ぱちぱち、と火花が音を静かに立てている。それを眺めながら新たな薪を投入する。乾いた薪は即座に燃え移りながら焚火を維持する為の燃料となって燃えて行く。これでしばらくは炎が保つだろうな、と確認してから聞こえてくる足音に視線を向けた。血抜き等の処理が施されたシカを背負ったジェロニモの姿だった。どうやら最低限の処理は終わらせてあるらしく、血生臭さは感じられない。そこら辺は流石ネイティブだとでも言うべきなのだろうか。お疲れ様、と告げる。
「や、これなら特に問題もない。それに今は物資が制限されているのだろう? なら狩りで適当に力の付くものを取ってきた方がいいだろう。彼が唯一のマスターであるなら大事にしない理由はない。文字通り、彼はこの大地における最後の希望なのだから。それより其方は眠らなくていいのか? マスター同様生身なのだろう?」
「俺か? 俺はいいんだよ。というか無理だわ……
「あぁ……あの大嵐の気配か……」
ジェロニモと共に視線を北の方角へと向けた。嵐と破壊の気配はアメリカ北東部から始めカナダへと向かって北上し、そのままカナダを横断する様に西部へと向かって移動している。丸一日、ノンストップで大陸の地形を変えながら移動しているのを考えるとゲッソリとする。自分もきっと頑張ればそれぐらい出来るだろうが、武器が致命的に足りていない。メインウェポンの一つもないのでは少々難しいと言わざるを得ない。
「しかし、そうか、パラシュラーマの弟子か、君は。あの大英雄カルナ同様、彼の者に師事した存在が味方に来るのは頼もしいな……」
「つっても俺があの人に師事したのはほんの数年間だけどな。とはいえ、俺の根本的な戦術や術技に関してはあの人が基礎を作っておいてくれたからな、やはり教導者としては超一流である事を認めざるを得ないよ」
「流石は神話に名を残すだけはあるか」
そう告げるとジェロニモは解体用のナイフを取り出し、それで鹿を捌きはじめる。慣れた手つきが彼がこういうのを何度も繰り返したことがあると証明している。その様子をぼう、っと眺めていると、頬に感触を感じた。今、自分は大地に腰を下ろしている。胡坐を掻く様に座っている、そんな自分の股の間には足を曲げた愛歌の姿があり、背中からその姿を抱くように抱える形で寄り添っている。そんな彼女は手を伸ばし、視線を此方へと向ける様に軽く頬を押していた。もっと構え、という事だろうか。
仕方がないなぁ、と口に出す事無く呟き、もう少しだけ身を寄せる様に抱き寄せると、満足したように、体から力が抜けるのを感じる。
「―――なんというか、栄二さんと愛歌さんって不思議な関係ですよね」
「ん? お前も起きてたのか」
「すいません、なんか寝付けなくて……」
立香の横で眠っていたはずのマシュが目を開けて、此方を見ながらそう言ってきていた。愛歌はそんな事を気にせず、頭を寄せる此方の頬に自分の匂いを擦り込む様に頬を寄せていた。少しは他人の目を気にして欲しい所だが、それを自分から追い払うような事はせず、成すがまま、受け入れる。そんな様子をマシュは眺めながらえーと、と言葉を選ぶように間を作るので、そこに苦笑を挟み込んで、此方から話しかける。
「どう話したもんか、解らないか」
「えーと……その、恥ずかしながら……はい」
やや目尻を申し訳なさそうに下げるマシュの姿を見て小さく笑い声を零す。それを見ていた愛歌がもう、と声を出す。
「あんまり年下の子に意地悪をしちゃ駄目よ。まだまだ純粋な子なんだから。ちょっと心の方の年齢、下げた方がいいんじゃないかしら?」
そう言われても困る。主観的には五十年近い人生を二度繰り返した上でこの世の英知と呼べるものを手にした。真理に至って時間という概念そのものが無意味になった経験があるのだ、今更精神年齢を指摘されてもほんと困るだけなのだが……まぁ、そうだな、ちょっと意地悪するのは駄目だな、と思う。すまんすまん、と軽くマシュに謝りつつも、口を開く。
「見た感じ、俺と愛歌の関係が不思議か」
「はい。なんというか……本当に仲良くしているのは解るんです。それは恋人に接するような近しさに見えます。ですけど、恋人とはまた違ったような……家族でも友人でもなく、言葉で出来ないような複雑な関係に見えるんです。気づけば何時もそこにいますし。マテリアルの方を拝見させて貰いましたが……なんというか、色々と疑問が残ります」
「まぁ、そらそうだ」
