ヒューマノイドと警察官 三章   作:とましの

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32話

額の傷は数針縫う程度で命に別状はなかった。腕なども打撲や捻挫程度で済んだのは事故の規模からすれば奇跡と言ってもいい。だが縫った傷の回復や頭部を打った可能性を考えて数日入院することになった。

 

 

入院二日目に現れた所轄警察官の聴取を終えた頃、部下の有栖川がやってくる。着替えを持ってきてくれた部下は見知らぬ男を連れていた。

荷物をベッド脇に置いた有栖川は男に手を向ける。

「こちらは緋田信長さんです」

「光秀は?」

有栖川の紹介を聞いた瞬間、魚住は質問を向けていた。すると緋田は軽く肩をすくめて見せる。

「機体の損傷から憶測するに即死だったんじゃないかな」

「ふざけてんのか」

「この僕がふざけてるって?」

面白いねと笑った緋田は黒いコートのポケットから電話を取り出した。何やら操作するとその画面を魚住に向けてくる。

「ここまで破損してるのに、修理しろなんて言わないよね?」

「修理できるのか」

写真の光秀は左側を中心として頭部から足まで激しく損傷している。特に左腕は肘から先が完全に折れてしまっていた。さらに顔の左側面の損傷も激しく左目からオイルらしきものが流れている。

「修理不可能だよ。だけどね、彼は元々廃棄予定だったんだ」

直すことができないというその口で、さらに残酷なことを言い放つ。それが信じられず魚住は我知らず首を横に振っていた。

「ありえない。光秀は野良じゃねぇんだ。廃棄する理由がない」

「彼は壊れる寸前だった。それは持ち主も把握してると思うけど?」

「感情プログラムの暴走による誤作動だろ」

「違うよ」

反論する魚住に緋田は短い言葉で否定した。

「彼の中で行動プログラムと感情プログラムの対立が生まれた。それによって思考回路がエラーを繰り返し、内部媒体を磨耗させていった。結果、彼は事故に遭わなかったとしても壊れていた」

緋田の説明は今の魚住には理解し難いものだった。

 

 

光秀の行動を司る基本行動プログラムには、開発者である前の持ち主の命令が残っている。それは前の持ち主が光秀を縛るために入れた独占欲そのものだった。

そのため開発者と明紫波教授が事故死した時、光秀はプログラムに従った。開発者の命令通り、開発者の後を追うため自身を破壊しようとしたのだ。

そのため緋田は開発者の記録ごと命令を削除してスリープモードにした。そうして光秀を眠らせて、緋田は新たなプログラムの開発を始める。開発者の影響のない行動プログラムを光秀に乗せる以外に救う方法がないためだ。そのためには行動プログラムを一から組み立てていかなければならない。

しかしその作業中に光秀は目覚め、そして屋敷からいなくなった。

 

 

「彼の感情プログラムは君に対する強い想いを持っていた。だがそれは行動プログラムにある開発者の命令に反する。その矛盾が思考回路で衝突してシステムを狂わせていたんだよ。おそらくもう会話もままならなかったと思うけど」

緋田の話を魚住は茫然自失の状態で聞いていた。まさか自分への思いが光秀を殺す原因になるとは思いもしなかった。相手がヒューマノイドでも気持ちが通じていれば一緒にいられると思っていたのだ。

「俺が……光秀を殺そうとしていたのか」

「壊したのは事故車だよ」

自分の存在が光秀を追い詰めていた。その事実がのし掛かった魚住には、緋田の言葉は届かなかった。

指先が冷たくなる感覚とともに心は深い闇に沈んでいく。

 

 

 

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