大型モニターに映し出された大量の数列が人の目には追えない速度で流れていく。研究所が誇るスーパーコンピューターは現在最高速度で演算処理を行い続けていた。
電子音と廃棄熱の音に囲まれながら徳川真琴は端末のキーボードに指を乗せ立っている。しかしその目はうつろげに虚空を見つめまぶたも半分閉ざされていた。
「おっ、またこんな時間に研究してたのか」
そんな徳川の元へ勢いよく扉を開かせた前木がやってくる。
遠く聞き覚えのある声に呼ばれた気がして徳川はゆっくりと目を開かせた。広がった視界の中には前木と石黒の顔がある。
「大丈夫ですか?」
石黒に問われた徳川は自分が床に寝かされている事に気付いた。慌てて起き上がろうとしたところで前木がまだ駄目だと手を差し出してくる。
その瞬間、徳川は半ば反射的に前木の手を弾いていた。
「あ……ごめん」
前木はショックを受けたような顔で謝罪を口にする。そしてそんな前木を徳川は無表情のまま見つめていた。
「徳川、本当に大丈夫ですか? いま何をしたのかわかってますか?」
再び石黒から問いかけられた徳川は前木から石黒へ視点を移す。
「理解している。大丈夫だ」
一定の距離を保っていてくれる石黒と違い、前木は距離感が近すぎる。それだけのことを認識した徳川は誰の手も借りずに立ち上がった。
そしていまだしゃがみこんだままの前木を見下ろす。
「俺は触られるのは好きじゃない」
「ごめん…本当に、ごめん…なさい」
謝罪を繰り返す前木の目が涙ににじむ。それを眺めていた徳川は無表情のままゆっくりと首を傾けた。
「謝罪する意図がわからない。すまない。俺はいま…」
言葉を途中で途切らせた徳川は紫色の瞳を石黒に向けた。ふたりを交互に見やった後に、徳川はゆるゆると大型モニターを指さす。
「研究所内のシステムに介入して演算処理をさせている。だから俺のシステムの大部分がそちらで使われていて、感情プログラムが停止している」
「え?」
「徳川?」
説明を聞いたふたりが驚きの顔で声を出す。その合間に徳川はモニターに近づいて端末に指を乗せた。するとモニターの中を流れ続けていた数列の速度がわずかに緩まる。
ややあって振り向いた徳川は紫色の瞳を細めてため息を吐き出した。人間らしいしぐさを取り戻した徳川は改めてふたりを見る。
「どうした?」
「え……ええええええ?」
改めて問いかける徳川の視界の中で前木が奇妙な声を上げた。同時に石黒は真面目な顔で何をしているのかと問いかける。
「ここでなんの演算処理をしているんですか?」
「003用のプログラムを再構築する。思考回路にエラーを起こすほどの矛盾を抱えてしまうと通常の対応では直らない。だからと言って彼は全クリーンアップを望まないだろう。それなら明紫波教授のプログラム以上のものを構築しなければ」
「言っておきますが、教授はあのプログラムをMシリーズ開発以前から作り続けていたんです。感情プログラムに至っては十年前の001開発段階から続けていました。それを短期間でなど、不可能です」
「新規作成なら不可能だが、再構築なら可能だ。俺の中にはM002の行動プログラムが搭載されている。それを基盤として、彼のプログラムの再構築をはかればいい」
自分の胸に手を当てて告げた徳川の目の前で石黒が驚きに目を丸めた。
「あなたは……RーM002なんですか?」
「昔はそう呼ばれていた。だが今は徳川真琴だ。それとこの事は他言無用で頼む。俺に昔の002を求められても困るからな」
そう言い放った徳川は再び端末に指を置き、演算速度を速めた。