Vengeance For Pain   作:てんぞー

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最愛を求めて - 6

 パラシュラーマ。

 

 それはインド神話における最上位の武芸の師であり、同時に最強の聖仙の名でもある。彼は宇宙そのものと心技を合一させ、真理へと至ったとされている者であり―――そして何よりも、自分の武芸における師でもあった。他の英雄達とは違い、学んだのはたったの数年程度だった。だがそれでも、その偉大さはこうやって上の領域に上がったからこそ解る―――凄い、世話になったのだ。それもかなり丁寧に世話になったものだ、と今では思う。異郷の、同じ宗教でもない男を弟子として迎えて鍛えてくれたのだ。おそらく、かつてのパラシュラーマではありえない事だった。

 

 故に言葉にはし辛いが、感謝している。人理が焼却されてもあの人なら死なないだろうなぁ、

 

 ―――と思ったらいた。

 

「……気配は感じていたが本当に貴様がいるとはな、パラシュラーマ」

 

「お前も随分と久しいな、ラーマ。しかし縁を辿ってきてみるもんだ。こんな面白い同窓会をやっているなんてな……と、そうだった。とりあえずまだあの女が生きているし、くっちゃべってる場合じゃなかったな」

 

 そう言うとおい、とパラシュラーマが砕けた城壁の方へと声を向けた。土煙の上がる破壊の痕跡はパラシュラーマが殴り飛ばしたスカサハの体のある筈の方角だ―――だが破壊の痕跡の規模にしては血の匂いが全くしない。それはつまり、スカサハに発生した破壊の結果を証明する事でもあった。

 

「今の程度でくたばる程弱くないだろ、お前も」

 

「―――割り込んできた貴様には言われたくはない言葉だな」

 

 言葉と共に服装はややボロボロになっているが、ダメージらしいダメージを見せないスカサハの姿が城壁の方から姿を見せて来た。そうか、あんなに殴り飛ばされて完全な無傷とは恐れ入った、と思いつつも、スカサハを見ながら武器を取り出す必要はなく感じた。スカサハ本人も、この場での戦闘の継続はパラシュラーマが割って入った時点で不可能だと悟ったのだろう。事実、パラシュラーマを無視して此方と戦闘を続けることは困難だろう。

 

「邪魔をするな鏖滅者」

 

「お前のその選ばなさが悪いんだよ、女王。少しは状況を読め」

 

 パラシュラーマにそう言われて、スカサハが首を傾げる。

 

「なんだ、人理焼却の事を言っているのか―――()()()()()()()()()()()()? そんな事はセタンタ等に任せておけば良い。それよりも何千という時を経て漸く現れた輪廻の使徒だ。これを逃せば何時かは解ったものではない」

 

「お前からすればそうかもしれないけど、人類全体からすれば取り返しのない出来事なんだよ。まぁ、お前の言い分に関しては業腹ながら解らなくはない―――ただお前が手を出しているのは僕の不出来な弟子であるし、そもそもこいつは()()()()()()()()()()()()()()ぞ」

 

 スカサハの視線が此方へと向けられるので、無言で右中指を浮かべてから、流れるような動作で左手中指を突きあげる。これがお前の答えだスカサハ、とついでに演出で後光でも照らしてみる。これで歴史で最も神聖な雰囲気のある覚者の中指というクッソくだらない事が起きてしまった。自分の才能が恐ろしい。

 

「死にたいなら一人で死ねババア。俺がお前に向ける言葉はそれだけだ。俺に迷惑が掛からない範囲なら特に問題なく来世までぶっ飛ばしてやる」

 

 だけど、スカサハは違う。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろうな。いいか、良く聞けよケルト式数千年物引きこもりババア。お前の理知的な姿はあくまでも見せかけた部分だけだ。深い叡智と経験を多く持ち、そして重ねられた修練による魔技とも表現すべき領域にその技巧はある。故に自制心があるようでそうじゃない。お前は根っからのケルトだ。理性で解っていながらも本能的な欲求と誇りを絶対に捨てる事が出来ない。女や人としてではなく、戦士や本能をお前は絶対に選ぶ」

 

 その言葉にスカサハは返答しないし、動きを見せず、パラシュラーマはニコニコと笑みを浮かべ、ラーマとジェロニモは止めた方がいいんじゃないか? と肩を叩いてくる。だがここにパラシュラーマがいるなら話は別だ―――別に、(グル)の威光を借りてもいいのだろう?

