Fate/stay night 槍の騎士王と幼い正義の味方   作:ウェズン

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 さあ、お行き。君たちの未来は祝福で満ちている。たとえどのような障害があろうとも、君たちなら乗り越えられる。自分を信じなさい。

 安心して。決して哀しい別れなんてさせないさ。何せ、ボクがいるからね。ボクがいる限り最後は笑っていられる別れを用意しよう。














 ああでも、流石に全員とはいかないけどね。








第二十五夜-全て遠き理想郷-

 ヒュドラの毒が効かない。つまり、弱点は存在しないということだ。体が身震いする。太古の大英雄の唯一の弱点がないということは、不死身ということになる。

 そんなの無理だ。士郎は膝から崩れる。もうダメだと、希望はないと示された。

 アルトリアがヘラクレスに押し返される。押し返されたアルトリアも普段の冷静さが嘘のように焦った表情で一旦下がって士郎の肩を掴む。

 

「――――逃げましょうっ! シロウっ!!」

 

 ああ、そうだ。確かに逃げないと。まだ死ぬわけにはいかない。死んだら夢が叶えられない。約束したじゃないか、正義の味方になるまで戦い続けると。誓ったじゃないか、絶望にも地獄にも屈しないって。

 士郎は言われるまま立ち上がる。そして、こちらを向いているヘラクレスから逃げ出すために背中を向けた。

 鼓膜が振動する。雄叫びをあげているのだろう。不死身の大英雄の雄叫びは相手に凄まじい威圧をかける。

 

(…! ああもう。なんでこんな時にあの野郎を思い出すんだ…!)

 

 士郎は雄叫びに体が動きづらくなっている間に、こんな時に何故だと嘆きつつ、頭に『この世全ての悪(アンリマユ)』の声が響き渡る。鬱陶しいほどまでに奴のおちょくる様な声が聞こえる。

 それに嫌悪感を感じながら士郎は早く逃げなければと必死に重たい体を動かす。

 

(早く、逃げなきゃ…! 逃げないと、いけないのに…)

 

 頭ではそう叫んでも、体は思う様に動いてくれない。

 士郎は膝をつけて荒くなっている息を落ち着かせようとする。

 

「シロウ!! 大丈夫ですか!?」

 

 前からアルトリアの声が聞こえる。膝をついた音が聞こえたからだろう。アルトリアはこちらを向いて逃げろと叫んでいる。その叫びに応えるためにも、必死に立とうとする。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、ぁ…!」

 

 その時、重たい足音がゆっくり近づこうとしているのが聞こえる。ヘラクレスだ。こんな重たい足音を出せるのはヘラクレスしかいない。

 このままでは本当に不味い。しかし、それだけ命の危機に晒されようとも体は固まってばかりだ。完全に体は生きることを諦めているようだ。

 そんなとき、アルトリアが走ってくる。

 

「早く行きましょう…!」

 

 腕が引っ張られる。引っ張られたことにより、ようやく体が動き出した。

 士郎はアルトリアに引っ張られながらヘラクレスの方を振り向くと同時にふと思い浮かんだことがある。

 

(―――…そういえば、アイツなんて言ってたっけ)

 

 『この世全ての悪(アンリマユ)』の言葉、その一部を記憶にある声と共に思い出す。

 

(…確か、おれとは考え方が違うだったっけ)

 

 士郎は思い出すと同時に自分が考えたことを思い出す。

 

「おれの、考え…」

 

 自分がどういう考え方をしたのか…

 

(おれは…バーサーカーを倒そうとした。だって、アイツが成り代わるのは…)

 

 士郎はまさかと目を見開く。もしも、これが『この世全ての悪(アンリマユ)』の言った通りなら、彼はヘラクレスに成り代わっていない。

 しかし、そうだとして問題が解決したわけではないどころか振り出しに戻ってしまった。もう一度考え直す。もし、ヘラクレスが『この世全ての悪(アンリマユ)』でないとしたら誰に成るというのか。

