Fate/stay night 槍の騎士王と幼い正義の味方 作:ウェズン
ジイさんはおれが3歳の頃からどこかに行っては、おれをふじねえちゃんのところに預けていった。
…ふじねえちゃんの家はいい人達がいっぱいいて、よくおれを気遣ってくれた。遊んでもくれた。ご飯も美味しかった。けれども、いつまでも頼ってばかりじゃダメな気がした。
…ジイさんが死んだ。おれは一人になった。ふじねえちゃんのところのお父さんがおれを引き取ってくれるって言ってた。
…けど、おれは行かなかった。嫌だったとかじゃない。ただ、おれは正義の味方になりたいんだ。なら、いつまでも悲しんでいられない、一人でも生きられなきゃって思った。
そんなおれの気持ちを素直に受け入れてくれたふじねえちゃんのお父さんにはお礼を言わなきゃ。
…そうだ、おれは正義の味方になる。それがおれの正しい生き方、おれの人生だ、正しい生き方だ。
…ホントウなんだろうか
次の日の朝。士郎は妙な倦怠感を持ちながら起き上がる。
「…あれ?」
自然と起き上がった士郎だが、少し違和感がある。そう、いつもなら抱きつかれていて起き上がれないはずが何故か今日に限って普通に起き上がれた。なんでだ、と横を見れば、そこにはいつも一緒に寝ていたアルトリアがいないのだ。
というより、昨日寝る際アルトリアとは一切話していなかったどころか、寝室まで来たことすら記憶にないのだ。なんでだと士郎は昨日のことを思い出そうとする。
(えっと、確か昨日の夜は調子に乗ってりんに叱られて、アーチャー師匠と訓練して、それから…)
とそこまで思い出して、それからの記憶が無いことに気づく。
(…あれ、なんで思い出せないんだ? おれはいつものように師匠と訓練していたはずだけど……!)
それよりも何か別の記憶が混入しているような感覚がする。とその時、いきなり頭の中に鋭利な刃が入ったような感覚に襲われるのと同時に、昨日の出来事を朧げに思い出す。
(そうだ…! 昨日おれはアーチャー師匠に殺されると思って武器を出そうとした時…時…あれ? うまく思い出せないな。でも、なんだろう。あれは絶対にこの世にあってはいけないもののような…そんな気がする)
士郎は霧がかかったように思い出せないことがあるが、気にしても仕方ないと今は頭の中を切り替える。
(と、そうだ。もう大分明るいからりんも起きているよな。なら早く朝ごはん作らなきゃ)
布団から出た士郎は頭痛とは少し違うが、頭が重く感じながら居間へ向かう。
「起きられたのですね、シロウ」
「あ、アル…ランサー、起きていたんだ」
居間に着くと、アルトリアが朝食を待っていた。台所からは飯の匂いがする。凜が作っているのだろう。結局作れなかったが、とりあえず士郎も座る。
「…シロウ、しばらくの間学校を休まれるようですね」
「え? ああ、うん。おれが離れてさえいれば学校は安全だと思うし」
「ええ。だから私も休んだのよね。と言っても、私以外のマスターがいることはわかっているから意味ないような気がするけどね」
台所から朝食を運んで来た凛が話に割り込む。
「凛もですか。では、今日は一日中鍛錬ですか?」
「ええ。みっちり鍛えてあげようってね」
「あんまりきついことはやめてよ」
士郎は昨日のことがまだ記憶に残っているのかそう言うが、「さあ、どうかしらね〜」と凜は悪魔のような悪戯めいた顔で返す。
士郎はそれに嫌な予感がしつついると、あることを思い出す。それは、昨日のアーチャーとの訓練だ。今日も昨日と同じことをやるのだろうかと思うと士郎は少し落ち込む。あの恐怖をもう一度感じるのかと言われれば誰でも落ち込むだろう。とそう思っていたら、
「うっ…な、なんだ…」
「? どうしたの急に。具合悪いの? 変なものでも混ざってた?」
急に目眩のような感覚、それと同時に吐き気に襲われる。一体なんだと士郎は必死にそれを抑え込む。が、治るどころか耳鳴りまでしてくる。
「ちょっと、本当に大丈夫? 吐き気がするならトイレに行って出しちゃいなさい。楽になるから」
凛は苦しそうに口を押さえている士郎の背中を撫る。
「―!」
そんな中、アルトリアは何かを察したようだが、
「うっ、ぷ、はぁあ。はぁ、はぁ。もう、大丈夫…」
どうにか抑え込むことができたのか、士郎は一息ついて土気色の表情から安心した表情に移る。
「本当に? 今日の鍛錬は休んで寝たほうが…」
「いや、本当に大丈夫だよ」
どう見ても体調が悪そうではあるが、士郎は大丈夫だと言う。だが、凛はそれが見栄を張っているようにしか見えない。
