あれ?
二年ぶり?
……思った以上に時間がたっていました。
それではどうぞ、ご覧下さい。
豪華客船に乗船した初日の夜のことだ。
俺、渋谷有利は越後の縮緬問屋のミツエモンの偽名で、お供であるコンラッド……カクさんと共に、豪華客船主催の舞踏会への出席を余儀なくされていた。
特別室のお客という立場上、下手に欠席してしまう方が悪目立ちしてしまうからである。
その支度に追われている俺を、つまらなそうにみているヴォルフラムはすっかり船酔いの気分の悪さからは逃れたらしい。
しかし、密航紛いの事をされた手前、堂々と同行させる訳にもいかないし、第一自国では「我が儘
結果、彼は自室のベッドの中でお留守番の身の上となっていた。
その事に、彼が不満なのはその表情から一目瞭然だ。それでも何とか納得してくれているのだから駄々をこねられる前に支度を終わらせて、動かねばならない。
それなのに俺は現在己の手荷物をひっくり返しながら、ああでもない、こうでもないと探し物をする羽目になってしまっていた。
「……それで、一体お前は何を探しているんだ?」
手荷物をひっくり返している俺を観察することに飽きたのか、声をかけてくる彼に品物を教えるが、単に興味本位から尋ねただけなのか、共に探そうとしてくれる素振りは無い。
そうこうしている間に彼が興味を持ったのは俺の王佐であるギュンターが渡した一冊の本であった。
「……春から始める夢日記」
「日記帳ぉ!?」
しかしその内容は通常の日記帳とは似ても似つかない偽造満載なとんでもない代物であったけれども。
「ヴォルフ。ギュンターの『陛下ラブラブ日記』をどこで手に入れた?」
いつもの爽やかな笑顔で問いかけた名づけ親は、おそらく……いや、間違いなく、楽しんでいたに違いない。
見渡す限り、骨。骨。骨。
それが俺たちが足を踏み入れようとしている、舞踏会の会場だった。
「そういうマナー……なのかな」
そう俺が口を開けたのは、先程までフライドチキンを食べていた女性が、男らしく骨を床に投げ捨てたところを見た時だった。
「そうとしか、考えられませんね」
憶する事は無いものの、名付け親でさえも、どうすれば正解かは分からないのだろう。
何とも微妙な表情のまま、会場の中へと足を踏み出した。
舞踏会、となれば
貴族の当然の嗜みと言う言葉で包まれるそれらの一般常識は、人間も魔族も関係が無いのかもしれない。
「ここまできたら腹を決めて、踊っていただかなくては」
木琴の音色のピアノと、超高音のバイオリンの演奏を背後に、徐に口を開いたコンラッドの発言に、俺は、自然と目を見張る。
「おれ!? 俺が踊れるわけないじゃん! 中三の途中まで野球部だったんだよ!? チアリーダーじゃなくてキャッチャーだったんだから」
俺の必死の言い分も分かるのか、苦笑の笑みを零したコンラッドだったが、次いで浮かべた笑みには、どこかこちらをからかうような色が混じる。
「そうは言っても、ご婦人方が誘ってもらいたそうにこっち見てますし」
コンラッドの目線につられるように視線を向けると、確かに俺に目線を向ける方々が多数いた。
中にはよだれをたらさんばかりの獣めいた方までいる。
「し、しかも男女で組んず解れつするダンスなんて、小学校の運動会止まりだよ」
「……組んず解れつは大げさだけど、ダンスなんて中学の卒業パーティーでやったでしょう?」
ここまで来ると、コンラッドの視線に僅かばかりの呆れが混じる。
地球経験者とはいえ、コンラッドの場合世界各国を飛び回ったバイリンガルで、その常識も大半は欧米諸国やらその他外国の知識で満たされたものだ。
日本の知識もあるにはあるが、一般家庭のダンス経験なんてのは流石に分からなかったらしい。
「ちなみに小学校では、どんなステップを? ワルツ? タンゴ?」
「オクラホマミキサーと秩父音頭」
見事に両極端だと、言った俺自身も思う。
共通点はカントリーと言う土地柄だけだ。
コンラッドは僅かに首を傾げて、ちょっと悩んでから飲み物を置いた。
「じゃあオクラホマミキサーでいきましょう」
そして、俺の舞踏会の戦いは幕を開けた。
「あれと踊ってやってはもらえませぬか」
