Vengeance For Pain   作:てんぞー

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檻の底 - 1

 ―――父親は軍人だった。

 

 物心がつく頃には戦争(ドンパチ)していた。家を空けては誕生日やハロウィン、クリスマス、イベントの日には確実に家に帰ってきていた。母親はそんな父を愛していたし、自分もそんな父親を誇りに、かっこよく思っていた。なんと言っても軍人だ―――つまり、父は正義の味方だったのだ。だからそんな父がちゃんとイベントの日には戻ってか家族として過ごしてくれるのは嬉しかった。だけどそれもやがて、失意に沈む。

 

 父は正規の軍人ではなく、傭兵と呼べる存在だった。意外と知られていないが、この世界は争い事が多い。それは表向きは民族の紛争や、国による衝突だと思われているが、事実はそんな所にはない。魔術の世界、魔術の知識を得た今ならこそ理解できる。魔術師、死徒、幻想種、そういうものが世界の裏側に存在し、そして同時に表層に出現する時がある。魔術師は基本的にそういうものの対処に触れようとはしない。処理する組織はある。だがそれでも手が回らないという時がある。

 

 だからこそ、恐れず、戦える人間や組織が表側の世界には必要である。

 

 ―――おそらく、父はそういう場所で働く傭兵だった。

 

 死んでしまった今、父の死の真相を探る事は出来ない。だが思い出して理解するのは父にはどこか、神秘の残り香の様なものがあった気がする、という事だ。それは母も一緒だった。間違いなく父も母も、神秘側の人間だった。幼い―――いや、カルデアに関わるまでは、俺だけがその世界から半歩だけ、蚊帳の外だった。そう、俺は神秘に触れていたはずなのだ。ただそれを理解せず、気づきもしなかっただけだった。

 

 父は息子の目から見てもかっこいい男で、母にべた惚れだった。それこそ煩いってぐらいに母のことを自慢し、愛していた。だからこそ母の死に目にあの男が現れなかった事が信じられなかった。何かあったら地球の反対側からでも駆けつけてやる、って父は豪語していた。だけど来なかった。父は母が入院するとめっきり家に帰らなくなり、やがて、話す回数も減ってきた。

 

 あんなに愛していると言っていたのは口だけだったのか。

 

 なんで母の死に目に帰ってこなかったんだ。

 

 それをずっと恨んでいた。そしてだからこそ、それが俺の未来の道筋の始まりだった。啓示を信じる事は出来ず、父は信じる事が出来ず、家に帰るつもりはもう二度となかった。日本という国に残る事さえ嫌気がさした。元々門司と何度も旅行をしているウチにノウハウは掴んでいた。

 

 高校卒業と共に俺は―――推薦や入学、全ての誘いと未来を蹴り飛ばし、日本を出た。

 

 俺は、ただただ日本に背を向け、その時はまだ見えなかった何かを探しに出た。

 

 

 

 

「―――っ」

 

 痛みを覚えながら覚醒する。即座に痛みを頭の外へと押し出しながら、目を開く。視界に移るのは薄汚れた石の床。正面に見えるのは鉄格子で、腐った臭いの充満する、湿った地下牢に存在すると、一切光の存在しない闇の中で、義眼の暗視を発動させながら気づいた。肩に痛みが走るように両腕は下から上へと向けるように引っ張られ、そのまま両の掌が()()()()()()()()()()()()()()()()()のを感触として感じ取った。両膝をつくような体勢、足首には拘束を感じる。

 

 どうやら生きてはいるが、捕まったらしい。体に感じる倦怠感は魔力の生成を封じ込められている封印式から来るものだろう。だが体が感じるこの熱は対英霊に反応して活性化したエーテライトが体を内側から焼こうとしたその反動だろう。口の中にまだ血の味を感じて、唾とともに適当に吐き出す。それで気づく。フードをかぶっている感じと、仮面の感触がない。どちらも外されているのか、と。同時に手袋と靴も剥がされている。

 

 だが部分的に治療は施されている。剥がれたはずの手足の爪は再生しているし、切り傷や打撲はそのままでも、致命傷につながりそうな骨折や内臓のダメージはない。今はまだエーテライトの冷却中で全身に痛みが走るが、致死につながるようなダメージはない。意外と悪くはない待遇であることに驚きが隠せない。とはいえ、囚われである事実に変わりはなかった。

 

『あ、おはよう。良く寝てたわね』

 

 正面、妖精の姿が見えた。

 

『あ、魔術的に監視されてるからしゃべっちゃだめよ』

 

 お前なんでそれが解るんだよ。

 