 士郎は考える。考えては考え直す。『この世全ての悪(アンリマユ)』が考えることは士郎とは別なのだから。

 だが、いくら考えても自分と違う考えがすぐに思いつくわけもなく、一旦考え事は止めようかと前を向く。

 すると、状況が変わっていることに気づいたと同時に、一つの考えが過った。

 

(…そうか。そうだ、なんでこんなことすぐに思いつかなかったんだろう…)

 

 士郎はアルトリアの手を払い、走るのを止める。それにアルトリアは振り向いて何故という顔をする。

 

「どうしたのですか、シロウ…! 早く逃げないと――」

 

「――そうだ。そうだよな…」

 

 士郎は虚空を見上げる。最早、迷いは無いというようだった。

 覚悟はできた。凄まじい警報が鳴っていてももう大丈夫だ。もうなれたのだから。これで終わりにしたい。もう終わりにしようと、士郎は投影を行う。迷いはない。だから、士郎は―――

 

「…なあ、もう終わりにしよう。お前も正直飽きてきているだろ? だからさ――」

 

「…? シロウ、一体何をッ――!」

 

 ―――士郎は、アルトリアの体を突き刺すことができた。

 

「なっ…何故、どうして、です、シロウ。どうして、どうして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――もっと早く判らなかったんだよ、士郎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風景が消えていく。丁度塗った塗装が剥がれるように。

 終わった。ようやく士郎は『この世全ての悪(アンリマユ)』を当てることができた。

 

「…ようやく終わった、のか」

 

「ああ。お前の勝ちだよ」

 

 一人呟く士郎に『この世全ての悪(アンリマユ)』はそう応える。

 

「…『この世全ての悪(アンリマユ)』」

 

「ケケッ、オレの名前をちゃんと呼ぶの何気に初めてじゃねえか? まあどうでもいいか」

 

 『この世全ての悪(アンリマユ)』は士郎が投影した剣が刺さったまま座り込んでいる。その体は消えかかっている。

 

「それにしても、よく判ったな。あんなこと言っときながらなんだが、正直判らずに終わるかと思っていたんだけどな」

 

「…お前がおれを引っ張っていくとき、おれは少し違和感が感じたんだ。最初は何気なくだから判らなかったけど、いつの間にかバーサーカーの足音が聞こえなくなっていたり、気配も感じなくなっていた。

 それに、なによりもあのときアルトリアなら…アルトリアなら逃げるなんて言わないで自分が囮になってでもおれらを助けようとすると思うんだ」

 

 士郎は真っ直ぐな目で『この世全ての悪(アンリマユ)』を直視する。

 

「…なるほどね。やっぱこいつに変装したはいいけど、お前が本当にあのサーヴァントのことをよく判っていればって不安を大丈夫だろってごまかしたのが良くなかったか。こいつはやられたな」

 

 ため息を吐いてから士郎を見据える。

 

「さーて。勝者にはちゃんと賞品を与えねえとな。

 …この先をずっと進みな。この先に、お前が求めているものがある」

 

 『この世全ての悪(アンリマユ)』は遠くを指差す。士郎は暗闇しか見えないその先を眺める。

 

「……………」

 

「いや~、ついにオレもご退場、お役御免か~。ったく、十年間永かったなあ~」

 

「…なあ」

 

「ようやくこの体とはおさらばできるわけだし、ま、いいか」

 

「おい」

 

「ようやく聖杯とも離れられるし、良いことずくめか…? なんてな」

 

「…ありがとうな」

 

「……どういたしまして」

 

 士郎はそう笑顔で言った後、『この世全ての悪(アンリマユ)』が指差した方向へ走っていく。

 

「…あっ。そういや、結局言ってなかったな。士郎を聖杯にするのを諦めた理由。

 ま、いいか。ただ単にあいつが強固な意志を持ったから、なんて理由だし」

 