マテリアルなんて安いもんで人生を見通せる程英霊の人生は浅くはないし、自分の人生もその程度ではないと思っている。あくまでも目安、参考データだ、アレは。だからそれで正しい。判断は実際に会って話して、その上でするべきものだ。だからそれをマシュは行おうとしている。故にどうぞ、とまるで体勢を変えるつもりもなく、マシュに告げる。既に寝袋から脱出したマシュは焚火を挟む様に反対側で膝を抱えて座りながらでは、と言葉を置いた。
「栄二さんに関しては色々と納得できない不思議があります。その背景や境遇とか。ですが、正直な話……接していて愛歌さんは優しいですし、栄二さんもアヴェンジャーだった頃はなんだか避けていたような気もしていましたけど、見守ってくれていたような気がします」
まぁ、実際あの頃はマシュを避けていた。純粋にあの頃はマシュが苦手だったのだ。そしてそれはたぶん、俺がマシュの近くにいれば余り良い影響を与えないであろう、という事を理解していたからなのだろう。このマシュという子は強く、生きようとしている。自殺するようなスタイルだった自分とは、どうあがいても水と油の存在だ。だから汚さないように、宝石を大事にするように触れないようにしていたのだ。
「だから栄二さんや愛歌さんの不思議さはこの際どうでもいいんです。ですけれど、それ以上に……ずっと、ロンドンが終わってから聞きたかったことがあるんです」
その、マシュが投げかけてくる言葉は、既に解り切っていた。だから静かに、ぱちぱちと爆ぜる焚火の音を聞きながら、マシュの言葉に耳を傾けた。
「―――命の、意味ってなんですか……?」
「本日晴天、格好の行軍日和……はぁ……アメリカの広い大地を移動する時間が今日も始まるよー……モーさーん……ジキルー……シードルまた飲みたいよー」
「はいはい、落ち着いたら存分に休憩を取るけどそれまでは頑張ろうね、よしよし」
「あぁー……駄目にされるー……」
本当にあいつ図太くなったなぁ、とブーディカに頭を撫でられてデレデレする立香の姿を見て呆れる。そんな事を思っているといつの間にか背中から首にぶら下がる愛歌の体温を感じて安心感を覚える自分の存在を理解したので、アイツの事何も言えないなぁ、と素直に降参する事にする。ともあれ、そんな馬鹿をやっていないで、今は進む必要があるのだ。
「―――とりあえずノッブとZが倒されちゃったから、その代わりにエミヤとドルヲタを補充! まず間違いなくケルト連中が悪である事は確定だからドルヲタの宝具で確実に一人は引きずり落とせる筈。後はカルナ、そして敵側にいるクー・フーリン対策でエミヤの固有結界! これで何とかなるといいなあ! 先生!」
「あぁ、うん。
「もう二度と北部には近づかない方向性で。そんじゃジェロニモさん、アジトまで先導お願いしますわ」
「あぁ、任せろ。なるべく早く会わせたい男がいるからな……今日は少々、速度を上げていく」
そう告げるとカルデア一行とジェロニモで再び、アメリカの大地を走り始める。やはり英霊の脚力であればある程度乗り物が無くても素早い移動が可能となる―――敏捷ステータスが足りないのであれば魔術を使ったサポートでも行えばいいのだから、そこまで難しくはない。ただ問題はやはり、立香の移動となる、とブーディカの戦車に乗る姿を見ながら思う。
なによりブーディカの戦車での運搬も、決して万能ではない。戦車である為、衝撃に対する耐性や耐久度は確かに高いだろう―――だが速度を出す為の乗り物ではないし、同時に運搬できる数に制限がある。乗れたとして2、3人が限界なのだ。それ以上は外枠に掴まって半分流されるような形になる。
割と真面目にライダーの存在が必須になっている。
この先、アメリカの様な移動しやすい土地だと決まっている訳でもない。サーヴァントの召喚は完全にランダムなのだ―――この先、本当にライダーが来るとは限ったものでもない。となるとやはり、カルデアの方で移動手段を用意した方がいいのだろう。
……まぁ、それで作成できていれば既に完成しているのだが。
「ジェロニモさん、もう一度確認するけどレジスタンスは合衆国と違ってまともなんだよね?」
「何を基準にしてまともと言うのかは個人に判断に任せる事になるが、少なくとも発明王の様にこの特異点を切り離して永遠にする、なんて事を願う事はないし、レジスタンスに参加している者達は全員、本来の歴史を取り戻す事に賛同した者達で構成されている。安心すると良い―――我々は味方であり、
