Fate/stay night 槍の騎士王と幼い正義の味方 作:ウェズン
皆さんハロウィンは楽しめましたか。今回はカオスを極めたような内容でしたねwww面白かったです。
では始まります。
その日の夜。衛宮邸に帰ってきた二人を見て凛は首を傾げていた。
(どうしたのかしら二人とも。なんだかいつもより空気が暗いというかよそよそしいわね)
凛は二人の間で何が起こったのか判らずにいる。二人は一見すれば大して変わった様子はない。だが、どこか距離を取っているというべきか、一線を引いているように感じられるのだ。以前まではそんなことはあり得なかった。むしろ二人は出会ってからずっと仲がよかったベストパートナーといえるほどだった。
(…何かあったのかしら。いえ、何かあったからこんなことになっているのよね)
凛はある程度状況を理解できたら、詳しくは士郎から聞こうと決め、箸と米の入った茶碗を手に持つ。
「…なるほど。そんなことがあったのね」
「うん…」
食事が終わり風呂にも入った凛は、部屋に招いた士郎から話を聞き出した。その結果、判ったことは士郎は良い雰囲気になったから告白したが断られたということだった。
「どうして断ったか聞いた?」
凛はやはり腑に落ちないのか、アルトリアが断った理由を訊ねる。
「…うん」
士郎は俯いたまま、告白したあとのことを話し出す。
「すみません。その想いには応えられ、ません」
「………………」
はっきりとした拒絶だった。だが、士郎は決して落胆はしない。
判っていたからだ。アルトリアが断るだろうということは花の魔術師からアルトリアについて聞いたときから確信できていた。
しかし、
(…判ってる。判っていたことだ。なのに、なんで…!)
士郎の顔に夕陽を反射して輝く縦線が引かれる。アルトリアはそんな士郎を見てとてもいたたまれなく胸を締め付けられる。
士郎はやはり断られたことが何よりも辛かった。必死に涙を堪えようとしても、目からは止めどなく溢れてくる。
「…シロウ」
アルトリアは士郎の顔に手を伸ばしかけて止める。そんな資格が自分にあるとは思えなかったからだ。
「…ごめんアルトリア。そろそろ暗くなるから帰ろっか」
「…はい」
二人はまた歩き出す。さっきまであった雰囲気は消え去り、どこか憂鬱なまま衛宮邸を目指して歩く。
「…アルトリア」
「はい…なんでしょうか」
「一応さ、理由とか聞いてもいいか?」
「…はい」
士郎は立ち止まり振り向かずにアルトリアから何故断ったのか聞く。
「私は、貴方といるこの時間は何より幸せでした。今までの人生の中でもこれほど幸せだったことはありませんでした。
人として笑い楽しみ支え合う。そのようなことは生前のことを思えば、考えられないことでしょう」
少しだけアルトリアから嗚咽が聞こえてくる。
「だから…だから、私はこれでいいのだろうかと思ったのです。
私は、罪人だ。私はブリテンを滅ぼした元凶の一人です。私なんかが王にならなければ、ブリテンは滅びずに済んだのではないか。そう思うと、今の至福に満ちたこの状況は相応しくないんじゃないかと、間違いなんじゃないかと思ってしまうのです」
士郎は徐々に震える体を拳を握ってこらえながら聞いていたが、最後の言葉を聞くとたまらず振り向く。
「それは違うだろ!! アルトリアはッ! アルトリアは、ずっと頑張ってきたじゃないか。ずっとみんなのために、戦い続けてきたじゃないか…」
涙を流しながら訴えかけるように話す。
「それなのに…! それなのに自分なんかがなんていうなよっ! もう、いいじゃないか。何も、何も間違っちゃなんかいない。アルトリアは国が滅んだ原因なんかでもない。なにも悪くない!」
士郎はもう自分でも何を言っているのかもわからないくらい心の中の想いがぐちゃぐちゃに混ざっていた。
