なんとなくFate   作:銀鈴

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第16節

「そう、だね。そろそろ、終わらせないとね」

 

 ひとしきり血を吐いた後、取り出した長い杖を支えに愛鈴が立ち上がった。膝はガクガクと震え、もう立っているだけで精一杯の様に見える。

 

「宝具が殺されたからもう(霊核)も治せないし、まだ消滅はしないけど、ロクに戦えないしね。全く、メタ張りすぎだよイオリ…」

『キャスターの霊基は、本人の言う通り崩壊が始まっているね。きっと聖杯が無ければ、もう生きてることすらままならないと思う』

『キャスターさんは、そこまでして…』

 

 そうマシュ達が驚くのも無理はないと思う。だって、ここまでボロボロになっているのに愛鈴の目から光は消えてないのだから。元から片方はハイライトが無いのだが。

 

「気をつけろよマスター。多分、まだ愛鈴は諦めてなんかはーー」

「あはは、ロイドさんにはやっぱりバレちゃうか。

 でももう遅い! 安全装置起動、暴走し自壊せよ!」

「まずっ!」

 

 少し離れた場所に立っていたロイドが、突然大爆発に飲み込まれた。それはつまり、こちらを狙う愛鈴に対してオレが無防備になると言うことで…

 

「マスターの首、貰った!」

「あっ…」

 

 これ、死んだ。

 瞬きの間に、目の前に愛鈴が迫って来ていた。その手に杖は無く、けれど引き絞られた右手には淡い光が集まっていた。

 

『先輩ッ!!』

「ーーッ!」

 

 そんなマシュの声が聞こえた瞬間、全身に強い衝撃が走り…

 

「がはっ」

「あ、はは…流石イオリ。

 抜かりは、無かったかぁ…けほっ」

 

 吹き飛ばされ地面に叩きつけられ、けれどオレはまだ生きていた。頬に生暖かい液体がかかり、目を開けると、口元を血に染めた愛鈴に押し倒された状態になっていた。心臓を狙って放たれた抜き手はプロテクターで止まり、どうやらそこで力尽きた様だった。

 

「あーあ、後少しだったのに。今度こそ限界か…カルデアのマスター、折角だし、あなたがトドメを刺してよ。救ってくれるんでしょ?」

「……ごめん」

 

 オレにそんな事は出来ない。甘いと言われるかもしれないけれど、人の命を奪うなんてことはしたくなかった。例え、それが本当に救いなのだとしても。

 

「さっすが善・中立だね…って、ちょっと、何してるの!?」

 

 崩れ落ち魔力が消え初めている愛鈴を、直感に任せて抱き締めていた。

 

「オレに、貴女の気持ちを分かったなんて口が裂けても言えない。トドメを刺してあげることも、殺されてあげることも出来ない」

「じゃあ、この手は何さ」

「だけどもう、休んだって良いんじゃないかな?」

「え…?」

 

 愛鈴が戸惑った様な声を漏らした。

 

「だって、貴女はアヴェンジャーじゃない」

「それはっ…」

 

 オレに対して憎悪や復讐心は抱いていても、愛鈴はまだ巌窟王やジャンヌ・オルタ、ゴルゴーンの様にアヴェンジャーにはなっていない。

 

「だったら、行き着く先は擦り切れて壊れてしまうだけじゃない。立ち止まって、休んだっていい筈だよ」

「あっははは! その程度で、私の事を説得出来るなんて思ったの!?」

『先輩ッ!』

 

 そんな高笑いと共に急激に魔力が溢れ出す。制御なんて考えられていない魔力が、暴走して爆発を起こすまで秒読み段階に突入した。まさか最後に自爆!?

 

「……なんて、言えたらよかったんだけどね。柄付き針の先くらいでも、考えちゃった時点で負けか」

 

 けれどその一言で、目の前で爆発しかけた膨大な魔力が霧散した。解放される寸前の魔力が風を巻き起こし、それだけで全てが過ぎ去った。

 

「聖杯があるっていうのに、私がアヴェンジャーにならなかったのはきっとそういう事なんだろうね。私の憎悪は、アンリマユにも、巌窟王にも、ジャンヌ・オルタにも、ゴルゴーンにも、◼︎◼︎◼︎◼︎・◼︎◼︎の足元にも及ばない」

 

 最後の言葉に、不自然なノイズが走った。

 

「貴方を許す気なんて更々ないけど、殺される覚悟だけで、殺す覚悟は無かったんだろうね…ここまでやったのに」

 

 腕の中に感じる温かみが、急激に失われていく。

 

「全く情けない。これじゃ、デミ・サーヴァント失格だよ。微塵もイオリを受け継げてない」

「いや、それは違うぞ」

 

 そんな声が聞こえ見上げると、右腕が無くなりボロボロになったロイドが戻ってきていた。

 そして、そのまま隣にどっかりと座って話し始めた。

 

「お前はちゃんとイオリを受け継いでいるよ、愛鈴」

「うっそだー…」

「いや、本当だ。自分のやりたい事に周りを巻き込むところ、手段を選ばないところ、そしてただの自殺を選ばなかったところ。他にも色々、ちゃんと全部受け継げてるさ」

「そっか、お義父さんが言うんなら、きっとそうなんだろうね…」

 

 それは見事にイオリに当て嵌まる特徴だけれど、受け継いで良いところ…なんだろうか? いや、オレが口出ししていい問題じゃないか。

 

