Vengeance For Pain   作:てんぞー

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北米大戦 - 6

「この! 私が! 大統王! トーマス・アルバ・エジソンである!」

 

 ライオンが吠えた。そしてエジソンと名乗ったライオンの中に巣食う病を見た。その瞬間、会話するだけ無駄だこれ、と悟れてしまった。急激にやる気をなくし、溜息を吐く。懐に手を伸ばし、煙草を手に取る。今回の特異点はロンドンとはまた違う方向性でめんどくさくなりつつあるなぁ、とぼやきながら煙草を咥え、自分の影の方へと腰を曲げて頭だけを下げる。影から上半身だけを出したアースがれんごくで煙草に火をつけてくれる。

 

 ―――今、滅茶苦茶生死の境を彷徨った気がする。

 

「ふぅ―――ぷはぁー……」

 

 たっぷりと吸い込み、そして吐き出した。はぁ、と溜息を吐きながら視線をカルナへと向ければ、濁りのない澄んだ瞳が返って来る―――カルナ自身は解っているらしい。恐らくエレナも、エジソンの病に関して理解しているだろう。そして銃を取り出して今にも射撃しそうなナイチンゲールもまた、エジソンが患っている病を理解しているだろう。この状況、どうしたものか、とライオンヘッドが勧誘を進めてくる端で軽く頭を悩ませる。

 

『―――って栄二、栄二! 君も煙草なんか吸ってないで真面目に考えてよ!』

 

「えー……めんど……いや、ほら。何時までもロートルが答えを教えてちゃあ成長にならないし。こういうのはほら、立香が判断して行かないと成長にならないから」

 

「今、明確に面倒だって言いそうになりませんでした」

 

「そんな事ないよな、愛歌」

 

「めんどくさいからやだって言いたがってたわ」

 

「こいつ……!」

 

 即行で半身に売られた。膝を曲げて直ぐに逃げようとする愛歌の両頬を掴んでそれをむにむにとつまみながら制裁を加える。そんなこちらの姿に背後から立香らが声をかけてくるが、それをガン無視して愛歌の頬で遊び続ける。物事には手順と順番がある―――それを無視して結論に飛びつく事は後々、問題を起こしかねない。オルレアンの時みたいに。これからの特異点がこの規模の英雄と難易度が続くというのであれば、()()()()()()()()()()()()()だ。となると先に答えを理解してしまってもそれをむやみやたら教えずに、敢えて突き放して試練を与えた方がいいだろうと判断する。

 

 そういう事にする。

 

『うわぁ、本当に無視し始めたよあの中年……』

 

『見た目は若いけどほぼ五十だから中年というか老年だけどね』

 

「それにしてはエネルギッシュだよね」

 

 我慢……我慢だ。それはそれとして、カルデアに戻ったらロマニとっておきの和菓子は食らってやろう。絶対に許さないからな、お前。

 

 そんなこんなで三分ほど、エジソンから与えられた時間に相談を終えると、予想通り、そして立香らしい返答がその口からは吐き出された。そもそもの目的はこの大統王と会う事であり、それが果たされた今、取り繕う必要はないのだ。だから立香は笑顔でエジソンの言葉に対して、誠実に答えた。

 

「―――答えはノー、だ。ミスター・プレジデント。聖杯は諦めろ。俺達はこの定礎復元してこのアメリカを無かった事にする」

 

 

 

 

「それじゃ、気が変わったら何時でも看守に言いなさい? そうしたら出してあげるからね」

 

 それだけ告げるとエレナは大統王城地下の牢獄前から移動し、去って行った―――機械化兵を残して。そうやって牢獄内部に残されたのは生身のある人間が三人、野良サーヴァントのナイチンゲール、そして牢獄に入った瞬間強制的に霊体化させられ、干渉が行えなくなった此方のサーヴァントだった。牢獄には特殊な処理が施されており、まともに魔術の類が発動しないようになっていた。マスターからサーヴァントへの魔力供給も強制遮断されており、英霊とそのマスターを封じ込める為の牢獄であるのが良く解る性能だった。

 

「いやぁ、困った! 捕まっちゃったね!」

 

「先輩まるで悪びれていません……あ、待ってください、ナイチンゲールさん! 射撃は止めてください! 跳弾、跳弾してます! 跳弾してますから!!」

 

「……? 何をやっているのですか? 脱出の為に鍵を破壊しますよ」

 

フォーウ(話が通じない)……」

 

 そんな急いでいる連中の姿を牢獄の端で、胡坐をかきながら眺めている。ちょくちょくナイチンゲールが発射する銃弾が跳弾し、此方へと向かってくるが、それを掴んで投げ捨てる。いやぁ、急ぐねぇ、とぼやきながらのんびりと時間を過ごす。それを見ていたマシュがもう、と言う。