アルトリアは胸が締め付けられる思いでいた。士郎が言っていることは決して間違いではない。現にアルトリアはその言葉に手を伸ばしかけていた。だが、それでもふとした時に蘇るあの光景を思い出すたび逃げるわけにはいかない、背負わなければいけないと思ってしまう。
アルトリアは拳を握りしめ、振りかぶり伸ばしかけた手を戻す。
「シロウ…ですがそれでも私は自分が許せないのです。許すわけにはいかない。この罪は死後も私だけが背負わなければいけない、一人の騎士として…何よりも、王として!」
「―――――」
これ以上何も言えなかった。アルトリアは本当に折れる様子はなく、涙を見せながらも凛とした態度で頑なに断言する。
「…そうかよ。それがアルトリアの答かよ」
握り締めていた拳を緩め、ぶら下げる。折れたのは士郎だった。
「…はい。すみません。貴方は――」
最後に少しだけ俯いて言いかけたのを、もう何も言わないでくれ、と言いまた振り向いて歩き出す。アルトリアもその後をついていく。
その後二人の間に会話はなかった。
「…そう。彼女はずっと罪から逃げるつもりはない。そして、その罪を士郎に背負わせたくない、とそういうことね?」
「うん。本当ふざけているよ。一体いつの話をしているんだって。もうとっくに許されてもいいって、そう思うのに死んでも背負い続けるだなんて」
士郎は吐き捨てるように言う。それに思うところがあったのか凛は少し叱ろうかと思ったら、
「けど、判んない訳じゃないんだよな」
士郎はポツリと虚しさを感じさせる。凛は一瞬意表を突かれたような顔になる。
「おれもさ、きっと同じこと思ったと思う。おれもいつかアーチャー師匠と同じようになったらきっと、ずっと自分がしたことが許せないでいただろうな」
士郎は俯き縮こまる。
「…あんなこと言っておきながらなんだよって話だよ。一番おれが許していないのに、許しているだなんて」
自身を嘲るような歪んだ笑顔で言う。凛は暗く落ち込んでしまっているのをどうしようもできず、ただ見ているしかなかった。
(大分参っちゃっているわね。それもそうか。…仕方ない。こればっかりは時間に頼るしかない。魔術王との戦いはもう一日、日を置いてから――)
「おれ、もう明日のために寝るな。明日は絶対に勝とう」
凛は急に立ち上がった士郎の言葉を聞いてびっくりする。これだけ落ち込んでいるというのに明日魔術王と戦うつもりらしい。
「ちょっと、いいの? もし必要だったら明日も休んで――」
「明日しかないんだ。これ以上あいつを待たせたらヤバイんでしょ? 大丈夫だよ。おれは大丈夫」
まるで自分に言い聞かせるように心配はないと言う士郎は自室に向かう。
「…本当に大丈夫かしら」
凛は始終心配でならなかった。この先二人の仲が険悪したままでやっていけるのだろうか。もし戦いの最中に決裂するようなことがあったら、そこを魔術王に付け込まれる可能性がある。いや、絶対にするだろう。
そんなことになったらおしまいだ。凛も士郎もアルトリアもエミヤもただの人形と成り果てるが関の山といったところだ。
凛はそんな思いが渦巻いているが、ここまで来てしまった以上引き下がるわけにはいかない。今は、二人を信じる他なかった。
(…大丈夫、よね)
◇
次の日の朝。決戦の日。聖杯戦争は終盤を迎えようとしていた。今日の夜、ついに魔術王と全面対決だ。
士郎達は神妙な雰囲気に包まれた居間でお互い向き合って座っている。
「…いよいよね。各々覚悟は決まったかしら」
「…うん」
「無論だ」
「………………」
士郎、エミヤは頷き、アルトリアは頷きこそしないが雰囲気から覚悟はできていると感じられる。
それを見た凛も頷き、改めて戦う相手を確認する。
「いい? 今回の相手はキャスターとセイバーよ。キャスターはあの魔術王でセイバーは現段階じゃ不明。なるべく万全な状態で挑みたいわね」
凛は顎に手を当てる。セイバーについては諸々不明瞭なことが多い。そのため、現状判ることで出きる限り対策を立てたい。
