Vengeance For Pain   作:てんぞー

27 / 133
カルデア・デイズ
それゆけ! 僕らのカルデア生活 - 1


「―――うん、お疲れ様。これにて第一特異点オルレアンは見事に解決され、人理定礎が敷かれた。七つある特異点のうち、その一つが解決されたことによってボクらは人類史の焼却に対しての一歩を踏みだすことに成功した。本当にお疲れ様。長丁場になるかもしれないと予想していたけど、まさか二日で攻略を完了するとは思いもしなかったよ。おかげでカルデアは今、お祭り状態さ」

 

 カルデア中の、生き残ったスタッフが歓喜の声をあげながら立香へと近づき、おめでとう、お疲れ様、よく踏ん張った、と喜びを露わにしながらしながらマシュと立香の背中を叩いていた。その集団に巻き込まれないように絶妙な加減で気配遮断を使いつつ、回収した聖杯を一緒に迎えに来たダ・ヴィンチへと渡す。

 

「これが聖杯だ」

 

「はいはい、確かに預かったよ。ロマニでさえ開け方の解らない保管庫にこれはしまって、封印しておくから安心しておくといい。それじゃあ私は早速こいつを閉まってくるよ」

 

 ダ・ヴィンチが籠手の中に聖杯を一時的に封入すると、それを処理するためにも行動に移る。オルレアンでのヤラカシっぷりを見れば、あの聖杯が本物であることは疑う必要のない事実だった。その為、封印処理に関しては一番早く処理しなくてはならない案件だ。アレ一つでおそらくはカルデアを完全復旧させる事もできるのだろうが、それに頼っては()()()()()()()()()である為、聖杯によって願いを叶えるという行いはカルデアでは現在、完全に禁止されている。

 

 その為、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事になっている。聖杯を求めた聖杯戦争なのに、なんともまぁ、妙な事になっている。だがとりあえず、回収した聖杯をダ・ヴィンチに渡して保管させる事はできた。これで少し、心労が取れた気がした。ともあれ、オルレアンの特異点も終わった。

 

 次の特異点までは俺も休もう。

 

 両手をパンパン、と叩く。

 

「そこまでだ。立香もマシュも特異点帰りで疲れている。祝福するのは休んだ後にしろ。それよりもまだ貴様らの仕事は終わっていないだろう。第一特異点は攻略した……じゃあ次は何だ?」

 

「第二特異点の特定!」

 

「安定化!」

 

「攻略おめでとうパーティーの準備!」

 

 そう言うとスタッフ達が立香とマシュを解放し、それぞれの作業へと向かった。解放された立香とマシュがほっと一息を吐き、

 

「ありがとうアヴェンジャーさん……皆異様にテンション高くてほんと困ってた……」

 

「さんはいらない……まぁ、気持ちは解らなくもない。特異点探索と言えば通常の聖杯戦争とはまるでシステムが違う。実際にその時代にレイシフトした上で相手の土俵の中で戦うんだからな。それこそ人間ではなく、勇者や英雄の仕事だろう。凡人としては物凄い頑張っているよ、お前は……さ、今は休め。次の特異点が定まるまでは、な」

 

 軽く立香の頭を撫でようと手を伸ばしていたことを気づき、それをひっこめた。自分のような怪物に触れられて気を良くする存在もいないだろう、と思いながらそのまま部屋から出て行く立香とマシュを見送った。その結果、この部屋に残ったのは己とロマニだけだった。

 

「お疲れ様アヴェンジャー。良く立香くんとマシュを守ってくれたね」

 

「いや……あの二人は良くやってるよ。英霊たちの助力を引き出せている。次か……或いはその次の特異点ではもう俺は余分だろうな」

 

 エミヤの器用さ、クー・フーリンの万能っぷり、そして謎のヒロインZの火力。それをトータルで考えると自分一人が抜けたところで対して問題はないだろう、と判断している。自分ができることは大体エミヤとクー・フーリンが出来る為、必然的に自分の重要性、必要性が下がるのだ。とはいえ、自爆覚悟で英霊を一人道連れに出来るのだから完全に不要という形にはならないだろうとは思っている。

 

「そんな悲しい事を言わないで欲しいなぁ。まぁ、でも君がそう評価するぐらいには立香くんも頑張っているんだね」

 

