Vengeance For Pain   作:てんぞー

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第二特異点 永続狂気帝国セプテム
ローマ・ザ・ローマ - 1


「―――うむ、小生ちょっくらヒマラヤを上ろうかと思う」

 

 インド北部、立ち寄った農村のチャイスタンドでチャイを飲んでいるときに、門司をそんな事を告げてきた。チャイの入ったグラスを片手に、崩れた壁を椅子代わりにし、のどかな農村の姿をチャイスタンドの横で眺めていると、門司はそんな事を唐突に言ってきた。突飛な発言に関しては今更、とも言うべき男なので驚きはしなかった。だがその代わりに言葉を放った。

 

「……正気か?」

 

「然り、正気である。そも小生、狂人の類ではあるが正気を失ったつもりはたったの一度たりともない。そしてあの寺院で瞑想し、教えを聞き、そして小生は漸く悟りの片鱗に触れたような気がした。まだ何かが小生には足りていない―――うむ、故にここは一つ、自らを限界まで追い込もうと思う。その果てに小生が答えを見つけられるかどうか、それが問題なのであろう」

 

 それを門司は―――破戒僧、臥藤門司は本気で言っていた。この男はこれからヒマラヤ山脈へと向かい、そしてその身一つで登頂する予定なのだ、と。この男は無駄な冗談を言わない。発狂しているような発言が多いが、長く付き合っていれば解る。誰よりも一番、真理という地点に近いのはこの男なのかもしれない、と。元来門司は頭の良い男であり、そしてその回転も悪くはない。ただその発言が突飛すぎて、彼についていける者がいないだけなのだ。

 

 だからこいつはやる、と言えばやる。

 

「小生はこれにて神の教え、神の姿、そして宗教という存在に対する答えを出そうと思っている。否、もうすでにその答えはこの喉にまで差し掛かっている。しかし、それはまた知恵の蛇によりもたらされた林檎やもしれぬ。故にそれが真実であるかどうか、真理へと真に至れるかどうかをこの身を苦行に曝す事で見つけたいと思う」

 

「そうか……って事はここからはさよならか」

 

「うむ。というかおそらく生きて帰れるとは思っていないから今生のさよならになるかもしれないな! はっはっはっは!」

 

「そうか、そうかぁ……」

 

 呟きながら空を見上げる。門司は本気だった。おそらく日本を出て、そして感じ取ったすべて、その集大成をヒマラヤへと向かうことで決着をつけようとしているのだろう、というのは解った。だが、確かにもうそれぐらいの時間が経過していたんだな、と同時に思い出した。日本から離れて一体どれぐらいの時間が経過したのだろうか。それさえも忘れてずっと歩き回っていたが、ふと、自分が正気を取り戻した気がする。

 

「……だいたい三十年? ぐらいの付き合いか、俺らも」

 

「うむ。まさか学生時代からの縁もここまで続くとなると不思議なものだ」

 

 別にずっと一緒に旅をしていた訳ではない。ただ求めるものに近いものがあるため、時折連絡を取り合いながら世界を巡っていた、そういう仲だった。ある意味同志とも呼べる存在だった。だがどうやら、門司のほうは答えが見つかったので一足先に抜けるらしい。そこに少しの寂しさを覚えるも、また、これも必然の出来事か、と納得する部分があった。

 

「んじゃ、ここでお別れか」

 

「うむ、そうなるな」

 

 そこで一旦言葉を止める。互いに無言のまま、チャイを飲んで時間を過ごす。臥藤門司という男は宗教に対して絶望し、そして怒りを感じた。彼は神という存在の都合の良さに絶望を覚え、そして真理への道を探した。そして今、彼はその道の終わりへと到達したのだろう。羨ましく思うも、同時に、自分の中にも、感じられるものもあった。

 

「お前は―――」

 

「―――日本に帰る」

 

 それはここへと到達した時、に決めたことだった。

 

「どうしようか、って考えたときにふと、西へ行くべき(≪聖人:啓示≫)だって感じた」

 

 だから日本へと向かう。正反対の方向へと進む。きっと、この啓示は日本へと進ませない為のものだから。そこにきっと、与えられるはずのない答えがあるのだと、そう思うから。だから東へ―――日本へと帰らなくてはならない。この悪寒さえ感じる強烈な予感は、きっと自分の死期か、或いは答えなのだろうから。そう、きっとそこにある筈なのだ、

 

 ―――祈りのない(≪聖人:背信者≫)、人の救いが。

 