「作戦も立てたいところだけど、果たしてあの魔術王に通用するか。だから策は無し。真っ向勝負で行くわよ。いいかしら、アーチャー」
「ああ、もちろん」
凛は確認をとり、任せるわよ、と今回はニヒルな笑みを見せるエミヤに戦いは一任するようだ。
さて、と凛がテーブルに両肘をついて顔の前に手を合わせ真剣な眼差しを全員に向ける。
「それじゃ、一番の問題は魔術王ね。といっても、こちらが持ちうる力で対抗できる手段は一つだけ。判っているわね、士郎、ランサー」
「うん」
「ええ」
二人は頷く。凛はそれを見て痼が残っているかのように一瞬目を伏せるが、すぐに上げて見据える。
「よし。ならOKよ。決戦は夜中の12時。それまではみんな休んでいて。くれぐれも休んでいる間に問題を起こさないようにね」
そう言うと、凛は立ち上がり居間から出て行く。エミヤも立ち上がり主人について行く。
居間には黙ったままの士郎とアルトリアだけになった。気不味い空気が立ち込める。
二人はお互い無口なまま話そうとはしない。いや、アルトリアだけは口を開こうとしているが、うまくいかないようだ。口が開きかけては閉じてしまうを繰り返している。
対する士郎は目線が合うことさえも辛いのか、ずっと下の畳に視線を落として合わせないようにしている。
今までこの二人でここまで雰囲気が悪くなることはなかった。それが故にお互いどうしたものかと動くに動けない状況だった。
と思ったら、急に士郎が動き出した。なんだとアルトリアは仄かな希望を持つが、部屋に行くとだけ簡潔に言うと返事も待たずにその場からいなくなる。居間には手を伸ばしかけたアルトリアだけになった。
「…ふう」
アルトリアは手を下ろし、ため息を吐き出す。
(…本当にこの選択は正しかったのでしょうか。…今もその答が出ない)
一人になったアルトリアは天井を見上げながら愁う。
(私が幸せを謳歌する。それは許されることではない。それは確かです。ですが、だからといって誰かを不幸せにしてしまうのは、果たして正しいのでしょうか)
昨日の夕方、士郎が泣いている様子を思い出す。
(…私は…傷つけてしまった。たった一人の少年を)
しばらくその時の事を頭の中で反芻していると、アルトリアは立ち上がって歩く。
(……寝て、いますね)
士郎の部屋の前までゆっくりと来たアルトリアは少しだけ襖を開けて覗く。すると士郎がまだ片付けていなかった布団の中に入って眠っていた。微かな呼吸が聞こえる。
戦いは夜中に始まる。それまでは寝て夜中でも起きていられるようにしようと思ったのだろう。眠りは浅そうではあるがしばらくは起きそうにない。
「…………」
アルトリアは士郎を起こさないように近づく。年相応な寝顔でいる目の前の少年はとてもじゃないが今までの激闘をくぐり抜けたとは思えないほどだ。アルトリアは枕元に座り寝顔を見つめる。
(…シロウはどうして私を、私なんかを好きだと言ってくれたのでしょうか。シロウだって知っているはずだ、私がどのようなことをしてきたのか。
決してシロウの想いが嬉しくないわけではない。シロウは、とても素晴らしい人だ。おそらく、何年経ってもその人柄が褪せることはないでしょう。アーチャーを見ればそれがわかる)
士郎の中に眠る揺るぎない夢、信念、信条。このような人間が世の中どれだけいるだろうか。おそらく、士郎が最初で最後ではないだろうか。そして、そう考えると今の自分がどれほど血濡れた存在かを改めて認識する。
(…私の手は既に赤く染まっている。士郎のような人が、罪人の私の手を握ることは赦されないことだ。私は、何もかもが散ったあの丘に立っているのが一番相応しい)
アルトリアは見つめていた視線を上げると、部屋の隅に置いてある袋が目に入った。それは昨日士郎との買い物で買ったものだ。アルトリアはその袋を手に取って中身を出す。
中身は士郎が買ってくれたライオンを可愛らしくデフォルトされた人形があった。いくら見惚れたからとはいえ、これを子供に買ってもらうというのは些かカッコ悪かったなと今更恥ずかしがる。