 士郎を聖杯にできなかったのは何よりも確固たる鋼の意思があったからに他ならない。

 士郎を聖杯にするには、何よりも士郎の意識を消し去る必要があった。拒まれたりしては顕現できないからだ。

 故に、聖杯としてはエミヤの修行はむしろありがたいと思っていた。これであればいずれ士郎は壊れてくれると。しかし、そう思い通りにはならなかった。結果的に士郎はより強固な意志を持つことになりこれはもう消すことは不可能だと悟った。

 聖杯は悟ると同時に最後の手段として唯一士郎の精神に直接干渉できる『この世全ての悪(アンリマユ)』を使って士郎を内側から殺し、自分は聖杯の元へと帰ろうとした。結果はご覧の有様だが。

 

「さて、それじゃ、あとは頑張れよ」

 

 最後にと、『この世全ての悪(アンリマユ)』は士郎にエールを送る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――はぁ、はぁ…! 早く、早く行かないと」

 

 士郎は走る。その先にあるものを求めて。

 目的のものはなかなか見つからない。それでも、士郎は『この世全ての悪(アンリマユ)』の言葉を信じ走り続ける。

 

「はぁ、はぁ、はぁ…。…! これは…?」

 

 そうして走り続けた士郎は、いつのまにか未知の世界に来ていた。

 その世界は一言で言うならば理想郷と言うべきなのだろうか。自然が生い茂り、太陽が明るく照らすそこはとても居心地が良く、ここにいるだけで何もかもが浄化されどんな悪人でも心安らかになりそうな場所だった。

 士郎は何故急にこのような世界に来たのか疑問に思いつつ、進む。恐らくこの世界のどこかにあるのだろう、聖遺物が。

 

(…どこにあるんだろう)

 

 思えば、士郎は聖遺物があるということを聞いただけでそれがどのような物かは一切教えられていない。だが、恐らくその必要はないということなのだろう。

 たとえどのような形、物だろうと士郎ならば判る。そう『この世全ての悪(アンリマユ)』は言っているのだろうと思われる。

 士郎はしばらくの間探索を続け、森に入るとようやくその姿を現した。

 

「…! これが、聖遺物…か?」

 

 士郎は森の中を進んでいると、少し空けた場所に出た。すると、そこには日の明かりに照らされている木に立て掛けられている"鞘"があった。

 

「これを使えば、おれはアルトリア達を助けれる…」

 

「その通りだよ、シロウ君」

 

 士郎が鞘に手を伸ばそうとしたら、唐突に背後から声が聞こえた。

 

「…誰?」

 

 そこにいたのは白いフード付のマントを羽織った若い魔術師。

 

「私は…そうだね、花の妖精だと思えばいいさ。さてさてシロウ君、君はその鞘を求めてここまで来たのだろう。助かりたいから、なによりあの子達を護りたいから」

 

 急に出てきた魔術師に士郎はどう応えればと一瞬固まってしまう。

 

「…えっと」

 

「ああ、ごめん。急にこんなこと言われても戸惑うよね。失敗失敗」

 

 どこか緩く胡散臭さのある魔術師ではあるものの、別段敵対する素振りはなさそうだ。士郎は気を抜いて話す。

 

「えっと、誰だかわかんないけど、あんたこれのことを知っているの?」

 

「もちろん知っているとも。私とも縁が深い物だしね」

 

「…………」

 

 士郎はある程度察する。今目の前にいる魔術師はサーヴァントの一人ではないかと。

 何故なら、彼はこの鞘と縁が深いと言った。士郎からしてもこの鞘は大昔、中世辺りだろうか、そんな時代の物だと判る。

 そんな物と縁が深いのだから、何かしらの魔術を使って不老を実現して今も生きている伝説的な魔術師か、それかサーヴァントか、そのどちらかだろう。

 何にせよ、怪しい人物なのは変わらない。

 

「……………」

 