「―――良し、発言がめっちゃまとも!! 感動で泣きそう。ついに頭痛から解放される予感」
「頭痛、つまりは治療が必要ですね」
「あっ」
「ナイチンゲールさん! 困ります、戦車の上ですから困ります! ナイチンゲールさん! マスターの……先輩の頭から手を離してください! ナイチンゲールさん! メスは駄目です! メスは駄目です―――!」
戦車が滅茶苦茶揺れているのを無視しながら、ジェロニモの先導に従ってどんどん南下して行く。向かう先は西部合衆国の徴兵によってゴーストタウンと化した西部の街一つ、それをジェロニモらレジスタンスが利用する事によって臨時拠点として機能させているらしい。現在のレジスタンスの役割は西部合衆国とそう大きな変化はない。ただ明確な違いとして、合衆国側が特異点の固定を目指している中、レジスタンスは明確に定礎復元を目指しているという事にある。
その為、サーヴァント戦力の補充を最優先に、裏から合衆国の前線を抜けて来たケルト戦士の対処に回っていたりするとの事であった。
この状況の中で、合衆国側からも睨まれているので、当然滅茶苦茶やり辛い。
レジスタンスに同情したくなってくる。
そんな中、半日ほど南へと向かって移動したところで漸く、レジスタンスの仮拠点へと到着した。これが以外ではあったが、元はゴーストタウンであった筈の街はレジスタンスの手によって軽く要塞化され、活気を取り戻していた。
「ようこそ、我ら希望の地へ―――まぁ、本拠地ではないのだがね。皆! 星を連れて帰ってきたぞ!」
「ジェロニモか!? 良く帰ってきた!」
街を一周する様にバリケードが形成されており、気休め程度には侵入を拒む作りとなっていた。そのバリケードの中には扉があり、そこを通して中に入れる様になっている。一旦英霊達を霊体化させて待機させつつ、レジスタンスたちの拠点に招かれてはいる。外からも感じた活気がゴーストタウン内には満ちており、まるで軍事キャンプの様な騒がしさと慌しさを感じさせる。
「おぉ、凄い。銃とかある……こういう規律の取れている感じは初めて見るなぁー……」
「なんだかんだで今までの旅は崩壊しているか、或いは古代がベースだったからね。銃を武器に使っていたのは……オケアノスだけど確か海賊達では話にならなかったから使えなかったのよね? 此方はどうなのかしら?」
「あぁ、普通の銃弾ではケルト戦士には通じない。だから私が祝福を与えるか、魔術的手順を通して銃弾にケルト戦士を殺傷出来る様に効果を付与している。そのおかげで何とか連中と交戦する事が出来る様になっている……とはいえ、焼け石に水だがな」
そこまでジェロニモは言葉を告げてからこっちだ、と街の中を案内してくる。その言葉にしたがい、ジェロニモの後をついて行く。
「今、此方には二人のサーヴァントが味方してくれている。一人はロビン・フッド、そしてビリー・ザ・キッド―――ん? どうしたアーチャー、また頭の痛そうな顔を浮かべて」
「いや、なんだ……このグランドオーダーは始まって以来私の胃を殺す事に特化している旅だな、と改めて感じているだけだ。なに、気にする必要はない。話を続けたまえ」
「またエミヤ殿が吐血してる……」
「あいつ、そろそろ何を食らっても致命傷なんじゃないかと思い始めて来た」
バーサーク婦長から逃げる為にエミヤが再び霊体化しながら逃亡を開始する。最近、アイツかっこ悪いよな。そんな事を想いながらもジェロニモが困った表情で話を続ける。
「う、うむ。それで話を続けるがこの二人のサーヴァント以外にも、今のレジスタンスには一人、協力してくれそうなサーヴァントがいるのだが……彼に関しては正直、見て貰った方が早いだろう。ここだ」
そう言ってジェロニモがサーヴァントの気配のする家へと案内した。
家の奥には動く事のないサーヴァントの気配が存在し、ジェロニモの先導に従って奥へと進んで行く。やがて一室の前に辿り着き、中にいる事をノックしてからジェロニモが確かめた。
扉を明けた先、そこにはベッドに倒れる一人の少年の姿があった。
『何て傷だ……生きている方が不思議だぞこれは……!』
カルデアからそんな通信が入るのと同時に、ナイチンゲールが医療用の道具を片手に飛び出した。ベッドに寝ている赤い髪の少年は胸に穴が空いていた―――そう、穴だ。心臓があるべき場所には穴が空いており、通常であれば即死であると言わざるを得ない状況だったが、少年は痛そうに呻くのみで、決して死んではいなかった。死という因果に対して気合いと根性だけで耐え抜いていた。