コンラッドとのダンスの練習を終えた俺を逃がさんとばかりに詰め寄ってきた人、人、人。
口々に請われたその申し出に、困り果てていた俺に、そうやって助け船を与えてくれたのが昼間、船の内部であったピッカリくんこと、ヒスクライフさんだ。
彼が指し示したのは、夜更かし中の幼い少女。
彼の娘、ベアトリスだった。
彼曰く、今日が彼女、ベアトリス御年6歳の、初めての夜会らしい。彼の故国では、六の倍数の春に初めて夜会で踊ると、その者は情熱的な一生を送るという。そこから先は彼自身の昔話のようなので割愛するが。
ヴォルフラムが俺を追いかけた一件が、情熱的な恋の結果で有り、娘にもそのような一生を送って欲しいと思っているという彼の考え……というよりも、これは異世界の独特な考えなのだろうか。
日本の父親の思考とは、あまりにも違いすぎて理解は難しい。
「いいですか坊ちゃん、彼女の前に行って、一曲踊っていただけませんかとか、お嬢様お手をどうぞとか、ダンディーにかっこよく誘うんですよ」
しかし、他に踊ることで波風を立たせないでいられる相手が居ないのも確かで。先刻コンラッドが行ったように、上級な客室に泊まっている俺が下手に誰とも踊らないのは変に悪目立ちすると言うもの。
生まれてから初めての経験に覚悟を決めた俺は、ベアトリスの前に跪いて、可能な限り男前な声を作る。
「お嬢さん、お手を拝借」
肝心なところで、間違えたわけだが。
ゆっくりとした、スローテンポのワルツをおっかなびっくりな様子で踊る主人は、相手との身長差の為か、腰の引けたみっともないステップになってしまっていた。
「随分ご執心だねぇ。
右側のやや後方から囁かれた言葉に、チラリと視線だけを向ける。
その呼び方は本来なら乗客がほとんど人間を占めるここでは褒められたものではないが、ダンスパーティーの最中、混雑しているこの場所で、この二人の距離と音量から余人に聞き取られない自信があるのだろう。
そこまで考えながら、漸く話しかけられたコンラッドが相手の呼びかけに答えた。
「ヨザか。何かあったのか?」
それに対して、無言で肩を竦めた男……一見して、そうは見えない程の見事な女装姿を披露しているが、敢えてそれは無視する……彼は、やや弱々しい声音で責め立てるようにこちらに声を上げる。
「何かあったのかって、何かないと話しかけてもダメなんですか? ちょっと薄情すぎません?」
「茶化すな」
語尾をやや強めると、唇を曲げて…不満ですと身振り手振りで主張しつつも、そこまで根に持つつもりもないのか、直ぐさまこちらに視線を向ける。
見慣れたオレンジに近い明るい髪色は現在着用している女性用のドレスに映えるように、一見豪奢な形に盛られている。
しかし、それはおそらく、有事となれば直ぐさま形を崩すことが出来るように何らかの細工がされているのだろう。
ニッと猫のように細められた瞳が面白がっているのは現在己が直面している状況か、それともそれ以外か。
親しげに対話をしているように見せかける体で言葉の続きを促すと、長兄の部下として付いて来た後衛支援役の諜報役は、声を潜めながら語りかけてきた。
「ちょっとご報告はありますが……まぁ、今の変装のままならば、さして影響ないんですけどね」
切り出し方は軽い口調で軽快な物だが、その瞳は深淵のように沈んだままだ。杯に唇を近づけ周囲から……それこそ、至近距離で無ければ唇を読み取れないように隠しつつ、潜めた声で語られた言葉に、自然とコンラッドも眉を寄せた。
「……小シマロン王が?」
「えぇ。……結構あからさまですよ。最も、他の目的を隠すためのカモフラージュも兼ねているのかもしれませんがね」
思案するように一拍、口を閉じたのとその衝撃は、ほとんど同時だった。
ズズンと、横揺れを起こした船。
直ぐさま窓枠に目線を向けた二人がみたのは、殺気立つ無頼者が平穏だった船を襲う瞬間だった。
近頃、このジャンルにまた再燃しております。
結果として、読む方に回っていましたけど。(苦笑)
このエネルギーを作品製作向上にいかせれば良いのになぁ(トオイメ)。
それではここまでおつきあい下さりありがとうございました。