(…今のは…あれはアーチャーが言っていたことと関係があるのでしょうか)
アルトリアは朝食を口に運びながら昨日の夜、ぐったりと気を失っていた士郎を運んで来たアーチャーから聞いた話を思い出す。
あの日、アルトリアはいつものように寝室で士郎を待っていたのだが、その日は何故かアーチャーが士郎を運んで来た。珍しいなと思いながらも、いつもの士郎を思い出せばこんなことがあっても不思議ではないか、と気にしないでアーチャーから士郎を受け取ったのだが、そのすぐ後にアーチャーから鍛錬中に起こったことを聞かされた。士郎の体からいきなり漏れ出て来たもの、それを抑えた光、それが一体どういうものかは一切触れられなかったが、このままでは危ないかもしれないということの旨は伝えられた。
(…何故アーチャーは教えてくれなかった…? いや、それよりアーチャーが言っていた"護れ"とは一体…)
その話をしている時、アーチャーはおもむろに、「この小僧を失いたくなくば、君が護れ」と言った。一体どういう意味が隠されているのかはわからないが、士郎を護るのであれば既にしている。そんなことはアーチャーも知っているはずだ。
ならば、アーチャーは一体どういう意図を持ってそのようなことを言ったのか。それに、その際手渡してきた物に魔力を溜めておけとは一体どういう意味か。
謎は尽きないが、何かしら士郎の身に異変が起こっていることは確か。ならば、自分は士郎のサーヴァントとして助けねばならない。それが
「だーもう! 大丈夫だってばっ!」
「今ので大丈夫なわきゃないでしょうがっ! いいから大人しく見せてみなさい!」
そんなことを思っていた傍ら、士郎と凛は何故か取っ組み合いになっている。どうやら凛が世話を焼こうとして、士郎がそこまでしなくていいと拒んだようだ。なんとも陽気な二人にもう少し緊張感を持って欲しいが、どちらもこのことは知らないようなので仕方ないと諦めて、黙々と箸を動かすのであった。
(…凛の料理は少し辛いですね)
◇
「あら、今日は珍しく見学? ランサー」
「はい。マスターがどれほど強くなられたのか確認をしに来ました」
それから食事が終わって少し経った頃、士郎は凛の元で魔術の鍛錬を行なうのだが、今日は何故かアルトリアも士郎について来ていた。
「ふーん。まあいいけど、はっきり言ってあなたがいた時代の魔術と比べられても多分天と地の差が…ああいや、士郎の魔術はまだいい方か」
「ご安心を、それに関しては把握していますので」
(…なんで、アルトリアまでー! 正直アルトリアに見られながらなんて緊張して…うまく、できるかな)
そんな士郎の不安にアルトリアが気づくはずもなく、魔術鍛錬は開始される。
「素晴らしいではありませんかシロウ…!」
「いや、そんなことないよ。りんがしっかり教えてくれたからだ」
「あら? それは謙遜よ。これは間違いなくあなたの才能よ」
一通り終わった頃、アルトリアは自身のマスターを褒め称えていた。緊張はしたものの、集中した結果うまくできたようだ。
士郎はまさかこんなに褒められるとは思っていなかったのか、少し照れくさそうだ。
「これならば、サーヴァントに対抗できる可能性がありますね」
「…! サーヴァント相手、か」
アルトリアが言ったことに士郎はまた昨日のことを思い出す。
昨日、アーチャーから教えてもらったサーヴァントの力。初めてその力を見てから思ってはいたが、いざ目の前にするとその力は本当に絶大なものだった。だからか士郎は少し自信が無くなりかけていた。
士郎がこうして訓練しているのも元はと言えばサーヴァントに対抗するためだった。凛やアーチャーに才能があるということを言われていたのもあってこれならばいけるのでは、とずっと思っていた。だが、その力を実際に教えられた士郎は、こんなのいくら才能があっても勝つどころか勝負にもならない、と言うことを知っただけだった。
「…? どうかされましたか? シロウ」
「えっ? あっ…いや、なんでもないなんでもない。今日は調子いいのかなーってね」
アルトリアは少し落ち込み気味な士郎を心配するが、こればかりはアルトリアに話してもどうしようもないだろう。
(…どうしたのかしら。なんだか随分元気がないような…。やっぱり調子が悪いのか、もしくは…)
いつもの威勢が感じられない士郎に凛は疑問を抱く。昨日、最後に会った時までは変わらない様子だったので、変わったのはその後、アーチャーの特訓の時だろう。一体何をしたのか、されたのかを知るにはアーチャーに聞くしかないだろう。