「ははは、そんなに疑わしそうに見ないでおくれ。正直、子供にそう見られるのはショックが大きいからさ」

 

「…それならさ、教えてくれ。この鞘は一体なんなんだ?」

 

「この鞘かい? あれはね、とある王様の剣、その鞘さ。あれは持つだけで不老不死の効果を得られるとんでもアイテムだよ」

 

 士郎は聖遺物を見る(解析する)。結果、あれはアーサー王が持つ聖剣エクスカリバー、その鞘だと判った。

 

「…! やっぱり、あれは…」

 

「うん。あれこそはアーサーが持ちし剣の鞘、その名も『全て遠き理想郷(アヴァロン)』」

 

「『全て遠き理想郷(アヴァロン)』…」

 

 静かに呟く。エクスカリバーの鞘、その存在は士郎自身よく知っている。故に、何故それがここにあるのかという疑問が出る。

 これが切嗣が入れたのは判っている。判らないのは何故切嗣がこれを持っていたのかだ。

 伝説通りならばこれは失ってから見つかることはなかった筈の物だ。それをどうやって見つけたのか。

 

「…考えても仕方ないや」

 

 その疑問に答えれるものはすでに他界している。ならば考えても仕方ないだろう。

 とにかくだ、ようやく聖杯から解放されるのだ。早く起動しようとする。

 

「ねえ、少しいいかな?」

 

 そう思って手を伸ばそうとしたら、また魔術師に止められる。士郎はなんだよ、と不機嫌な顔で応える。こっちとしてはさっさと起動させたいのだ。邪魔をされたくはない。

 

「大丈夫、すぐに終わるから。少しだけ老人に耳を傾けてはくれないかな」

 

 判ったからさっさとしろと眉間のシワを寄せる。

 

「それでね、君はアルトリアのことをどう思っているかなんだけど…」

 

 そう言われ、ハッとなったのと同時に一瞬だけ顔を赤くする。

 

「…うん。君の理想は見させてもらったけど、やっぱりね。まあ、それを伝えるかどうかは君次第だ。

 さて、とにかく君はアルトリアのことが好きだとして、シロウ君、君は覚悟ができているかい?」

 

「…覚、悟」

 

 魔術師の言う覚悟とは、もちろんあの事なのだろう。

 

「そうだ。君ももちろん判っているだろう。サーヴァントはいずれこの世からいなくなる。それは摂理だ。誰が決めた? と言われれば世界が決めたとしか言えない」

 

 淡々とあまり聞きたくない事実を述べられる。

 士郎としてもいずれそう言われることは判っていた。が、改めて言われると辛く感じる。

 

「それで、君はアルトリアとどうしたい? 君には選ぶ権利がある。もう判っているとは思うけど君には聖杯があるからね。それで彼女をこの世界に留めることも不可能ではない」

 

 そう希望的に言うが、「ただし」と付け加えてくる。

 

「彼女が、このようなことを望むかな」

 

 一気に叩き落とされたようだった。アルトリアがそのようなことを望むかと言われれば、答えは否。アルトリアが現世に未練を残したとして、留まることはないだろう。何せ、彼女は悲惨な人生を歩んだものの、そのやり直しは求めておらず、そしてその事に関しての罪だけは背負おうとしているのだ。罪を背負いながら現世に生きようと思えるだろうか。

 

「とても責任感が強い子だからね。国が滅んだのも自分の責任と思って死を選んだんだ。

 …君がそんな彼女の思いを理解しろ、とは言わない。けど、君が彼女に第二の人生を歩ませるのは彼女そのものを否定するようなものだよ」

 

「………………」

 

 正論であるがゆえに何も言い返せない。最早アルトリアを救うことはできないというのだろうか。何もできずにただ終わるだけなのか。

 そんなのは嫌だった。もうアルトリアが好きだと自覚している今、アルトリアのために全力で応えてあげたい。そう思う。

 しかし、こうして現実を突きつけられ、何もできないと知る。結局無力なんだと。どれだけ万能の願望器を渡したとしても、アルトリアは救われない、喜ばない。

 