 だから、

 

「近いうちに地獄で会おう、門司」

 

「あぁ、そうだな。近いうちに地獄で会おう」

 

 

それが門司と顔を合わせた最後の時だった。

 

 

 ―――目を開けた。

 

 そこに移るのは青空ではなく、見慣れた白い天井の姿だった。今垣間見た内容を思い出しながら両手で顔を覆い、思い出す。そう、自分は神という存在が嫌いだった。ずっと唾棄していた。憎んですらいたのだ。そして何よりも、まるで守られるように啓示を直感として与えられていた事に吐き気を覚えていた。だから常にそれに逆らうように生きてきたのだ。

 

 まだ魔術のまの字さえも知らなかった時代の話だった。

 

 俺は魔術や神秘に触れなくとも、直感的に()()が特別な事だと解っていた。

 

 だからこそ憎悪した。

 

 だけど……だけど何かが足りていない。そう何故、だ。何故そこまで頑なに神の教えを、一般的な救済を、悟りを、至るという境地を憎むか、捨てて背信の道を進もうとしたのか。それがまだ思い出せない。それが自分、という人間の根幹にあったことは確かなのだ。

 

 だがここにあるのは決して消えない憎悪の炎だけだった―――だがその前に、記憶遡行が発生した。それはつまり、

 

「特異点の発生か」

 

 通信を示すアラーム音が鳴り響くのと同時に、マウントを取るように妖精が腹の上に乗って、此方を見下ろしていた。

 

『おはよう。さ、仕事の時間よ』

 

 

 

 

「―――や、良く来てくれた。大体察してくれていると思うけど、次の特異点の観測に成功した。そういう訳で準備とか説明とかあるから、君たちを呼び出した訳だ」

 

 集められた作戦室にはロマニとダ・ヴィンチの他に、己とマシュと立香が、つまりは生身の人間で作戦に直接口出せる者が全員揃っていた。仮面もフードも装備しなおした状態で、特異点探索前の説明とブリーフィングを開始する。前回同様、ロマニがここを仕切る。

 

「さて、次の特異点は一世紀のローマだ」

 

「一世紀か……となるとまた武装が制限されるな……」

 

 その事実がやや憂鬱だった。シェイプシフターの強みは制限のない武装への変形であり、現代兵器へと変形しつつ神秘に対するダメージを与える事ができるのが魅力なのだが、それが出来ないとなると攻撃力が大幅に減るのは否めない事実だった。となるとまた、他のサーヴァントのサポートをメインに動くことにするか、と決めていると、ロマニが軽く咳ばらいをした。

 

「さて……それじゃあ、色々と真面目な話をしようか?」

 

 ロマニがそう告げると、ダ・ヴィンチに映像を頼む。それに従い、空中にディスプレイを表示させ、これから向かう特異点に関してを表示し始める。様々なデータが表示され、立香の目がそれに奪われる中、ロマニが説明とブリーフィングを始める。

 

「さて……時代は一世紀ローマ、これは第五代皇帝ネロが治めていると言われている時代だ。ちなみにローマは知っていると思うけど、この先に生まれる様々な文化に対して影響を与える重要な文明だ。ここが崩壊すればまず間違いなく、この先発生する筈の学問や文化の発展が遅れ、今のボク達の時代がなくなると見ていい」

 

 さて、と言葉を置く。

 

「もう知っているかもしれないけど、()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。これが基本的にこの地球における法則だった」

 

「太古の時代、まだ神々が地上にいたころ、物理法則は神々の権能という形で存在していた。彼らがこの地上の支配者で、そして征服者だった。彼らが存在していた時代は大気中に真エーテルが存在していたんだ。この真エーテルはつまり神代の頃に存在していた魔力だと思って欲しい。その濃度も密度も、現代の私たちが触れ、そして生成する魔力なんかとは段違いだ」

 

 ダ・ヴィンチが映像を追加しながら言葉を続ける。

 

「ちなみに現代で確認する魔力は神代の頃とは違いエーテル―――第五架空元素なんて呼ばれていたりする。これは真エーテルの代わりにとある時代から地球に満ち始めた私たちの使う魔力のー……あー、立香君が困惑しているし話を戻そうか」

 

「先輩? せーんぱい? 目が半分閉じてますよ?」

 

「ダメ、俺、講義系はちょっと……」

 

 ため息を吐きながら要点を絞れ、とロマニへと告げる。それを受けてロマニが頷きを返す。

 