(…でも、あまり思い上がらせるのも危険よね。なら、後はこれからどれだけ立ち上がれるかを見る他ないか)
とはいえ、実際のところ最近の士郎は少し油断していたところがあったかもしれない。ならば、ここで少し現実を見せるのも一つの手だろう。凛はこのまま傍観するつもりのようだ。
「おや、今日は思いにも寄らない客がおいでのようだな。ランサー」
「はい。シロウがどれほど強くなられたのか気になりまして、先ほど魔術の鍛錬も観させてもらいましたのでこちらも観ようかと」
凛の魔術鍛錬が昼頃に終了し、次にアーチャーの訓練が開始する。
(…今日は一日中見ているつもりなのかな、アルトリアは…)
(――などと思っているな。まあ、わからない訳ではないが、遅かれ早かれ通る道だと諦めるのだな)
アーチャーは士郎の思いに気づき同情しているが、助けるつもりは一切無いらしい。
そんな士郎のことは放っておき、今日も投影魔術を使った訓練をするようであるが、前回ほどの殺気は出さないでやるらしい。あれはさすがに早かっただろうとのことで。
士郎としても昨日のアーチャーの訓練は少しトラウマになっているのでそれはありがたかった。
「では…と言いたいところだが、そろそろ昼だ。一旦食事を摂ってから来たまえ」
早速始まる、かと思えば、アーチャーはストップをかけ、食事をしてから戻って来いと言った。ずっと鍛練に打ち込んでいたために時間が経っていたのを忘れていたようだ。太陽はもう直ぐで一番高いところを通過しようとしていた。
そういえば、と士郎が気づくのと腹の音がなるのはほぼ同時だった。
「…食事をして来ます」
それに少し気恥ずかしさを覚えながら士郎は居間に向かうのであった。
「では、改めて始めるとするか」
当然のようにいたアルトリアと凛の三人の昼食時間が終わり、再び道場に来た士郎はアーチャーの合図と共に投影を開始する。
「ウオオッ!」
投影魔術で『干将・莫耶』を出した士郎は竹刀を持ったアーチャーに僅かに躊躇しながら斬りかかる。
「ぬるいっ!」
「うぐっ! …っ、オオォ!!」
当然ながらそれは防がれ反撃を食らう。だが、そんなことではめげていられない士郎はすぐに体制を整え再び斬りかかる。
アルトリアに見られているため、緊張して動けないかと思えば、アーチャーから感じる殺気がそれを消してくれていた。そのため、士郎はただアーチャーに一太刀でも入れられるように集中していられた。だが、やはり士郎の剣はアーチャーの竹刀に防がれる。
ちなみに、実際は防いではいなく、士郎の持っている剣の腹を狙って叩き、勢いを完全に削いでいるだけである。
「うあっ! くっ、くそっ!」
「……………」
突き飛ばされ、士郎は床に片膝をつけて急に動かなくなる。心なしかいつもより息切れも早い気がする。
そんな士郎の眼を伺い見れば、まだ燃えるかのような意志の強さが垣間見えるが、どこか揺らいでいるようにも見受ける。
「…なんだ、今日は随分と覇気が感じられないな。いつものように撃ち込んでくるがいい。判っているとは思うが、今の貴様ごときでは私に傷一つ負わせられんのだ。がむしゃらにでも斬りかからなければ何も進展しないぞ」
アーチャーはそう言って士郎を促し、それに応えるようにフラフラと覚束ない足取りだがどうにか立ち上がる。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「……おかしなものだ。昨日の貴様はどこへ行った。その樣では勝てるものも勝てんぞ」
アーチャーは厳しくそういうが、士郎は頷きもしない。
何故こうまで覇気がないのか。気づいているであろう通り、昨日のアーチャーから教えてもらった真の戦士の殺気、それが士郎を決定的に弱めてしまっているのだ。今は加減してくれてはいるものの、いざ武器を持ちアーチャーに斬りかかろうとする度あの恐怖心が剣の動きを鈍らせる。
そのことは士郎自身が気付いており、同時に自分はこんなにも弱かったのかと改めて確認された。
(…こんなんで正義の味方になりたいなんて…おれってバカだなぁ)
そして、これは士郎自身気づいているか判らないが、士郎は心のどこかで諦めてしまっている。あまり表に出てはいないが、昨日のアーチャーの訓練がよほど堪えたようだ。
「…貴様…まさかとは思うが、諦めてはいないだろうな」
そんな士郎をアーチャーは目敏く見破る。言われた士郎は目を見開いて驚いた。やはり自分では気づいていなかったようだ。
