら察してもいいだろうに、『この世全ての悪(アンリマユ)』は白々しくしらばっくれていれるのか全く判らない。

 

「? なあ、さっきからお前はなんの話をしたいんだ? なんだ、また何か新しい遊びか? なんだったらいくらでも付き合うぜ。お前と遊ぶってのも大分久しぶりだな」

 

「……………」

 

 訳が判らない。何故こうも何も知らないふりができるのか。何故本気で楽しそうな笑顔になれるのか。これではまるで自分こそが間違っているように感じる。そんなことはあり得ない。この空間自体間違った世界だ、自分が正しいんだ。

 

「テメェ…! いい加減にしろよ…! お前は一体何がしたいんだよ‼」

 

「…? お前本当に今日はどうしたんだ? 何か悪い夢でも見たか…?」

 

 だが、何故か『この世全ての悪(アンリマユ)』の言葉を聞いているとその認識が揺らいでしまう。本当に自分が正しいのかと。

 士郎はそれに焦りに似た感情を抱いていた。このままでは本当に認識が変わってしまう。その前にどうにかここからでなければ。そこまで考えて、彼が言った勝利条件を思い出した。彼は自分を殺せばクリアだと言っていた。つまり、今目の前にいる彼をここで殺せばクリアだということだ。

 幸い魔術は問題なく使えそうだ。これならば致命傷を与えることなど容易だ。

 

「なあ、さっきから黙っているけど。なんか調子悪いなら今日は寝てた方がいいぜ。学校も休んだ方がいい」

 

 『この世全ての悪(アンリマユ)』が言った。

 

「……!」

 

 彼の言葉には本当に士郎を心配している様子が伺えた。そんな言葉につい、殺そうとした自分を止めそうだった。

 いけない、と首を振る。これはあくまでも幻覚だ。彼の言葉はただの演技だと士郎は必死になって彼を家族と思えてしまっている自分を振り払おうとする。

 

(ダメだ、ダメだダメだダメだ…! アイツは敵、アイツは敵…!)

 

 士郎は魔術を発動させようと集中を高める。

 

「…投影(トレース)開始(オン)!」

 

「おろ? どうした、いきなり投影なんてしちゃって。なに、もしかして遊びじゃなくて訓練でもしたいのか? だったらオレなんかじゃなくて赤い兄さんにでも頼みな。お前の師匠だろ」

 

 体は震え、集中が散ってばかりだ。『この世全ての悪(アンリマユ)』を殺さなければいけないというのに、体はそれを嫌がっている。頭でもそれだけはいけないと警報が聞こえる。

 

「ぐっ、うっ…あっ…! あぁ…!!」

 

 士郎はそれを無理矢理抑え込もうとする。これはただ惑わされているだけだと言い聞かせる。

 しかし、いくら振り払おうとも、無尽蔵に湧いてまとわりつく羽虫のように振り払えきれない。

 そして、

 

「…おい。本当にどうした。何かあったのか――」

 

「あぁぁああああああああああああああアアアアアアアアァァァァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 『この世全ての悪(アンリマユ)』の声が聞こえた瞬間、士郎は投影した剣を悲鳴にも聞こえる叫びと共に突き刺す。

 

「がっ、はっ…! お、お前…なに、を…」

 

 『この世全ての悪(アンリマユ)』は目を見開き、体を痙攣させながら倒れる。血が廊下を濡らしていく。

 

「はっ…!! はっ…!! はっ…!!!(殺した。殺した、殺した、殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した…!!)」

 

 士郎は速まる鼓動を抑え込もうと必死に胸を掴む。

 『この世全ての悪(アンリマユ)』を殺した。これでクリア条件を達したことになるのだろうが、そんなことよりも罪悪感が士郎の体を蝕んでいく事の方が重要だ。相手は歴とした敵の筈。だというのに、今士郎の心境は最悪なものだった。

 

「はっ、はっ(なんだってんだよ…! アイツは敵だろ…!)」

 

 敵だからといって必ずしも倒せば気分が良くなるわけではない。ただ、ここまで気分が悪くなるのは奇妙だった。

 

「どうしたの!? 士郎く…キャアアアアアアアアアアッ!!」

 

 すると、先程の士郎の叫びを聞いてか、あわただしく駆けつけた桜は『この世全ての悪(アンリマユ)』が血を流して倒れているのを見つけて叫ぶ。

 

「さ、さくら、ねえちゃん。こいつは――」

 

「士郎くん!! これは、これはあなたがしたことなのっ!?」

 

 士郎は桜に事の事情を話そうとするが、その前に肩を捕まれる。

 

「お、落ち着いてよ、さくらねえちゃ――」

 

「答えなさい! これは、士郎くんがしたことなのっ!!?」

 

 士郎は必死に弁明しようとするが、桜は問い質すばかりでこちらの話を聞こうとしない。

 そうしている内に「ちょっと!! 何があったの!?」と凛、エミヤ、アルトリアも桜の叫びを聞いてやって来る。

 

「――ちょっと…何よ、これ…。士郎がやったの…」

 

「…いずれこうなるのではと思っていたがな。衛宮 士郎…!」

 

「…シロウ――」

 

 士郎はこの場にいる全員の視線に驚愕した表情を見せる。

 

(…何でだよ。なんで、なんで…そんな目でおれを見るんだよ…)

 

 何故なら、全員士郎を犯罪者として見ているからだ。温情も情けも要らない。ただ牢獄に容れるべきだと全員の目から読み取れた。

 頭が痛くなってきた。何が間違ったのか判らない。今自分でも敵を倒した実感が湧かない。疑問ばかりが頭を支配してくる。

 桜は鬼気迫る形相で必死に士郎の肩を揺すって問い質しているが、もう何を言っているのか判らなくなるくらい混乱している。目の前が歪んで見えてくる。

 歪んだ世界の中、奥に視線をやれば凛は軽蔑し、エミヤは士郎を完全に敵視し、そしてアルトリアは…判らない。ただ、信じていたものが裏切られたというような表情だった。

 

「……!!」

 

 衝撃が頭の中を駆け巡る。誰一人味方はいない。信頼していた凛も師として憧れているエミヤも、そして恋い焦がれているアルトリアにさえも誰も彼もただ士郎を敵として見ていた。

 死にたいと願ってしまうほどだった。アルトリアにさえそう見られては希望を失いかけてしまう。

 このままでは本当にまずかった。士郎はもう認識が変わってしまっている。敵を倒したのではなく、家族を殺してしまったと罪悪感を覚え体に重くのし掛かり、周囲からの批判、敵視、そして絶望が士郎を飲み込んだ。

 

「あっ…ああぁ…ひっ、あぐ…っ! ひっ、ああぁぁぁ…ッ!! 」

 

 狂う。耳鳴りがする。狂う。目の前が歪む。狂う。狂う、狂う、狂う。何もかもがどうでもよくなるような、それでいて気分がよくなるような、快楽が頭を支配する。

 

「ひっぐっ、き、か、かか、ぎ、ギギ、ギイイイイィィィィィィィ!!!!」

 

 狂った、狂った…。体の内へと忍び込んだものは体に広がり、全てが終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、一回目のやり直しだ」

 

 突然目の前にいた桜は顔を歪め、男の声でそのようなことを言ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまで。
…もう少し重い雰囲気を出したいなぁ…。つくずく思うけど、中途半端な文才だなぁ。







P.S
最後のトリスタンとエミヤ・オルタかっこよかったな〜。Fateの男どもはどうしてこう、主人公以外は死の間際で魅せてくれるんでしょうかね。
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