「いずれ君はこの答を知らなければいけない。そして、そのときは約束してほしい。たとえどれだけ辛いことでもその現実をどうか受け入れてほしい」

 

 魔術師は士郎の肩に手を置いて言う。

 

「…判った」

 

 士郎は握り拳を作りながらも、頷く。

 

「うん。さて、引き留めて悪かったね。さあ、彼女達を助けにお行き」

 

 魔術師もそれに満足そうに頷くと手で促す。

 士郎は聖遺物、『全て遠き理想郷(アヴァロン)』に触れる。そして、自身の体にある聖杯からアーサー王、アルトリアの魔力を探し、それを送り込む。すると、

 

「…!」

 

 『全て遠き理想郷(アヴァロン)』は輝きだすと、士郎を光で包み込む。それは決して嫌なものではなく士郎の全身を包むと、消え去った。

 

「…シロウ君。どうか、アルトリアをよろしく頼むよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………はぁ~。やっとこ自由になれるのかな。全く、元々聖杯(アレ)から逃げたくてこの体に乗り移ったのに、結局ついてくるんだもんなあ。

 それでもさっさとこの体が死んでくれればあとは自由気ままにできたのに」

 

 士郎が見えなくなってから『この世全ての悪(アンリマユ)』は独り言を溢す。

 

「あいつも強くなったな。前はもうちょいなよなよした奴だったんだけどな」

 

 上を見上げる。彼は今までのことを振り返っているようだ。

 思えば『この世全ての悪(アンリマユ)』が士郎の体に住み着いてから十年も経っているのだ。その間彼は士郎と同じものをずっと見続けていた。

 

「…今も覚えている。士郎が赤ん坊の頃、あいつは切嗣の親ッさんに育てられていたな」

 

 昔のことを昨日のように思い出せる『この世全ての悪(アンリマユ)』は時々クツクツと笑う。それだけ愉快なことがあったのだ。

 

(そうだ。あの親ッさんはいつも不器用ながら育てていた。士郎が泣きじゃくれば必死にあやすけど、全く泣き止まなくて困っていた。料理もぶっちゃけそんな上手くない。士郎の状態が判ったことも数度。全く、とんだダメ親父だな)

 

 ケケッ、と『この世全ての悪(アンリマユ)』は笑う。

 切嗣が士郎を育てていたものの、とてもいい育児とはいかなかった。だが、それでも『この世全ての悪(アンリマユ)』は切嗣が親でよかったと思う。何故なら、切嗣の育成はよくなくとも、士郎に夢を与えたのだから。

 

「それが決して良いものってわけじゃないにしても、あいつには正義の味方が一番似合っている」

 

 目を瞑って士郎と切嗣が縁側に座って話しているのを思い出す。

 

「…そろそろかな。…そういや、一つ士郎に言い忘れたことあったな」

 

 ふと思い出したのか、周囲が明るくなってくるのを見ながら呟く。

 

「――お前の世界、案外居心地よかったよ」

 

 そう言いながら『この世全ての悪(アンリマユ)』は周囲が完全に明るくなるのと同時に消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…!? なんだ!?」

 

 エミヤは士郎に異変が起こったのを察知し、攻撃の手を止める。

 

「Aa――Gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」

 

 士郎は急にのたうちまわる様に暴れると、赤黒く染まった体から光が出てくる。それは徐々に広がり、士郎にまとわりついている聖杯の泥を剥がしていく。

 

「Gaa…! GaaaaaaaaaaaaAAAAAAAAAAA!!!」

 

 必死の抵抗をする。聖杯の泥をかき集めて取り込み、消えた部分を修復していく。

 

「…! まだ抵抗するか。ならば」

 

 エミヤは手に持っている弓を消し、意識を集中する。

 

投影(トレース)開始(オン)…!」

 