また、士郎はそう言われて驚きはしたが、同時にどこかでその通りだと思ってしまっている。
「…そうか。心底残念だよ衛宮 士郎。もう少し期待していたのだが、所詮貴様は貴様か。仕方ない、この方法でやるか」
そう士郎が落ち込んでいる時、アーチャーの竹刀が士郎の顔を捉えていた。突然のことで避けれない士郎はもろに受け、首が裂けるのではというほどの勢いで吹き飛ぶ。
「!!」
今のは訓練とはいえ明らかに異常な威力。流石にそれを黙って見過ごすことができないのか、アルトリアは咄嗟に構えようとするが、
「ランサー‼︎ 君はそこで大人しく見ていることだ。君のマスターを殺されたくなくばな…!」
そう殺気を出しながら言われてしまえば、ランサーは下がるしかない。士郎はアーチャーの直ぐ前にいるのに比べ、こちらからは少し遠い。同盟を組んでいる以上アーチャーが殺すとは思えないが、ここで一歩でも動く素振りでも見せたら士郎は何をされるかわからない。
「ゲホッ、ゴホッ、うぐっあっ、カハッ」
士郎はあの一撃で口の中が切れたのか血を吐き出す。
「…何故急にそのようなことを」
「フン。この小僧にはまだしっかりとした戦う覚悟ができてないらしいからな。少し痛い目に合わせ、戦場の厳しさを教える。その上で問おうと思ってな。君にどうこう言われる筋合いはないぞ、ランサー」
それだけ言うと、アーチャーはアルトリアの返事も待たず話を切り士郎を見る。
「…どうした。立てないのか? 立てないというならば結構。貴様はただマスターとして後方に控えているがいい。もとより、マスターとはそういうものだろう。
それとも、貴様には何かあるのか? 後ろにいることをよしとはしない何かが」
起き上がってくれない体を震える腕で少しだけ浮き上がらせ、アーチャーへ視線だけ動かす。
このようなことを言われているが、確かに士郎は前に出ることを止めることをよしとはしない。何故ならば、
「うっぶっ、はっ、はっ。お、おれは…なりたい、なりたいんだ正義の味方…に」
正義の味方にと士郎は僅かに言葉を震わせそういうが、そこで切れてしまう。自分が先ほど思ったことを思い出したのだ。そして、再びアーチャーの竹刀が振るわれる。
「うぶっ」
今度は胴体に直撃した。
「おぶっ、ぐっ」
「…反撃はなしか? そのままではやられて終わるぞ」
そう言ってまた一振り。立ち上がろうとしたところを狙われる。
「がっああ…!」
「…どうした、正義の味方になりたいのだろう? そのような男が、傷つけられたからと言って寝ていてばかりでいいのか? 」
また一振り。今度は吹き飛びはしない。下へと叩きつけたからだ。
いよいよ士郎の体に限度が来た。手加減しているとはいえ、サーヴァントの一撃を何度も食らえばさすがに立てなくなるだろう。
「はぁ、はぁ、はぁ、ゲホッ! あ、ああ」
「最後だ。貴様に問うぞ。貴様は何のために、どういうことのために戦う。貴様が目指しているものは、なんだ!?」
「…………」
だが、士郎は答えない。否、答えられないのだ。今の士郎に答えは無い。
正義の味方になりたい。言えば簡単だった。だが、それは果たして正しいのか? なったとして、果たして自分は正義でいられるのだろうか。いや、いるかいられないかでは無いはずだ。そのはずだった。
士郎はアーチャーを見る。アーチャーを見ていると何故か正義の味方になった後を考えさせた。いや、正義の味方になった後の記憶が流れ込んできたような気がした。
自分は正義の味方になった後、自分はどうなっているのか。生きているのか死んでいるのか。いや、それ以前にそこに自分という個人は存在しているのか。そう思ったら、足が竦んでしまう。嫌だと思ってしまった。
「はぁ、ぐっ、はぁはぁ、はっ、うぶっ」
「…ここまでか。いや、残念だ。まさか、これほどまで弱いとはな。本当に期待外れだ衛宮 士郎。正義の味方など大層な願いを持ちながらその樣か。…ああそうか、つまり――」
そこで区切ったアーチャーはうつ伏せになって僅かに呼吸をしている士郎の髪を引っ張り顔だけを見えるようにする。
「うぐっ…!」
「――貴様のいう正義の味方とは、このような軟弱者のことを言うのか。
だと言うならば、捨てろ。そのような理想を掲げたところで貴様ではなる資格すらない。
…もしくは、貴様が憧れた正義の味方とは――」
アーチャーの言葉に切嗣の顔を思い出させる。士郎にとって憧れた正義の味方とは切嗣のことに他ならないからだ。
そして、途中で切ったアーチャーは一呼吸おいてこう言う。