 

「いいか、メンヘラでヤンデレで蛮族女、良く聞けよ。お前はここは一切殴りかかる事なく、頼んで頭を下げればそれで死ねると理解している。だけどお前の戦士としての誇りがそれを許さない。死ぬのであれば戦いの中で、そこで壮絶に絶命したいと願って()()()()()。数多くの英雄や勇士たちがそうであった様に自分もそうやって壮絶に死にたいと乙女の様に思っている。そしてお前はプライドを選ぶ。現実よりも戦いの中で果てる事を選ぶ。どんな状況、どんな選択肢でも絶対に曲げる事はないだろう、それが()()()()()()()()()()()()()()()()なのだから」

 

 故に断言しよう。

 

「―――スカサハ、()()()()()()()、とな」

 

 愛歌が後ろであーあ、言っちゃった、と言うのが聞こえる。パラシュラーマが爆笑するのが聞こえる。どうやらかなり面白かったらしい。個人的にもいきなり殺しに来られて軽くストレスがたまっていたので大人げなく真実の暴力で殴りに行ったが、どうだろう、少しは反省してくれただろうか? まぁ、そんな訳はないだろう。これで考えを改めるようなケルト文化ではない。連中、ゲッシュとかいう意味不明なクソルールの中で生きているキチガイだから。文字通り()()()()()()()()()のは既にメイヴが証明している。

 

 それを聞いたスカサハは数秒間完全に停止していた。そこから口を開けて漏らしたのは、

 

「―――ふ、ふふ」

 

 笑い声だった。愉快そうな声を響かせながら笑い出した。アメリカの空に響く様な笑い声を、一切邪魔される事もなくスカサハは響かせていた。それを唐突に止めながらスカサハはそうだな、と呟いた。

 

「貴様は正しい。私に戦士としての誇りを捨てる事は出来ん。戦いの中で死ぬ事のみを求める。そしてその様な凶事、貴様は認めんだろうな」

 

「敵に慈悲を示す馬鹿がどこにいる」

 

「正論、いや、まさに正論だ。言葉もない。貴様の言葉は正しい。私が頭を下げる事はあり得ない。そして戦いの中で果てるという願いも捨てきれない―――」

 

 スカサハが何を考えたのか―――いや、どういう考えに行き着くのかを悟った瞬間、ゲロを吐きそうになった。耳を押さえて言葉を否定したかったが、そんな訳にも行かず、スカサハが放った言葉を聞いた。それは即ち、この状況に対する答えだった。

 

「故に()()()()()()()()()()()()()()()()()のだな? カルデアだったか。流れを見ればおそらく数日中にはケルト側と決戦を挑む流れ。ならそれに便乗させて貰おう」

 

「わぁい」

 

 そこで謝るという選択肢が出現しない辺り、実にケルト的だった。殺してくれないなら()()()()()()()()()()()()()というのがスカサハの判断だった。そりゃあ総力戦で、突破が必要な乱戦の状態で長々と戦ってはいられない―――そうなると宝具を温存する事も出来ないし、無理やり使わせる事の出来る状況だろう。だがそこまでしてやるかこの女、と軽くキレそうになる。とはいえ、そう判断を終えた後には既にスカサハは影を溶かして、その領地ごと一瞬で幻の如く消え去った。最初からそこに存在しなかったかのように。

 

「言葉もねぇ」

 

 スカサハの自分の欲求に素直な方針と、その判断の素早さに関してはもう完全に言葉もなかった。流石に綺麗そうな女を見たら見つけられる前に殺して報告した女、地雷力の桁が違う。どれだけ見た目が良くても、

 

「中身がああじゃそそらないか?」

 

(グル)、心を読むの止めてください。ほんと辛いんで」

 

「ははは、そう言ってくれるなよ。久しぶりに知っている顔、それも生きているのが見れてご機嫌なんだから。ドローナの奴はいないけどカルナもいるんだってな、この戦場に? クリシュナの奴も来てたし、こりゃあ派手な同窓会になりそうじゃないか」

 

 楽しそうに笑うパラシュラーマが近づいてくると背中を叩いてくる。それが地味に痛い―――が、再会出来て嬉しいのは自分もそうだったりする。何だかんだで、旅をしていた時代の知り合いなのだ、パラシュラーマは。だからこうやって再び会えた事は自分の未熟さを思い出す様で恥ずかしいが、同時に忘れられない懐かしさを感じさせてくれる。