 投影する武器は剣ではなく、一本の槍。その槍の中でも強力な光の柱とも呼ばれしもの。それこそ、

 

「『最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)』!!」

 

 エミヤは投影が完了すると、すぐさまその一撃を放つ。

 

「Gaa…! Gaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!! A、Arrrrrrrrrrrcherrrrrrrrrrrrrrrrrrーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

 

 放たれた一撃は、決して本物の様にはいかない。故に、聖杯の泥全てを消し去ることはできないが、その一撃ですでに脆くなっていた士郎にまとわりついていた泥が全て剥がれ落ちることになった。

 

「ぐっ…!」

 

 そして、エミヤもこれ以上結界を展開するのは限界の様だ。殺風景な光景が徐々に消え去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…! アーチャー!!」

 

 一方で、エミヤ達を待っていた凛は急に現れたエミヤに駆け寄る。

 

「凛か。無事、小僧は戻った。安心してくれ」

 

「あ、安心しろって言ったってあんたも結構傷ついているじゃない…!」

 

「なに、この程度どうとでもなる。それより…もう決着はついたのかな?」

 

 戻ってきたエミヤは周囲を見渡す。セラは傷だらけのリーゼリットを治療し、イリヤはこちらを向いている。

 

「ええ。あなた達の勝利よ。もうわたし達は戦う気はないわ」

 

「そうか。それはよかった…」

 

 そう言ってから、同じく戻ってきた士郎の方を見る。士郎はぐったりと倒れているが、聖杯で汚染されていた体も戻っており泥も出していない。もう大丈夫だろう。と思っていると、

 

「ん、んん…あれ? ここは…」

 

「ようやく起きたか、衛宮 士郎」

 

「! そ、そうだ。おれ戻ってきたんだ…! …って、あれ? 今どういう状況なの?」

 

「全部教えてあげるからこっちに来なさい、士郎」

 

 起き上がった士郎は周囲を見渡すが、すでに戦い終わった後という感じで、なにがあったのかわからないでいるが、凛から一部始終教えてもらい自分たちは勝利したということが判った。

 

「…そっか。おれたち勝ったんだ」

 

 安心して座り込む。とそこでふと周囲を見回す。

 

「あれ? そういえば、アルトリアは?」

 

「(…アルトリアね)まだ帰ってきてないわ。けど、時期に戻ってくるわよ」

 

 凛がそう言えば、そっか、と返す。士郎はとにかくそれなら良かったとアルトリアを待っていると、イリヤスフィールが寄ってくる。

 

「…ねえ、少しいいかしら」

 

「…! おれ?」

 

「ええ。あなたよ。あなたに一つ聞きたいの」

 

「何が聞きたいんだ?」

 

 イリヤスフィールは真剣な眼差しで士郎を見る。

 

「あなたは、どうして聖杯が入っているの?」

 

「…! 聖杯、ですって…!?」

 

「……………」

 

 イリヤスフィールの発言に凛は驚き、エミヤは静かに見つめる。

 

「…気づいていたんだな(そっか。だからあんな顔でおれを見ていたのか)」

 

「ええ。それで、どうしてなの?」

 

 士郎は一瞬考えてから切り出す。

 

「なんでっていっても、ぶっちゃけ偶然入ってきただけなんだよな」

 

「…そう。それじゃ、あなたは聖杯になるために入れられたわけではないのね」

 

 そう言えばうん、と頷く士郎。

 

(それじゃあ、キリツグが入れたわけじゃないんだ)

 

 イリヤスフィールが一番懸念していたのはここだ。彼女は士郎の体に聖杯が入っているのは、聖杯を求めるあまり士郎に聖杯を忍ばせていたんじゃないかということだった。無論、切嗣がその様なことを士郎に望むわけないが故に、それはまるっきり見当違いだといえよう。ただ、イリヤスフィールは切嗣がどの様な人物か教えられていただけに、その様に予測してしまったのだ。

 