「――衛宮 切嗣とは、ただの"偽善者"か?」
瞬間、何かが士郎の中で弾けた。
「――――あ、ああ…っ! あああアアァァァァ‼︎!」
偽善者、士郎はこれだけは聞きたくなかった、今の士郎は自分がそうではないかと思ってしまっているからだ。何よりも、それが士郎にとって憧れの人、衛宮 切嗣に向けているのが許せなかった。
士郎はアーチャーの手を強引に振り払い、怒りのまま剣をアーチャーに向けるが、
「………!!」
士郎の剣はアーチャーの竹刀で砕かれる。
剣を壊された以上もはや何もできず、士郎はそのまま力なく、手は空を切りぶら下がる。
「フン。まさか、砕けぬとでも思ったか? 甘いな。貴様ごときの剣製ではまだ私を倒すに至らん。それよりも、貴様は早々にその理想を捨てることだ。そのような理想を抱いていたところで貴様には何の価値もない紛い物だ」
アーチャーの言葉は士郎にはもう届いていない。ただ自分のなりたかった正義の味方とは一体何なのかを必死に考えていた。
だが、答えなど出ない。出るはずがない。もとより、そんなこと判っていたはずなのだ。だが、理想を偽物と否定された士郎は探さずにいられない。それが正しいと言える答えがないと、自分の理想は夢は、本当にただの紛い物になってしまう。そんな気がした。
士郎はただそれだけ考えて、ふと切嗣の顔が頭を過る。偽物、偽善者、切嗣がそんな紛い物ではない、ないと思いたい。だが、今の士郎ではそれを肯定するだけのものが無かった。
「…っ、くそぉっ…! おれは、おれは…! どうすれば…っ、いいんだよぉ」
士郎は完全に自分の世界が崩れていく感じがした。やはり無理だったのか。自分が正義の味方になるなど不可能なのか。こうして殺されることに恐怖し、怯えるような自分では到底なれるようなものではなかったのか。
「…今の貴様には決定的に足りないことがある。それが解らなければ、貴様は一生そのままだ。
ただその理想に、正義の味方に憧れ続けるのであれば…! そのまま理想を抱いて溺死しろ!」
アーチャーはそれだけ言い終わった後に、「今日の訓練はこれで終わりだ。ああ、もう来なくて構わん。今の貴様では到底強くなろうとしたところで無駄だ」と言う。
「――――」
士郎は動かない。傷があって動けないと言うこともあるだろうが、それ以上に何かが完全に壊れてしまって動けなかった。
「…シロウ」
「…………」
士郎は悔しいからなのか判らないが、光が消えかけている眼で、知らず知らず目の前にいるアーチャーに救いでも求めるように手を伸ばそうとした。その時だ、
「…!? うっ、ゲボッ…! ぐっ、おぶっ…!」
一瞬、急に体が跳ね上がるくらい士郎の心臓が脈打ったと思ったら、頭の中が何かに支配されそうな感覚になる。
「…!?」
敏感に異変に気付いたアーチャーとアルトリアはとっさに構える。
「う、んぐっ、ごぼっ」
すると、士郎は喉の奥から何かがこみ上げて来て、口からそれは吐き出された。それは今朝の朝食、昼食でなければ、血でもない。黒い液状の形容し難い何か。
「…!? あれは、一体…!?」
「―!」
アルトリアは士郎から出てきたものに驚き、アーチャーは驚きで眼を見開きながら冷静に出てきたそれを見ている。
「がはっ、ゲホッゲホッ」
士郎は口からそれを出した後、横へと倒れる。
士郎から出てきた黒い何かはひとりでに動き、時折細い蜘蛛の脚のようなものだけ出して立とうとしているのか動こうとしているのかわからないが、徐々に周囲を侵食しようと広がる。が、どうも少量しかなく広がろうとしても広がりきれないようだ。
形容し難いそれに、アーチャーは冷静に見据え、アルトリアは何故かそれが懐かしいような、ついこの前見たような感覚がしており気味悪く感じている。
「…アーチャー、これは…」
「…全く、どれだけ私を困らせればいいのだね、これは。とりあえずは、そうだな…ランサー、君の槍をあれに当ててくれないか」
何故急にそのようなことを言ったのかアルトリアにはわからない。が、とりあえず言われた通り聖槍を出す。すると、黒いそれはまるで怯えるように槍から逃げようとうぞうぞと動き出す。
アルトリアはそれにも不思議に感じながら槍の先を当てる。当てた瞬間、黒い何かは弾けるように消え去る。
「…消えた。アーチャー、もう一度聞きます。これは一体なんですか? 貴方はこれを知っているのでしょう?」
王としての威厳を纏わせ聞いてくるアルトリアにアーチャーは困り果てたような顔になる。
