泥を蒸発させる炎を纏い、地表に私は墜落していく。
視界は炎で埋め尽くされているけれど、自分の身体がまるでスイッチが切れたかの様に、順次危険な状態に移行しているのがわかった。普通にデミ鯖として戦うなら兎も角、笑顔でその限界を踏み越えて踏み越えて全部を焚べて戦ったのだ。その反動があるのは必然だった。
目が霞む。身体に力が入らない。魔術回路が激痛を発している。息をする度に喉が、肺が痛む。泥が蒸発する音が煩い。頭が痛い。頭の回転が段々と鈍っていく。
そんな状態では、幾らサーヴァントの身体と経験を継承していても、受け身なんて取れるはずがない。そうして私は、なす術もなく瓦礫の中に落下したのだった。
「あ、ぐっ…」
強い衝撃。激痛。
意識を手放してしまいたい気持ちを抑えて上体を起こすと、太ももをセイバーに渡した筈の『
「きゃ、すたー」
『分かってる!』
多くの宝具の真名開放と魔術の同時使用をやめたことで、かなり増えてきた魔力で私に回復魔術が施される。
それに、ここにこの剣がある以上、きっとセイバーは泥を被って消滅しちゃったんだろう。言うだけ言って、私は何もしてあげられなかった事に今更ながら後悔を感じる。いや、ある意味私に復讐を果たしたって事なのかな…
「せーのっ!」
そんな考えを追い出し、私は私で鈍い頭を駆使し魔力を手に収束、そのまま強化して柄を握り一気に引き抜く。痛みは麻痺してしまったのか薄く、けれど当然の様に血が溢れ出る。徐々に再生しているとはいっても、このままでは失血死は免れないだろう。
だから、英霊としての記憶を信じて傍に落ちていた第一宝具である銃に変形している大鎌を握った。
「あ、はは…確かに、これは呪いだね…」
銃形態の大鎌を掴んだ途端、出血が止まった。更にキャスターの魔術を超える速度で身体が再生されていく。致命傷を受けても、即死じゃない限り取り込んだ魂を消費して再生するのがこの第一宝具。疲労までは無くならないあたり、何だか擦り切れるまで戦い続けろって言われてる感じがする鬼畜宝具だった。
身体が再生したのを確認し、疲労困憊の身体を休めるべく宝具を仕舞う。
『マスター、一応それ私の魂そのものなんだけど…』
「怒りの日基準の聖遺物なんて作るからだよ…もう」
そんな風にクスクスと笑いあっていると、段々頭の中にいたキャスターの気配が薄くなっていくのを感じた。
ティアさんはそういう宝具であるため例外だけど、1つの身体に同時に2人の別人の意識があるなんて事は許されない。いくら魂が半ば同化しているとはいえ、キャスターの意識は3画分の令呪によって無理矢理現れていたもの。聖杯戦争が終わり令呪の効果が切れた今、その意識が消滅するのは必然であった。
『うーん、気の利いた別れの言葉とか出ない…どうようマスター?』
「魂まで同化してるから、消える訳じゃないだろうし……うん、軽くでいいんじゃないのかな?」
『気楽だなぁ』
キャスターがやれやれといった感じでため息を吐く。その気配は、もう限りなく薄い。もう僅かな時間しか残ってはいないだろう。その事をキャスターも分かったようで、一気に声が真面目さを取り戻した。
『それじゃあ…またね、マスター。いい人生を』
その言葉最後に、キャスターの意識は泡沫の夢だったかの如く消滅した。それは炎の中の別れで、2回目のお母さんとの別れだった。心に酷い悲しみと喪失感が広がり、心が軋む。
そして私の頭に、もう1人の声が響いた。
『大マスター、付近から
「うん、そうだね…」
ティアさんの報告を信じて、ずっと展開していた天奏の魔術を解いた。
瞬間、眼前に顕現したのは紅蓮の地獄。耳に届くのは風に運ばれる阿鼻叫喚の声。炎の壁が舞い踊るここは、尋常な人間では生きる事の出来ない死地と化していた。
『大マスター、酷い顔してる』
「うん、そうだね…」
先程と寸分違わぬ返事をして、私はフラフラと大橋の方面に向かって歩き始めた。そんな中ぼんやりと考える。今の私は本当に酷い顔だろう。絶唱した感じで血だらけだった筈だし、今だって…
「大マスター、泣かないの?」
瓦礫に躓き転びかけたところを、実体化したティアさんが支えてくれた。ありがとうと思いつつ、肩を借りてそのまま歩いていく。疲労は限界を超えている。支えだった心も折れかけ。幾ら身体が無傷でも、中身が死にかけであるせいで万全に動く事なんて出来なかった。
「今は、泣いてる暇なんて、ないもん。いつ、ギル様と麻婆が、復活するか分かんないし」
「そう」
その一言を言っただけで、ティアさんは口を噤んでくれた。私の震えてしまっている声には一切触れずに。
トラウマを思い出し、新しい家族を失い、今の私はいつ壊れてもおかしくない精神状態だった。キャスター…イオリと話してる時の態度だって、あの場限りの我慢に過ぎない。
自分で自分を騙す事が増えたのはいつからだったっけ?
