「まったく、真珠はそういうところがムトンチャクだよね」
赤らんだ顔をマスクで覆って帰宅した魚住はレオーネの言葉を流して玄関の前に立った。扉に鍵を差し込み、施錠されていないことに気づく。
「……鍵があいてる」
「おや、3号君がかけ忘れたのかな」
発熱状態の魚住を送ると申し出てくれたレオーネは笑顔のまま肩をすくめた。しかし魚住が扉を開かせるとレオーネの表情が一転する。
「真珠はここで待っていて。僕が中を確認するから」
「何かあるのか?」
魚住が問いかけるそばでレオーネの青褐色の瞳が紫に変わっていた。今までになく真剣な顔で部屋に入ると土足のまま廊下を進みリビングを見る。視覚センサーで熱反応を確認するが、室内に人の気配はなかった。壁の向こうまで確認して人がいないのを認識するとリビングの照明をつける。
そこでレオーネは床に倒れた光秀を見つけて目を丸めた。
「真珠!」
家主であり光秀の持ち主でもある男の名前を呼びながらそばに駆け寄る。倒れている光秀の首元に触れると、長時間機能が停止していたらしくかなり冷えている。
「3号君、大丈夫かい?」
大量の涙を流したらしく床まで水滴が落ちている。しかし横向きに倒れているということは、誰かが端末と繋げたのだろう。Mシリーズはすべて腰に差し込み口があり、端末と繋げる場合は横向きに寝かされる。
だがだとしたら誰がそんなことをしたのか。それを思案するレオーネのそばに魚住が立ち、咳き込みながら電話をかけ始めた。
「石黒、光秀のメンテナンスに来たか?」
携帯電話で問いかける魚住はマスクで表情が読み取りにくい。紫色の瞳でそれを見上げていたレオーネは手元で光秀が動いたのに気付き目を戻した。
「3号君、システムに異常は?」
レオーネの問いかけにいまだ起動準備中らしい光秀は反応しない。
「光秀、大丈夫か」
だが魚住が呼びかけた瞬間、光秀の目がぱちりと開かれた。なぜか驚いた様子でレオーネと魚住とを見て、さらに不思議なことに顔が赤くなる。
「おまえいま名前呼んだだろ!」
「ん?」
突然大声を出した光秀に魚住は眉を浮かせ、レオーネも首を傾ける。
「3号君の名前を呼ぶのは珍しいことなのかい?」
「はじめて呼ばれたんだよ」
「それはスバラシイね」
なんとものんきな光秀の態度にレオーネは思わず安堵の笑みをこぼした。
「それで、3号君はここに侵入した人物を見たのかい?」
「侵入? 緋田以外で誰か来たってことか?」
レオーネが問いかけると侵入者の名前があっさり出た。それを聞いた魚住は電話の相手に緋田が来たらしい旨を告げる。そんな魚住を一瞥したレオーネは改めて光秀に何の用で来たのかと問いかけた。
すると光秀はやや不機嫌な顔を見せる。
「今の俺、充電満タンだわ」
「ああそうか。この手のマンションでは君の充電はできないね。では緋田という人はバッテリーを持ってきてくれたのかな。その人は君の開発関係者?」
「開発サポートをしてた。つーか躾担当?」
「3号君はあまりしつけられた印象がないけどね」
「勝手に外を出歩くなとか。車にぶつかるなとか。そんな躾しかされてねぇよ。箸の持ち方は魚住のを見てできるようになった」
「そっか。三歳だからね」
見た目に反して幼い光秀にレオーネは笑顔でうなずいた。その間に電話を終えた魚住は咳き込みながらコートを脱ぐ。
「コーヒーくらいは出してやるから、靴を脱げ」
荷物とコートをソファに置いた魚住はそう言いながらキッチンに入っていった。その背中を見たレオーネは慌てて靴を脱ぐ。