Vengeance For Pain   作:てんぞー

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プロローグ - 3

 しばらく階段の上からオルガマリーの姿を眺めていると、息を切らしていたオルガマリーは一切気づくことなくそのままぜぇはぁと息を整え始め、ふぅ、と息を吐く。

 

「……だいたいなんでエレベーターが一つしかないのよ。ヒマラヤ山脈をくり抜いて工房を作るとか発想馬鹿過ぎない? なんでこんなに複雑にしたのよ。もっと、こう、普通に出来なかったのかしら。横に広くって感じで。なんで上下への移動を多くしたのよ全く。決めたわ。私がカルデアの所長となったからにはこの組織をもっと良い方向へと改善させるわ。まずは食堂の時間に制限をかけなきゃ駄目ね。あんなに美味しいせいでついつい食べ過ぎてしまうじゃない」

 

 そこまで一息で喋ったところでオルガマリーが呼吸を整え、

 

「よし、あと少し!」

 

 ガッツポーズを握りながら視線を持ち上げ、そして階段の上からオルガマリーを眺めている此方を見つけてしまった。それを目視し、オルガマリーが完全に動きを停止させる。壁の中の反射でそれを笑いながら見ていた妖精は壁の中から当たり前のように抜け出して、オルガマリーの横に並ぶと良し、と全く同じポーズを決めてから大爆笑しながら腹を抱える。この妖精、煽り力結構高いな、何て事を考えていると、ゆっくりと、ゆっくりとオルガマリーが視線を此方へと向けてきた。

 

「……あ、アヴェンジャー。あ、貴方、も、もしかして……今、私が言っていた事を聞いてしまったのかしら」

 

 オルガマリーのその言葉にどう答えようか一瞬だけ考え、

 

 

 

 

「―――公的には君が経験したような非道な人体実験は存在していない事になっているんだ。マリーも無論、君がどんな目にあったのか、深い所までは知らない。厚顔だと言いたいかもしれないけど出来たらマリーには―――」

 

 

 

 

 不意に、ロマニ・アーキマン―――あの諦めを覚えた笑顔の持ち主の言葉を思い出した。既に自分と同じ様なケースで犠牲者が出ており、それでなんだったか、詳細は忘れてしまった。まぁ、忘れてしまったということは対して重要な事でもなかったのだろうと判断する。とはいえ、一応ロマニには此方の生活の面倒を見てもらっている。となると無下にすることもできない。

 

 何をすればいいんだったのか。

 

『この虚勢を張ってばかりの子犬を無駄に怖がらせなければいいのよ。生きているだけで無価値そうな女を真面目に相手してあげるんだからアヴェンジャーちゃんは本当に優しいね。まさに聖人の如くよ! あ、これスキル消失しているところとかけたジョークね? ふふ、我ながら結構上手だったわね今のは』

 

 妖精の狂気を無視しつつ、オルガマリーのほうへと視線を向けながら、無言で頷きを返す。それを見たオルガマリーが見る見るうちに顔を赤くして行く。自分の声は控えめに言って他人に聞かせるようなものではないし、ここは黙って答えたほうが愛嬌があるというものだろう。

 

『……その恰好で? 貴方のそういうセンス、時たまにステキだと思うわよ』

 

 威圧感を与えないように姿を隠しているのだから、これで何も問題ない筈、だと、心の中で主張する。何よりローブ姿とは由緒正しい魔術師としての恰好だ、何度も似たような恰好をとっている魔術師はカルデア内部でも見かけているし、この姿に違和感があるわけがない。この醜い声を出さない限りは実に友好的に見えるサーヴァントモドキの筈だ。それを心の中で妖精の中に主張していると、顔を真っ赤にしたオルガマリーが、震わせていた肩を止め、

 

「―――忘れなさい」

 

「……?」

 

「いや? え? 何言ってんの? みたいな感じで首をかしげるのはやめなさい。私が最近食堂に通い詰めているのも、体重が増えているのも、ダイエットを考え始めているのも聞いたんでしょ!? 忘れなさい―――カルデアの所長としての命令よ、今貴方が聞いたことは絶対に忘れなさい……!」

 

『自分から自爆して行くスタイルにはあっぱれとしか言葉がないわね。それはそれとして、この無警戒っぷりはちょっと脅してみたくもあるわね。ねぇねぇ、こうなったらあのピエロのお願いを無視して自分の正体をバラしてみない? 実は前所長に誘拐されて人体改造された元人間で殺したいほど彼を今でも恨んでいます、って! ふふ、きっと涙を流しながら許しを請うに違いないわ。いや、やりましょう。これは命令よ。絶対に楽しいことになるから!』

