デバッグ処理を行ってから光秀は以前より処理がスムーズになったと感じていた。しかしある一点で、処理が滞ることがある。
今の持ち主である魚住について考える時、必ずそこに前の持ち主の存在がちらつく。
彼は明紫波教授の息子で、父親譲りの才能の持ち主だった。むしろ教授の話では、教授自身は秀才で息子こそ天才だったらしい。
そして光秀の開発の半分はその息子が手掛けていた。だからではないが、光秀は彼から多くの言葉を向けられている。そしてその大部分をふたりの死後に緋田が削除していた。
持ち主は絶対の存在で、だからこそ裏切ることはあり得ない。ヒューマノイドは持ち主の所有物であり、けっして対等の立場にならない。
ヒューマノイドは持ち主に誠心誠意尽くし続けなければならない。持ち主が死んだ時は後を追わなければならない。
けっして新しい持ち主を探そうとしてはならない。
毎日のように向けられた言葉のほとんどが、光秀の今の状況を否定している。そしてその矛盾した状況について考えようとすると、処理が滞ってしまう。
魚住はいつものように朝になると警視庁に出勤する。そして最近の光秀はそれを見送ることを日課としていた。警察官という仕事はとても危険なもので、魚住は中でも重要な立場にいる。だからそれなりに疲れもあるだろうに、それを見せることをしない。
だが光秀の視覚に搭載されたセンサーは、昨日から魚住の異変に気付いていた。
「魚住」
朝7時に出勤しようとした魚住を呼びながらコートの袖口をつかむ。その瞬間、光秀は測定モードに切り替えて振り向く魚住の首に手を当てた。
そうして魚住の体温を測ると38度は軽く越えている。
「熱処理がうまくできてないぞ」
「そうか。マスクをつけて行くのは正解のようだな」
「それは好きじゃない」
二日前から魚住は白いマスクで顔を覆っている。しかし光秀はそれが気に入らなかった。だからとそれを告げると魚住が首をかしげる。
「マスクに嫌う要素があるのか?」
「あるから取れ」
マスクを引っ張ってはずさせると光秀は魚住の胸ぐらをつかんだ。わずかに引き寄せて触れるだけのキスをする。
呆然と光秀を見つめていた魚住は、ややあって笑みをこぼした。
「キスができないから嫌いなのか」
「魚住の顔も見えなくなるだろ」
「それは申し訳ないな」
なぜか嬉しそうに謝罪した魚住はマスクで顔を隠すと出掛けていく。そして光秀はそれを見送ることしかできなかった。
そうしてひとりになった光秀はまだぬくもりの残る手に目を落とす。
魚住は現在、連続強盗事件の捜査指揮を執っている。これには複数のヒューマノイドが犯人として関与しているらしい。そしてそのヒューマノイドたちは今まで警察官を何人も負傷させてきた。
だから特別に警備部からRーM001レオーネが捜査応援にきている。さらに月城国際ヒューマノイド研究所にも捜査協力を頼んでいるらしい。
では自分にも何かできることはないのかと、光秀はひとり考える。持ち主の力になることはヒューマノイドとして当たり前のことだからだ。
しかしそこまで考えると、また処理が滞り始めてしまう。
魚住の役に立とうとすると、思考回路に前の持ち主の言葉が現れて滞らせるのだ。