「独りになって、イオリと出会って、戦って、戦って、戦って……辿り着いた幸せを壊されて。初めて親子喧嘩をして、失敗して、最後は大英雄の腕の中…か。あはは、すっごい変な人生。でもまあ、いい気分だねーーいや、悪いのかな?」

 

 そして最後にフッと笑い

 

「あぁーーやっぱり、誰かに抱き締められるのって、安心、するなぁ…」

 

 その言葉を最後に、愛鈴の身体から完全に力が抜けた。最早ピクリとも動く気配がなく、こんな距離で触れた死にやっぱり何も言葉が出てこなかった。

 

『キャスターさんの生命反応、完全に途絶しました…』

『そして、時代の歪みも修正された。いつでも帰還レイシフトは出来るよ』

「そう…だね」

「さて、マスター。感傷に浸ってるところ悪いが、愛鈴の事は任してくれないか?」

 

 決着がついた時そのままの格好で固まっていたオレに、不意にロイドが話しかけてきた。その失った筈の右腕には、喪失前とは比べ物にならない程メカメカしい義手が付けられていた。

 

「それは…どういう?」

「どういうって、埋葬して弔ってあげるに決まってるだろう。マスターは長くここには居られないだろうし、イオリの2人目の愛娘だ」

 

 そう言って、ロイドは愛鈴の事をお姫様抱っこで持ち上げた。

 そして、起き上がって居たオレに金色の杯をこちらに飛ばしてきた。なんとなく受け取ってしまったけど、こんな適当に渡された物体は聖杯だった。聖杯だった。

 

「ほら、マスター。これが愛鈴の取り込んでた冬木の聖杯だ。カルデアで調べれば、アインツベルン…だったか? そこの秘奥みたいな物でも分かるんじゃないか?」

『サラッと渡しといて、とんでもない厄ネタを増やさないでくれるかい!? ただでさえ、今のカルデアは危険な立ち位置にいるんだよ!?』

「ああ、元はこの世全ての悪に汚染されていた物だから、それこそアンリマユにくらいしか使うなよ?」

『危険度で言えば、剥き出しの核弾頭じゃないか!!』

『先輩それを離してください! 超級の危険物です!』

 

 聖杯は聖杯でも、とんでもない危険物だった。オレは聖杯を慌てて手放す。全く、なんで物を渡してくれるんだ…

 

「いや、持ってるだけで影響はないぞ。それで、俺はもう行ってもいいか?」

『ああ、それは構わないんだが…』

「ロイドさんも、この後退去してしまうんじゃ…」

 

 そうなったら、愛鈴をこのまま1人で放置してしまう事になる。ここまで関わった以上、それは絶対に避けたい。

 

「俺はまあ、暫く退去したりはしないさ。イオリの残していった物のお陰で、魔力切れもないしな。それに……」

 

 そうロイドが言って空を見上げた瞬間、通信が繋がったままのカルデアからけたたましいアラート音が聞こえてきた。

 

『新たなサーヴァントの出現反応確認!』

『この霊基パターンは……えぇっ!?』

「ふぅ、ようやく邪魔な干渉が消えた。状況は?」

 

 そんな音を背景にしながら目の前の空間が歪み、そこから1人のサーヴァントが現れた。

 虹色の髪の毛に、先ほど愛鈴が握っていた巨大な杖、小さな体躯に、深淵に覗き込まれている様な名状しがたい存在感。微かに聞こえる恐らくフルートの冒涜的な音色が、オレの正気をガリガリと削っていく。

 その姿が例え幼い女児のものであろうとも、それになんら変わりはない。そして、その空間の歪みから漏れ出た宇宙的な光が目に焼きつき……

 

「精神分析。ここで狂うな、カルデアのマスター。マスターと縁を結び、大マスターを打倒したあなたが倒れちゃ、意味がない」

「はっ!」

 

 よくわからない場所に飛んでいってしまっていた思考が、現実に帰還した。危なかった…あのまま放置してたら、きっと戻れなくなっていたに違いない。そう言えば、何か大騒ぎになってた様な気が…

 

『ちょ、ちょっと待ってください。ここまで来てビーストなんて、洒落になりません!?』

「心配する必要はない。マシュ・キリエライト、レオナルド・ダ・ヴィンチ。私は、主を弔いに来ただけ」

『それでいいのか、人類悪…』

「この通り、ティアさんが来てくれたしな。なんの問題もなくなった」

 

 カルデアの大騒ぎを馬耳東風と受け流し、その仮面の様に表情変化のない顔でオレの事をジッと見つめてくる。無言でこちらを、魂の奥まで観察する様な目に言い知れない怖気が走る。

 

「ありがとう。私からは、それだけ」

「え、あ、はい」

「ん」

 

 そう言って、踵を返してロイドの方は歩いて行ってしまった。ビーストって言ってたけど、普通に話が通じるのかも知れない。

 

「それじゃあな、マスター。短い間だったが、中々楽しかったぞ」

「後は、大マスターの事、カルデアで召喚してあげるといい。ずっと、行くのが夢って言っていた」

「それは勿論!」

 

 あんな最後に立ち会って、しかもそういう望みがあったんだったら、こちらも出来る(聖晶石の)限り答えてあげたい。

 

「まあ、いつかは俺達を呼んでくれ。ここ程ではないが、力にはなれるだろうからな」

「はい!」

 

 その言葉を最後に、オレはレイシフトの感覚に包まれた。

 




※立香君は血塗れのままです
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