「あいたたた……まぁ、頑丈な事が余の取り柄だからな……とりあえずジェロニモよ、その者達が……?」
「あぁ、そうだ。お前を治療できると思える者達だ。と、そうだった彼は―――」
ジェロニモが紹介しようとすると、飛びついて診察、治療を開始しようとするナイチンゲールを無視しながら少年が口を開く。
「―――余はコサラの王、ラーマである。身分故に驚くやもしれんが、そこは気にしないでほしい。今は一介のサーヴァント、英霊として現界しているが故、それに相応しい扱いを……おい、いや、待て、その刃物は何だ」
「……? 心臓から十分な血液がこのままでは供給されず、体が腐り落ちます。ですので四肢を切断して血液の巡りを良くします」
「待て待て待て! 余は戦わなくてはならんのだ! 少なくともこの特異点のどこかに間違いなくシータがおるのだ、ならば余は戦わなくてはならん!」
立香の視線が此方へと向けられ、ジェロニモとラーマがなんとかナイチンゲールから普通の治療だけを行う様に頼んでいるのを見ている間に、軽く説明を入れる。
「古代インド、コサラの王ラーマはラーマヤナにおける主人公である、旅を終えた彼は後にこう呼ばれる―――理想王、と。彼は
「昔の事だからそこまで―――まて、ジェロニモ取り押さえろ! まだ腕を切り落とそうとしているぞ!!」
「落ち着け、落ち着けナイチンゲール! 彼は最高戦力の一人なのだ!」
ベッド周りが軽い地獄だった。
「くっ、治療をしても治療を施した隙から腐って行く……私が遅延しか出来ないなんて」
「私も医術に覚えがあります、手伝いましょう」
霊体化を解除してサンソンもナイチンゲールと共に治療に当たり始めた。どうやらラーマの受けた傷は相当酷いらしい医療の事に関しては専門ではないからなんとも言えないが、ナイチンゲールもサンソンも、唇を噛んで必死に治療を行っている。それでも進行を遅延する程度が限界というのが言葉に聞こえてくる。
「なんか、あんまり状況……良くない? ドクター、どんな感じなの?」
『これはアレだね、呪いだよ。死んでいる方が正しいという状態に上書きしているのをラーマがどういう訳か、抗っているんだよ。普通、こんな事は絶対にありえないんだけど……』
「となるとジャンヌさんみたいな聖人が解呪には必要ですね」
『うん、それ以外の方法となると元々ラーマの正しい状態を知っている人間を連れ出してくる必要がある。それをベースにいまの状態を上書きすれば呪いを消す事も出来る筈だ。そうすれば間違いなく治療できる筈だけど―――』
そんな皆の会話を聞きながら、お前ら、それ、ギャグで言っているの? という感じで首を傾げながら聞いていた。
「聖人……流石にアメリカではまだ見ていませんね」
「
軽くビルドアップしてポーズをしてみる。
「となると昔のラーマを知っている人? カルナはどうかな」
「
サムズアップしながら笑みを浮かべてアピールする。
『カルナは流石に無理じゃないかな……今は敵だし』
「
マッスルポーズでこれでもか! と存在を主張してみる。
「シータだ……この地のどこかにシータがいる筈だ。余の妻であるシータであれば……!」
「お前ら実は俺が救世主とかいう聖人系上位ジョブだって事忘れてない……?」
「あっそういえば救世主のクラスだった―――あがががが」
「ま、マスター!」
無言のアイアンクローを立香に食らわせて床から持ち上げ、少しだけぶんぶんと振り回してから解放し、ラーマの方へと行く。これが毒物だったり病だったりすれば完全に話は違うのだが、概念的で因果的な干渉、つまりは呪いによる汚染だと言うのであれば話はまるで違う。ラーマのベッド横に付き、胸にあいた穴を眺め、精査すればこれが確かに呪いの原因であると解る為、
「
「うむ、助か……あ、いや、ちょっと待て今なんて―――」
「治療の時間です!」
ガラスを砕くような音と共にラーマを蝕んでいた呪いが消滅する。それを見た直後、ナイチンゲールとサンソンが治療を開始する。ラーマが何か言おうとするのを物理的に封じ込め乍ら問答無用で救おうとするナイチンゲールの姿は天使というか悪魔染みていた。その姿を見て、まともにラーマと話せるのはおそらく、治療が終わって落ち着いた後だろうと、今はこの場を解散するしかなかった。
救世主とかいう便利なジョブ。なお周りの共通認識は破壊神。
ラーマくんは婦長には勝利できない運命。