 

「栄二さんもなんとか言ってくださいよ」

 

「えー。まぁ、そんなに焦る必要はないよ。こういうのは星の巡りってものさ。立香の天運を考えればもうしばらくすれば状況も動くだろうし、それまでは大人しく待っていた方が良い。忍耐するのもまた一つの修行、とね。まぁ、ほれ。追い詰められたときこそ落ち着いておくもんだ―――チョコ、食べるかい? 市販品だけどね」

 

「食べるー」

 

「マスター!?」

 

 やっぱり精神的には立香が一歩先に進んだなぁ、と思いながら板チョコを軽く割って立香に分ける。それを受け取った立香は横に並んで体育座りしながらまぁ、待ってよ、と怒るマシュに声をかける。

 

「そもそも今、ここから脱出したところでどう行動するの?」

 

「それは……」

 

「無論、あの大統王と名乗る男の病を叩き伏せて治療します」

 

 言い辛そうにするマシュに対して、ナイチンゲールは迷う事無く返答した。そして、まぁ、そうだよなぁ、と立香は言ってから、

 

「でも結局ここから脱獄しても即座にカルナにバレるだけ。それでエジソンの所に到達しても物量の問題と、エレナとエジソンによる支援が入って酷く辛い戦いになる。じゃあ迷う事無く逃げればいいの? って話になるけど逆にどこに逃げればいいんだ? って話にもなる。ぶっちゃけた話、今は指針となるものがないから行動したくても行動出来ないんだよ。だからリアクション待ち。既にケルトと合衆国には接触した。後は―――」

 

「―――レジスタンス、ですか」

 

 うん、とマシュに頷きを返しながら立香が答えた。

 

「正直な話、ケルトも合衆国側も()()()()()()()のが見えてる。今までの特異点の例を見るのに聖杯が対抗存在として召喚し、それを自覚しているまともな英霊が絶対にいる筈なんだよ。そして結構派手に動いている以上、レジスタンスがそのまともな勢力だと想定して、この状況を見ていない訳がない―――となるとどこかで絶対接触がある。カルナも鬼札ならずっと温存する訳にもいかないだろうし、離れた時がおそらくチャンスになると思う……まぁ、こんな感じかな」

 

 立香が此方を見ながら、脱出しようと思うならいつでも出来るしね、と言ってくるのを軽く無視しておく。だが事実として、鉄格子程度で自分の事を拘束するのは無理だと言っておこう。たとえ魔術が封じ込められても、自分が獲得している体術には筋力を使わずに鉄格子程度ぶっ壊す技の一つや二つ、普通に存在する。それを使えば何時でも脱獄できるのだ。

 

 ただ問題として絶対にぶつかるカルナが存在するし、今脱出したところで行く先がない。

 

 そうなると素直に接触を待った方がいいのだが―――それを、ちゃんとわかっているらしい。

 

「先輩……なんか、変わりましたね」

 

「うーん、そうかな? まぁ、シャトー・ディフを経験したせいでなんか突き抜けたなぁ、って感じはするけど……」

 

 まぁ、色んな意味で大人になりつつある、という話でもあるのだろう。まぁ、それはそれとして、と立香が言う。膝の上に愛歌を抱え、背後から抱きしめる様にして適当に時間を殺していると、立香が先生、と此方を呼んでくる。

 

「暇つぶしに情報収集用に目下、最大の敵であるカルナさんの情報をプリーズ」

 

 目の前に座り込んで、説法を一つ求めてくる。えー、と声を出しても期待の視線が突き刺さってくるのが痛い。とはいえ、カルナの化け物っぷりは正直、専用対策を必要とするレベルの相手だ。出来るだけ情報は共有しておいた方がいいのは事実だろう。とっとと人理修復、人理再編を終わらせて一日中愛歌とだらだらし続けるだけの生活に溺れたいなぁ、なんて他の覚者がキレそうな事を考えながらもそうだな、と言葉を置く。

 

「―――カルナという男の境遇を総評するのであれば不幸の一言に尽きるだろう」

 

「不幸、ですか」

 

 マシュの言葉にそうだ、と答える。そもそもカルナの人生にケチが付いたのはその母、

 

「クンティーが原因だ。そもそもこの女がかなり酷い。クンティーはかつて聖仙からとあるマントラを授かり、それによって神との間に子供を設ける事が出来る様になった。クンティーは婚前の身でありながら()()()()()()使()()()のだ。太陽神スーリヤとの間に出来た子供がカルナだ。その際にクンティーが強請った為にカルナは黄金の鎧を手に入れ、そしてカルナを川に流した」