 

「いやぁ、本当に偉くなりやがって。気が付いたらゴータマの同類か」

 

(グル)、痛いです。背中叩く手が超痛いです。マジ痛いですって」

 

「ん? あぁ、すまんすまん。ちょっとはしゃいでしまった」

 

 絶対に背中が赤くなっているだろうなぁ、と思っていると呆れた様子でラーマがパラシュラーマを見ていた。

 

「貴様は本当に変わらんな、パラシュラーマ。ただ昔はもう少し隠者気取りだったとは思うぞ」

 

「僕か? 僕が隠者気取りなのはそれはそうさ。何せ、俗世間に関わっていい事なんて特にないからね―――まぁ、最近は色々と手を出す事も考えて来たけどね。カルキが生まれてくるまで何もせずに引きこもっているというのもいい加減飽きて来たから、最近はちょくちょく教師の真似事を始めたよ。そのおかげで面白い拾い物があった訳だけどさ」

 

(グル)、背中が痛いです。背中が」

 

 (グル)のテンションが高い。物凄く高い。

 

「昔の(グル)はもうちょい威厳があった感じがするんですけど」

 

「ん? そりゃあ師として振る舞うなら僕だって威厳の一つや二つ、引っ張り出すしそう振る舞うさ。だけど仮にとはいえ修行を終わらせて送り出したんだぞ? その上で自らの道を見つけ、そして一人の人間として大地に立った―――ならば実力や立場、背景等を無視した一人の人間としての僕らは対等な存在だ。そうなったらまた面倒を見ている時以外で堅苦しくする必要もないだろう? お前もいい大人なんだ、所帯持ちかどうかは微妙なラインだとして、立派な大人になったんだ。何時までも無駄に威張り散らす必要もないさ」

 

「……もしクシャトリヤの娘と結婚していたら?」

 

「気配で殺してた」

 

「やっぱ神話から生きている人間でまともなのはいないんだなぁ……」

 

 クシャトリヤさえ、クシャトリヤさえ絡まなければ本当にいい人なんだ、パラシュラーマは。情に深く、弟子を大切にし、その才能をきちんと認めて嫉妬する事もなく完璧にその才能を磨き上げるだけではなく、去って行く弟子に祝福等を与える人情家だ。だがそれはそれとしてクシャトリヤは殺す。その唯一の例外は先に弟子であったカルナ、そして同じアヴァターラであるラーマだけだった。

 

「……とりあえず落ち着いたところでよろしいだろうか?」

 

 会話がひと段落した所でジェロニモが声を挟んできた。慎重に、しかし敬意を見せる様に。その動きにまぁまぁ、とパラシュラーマが片手を持ち上げた。

 

「そう畏まる必要はないさ。それに君の要件も大体解っている」

 

(グル)、解説殺しっすな」

 

「お前も今では人の事言えたもんじゃないと思うけどねぇ」

 

 まぁ、それはそうなのだが、挨拶とか諸々のタイミングを失ったジェロニモが若干表情をしょんぼりさせている。とりあえず、元気を出せよ、と軽く肩を叩きながら元気づける。今は、普通にパラシュラーマがめっちゃ気さくな事に安心しようじゃないか、という事で。

 

「それはそれとしてパラシュラーマ、貴様クリシュナと言ったか」

 

「あぁ、クリシュナの奴ね。なんかアイツ、アルジュナを呼び出してるし、色々狙ってるみたいだし、油断しない方がいいぞ……と、流石にこんな所で話し続ける内容でもないな。とりあえず人類最後の希望が来てるんだろう? 地味に会うのを楽しみにしてるんだ―――さぁ、行こうか」

 

 ノリノリの(グル)を見て軽く溜息を吐く。この場でのスカサハとの本格的な戦いは何とかぎりぎりで回避できた。

 

 その代わりになんか、アメリカで行う全体的な戦いのグレードが上昇してしまったような、そんな気がしてならなかった。




 アメリカくん、寿命が数日伸びる。助かるとは言わない。

 という訳でスカサハ、神話に名を残すメンヘラヤンっぷりを見事に見せてくれる。この状況にはクーくんも見事吐血しながら倒れてくれるでしょう。SN男子勢が一体何をしたって言うんだ!!!

 という訳で再び合流してからルート分岐のお話。アメリカも少しずつ終わりが見えて来たけどやっぱ長い。さとみーの胃痛が始まる。

 そしてお前、挑発するから……。

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