「まぁ、つまりボクが言いたいのは時代を遡れば遡るほど大気中の魔力が濃くなる、ということだ。それこそオルレアンと比べ物にならないレベルで、だ。何せ、今回向かうローマの地はオルレアンと比べると遥か昔の出来事だ。オルレアンで野生のモンスターというかクリーチャーとか見ただろ? 現代にはもう存在しないああいう生物も昔になればなるほど増える―――しかもさらに強靭になって」

 

「つまりは英霊や敵だけではなく、環境等にも注意しなきゃ、と」

 

 そうだね、とダ・ヴィンチが肯定する。

 

「ただ紀元前だったり神代を再現した環境でもなければそこまで警戒する必要はないよ。何よりそこらへん、アヴェンジャーが事前に対策方法を用意して持ち込んでいる。考えられる限りの予防や対策に関しては彼が現地で行えるようになっているからね。出向けない私達の代わりだと思ってコキ使うといいよ」

 

 視線がこちらへと向けられるので、ひらひらと手を振るう。

 

「適材適所だから気にするな」

 

「いや、ほんとお世話になりますアヴェンジャー先生……」

 

「先生はやめろ」

 

 先生と呼ばれるような人間ではないと何度説明すればこの人類最後のマスターは理解するのだろうか。半分呆れながらも、それで、と言葉を置いた。

 

「ロマニ、本題だ」

 

「あぁ、うん」

 

 そうだね、とロマニが言うと、いったん間を置いた。彼自身が整理する為の時間だろう。後に短く息を吐き、ロマニが言葉を続けた。

 

「……オルレアンで回収した聖杯を現在解析中だが、それを使うことによってローマの特異点を絞り込む事ができたんだ。つまり、あのオルレアンの聖杯はローマから送られてきたものである―――即ち、それを行った人物がローマにいる可能性が非常に高い、ということだ……この意味が解るよね?」

 

 現状、カルデアを爆破し、そして聖杯を手にし、それを利用して問題を起こした人物は一人しか存在しない。

 

「レフ教授……ですか」

 

 マシュの言葉に頷きが返った。

 

「うん。ローマの特異点、その時間軸を大いに乱しているのがレフの仕業である、というのが現在のボク達の演算結果だ。彼はまず間違いなくこのカルデア爆破ではなく、人類史の焼却に関する重要な情報を持っている。特異点の解消と同時に、レフ・ライノールの捕縛、情報の獲得が今回の特異点に置ける最大の目標になる。オルレアンとは違って問答無用でアジトを消し飛ばせばいい……という訳にもいかないんだ」

 

 その言葉と視線は立香へと向けられている。

 

「君に慣れない事をさせている自覚はあるし、オルレアンの時よりもまず間違いなく厳しく……難しくなるだろう。酷い事を頼んでいるとは自覚しているけど……頼めるかな、立香くん」

 

「任せてくださいよ」

 

 立香は自分の胸を叩いた。

 

「俺一人は無能で魔術師としても半人前で、十全に指示を出せるって訳じゃないけど―――ほら、俺に力を貸してくれるマシュとか、アヴェンジャー先生とか、他の皆は俺よりも遥かに凄いんだ。皆で力を合わせれば絶対になんとかなるよ、ドクター」

 

「先輩……」

 

 信頼されているのだ、と気づいたマシュは決意の籠った表情を立香へと向けており、まるで雛鳥が親鳥を見ているような姿に、立香少年の思いの報われなさを嘆くしかなかった。

 

「良し! これにてブリーフィング完了! 第二特異点、ローマへと向かう準備をしようか! 今回は前回のデータもあるからもっと詳細に位置を調整してレイシフトが出来るぞ! という訳でアヴェンジャー、締めに一言どうぞ」

 

 ブリーフィングの終わり際、視線がこちらへと向けられ、うむ、と頷いた。

 

「―――先生はやめろ」




https://www.evernote.com/shard/s702/sh/0a2e29ca-e487-4f0e-95c9-85a98b086e12/090ddf6c4eccac7d773a00a7a93fff8c

 聖人体質が聖人だったと発覚したところでローマ! 記憶遡行ギミックは今まで使いたかったけど使うことのなかったシステムなので割と書いてる本人が一番楽しいのです。楽しいのです。キャラの人間性を追いかける上で過去編を入れるよりもスマートで楽しい手段かもしれないこれ。

 それはそれとして、ローマですよローマ。あとついでにラーマ。

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