 

「川に流した」

 

 うん、そうだ。この女、誰かに預けるとか頼るではなく、川に流したのだ。黄金の鎧の求めはカルナに対するせめてもの……という心遣いだったのだが、この女、ポカとかドジが多すぎて擁護出来る場面が一つもない。

 

「で、この先の話になるがカルナは御者の夫婦に拾われ、その才能を現し始める―――そしてとある武芸の大会にて、飛び入り参加を果たした。この時最高の成績を収めていたのが終生のライバルであり、後にカルナを殺す事になる英雄、アルジュナだ。この頃のカルナはかなりヤンチャだったらしく、飛び入り参加した上で喧嘩を売って、その上で見事()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ」

 

 ちなみにこの後で、

 

「アルジュナの兄弟たち、パーンダヴァ五兄弟がアルジュナに勝負を挑むのならお前もクシャトリヤなんだろうなぁ! と聞いてきたわけだ。なおカルナの生まれはそうであっても、御者の息子として育てられた彼は卑しい身分の存在、認められるはずもなかった……アルジュナに並ぶ武芸の冴えに湧き立った会場はインドのカースト制度によって一気に牙をカルナへと向けた」

 

「そ、それでどうなったんですか!」

 

「マシュが滅茶苦茶興味津々に聞いてる……」

 

 まぁ、英雄の物語って基本的に面白いのが多いからね、と周りで聞き耳を立てている霊体化した英霊達の気配を感じつつ、話を進める。

 

「まぁ、ここでカルナの友、ドゥルヨーダナが出てくる。彼はこの状況をおかしいと思った一人の人物だった。カルナの武術の腕前は凄まじく、その生まれや育ちで批判するべきではないと判断した。そこでドゥルヨーダナはカルナを友として迎え入れ、そして同時に彼を王として迎え入れた―――つまりカルナはクシャトリヤとなった。これでカルナとアルジュナは並んだのだ」

 

「ドゥルヨーダナさん最高にイカしてるな」

 

「さて……結末はさておき、これがカルナとアルジュナの相対の始まりだった。ただ、この物語……マハーバーラタというのはカルナとドゥルヨーダナの死と敗北によって終わっている。美しい友情ではあった。だがドゥルヨーダナ自身が善性の人間であっても、彼は生まれる前から邪悪であると神々に宣告されていたからだ―――そしてその理由はあの大会で見せていた。彼はカーストを軽んじる男でもあったのだ」

 

 そもマハーバーラタという物語はカースト制度の重要さや他のヒンドゥー思想の大切さを教える為の物語だ。その為、ブラーミンは一番偉いし、クシャトリヤはその下だし、と、それを強く認識させる話が必要だった。カルナはその悲劇の大英雄、素晴らしくも悪の側に立ってしまった英雄という立ち位置にある。

 

「ちなみにこのカルナの母親のクンティー、やらかした回数は凄まじく多く、アルジュナとの戦いの前にお前実は息子だから帰って来いよ、と寝返らせようとしたり、アルジュナが景品として妻を勝ち取った時はその詳細を聞かずに兄弟で分け合えと発言していたりする」

 

「そのクンティーという人物は治療が必要ですね」

 

「ナイチンゲールさん、真顔の指摘」

 

「誰もがそう思ってるんだよなぁー……まぁ、カルナの話は一旦ここまでで切り上げようか。次回はパラシュラーマ師との関係回りの話をしよう」

 

 えー、という声を無視しながら視線を牢獄の入口へと向ければ、何もない空間から一人の褐色姿の男が出現した。特徴的なシャーマニスト風な服装の男は、

 

「―――そういう訳ですまないが授業は一旦中止だ。それとも脱獄を後に回すか?」

 

 軽い冗談の様な声に、勢いよく立香とマシュが頭を横に振った。

 

「フォーウ!」

 

 いつの間にか立香の肩の上に陣取っているフォウの姿を見つつ、まだまだ、今日という日は続きそうだなぁ、と溜息を吐いた。




 完全にさとみーと学ぶインド神話になりつつある5章。はい、完全に中の人の趣味ですね―――だが安心したまえ、ケルトもそのままとかありえないからね!

 原作での会話や暴走っぷりが見たいだと? 良い事を教えてやろう。

 原作でやれ。正直主人公が関わってないシーンで原作そのままのシーンって描写する意味ある? とはずっと前から疑問に思ってる。という訳で何時もながら原作そのままっぽい所は尺の問題でカットカットカット。

 正直カットしても過去最長になる予感しかしない。

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