アルトリアは人形を軽く玩ぶ。ふんわりとした柔らかな人形はとても軽く手触りも良い。ついつい抱き締めたくなってしまうような愛くるしさだ。
(…シロウは、私のために買ってくださった。こんな、私の我が儘に…)
涙が頬を伝う。結局はそうだった。自身がしでかしたことで人を傷つけてしまった。
こんなことだからランスロットにも、トリスタンにも見放されたのではないか。
アルトリアは項垂れる。士郎とすることがまるで反対だ。士郎はその身を削ってでも人を笑顔にしようとしているのに、自分は我が儘にも振る舞って罪を背負おうとして人を哀しませる。
(私の行いは正しいのでしょうか…)
救いを求めてはいけない。罪の清算など出きるわけ無い。だから、死後も背負い続けなければ。だが、その過程に人を悲しませることは含まれているのか。
アルトリアは迷いが出てきた。これが正しい筈なのに、国の問題は全て王が背負うものだというのが正しい筈なのに、それに迷いが生じた。
正しくは無いと言うのだろうか。それなら、今まで自分が生きてきた訳はなんだったのだろうか。
頭が痛くなりそうだった。いくら考えても答が見つからない。あれだけ士郎に啖呵切ったというのに、結局はアルトリアも迷ってばかりだ。
(…おかしなものですね。こんなこと言うまでもない筈なのに)
アルトリアは顔を上げる。妙だと思ったのだ。今までこの事に迷いなど無かった筈なのに、迷いが出てきてしまっている。
どうしてだろうか、アルトリアは考える。何故このようなことを考えるようになった。いつの間に人間に似たような感情を抱いていた? 英霊の座に居たときはただの機械仕掛けの様だったアルトリアに何故こんなものが生まれたのか。
答はすぐに出た。士郎だ。このように思えるようになったのは士郎がいたからに他ならない。士郎がいたから楽しいと思えた。士郎がいたから幸せを知ることができた。士郎がいたから迷うようになった。だから、
「シロウ…あなたは何故私を惑わすのでしょうか」
誰かを愛することを覚えた。
(…そうだ。私は、私はシロウが…)
大好きだ。アルトリアはようやく自身の想いに気づいた。それと同時に、
「………!?」
ふとしたときに思い出すカムランでの出来事。その時思い知った罪が邪魔をする。いつまでも忘れてはならないと脳裏に焼き付いて離れないでいる。モードレッドの言葉が、モルガンの言葉が頭から離れない。
「…私は赦されるべきではない、というのですね。
いいでしょう。どちらにしろ諦めるしかないことです。私は赦されなくともいい。私は、シロウのために、シロウを阻む者を退ける刃に、盾になるだけだ」
新たに想いを胸に、アルトリアは静かに最期の時を待つ。
◆
「…あれ? なんだここ?」
士郎は寝ていた体を起こし、辺りをキョロキョロと見回す。
「…っていうか、おれ何していたんだっけ…?」
起きる前の記憶が曖昧で最後何をしていたのか思い出せないでいる。
「…! なんだ」
膝だけで立ち後ろを振り向く。何かが近づいている気配がしたのだ。ただ気配がするだけで周囲にはなにもない。
気のせいか、そう思い始める。どれだけ警戒して待っても一向に影も見えないのでただの思い込みだったのだろう。
とにかく、どうやらここは夢の中ではないのか。士郎はふとそう思った。何故なら、辺り一帯は黒く塗りつぶされただけの世界だからだ。
(…そういえば、確か夜中の戦いになるから先に寝て夜中動けるようにしておこうって思ったんだっけ)
徐々に記憶もはっきりとしてきた。士郎はなんでこんな何もない夢を見ているのか不思議でならないが、とにかくこんなところにいつまでも居座っているだけではつまらない。少しこの世界を探索でもしようかと立ち上がる。