 

 口を開くと余計な事しか言わないこの妖精、どれだけ≪虚ろの英知≫で黙らせる方法を探しても答えは見つからない。人類の英知ではどうやら、妖精を黙らせる方法は存在しないらしい。今度コンピューターを借りて妖精を黙らせる方法を調べてみよう。

 

「いいわね! 絶対よ! 令呪があったら今すぐ命令してやる所だったわ……く、屈辱よ……絶対に忘れなさいよ!!」

 

 そう言うとオルガマリーは目じりに涙をためながら走って階段を駆け上がって行く。しかしやはり、途中で疲れたのか多少上に上がったところでぜぇはぁ、と息を整えるような声がし、足音が完全に停止していた。あれがマリスビリーの娘か、と考え、

 

『殺したくなる?』

 

「全くならないな……マリスビリー、蘇ってくれないものか……」

 

 そうすればアヴェンジャーという霊基の存在意義を果たすことができるのに。そこまで考えたところでありえないから戯言だ、と、断じてから階段を再び降り続ける。

 

 

 

 

 まるで迷路のように入り組むカルデア内部を進んで行く。この道を通るのは一度や二度ではない他、≪虚ろの英知≫にまるで誇示するようにカルデアに関する知識はプリインストールされている為、目を瞑ってでも歩き進む事は出来る。ただそんな風にふざける事もなく、妖精を無視しながら歩き進んでいれば、やがて目的地へと到着する。

 

 金属質の通路やデザインが多い中で、()()の扉がいきなり登場するのだから、実にわかりやすい目印となっている。そこで足を止めてから一回、扉をノックする。一応、入っても大丈夫なのは良く知っているのだが、それとは別にこういう礼儀はしっかりとしたほうがいい―――らしい。少なくとも知識はそう言っている。妖精がそのままバン、と入ればいいと主張する辺り、対応はこれで正しいのだと確信できる。実に優秀な反面教師である。

 

「はいはいはい、どうぞどうぞー。ちょうどキミの事を待っていたのさ。だからささ、中に入るといい」

 

 声に従い扉を開ければ、そこには今まで見ていた金属質の通路や部屋とはまるで違う風景が広がっている。木製のテーブル、地下のはずなのに外の景色が見える窓、室内に充満する紙の匂い、タイル壁の姿、天井からぶら下げられたオブジェの数々―――現代と呼ぶには少々行き過ぎた姿をしているカルデアの中で際立つようなオールドファッションを見せる場所がそこであった。

 

 その奥には流れるような長髪の女がいた。ミニスカートのドレスのような服装に義腕ではなく籠手であるらしい装備を左腕に装着しているのが見える。その体格を見れば、まず間違いなく女であるというのが解るだろう―――だが彼女、或いは()が歴史に万能の天才として名を遺したレオナルド・ダ・ヴィンチである、ということをおそらく初見で理解できる者等存在しないだろう。カルデアが召喚した三人目の正式なサーヴァントである彼、或いは肉体的に呼ぶべきか、彼女はその万能の天才と呼ばれた英知を持って、自らの性別を乗り越え、

 

 理想の姿を作ったのだ。

 

 我が脳内のデータベースでは、これは寧ろ日本人の分野だと主張しているのだが、まさかレオナルド・ダ・ヴィンチは日本人だったのではないか? 等という頭のおかしな結論に至ったりもした。

 

『まぁ、確かに日本人の領分よね、こういう趣味嗜好は』

 

「さぁさ、此方だよ。座りたまえ」

 

 妖精の声を掻き消すようにダ・ヴィンチが木の椅子をどこからともなく引っ張り出してきた。その背もたれを二度叩き、座りたまえと言ってくる。その為にここまで来たのだから、一切遠慮する事もなく、ダ・ヴィンチの工房へと踏み込んで、そして椅子へと移動する。見たところ、完全に女性なのにこれが世紀の天才、万能の人と呼ばれた本人だと言うのだから、

 

 本物のサーヴァントという存在は実に度し難い。

 

 そんなことを思いながら椅子に座ればさてさて、とダ・ヴィンチが言葉を置く。彼女は近くのテーブルの上に載せていたフラスコを片手で握っており、自分がそれを眺めている間にいつの間にか出現した妖精は此方の膝の上に座っていた。この妖精、気が付けば膝の上に座ろうとするよな、と思いながら、ダ・ヴィンチからフラスコを受け取る。

 

「さ、ぐぐいと飲みたまえ。今回調合したそれは死滅した脳細胞を再生しながら海馬を刺激し、一時的にその状態を逆行させる効能を持っているものだ。今度のは自信作だよ」

 