「水よ」
時折ティアさんの使う水の呪文を除き、無言のまま歩いていく。瓦礫の山を越えて、炎の壁を越えて。途中でケリィを見かけた気がするけどきっと気のせいだろう。ここはもう市民会館だった場所からはかなり離れている。こんな所にまだ到達している訳がない。
「あっ…」
そしてまだ火の手が回っていない住宅地へと到達した時、気合いと根性ではどうにもならない限界が私に訪れた。
魔力で編まれていた髪の毛が解け、色を失い元の長さの白髪へと戻った。
左眼の魔眼のサポートが失われ、視界が一気に悪くなった。
炎の巫女服の展開が解除され、服装がただの普段着へと立ち戻る。
そして、サーヴァントとしての力が十全に使えなくなったせいでティアさんが霊体化した。
「うぐっ」
ティアさんという支えを失った私は、当然の如く道路に叩きつけられる。
消防車と救急車の音が聞こえる。風にはもう悲鳴などは乗っておらず、士郎とケリィを除き人が全滅した事が分かった。道路はとても冷たく、私の意識を連れ去ろうとしていた。
あぁ、もう、いいや…
そうやって意識を投げ出す直前、私の耳に1つの聞き捨てられない音が入ってきた。
(足音…1人)
多分男の人。そこまで若くはない。少し変な動き。
そこまで思考が巡った瞬間、私の
恐怖によって無理矢理心に暗い火を灯す。全身に魔力を回し、
「こ、ろ…す!」
魔力放出によって身体を起こし、ピンと構えた右手を引きしぼる。雷炎を纏わせたそれを振り抜けば、並の人間なら爆発四散、魔術師でも致命傷、シャドウサーヴァントあたりならこちらが死ぬだろう。
もう止める事はないと思いつつ標的の姿を目視した瞬間、そうした意志も、算段も、魔術も全てが霧散した。
「雁夜、おじ…さ、ん?」
視界に移ったのは、私と同じく髪が白に染まったおじさん…つまり、雁夜おじさんだった。聞こえていた足音は、雁夜おじさんが歩いている音だったらしい。桜ちゃんがいないのはわかる。でも何をしに来た?なんでここにいる?そんな疑問が湧いてくるけれど、意識が遠のいて行く私にはもう何も出来ない。
情けない事に、安心したせいか緊張が解けてしまったらしい。ボスンと抱きとめられた事も、少しは影響したのかもしれない。なんでか、人肌がとても恋しいのだ。誰かの温もりが、いつになく欲しかったのだ。
「…い! ………ちゃ…! し……り…ろ! お…!」
何かが聞こえて、身体を揺さぶられるけど、意味が何も分かりはしない。でも、雁夜おじさんなら、悪い様にはしないだろう。
桜ちゃんも雁夜おじさんもイオリのお陰で寿命は伸びてるけど、多分トッキーとか葵さんへの気持ちは微妙に収まってないだろう。もし暴走しそうなら、私が鉄・拳・制・裁でもすればいいかな。いや、桜ちゃんがいるから、そんな事をしなくても、へーきなら、いい…なぁ…
そんな未来の事を考えた所で、私の記憶はスイッチでも切れたかの様にプツンと途切れた。
次回エピローグ
明日投稿するよ!