少し興味があるのだ。こんなに夢の中で自我がはっきりしていることなんてそうそう経験できないことだ。疑問は残るが、だがそこまで深く考える必要もないこと。士郎は気楽に歩き出そうとして、
「私が出てくるってね」
目の前の視界が埋まる。
「ぬおわっ!! きゅ、急に現れたぁっ!?」
変な叫び声を上げて後ろに転げてしまう。
「イッテテ…」
「はは。大丈夫かいシロウ君」
「あっ、うん。おれは大丈、夫…」
士郎は差し出された手を掴んで起き上がると、ふと差し出した人の顔を見て目をぱちくりとしていた。
「? 私の顔に何か付いているかな?」
「あ、いや、その…気のせいかもしれないけどなんか誰かに似ているような気がして…?」
疑問符を浮かべる士郎にそうかな、と首を傾げて急に現れたその人は言う。
「まあ君がそういうならそうなのかもね。何せ、ここは君の夢だから」
(…! やっぱり。ここは夢の中)
「さて、それじゃ散歩の続きといこうか」
「えっ、あっ、ちょっと待って!」
士郎が立ったのを見るとその人はすたすたと歩き出す。士郎は慌てて追いかける。
「おや。君もついてくるのかい」
「えっ? えっと、まあこんなところに来たところでなにもすることないし、おれも歩いていようかなと思ってたし」
「はっはっはっ。そうかそうか。なら一緒に歩こうか」
二人は並んで歩く。どこへともあてもなく。
二人は始終無言のままだ。士郎は初対面の相手に何か話題を出せるほど器用でもないし、相手の方もただ歩いているだけで楽しいのか笑顔のまま特に話しかけてこない。
士郎は今更ながら一体何者なのだろうと勘繰り始めた。何故かこんな自然に並んで歩いてはいるが、相手が一体何者なのかわからないでいた。ただの夢の人だとしてもどこかが変だ。
士郎は改めてその人を見上げる。身長はエミヤと同じくらいだろうか。長身で結構細い。というより、今気づいたがこの人は女性だ。胸の膨らみも僅かだがある。今までの女性らしい胸のイメージがアルトリアで固定されかけていた故に気づかなかった。他にも、顔はやや女性よりの中性的で鷹を思わせる鋭い青い瞳を持った整った顔だ。髪は薄い黄色の腰まで届きそうな長髪。毛先は艶やかな黒色になっているとても独特な雰囲気がある。そんな女性だった。
(この人、一体…)
「私のことが気になるかい?」
横目で見ていたら唐突に話しかけられる。士郎はビクリとしながら肯定する。
「はははっ、まあ気になるよね。よし、いいだろう。散歩はここまでにして少し私のことについて話そうか」
二人は立ち止まりお互い向き合う。士郎はやはり目の前にいる彼女に誰かの面影を感じる。
「見てわかる通り、私はこの世界、君の夢の住人だ。けど、ただの住人ではないのは確かだ。では、ここで問題だ。私は一体誰でしょう?」
「…クイズかよ」
「少し面白味があったほうがいいかなってね」
何故わざわざ問題形式にするのか判らないが、とにかく真面目に答える。
「えっと……って、なにも知らないのに答えられるわけないじゃん」
「おっと、これは失礼。うっかりしてた。許してね。これでも結構年配なんだ」
「…………」
その姿でなに言ってんだ、と士郎は視線だけで言う。
うわー信用されてなーい、とどこが面白いのか勝手に笑う様は狂っているのか否か。
「まあ、それはさておき、私は決して君の知らない人ではないよ。
ホラ、よく見て。私は君の、よく知っている、あの人だ」
士郎はどこか変に感じながら見てごらんと手を広げている女性を凝視する。頭から少しずつ視線を降ろし、全体像を把握する。すると、
「…! ん? あれ、なんだこれ…なんか…変…だ…?」
士郎は目の前にいる彼女を見ていただけなのに、立ちくらみしたかのような気持ち悪さが襲い、視界が歪んでくる。
「ほら。よーく見てごらん。私は君がよく知るものだよ」
歪む、歪む、歪む。同時に声も混ざり誰の声か判断できなくなる。
「お…まえ…は…」
ぐっちゃになっていく。何もかもが捻れ捻れ、混ざっていく。かき混ぜられていく。水面に映っていた映像に雨が降り注ぐように何もかもが見えなくなる。目の前のものが変わっていく。