 受け取ったフラスコを確認し、

 

「―――今度こそ、君が記憶を取り戻せる筈さ」

 

 そう言われ、くすくすと笑う妖精の声を無視してフラスコの中にあった半透明の緑色の液体を一気に喉の中へと流し込む。意外と飲みやすく、味はメロンを思わせるものに近かった。さすが万能の人、無駄なところまで力を入れてある。そう思いつつ一気に飲み干したところで、空っぽになったフラスコをダ・ヴィンチへと渡した。それを受け取りつつダ・ヴィンチはそれで、と言葉を置いた。

 

「どうだい? 何か、こう、頭にビビビ、とくるような感覚はあるかな?」

 

 ダ・ヴィンチのその言葉に数秒間、感覚を確かめるように目を閉じて集中する。現代医学的なアプローチでは実験の結果、失われた記憶を取り戻すことができないとロマニは断言した結果、こうやってダ・ヴィンチが時間を割いて、魔術と天才にしか生み出せない閃きを合わせたアプローチで記憶を取り戻そうと協力してくれている。その結果、こうやって彼女の工房へと邪魔をしに来るようになった訳だが、

 

『この程度で戻ってくると思っているんだから笑いものよね』

 

 目を開ける。ダ・ヴィンチに言われたような感覚や、記憶の目覚めのようなものは感じない。ダ・ヴィンチのほうへと視線を向けてから頭をわかりやすく横へと振る。それを受けたダ・ヴィンチがそうか、とどこか、悔しそうな表情を浮かべる。

 

「俺の為に骨を折ってもらって、すまない」

 

「それをキミが気にする必要はないさ、なぜなら私はカルデアの技術開発部長であり、キミは立場としてはカルデアに保護されているようなものなのだからさ。ロマニが医学的なアプローチでは手が付けられないのであれば、私の分野だよ。何よりここまでやって取り戻せないというのは天才として一つ、挑戦できることが増えてやりがいを感じてすらいるよ」

 

 此方の短い言葉に気にするな、とダ・ヴィンチが言ってくる。そのことに申し訳なさを感じてしまう。

 

『その必要はないのよ? 天才とか語ってるこの無能が悪いだけなんだからねー』

 

 椅子から立ち上がり、軽く首を回し、そして記憶を探ろうとして……何も浮かんでこない。やはり、過去を欠片も思い出すことができない。自分に残されているのはこの無駄な能力と、検体番号171(いない)と、そして自分にしか認識できない幻覚らしい。

 

『だから、私にだけは仲良くしてもいいのよ? ねぇ? 私だけが貴方を本当の意味で助けてあげられるし、理解してあげられるし、そして味方になってあげられる―――だぁって、貴方は私だもの!』

 

「戯言だな」

 

「ん? 何がだい?」

 

「いや、独り言だ。右も左も解らない俺のような者の為に、感謝してる」

 

「キミが受けるべきアフターケアさ、気に病む必要はない。ただ、新しいアプローチを開拓しなくてはいけないようだね、これは」

 

 そういいながらも実際に楽しそうに考え出すのだから、本当に苦とは思っておらず、楽しんでいるのだというのは解る。人生、やるべき事がそうやって楽しめるのであれば、どれだけ楽だったのだろうか。

 

『人生が思い出せないのにそんな事考えちゃうんだ』

 

 ―――物の例えである。

 

 ともあれ、何時までもここに残ってダ・ヴィンチの邪魔をするのも悪いだろう。このまま工房の外に出ようとすると、ダ・ヴィンチの声が此方へと向けられてくる。

 

「キミはこれからどうするんだい?」

 

 出口へと向けていた足を一旦止め、ダ・ヴィンチへと振り返りながら声を返す。

 

「置いて貰っている義務を果たしに」

 

「む、そうかい。そこまで深刻にとらえる必要はないと私は思うが、義理堅いのはまた良し、だ。ダヴィンチちゃんの工房は何時だってオープン。次はマナプリズムを片手にやってくるといいさ、暇つぶしに何か面白いものでも作って見せよう」

 

 ダ・ヴィンチの言葉にコクリ、とうなずいてから工房を後にする。向かう先は再びカルデアの上層へ、他のマスターやカルデアの戦闘員が利用する場所へ、

 

 ―――シミュレーター室へ。




 プロローグはカルデアでの日常的なsomething……。終わったらサクサク序章ですなー。どうせ本編クソ長いんだからプロローグは必要以上に長くせずに紹介だけで進めたいって感じではある。

 それはそれとして、平時のカルデアってのにも興味はある。妖精ちゃんカワイイヤッター(震え声

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