「これがなんなのか、か。答えたいのは山々なんだが、いかんせん私も不思議に思っていてね。申し訳ないが、答えようにも答えが思い浮かばないのだ」
無論、そんなのは嘘だ。アーチャーはあれがなんなのか最適な答えを知っている。
だが、今は教えない。今教えては混乱を招きかねないからだ。さらに言わせれば、アーチャーが知っている彼女のことを思い出せば、士郎の体にあるものを教えた途端、何をしでかすかわからない。とても彼女がそのようなことをする人物とは思っていないが、彼女はいざとなれば冷酷な判断も下せる人だ。万が一がないわけではない。
もしアーチャーの想像通りになればここまでしてきた意味がなくなってしまう上に、もしかしたら想像以上の惨劇を引き出してしまうかもしれない。
とそのように考えているアーチャーだが、実際のところそれは杞憂である。このアルトリアはたとえこれがなんだったであろうと
「…そうですか。わかりました。では、このことは不問にします」
アルトリアは納得がいかないようだが、仕方ないといざとなれば向ける気だった槍も消す。
(すまない。だが、いずれ知るだろう。その時になれば教えてもいいだろう)
もし、本当にその時まで自分が現界していればの話だが。
(…さて、ここからは君に任せよう、ランサー…いや、アーサー王)
◇
「…うっ、ゲホッ…! …はっ!」
それからしばらく経った頃、夜に差し掛かる頃に士郎は目が覚めた。
目覚めた士郎は布団から起き上がって周りを確認する。ここは自分の寝室だ。ふと自分の体を見れば、傷はほぼ完治している。
なんでまたいつの間にここに来ていたのかと思うが、直ぐに思い出せた。それと同時に、絶望感と虚脱感が体を支配していく。
「大丈夫ですか、シロウ」
そんな時、心配そうな表情のアルトリアが部屋に入って来た。
「アル、トリア…」
士郎はしばらくアルトリアを見つめていたが、そのうち目から涙が溢れる。
「シロウ…」
そうな士郎を想ってか、アルトリアは近寄って士郎を優しく抱きしめる。
「…すみません。今の私にはこれ位しかできなくて」
「ううん。ありがとう、アル、トリア…」
そう言っているうちに、士郎から嗚咽が聞こえてくる。
「大丈夫ですから。今は涙を流してください」
アルトリアに抱きつかれていると、士郎は暖かな温もりに包まれ、今まで感じたことがない母を思わせた。おかげで、士郎は涙が枯れるまで泣き続けることができた。
「……ありがとう、アルトリア。もう、大丈夫」
「…はい」
小一時間の間士郎は泣き止むことはなかったが、ようやく落ち着く。
だが、それでも晴れやかにな気持ちにはなれない。士郎にとってそれは本当に辛いことだったのだろう。憧れの人を、誰よりも輝いて見えた人を偽物だと言われたことが。
「…シロウ。少しよろしいでしょうか」
「えっ。えっと、なんだ」
暗く沈んだ空気だったが、アルトリアが士郎に話しかける。
「シロウは、あのアーチャーが言っていたキリツグという人が憧れなのですか?」
「…うん。ほら、前にも言ったおれの名前をつけてくれた、おれのジイさんだよ」
士郎が切嗣の話をするときは嬉しそうに顔を僅かばかりに綻ばせる。それほどにまで大切に思っているのだろう。
「なるほど、シロウの名付け親でしたか」
「うん。おれ、ジイさんには感謝しているんだ。
ジイさんは、正義の味方だった。自分じゃ違うって、なれなかったって言っているけど、ジイさんは間違いなくおれにとって正義の味方だったんだ。だから、憧れた。おれは正義の味方になりたいって思った」
それを見ているアルトリアは我が事のように嬉しそうに微笑む。
「そうですか。士郎が言うのであれば、それはよほど素晴らしい方だったんですね。でしたら、きっとその人は今頃あの世で喜んでいるでしょう」
「え〜。そうかなぁ」
「ええ。なれなかった夢を子供がなろうとしている。それは親からすればとても嬉しいことですから」
少し照れ臭そうに顔を赤らめる士郎。嬉しいのだろう、誰よりもアルトリアにそう言ってくれたが嬉しいのだ。
「…私は、親どうこう以前に、親として接する機会などありませんでしたから。私はその人が少し羨ましいです」
そう憩いを帯びた表情で言うアルトリアに、士郎はアーサー王伝説を思い出す。
叛逆の騎士モードレッド。アーサー王の息子であり、彼の叛逆によってブリテンは滅びたという。
「…もしかしてさ、アルトリアの本当の願いって、自分の国を建て直すこととかだったりする?」