そして…見覚えのあるものに変わっていく。
「さあ、視るんだ。私は…」
「お前は…」
「
◆
夜、誰一人いない町の独特な雰囲気の静けさは嵐の前の静けさというものだろうか。暗い道に街灯だけがぼんやりと照らす夜の道を士郎たちは歩いている。その足取りは軽快なものではなく緊張感を漂わせる。
「…そろそろね」
凛が言うように、柳道寺が見えてきた。異様な雰囲気を纏い、早くこちらに来いと言わんばかりのあの寺がキャスター達の拠点だ。外観は何一つ変わっていないというのに、禍々しく感じるのは緊張からくる幻覚か、魔術王がそうさせているのか。
ここまでで会話らしい会話が無い四人だが、仕方ないだろう。皆次の戦いで死ぬかもしれないからだ。嫌でも緊張はする最中会話などしていられようか。
「………」
士郎は緊張しているのかどこか上の空だ。いや、何か別のことについて考えているのか。
「……」
アルトリアは前を向いたまま何を考えているのか判らない。
結局のところ二人の仲は解消できていない。当然と言えばそうだが。
(…この際、仲は悪くてもいいから、せめて最悪な結果だけは出さないでね)
凛はそう願わずにはいられない。今回の戦いは士郎とアルトリアが一番の肝なのだ。その二人がこうしていがみ合っては最悪躍り人形にされて弄ばれる。
とそうしているうちに、柳道寺の階段前に着いた。目の前にそびえ立つ階段を前に士郎達は改めて顔を引き締める。
(…結界が、無くなっている? いや、向こう側にあるのね)
結界の位置が少し変わっているのに気づく。前回ここに来た際はこの階段から先が結界の中だったが、今はこの階段には無くその向こうにあるようだ。
凛から警戒しつつ一段目を踏む。その後ろを士郎達はついていく。一段、一段、足音を鳴らしながら慎重に近づいていく。辺りに罠らしきものは何もない。だからといってここはもう相手のテリトリー内。迂闊な行動はできない。ゆっくりと、ゆっくりと踏みしめていく。
(…罠らしきものは一切無い。逆に不気味ね)
凛はそんなことを考えながら周囲を視線だけ動かして確かめる。
罠が無いというのは果たしてどういう意味なのかと考える。自分達にはそんな小細工は無用だということなのか。はたまた、正々堂々と戦おうじゃないかと意外にも武人気質なのか。
凛はそんなどうでもいいことを考えていないとこの雰囲気に飲まれそうだった。それほどまで階段を登ってからの空気の変わりようがすごいのだ。
(飲まれるな、飲まれるな。いついかなるときも優雅に優雅に)
遠坂家の教訓を思い出しながら足音を響き渡らせる。その時だ。
「――伏せろ!!」
いち速くエミヤが叫ぶ。エミヤの叫びに素早く反応した瞬間、士郎達の頭上を何かが凄まじい勢いで通り過ぎた。
「…今のを避けるか」
士郎達は目の前に降り立ったその人物を見上げる。
「彼の大英雄が不意打ちかね…」
「すまない。マスターにそうしろと命じられたのでな」
士郎はいつかの夜、自身の体を貫いた剣に視線を這わす。相変わらず素晴らしい剣だと思ったのと同時にあの時体に刃が入ってきた感触を思い出して身震いする。
「なるほど、随分と狡猾なマスターと見受ける」
エミヤが普通に話しかけているその人物は、腰ほどまで届く長い灰色の髪に大柄な身体に背中が空いた鎧を身につけ、
「それには同感だ。だからといって代えられるものではない。それに、俺は今更誰がマスターだとしても構わない」
その身の丈ほどもある銀色に鈍く輝く大剣を片手で軽々と振るう剛腕の剣士、
「――貴殿達に恨みはないが、その命貰いうけよう」
セイバーが士郎たちの前に立ち塞がった。
「やってみるがいい…!」
今回はここまで。
最終決戦始まりました。結果がどうなるかは…実はまだ決めてなかったり決めていたり。とまあ、まだ曖昧なんで楽しみにしていてください。