「正直ここまで結果を出せるとは思わなかった。まるで才能を感じさせない少年だったはずなんだが……」

 

「だけど彼は二回連続で成果を出す事に成功している。たぶん通常の人間よりも運命力に恵まれているんだろうね。まさに特異点を攻略する為に遣わされた逸材だよ」

 

 だけど、とロマニは言葉を置き、いいや、と頭を横へと振った。それにどうした、と言葉をかければなんでもない、と曖昧な笑みを浮かべていた。だがその笑みはどこか、見た覚えのあるタイプの笑みだった。そう、まるでなにもかも理解してその上で諦めてしまった、笑う事以外ができなくなってしまったかのような笑み。そんな、道化の様な笑みをロマニは浮かべていた。その姿はなぜか、

 

 物凄く―――哀れだった。

 

「アヴェンジャー? どうしたんだい、動きを止めて」

 

「いや……なんでもない」

 

 頭を横に振りながらロマニへと背を向ける。自分もそれなりに疲れたから、一先ずはマイルームで休ませてもらおう。そう思って歩き出そうとしたところでロマニの声が此方の足を止めてくる。それに横目を向けた。

 

「アヴェンジャー、君は昔のことを思い出せたかい?」

 

「―――いや、全く思い出せない。いい加減、自分の過去を探ろうとすることにも疲れてきたぐらいだ」

 

「そうか、呼び止めちゃってごめん。君もお疲れ様」

 

 

 今度こそ呼び止められることもなく部屋を出た。流石に本格的なレイシフトでの特異点探索だけあって、かなり疲れた。部屋に直行してこのまま一眠りをした上で次の準備を始めるか、と考えたところで正面、行く道を塞ぐように妖精の姿が出現した。その姿を無視して、幻覚を前に足を止めずに、そのまま姿を通り抜けた。

 

『あぁん、無視は酷い! 酷いわ! 私ほど貴方を思っている人なんていないのに……でもいいわ、許してあげるわ。だってこれが誰かを愛するということなんでしょう? 袖にされるのも悪くはないわ。ただ同じことが何度も続くとマンネリだし、ちょっと意地悪でもしちゃおうかしら』

 

 相変わらずイカレた妖精の言葉が聞こえる。それが不思議と耳障りではないのだからおかしい。はたして自分は狂っているのか、或いは狂っているけど正気のフリをしているのか。どちらにしろ、こんな存在が見えてる時点でもはや正気とは言い難いだろう。このまま完全に発狂して、そのまま正気を失ってしまえばもっと楽になれるのに、ギリギリの一線で発狂できないもどかしさが自分にはあった。

 

 ―――まぁ、それでさえどうでもいい事だ。比較的に。

 

『狂いたいのに狂えないのはまだ狂う程追いつめられていないからでしょ?』

 

 背後、妖精の声が聞こえる。

 

『或いは()()()()()()()()()という結果ね』

 

 ―――最初から狂っている、自分が?

 

 振り返りながら妖精を見る。マイルームへと向けていた足を止め、彼女を探した。だがそこに妖精の姿はなく、くすくす、というオルレアンでも聞いたあの笑い声の方へと視線を向ければ、磨かれたカルデアの壁に映る己の反射が妖精の姿へと変わっていた。ニコニコと笑みを向けてくる彼女の姿に覚えは―――ない。だがないだけだ。きっと、()()()()()()()()()()()()なのだ。そう、どうしても彼女が初めて見たような気がしない。

 

「お前は……なんなんだ。誰なんだ」

 

 反射に映し出される妖精の姿へと語りかける。だが彼女はくすり、と笑って肩を揺らす。

 

『さぁ? 可愛い可愛い貴方の妖精さんでいいんじゃないかしら?』

 

 まともに答えるつもりはないらしい。とはいえ、きっとそれは自分で思い出して、答えを見つけなくてはならない事なのだろう。ただ自分の名前すら思い出せず、何をしていたのかさえ理解できない継ぎ接ぎだらけの記憶と感情と心、果たしてこんな調子で次の特異点、己はしっかりと戦えるのか、というのはどうにも不安を覚える内容だった。

 

『諦めたくなったら諦めてもいいのよ?』

 