そこで、ふと思い至ることがあった。それは、あの時言い淀んだアルトリアの本当の願いだ。
「…はい。もう少し言うなら、選定のやり直しです」
アルトリアは士郎にバレたことに大して驚きもせず、肯定する。
「選定のやり直しって、アルトリアが王様でなくなるってこと?」
「はい。私は、私という王だったためにブリテンは滅んだのではないか。といつもそう思っているんです。あの時、選定の剣は間違った人を選んでしまったのではと」
アルトリアはこう言うが、士郎はこれを肯定していいのか判らない。誰か他の人が王だったとして、本当に滅びずに済んだのか。そのようなこと士郎には判断しかねる。
「ですが、これは願ってはいけないことです。これを願うと言うことは、今まで私のそばで信じて戦ってくれた騎士達を冒涜することと同義です」
どこか、遠いところを見るように視線を彼方へと向ける。
「国とは王一人にあらず、国とは民とそれを支え護っている人たちがいるからこそ、成り立つんです。私一人の独断でその歴史を塗り替えるのは間違っていると、そう思うんです。
…すみません。私ばかり話していますね」
「ううん。アルトリアがそんなに話してくれておれは嬉しいよ」
士郎はアルトリアに無邪気な笑顔を見せる。
「…フフ。そうですか。だったら良かったです。正直、士郎にこのような話をしては退屈なのではと思っていたので」
「そんなことないさ。おれ一応アーサー王伝説知っているんだからなっ。…あれ、そういえば…」
ドヤ顔でそう言った後、何か引っかかったのか口元を抑え唸る。
「…? どうかしましたか?」
「えっと、ちょっと待ってね。今思い出すから」
そう言って、胡座をかいて少しの間考え込んでいると、
「…! ああ、そうかっ、これだっ! なんか違和感あると思ったんだよなー」
「…? 一体、何のことですか?」
アルトリアは首を傾げる。士郎はそんなアルトリアの方を向いて、真剣な表情になる。何を言い出すのかと思うと、
「うん。一つ聞きたいんだけどさ、アルトリアってさ、なんで女の人なんだ?」
今の今まで何のツッコミがなかったことを言い始めた。確かにそうだ。もともとアーサー王伝説に伝わるアーサー王とは男のはずだ。というより、その時代では女性が王になるには厳しかったはずだ。
「…えっとですね、それは…」
「確かあの時代って女の人が王様になることはできなかったよな。いくら選定の剣に選ばれたからって女の人じゃ絶対反発とかあったはずだよな? どうやって周りを説得したんだ?」
どうも、興味津々という様子だ。アルトリアはその士郎の期待が篭った眼差しに少し威圧されながらも答える。
「えっと、確かにそのことを危惧していたようで、そのため私は男として育てられたんですよ」
「えっ? お、男…?」
アルトリアが言っていることに士郎は首を傾げる。その胸を見ながら。
(えっ、これで男のフリをしていたの? …ちょっと無理がないかな)
そう思っている士郎だが、確かに皆そう思わずにはいられないだろう。
身長は男性のそれだ。顔も美形の男性といえばまだ通るが、その胸だけはどうあっても誤魔化しようがない気がする。だが、こうして世には男性と伝わっているあたり、見事誤魔化せたのだろう。どういった方法かは不明だが。
とそこで、さらに疑問が湧く。
「…あれ? だったらさ、えーと、なんだっけか。あっそうだ、グィネヴィアって人! あの人も実は男の人だったり…?」
「グィネヴィア…ああ、ギネヴィアですか。いえ、彼女は女性ですよ。というより、もし男でしたらランスロットに惚れたりなんかしませんよ」
確かにそうだ。湖の騎士ランスロット。伝説では円卓最強の騎士とされるアーサー王の親友であり、後にアーサー王の王妃を奪い去る事態に遭い裏切りの騎士と言われることになりし罪深き円卓の騎士。
「まあ、そうだよね。…ってあれ? 二人って結婚していたんだよね…?」
「ええ。表面上は」
表面上はということは正式には違うということなのだろう。恐らく、アーサーは男として育てられていたのだから女性と結婚したことにしたのだろう。
だとしたら、実際二人の関係はどういうものなのか。アーサーが女ということは形だけの夫婦でも気づいていたはずだ。
「ええ。ですから、彼女とは表立っては夫婦を演じ、二人の時は友人と言えるかわかりませんが、そんな間柄でした。なので、本当は祝福していたんですよ。彼女にもランスロットという恋人ができたことが。
ランスロットは私の友人でもありましたし、彼は誠実…誠実…? ま、まあとても悪い人ではなかったので。ですが、私の周りのランスロット含め騎士達は…」