「…そっか。それじゃ、もういいわ。あなたからは嫌な気配はしなくなったし。

 それじゃあ、他にも聞きたいことがあるんだけど――」

 

 と言って切り出すと凛が待って、と手を前に出す。

 

「その前に聞かせて頂戴。士郎の中に聖杯があるってどういうこと? こっちは全然話が判っていないんだけど」

 

 思えば、凛にはまだ真実を一切話していなかった。それに気づいた士郎はそういえば、と話してあげようとするものの、なんと言って話を切り出そうかと考えていると、エミヤが話し出す。

 

「凛、そのことに関しては戻ってからだ。我々は限界に近いのだ。休んでから話を聞いたほうがいいだろう」

 

 そう言えば、「それもそうね」と凛は聞くのを諦める。エミヤのような英霊はまだ余力を残していそうではあるが、他は程度はあれほとんどが限度に達する寸前だ。

 その話を聞いていたイリヤスフィールも顎に指を当ててうーん、と考え込む。

 

「…アーチャーの言う通りね。わたしたちももう限界。ここで話をするのは落ち着かないし。ね、シロウ、あなたのお家に連れて行ってはくれないかしら?」

 

「――! え、ええっ!? お、おれの家に!?」

 

 唐突にその様なことを言われ、士郎は動揺してしまう。もう決着がついているとはいえ、先程まで敵同士だったというのに急に親しく家に行こうなどとどうして考えられようか。

 

「ダメなの?」

 

「いや、ダメっていうか、それでいいのかな、っていうかもう違うって言っても敵だった人の家に、行ってもいいのかな? って」

 

 士郎は動揺して考えがまとまらず凛に助け舟を呼ぶが、凛はまあいいんじゃない、とでもいう様に無関心を決めている。エミヤも同様だ。そして、セラもリーゼリットも「私達は何も異論はありません」とでもいうような雰囲気を醸し出している。もう拒否できる要素は皆無になった。

 

「え、ええ…」

 

「ね、いいでしょ?」

 

 小首を傾げてそう言ってくるイリヤスフィールは幼い少女にしか見えない。そして、士郎はそんな少女の願い事をそうそう断れるわけもなく、

 

「はぁ。判ったよ…」

 

 と堪忍する。これにイリヤスフィールはぱっと明るい表情になると、「やったぁ!」と無邪気に喜ぶ。もう戦っていた時の雰囲気は無くなっている。緊張感が無くなったことにより素の状態でいられるようになったということなのだろう。

 

「それじゃ、あとは案内お願いね?」

 

「…お前、確か家を使い魔で覗いていたことなかった?」

 

 そんなことは聞こえません。というように弾んでいるイリヤスフィールは、士郎に手を差し出す。

 

「それじゃ、よろしくね?」

 

「…はあ。もういいや。うん、こっちもよろしくな…」

 

 イリヤスフィールは結果的に敗北したが、それでもかけがえのない従者二人を守ることができ、こうしてずっと望んでいたことが実現しようとしていた。もうアインツベルンに居場所はない。だが、イリヤスフィールにはリーゼリットもセラもいる。そして、何より大事な弟と和解できたのだ。もうアインツベルンにいる理由も無いだろう。イリヤスフィールは自由を手に入れたのだ。

 士郎はイリヤスフィールが差し出した手を握ろうと手を出す。士郎はこれでようやく家に帰れると思い、イリヤスフィールと同じくらい嬉しくなり自然と笑顔を溢し、その手を握る――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なかなか見物だったぞ。雑種共」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――ことはできずに、目の前で血吹雪が舞った。

 

 

 

 

 

 

 




ども、ウェズンです。まさかの二連チャンで前書きであんなことを書いてしまうとは…
まあそれはさておき、ようやくバーサーカー戦終了です。けど、立て続けにくるこれは…全く傍迷惑だ。といいつつも、これくらいしなきゃなあ〜と思うのでした。
では、また次回お会いしましょう。
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