 それはきっと―――ないだろう。全てを思い出したわけではない。だが自分の記憶の中にある自分は、諦めきれない様な男……だった気がする。だとすればそう簡単に諦める訳にもいかない。何よりもまず、自分という存在が知りたいのなら、その足跡を追うしかないのだから。そして今の自分にはそれしかない。自分という存在を追いかけるしかないのだ。英霊が増え、自分ができることが他人でも可能になると―――俺が不要になるから。存在意義すら消えてなくなるから。自分を取り戻す前に存在すら消えてしまいそうだ。それだけは……いやだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

『生を知るからこそ生まれる思いよね、それは。私は嫌いじゃないわ。そして愛しく思うわ、貴方が一歩一歩、それを取り戻す度に―――』

 

 そこで言葉が途切れる。察した気配に素早く視線を横へと向けた。カルデアの通路こちらへと向かって歩いてくる姿を見た。それが見覚えのある少年の姿で少しだけ安堵する。話しかけられるのもやや面倒に感じ、接触を回避するために見られる前に気配を遮断する。そのまま横をすり抜けてマイルームへと戻ろうとしたが、

 

「―――はぁ……はぁ……」

 

 通り過ぎる立香の横、盗み見たその表情は青くなっており、今にも吐き出しそうな表情を浮かべていた。その足取りは重く、フラついているのが見える。荒い息を吐きながら壁に手をついて歩くその姿はどこからどう見ても限界ギリギリという様子だった。明らかに正常ではない。今すぐ休みが必要という姿だった。さすがに見過ごすわけにもいかず、壁に寄りかかって倒れそうなその姿を片手で支えた。

 

「無事か、藤丸」

 

「あ、あれ、アヴェンジャーさんか」

 

「さんはいらない」

 

 そう言っている間に此方の支えから脱出した立香はまるで何事もなかったかのように微笑を浮かべ、先ほどまでとは対極の様子を見せていたが、そうやって演じるには少々遅すぎた。

 

「……なるほど、精神的に限界(≪虚ろの英知:医術:診断≫)だったか。寧ろ良くここまで悟られずにいられたな、お前は」

 

「いや、そんな事ないから! ほら……って言っても無駄?」

 

 その言葉に無言のまま頷けば、少しだけ、情けない表情を浮かべながらあははは、と立香が小さく笑った。

 

「そのー……アヴェンジャーさん? 出来たらこの事は内密に……特にマシュとドクター相手には絶対に秘密に……」

 

 呆れの溜息を吐いた。吐くしかなかった。この少年はおそらく、自分の背負っている重荷を理解し、そしてそれと付き合おうとしているのだろう―――表面上は。こうやってその瞬間を見せるまでは完璧に隠し通しているのだから、一体どこでその演技を学んできたのかが非常に気になる。が、それはとりあえずとして、

 

「さん付けを止めるなら考えなくもない、な」

 

「断言しない辺りに大人の汚さを感じる……!」

 

 ぐぬぬぬ、と声を漏らす立香を見て、腕を組み、

 

「辛いか」

 

「今にも吐きそうだけど、なんとか我慢……してるかな。マシュは心配させたら絶対にトチりそうだし、ドクターはなんか一日2時間も眠れていないし、ダ・ヴィンチちゃんは無休で働き続けているって話だし……」

 

「負担は強いられない、という心配か」

 

 立香は頷いた。

 

「―――ほら、俺、最後のマスターだし」

 

「それだけか?」

 

 いや、うん、なんというか、という言葉を立香は付け加え、

 

好きな子(マシュ)の前ではかっこつけたいじゃん? という訳でアヴェンジャー先生、どうかこの件に関しては内密に……」

 

「さんはいらないけど先生はもっといらない」

 

 このカルデア―――人類最後の居場所に、苦難を感じ、隠しているのは決して己だけではない。誰もがきっと、何かを抱えながら前へと進もうとしているのだろう、きっと。そう、特別なのは己だけではないのだ。だから、

 

「まぁ、黙っておこう」

 

「さすが先生」

 

「先生はやめろ……ともあれ、マイルームへは手を貸そう」

 

 この少年の道に、幸がある事を祈っている。




 次回予告!

 ロマニは白目を向き、立香は血涙を流す! そして二人の咆哮が点に響く! こんなことが、こんなことが許されてたまるかよぉ! それはそれとしてお前無条件でケツロンゴバットな。あと3秒以内に焼肉やけよ。

 次回、「ガチャ」。その石を握った瞬間、誰もが(課金の)ビーストとなる。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。