それまで懐かしむように話していたのが、急にしょげるというか、落ち込んで哀愁を漂わせるアルトリア。その様子からしてよほど苦労したのだろう。
「え、えっと、それじゃ他にも、えーと、そうだ。モーガンって人はどうなの? 確かアーサー王の姉ちゃんだったはずだよな」
「モーガン…モルガンですね。確かに私の姉です。…彼女には散々酷い目に遭わせられましたね。もしまた会えたらこの槍で…!!」
並みならぬ怒りが湧いてきているようだが、ここでは抑えさせてもらう。
「…すみません。ついあの人のことになると」
「いや、それはいいけどさ。それじゃあさ、モーガンとの結婚で産まれたモードレッドとかは本当にアルトリアの息子なの?」
と士郎が言うと一瞬の間が空く。どうしたんだろうと士郎が思っていると、
「ああ、いえ。そうですか、彼女もここでは男として伝わっていたのですか」
「えっ? それって…まさかモードレッドのこと言ってる?」
「ええ。モードレッドは女です」
士郎がそう言うとアルトリアははっきりと肯定する。
「ええぇ。まあ、アーサー王が女の人だった時点で今更だけどさ。モードレッドもだったんだー」
「ええ。それで、モードレッドですが、彼女は確かに私を基としていますが、正式にはモルガンが魔術で産んだ
つまり、本当の自分の子供とは言い切れない、と言うことだろう。
士郎は驚きを隠せない。まさか魔術で人を造れるということにも驚きだが、何よりモードレッドがその造られた存在だったということの方が驚きだった。
「…なんか、聞いた話と大分違ってくるなぁ」
どこか遠い目をしてそう言う。
「そうなんですか?」
「うん。まあ、アーサー王がすでに女の人だっていう時点で色々と違ってくるんだろうけど」
と言うが、もともと伝説や叙事詩は実際と違ってなんぼだろう。むしろこうして間違えだらけな方がそれらしいといえばそうなのかもしれない。
「フフ。それより、もう大丈夫なようですね」
ふと、アルトリアが言うと士郎は一瞬目を丸くする。
「…うん。正直、まだ立ち上がれそうにないけど、いつまでも落ち込んでいちゃいダメだと思うし」
「……………」
果たして、子供がこのようなことを言っていいのだろうか。幾ら何でも抑え込みすぎではないのか。…いや、もしかしたら士郎は長い間こうだったのかもしれない。
士郎は今より小さな頃に切嗣を亡くしたという。ならば、様々なことが自分でできなければいけない人生だったのだろう。それは例え手を差し伸ばされても借りるわけにはいかない、孤独な生活。士郎を見ているとそう思ってしまう。
アルトリアは孤独でいることがどれほど辛いか知っている。自分も王として必要最低限にしか周りと接する機会は殆どなかった上に、もう既にこの身は人間とは違うものになってしまっているのだ。周りとは近いようで、どこか遠くに感じていた。実質それは士郎と同じ孤独同然だった。
(…もしかしたら、士郎は私と似ているのかもしれない。だから、こうして私が呼ばれたのだろうか)
「あっ、もうこんな時間じゃん。もうそろそろご飯の支度しなきゃ」
そう言って士郎は忙しなく居間に向かい、アルトリアも今はそのことを気にかけることでもないかと、切り替えて今日の夕飯を楽しみにその後をついていく。
今回はここまで。
初めて前書きであんなん書いちゃったけど、大丈夫だろうか。今回の話読む前に少しここでの士郎の人生を知ってほしいなー的な感じで書きました。相変わらず下手な書き方でしたが。
あっ、みなさんどうもウェズンです。今回は先に書いた通りあんなの書いてしまったのでここで挨拶です。
それではまず、みなさん貴重な意見をくださり誠にありがとうございます。その通りにしたいと思います。
後ですね、口調がおかしいと、やはりくるか的な感じの感想をいただきましたが、正直自分も完全に口調が合っているかどうか不安なのです。ので、もしおかしいところがあれば、どの部分がおかしく、どのように直せばいいか書いてくださると直します。(どのようにかは書いてなくとも直しますが、その場合ちゃんと合っている保証はありません)
それにしても、実際女性のアーサー王伝説ってどんな話なんですかね。そこら辺があまり触れられておらず全くわからないので、ここで語ったアーサー王の話は四分の一くらい捏造です。
もし、本編に出てきた時は、ここの話はこの世界のアーサー王の話ということで。
ではこれにて、次回またお会いできれば。