『だって素敵な素敵な妖精さんよ? 古来から妖精とは眠っている間に仕事を果たす生き物でしょ? という訳で、貴方の愛しの妖精ちゃんはご主人様が眠っている間にしっかりと偵察をこなしてきてあげたのでしたーーーアレ? ご主人様は私の方だっけ? まぁ、二人で一人なんだからどちらにしろ同じよね』

 

 視線を妖精へと向けで、と意思を作る。それを受けた妖精が鼻歌を口ずさみながら近寄り、こちらの前に来ると両腕を広げ、磔にされている此方の体、前に出ている首に両腕を回して抱き付いてくる。微妙に感じる体重が手の甲を貫通して突き刺さる壁に重みを与え、激痛を走らせる。それを無視しながら、頬に頬を寄せるように近づいた彼女の言葉に耳を向けた。

 

『ここは連合首都にある城の地下よ。気絶して倒れた貴方を運んで収監した。ちなみにシェイプシフターは没収されたわよ』

 

 まぁ、だろうと思った。本当なら体内に隠そうかと思ったがそこまで思考が至らなかった、というか動かなかった。流石に一人で大英雄と戦うのはスペック的に無理だ―――本来なら自爆して倒す想定なのだからこれで上々ともいえる結果なのだ。とりあえず、精神耐性を今のうちに高め、洗脳に対する対策を施しておく。場合によってはいつでも自爆するだけの準備もしておく。

 

『あら、死ぬ気はないのね?』

 

「―――まだ、死ねない」

 

 そう、まだ死ねない。自分が死ねば足を止めてしまうかもしれない少年と少女がいる。何時か、まだ歩き出せるかもしれない。だけどすぐにできるほど、あの少年と少女は器用ではない。だからここで自分は死ねない。あの子供達の心に傷を残す事はできない―――俺の親父のようなことは、できない。あの少年と少女が自立できる瞬間まで自分は立ち会う義務があるのだ。

 

『あら、お優しいことね。こんな風に拘束されているのに全く萎えていないのね』

 

 そう言って彼女は軽く体重を乗せた。体がそれに引っ張られ、両腕がきしみ、鉄杭が手に痛みを滲ませる。それに表情を変える事無く、さて、ここからどうするべきか、そう思っていた直後、妖精から重量が消え、ぶら下がったまま、干渉だけは消え去るのを感じた。手に貫かれた穴から血が流れ出すのを感じつつ、こちらへと向かって響いてくる足音、そしてわずかな光が見えた。近づけば近づく程明るくなって行く状況に誰かがこっちに来ると理解した。光に備えて暗視を切りながら正面、鉄格子の向こう側に現れた姿を見た。

 

「―――これはこれは、久しいな、アヴェンジャー」

 

 そう言って緑に統一された衣装を着ている、似非紳士風の男はランプを片手に言葉を放ってきた。見覚えのあるその姿に鉄格子の向こう側にいる男へと言葉を放った。

 

「冬木ぶりだな、レフ・ライノール」

 

 レフ・ライノール。カルデア爆破の犯人であり、現在特異点という存在に対する真実を知っている男。それが目の前にいた。口惜しい。ここにシェイプシフターがあれば、迷うことなく捕まえてやった。だが現在、自分は魔力を生成する事も、体に力を入れることもできない。

 

「このような形でまた君に会えるとは思いもしなかった。しかしそうだとするとこれもまた運命の導きかもしれない。そう、私は君とは一度、偽りなく話してみたいと思っていたのだ。故にあのセイバーの愚図っぷりには苛立たされたが、こうやって捕縛できたからにはそれも許そう」

 

 また偉く上から目線になったものだ、とは思うが、実際に自分のほうが今は下だ。こうやってとらえられ、無力化されている以上、愚かなのはどうあがいても自分の方だ。悪いのは己だ。ゆえにレフの言葉に対して黙る。楽しそうに聞いて、見ている妖精は正面から背後に回り、背中に乗るような感触があった―――とはいえ、やはりそこには重量はない。見られている、ということを理解してくれているのだろうか。

 

「悪いが俺はカルデアは売らん」

 

「あの無価値で救いようのない者たちの味方であり続ける、と断言するのか」

 

「あぁ。だが交渉するつもりなら先に言っておく。俺は心変わりしないぞ」

 

 その言葉にレフは笑い声をこぼした。

 

「ははは! 精一杯の威嚇のつもりか! 無駄な努力を良くもやるな! くっくっくっく、だがいい。()()()()()()()()()()()なのだからな」

 

「どういう意味だ」

 

 その言葉にレフは笑みを浮かべた。

 

「簡単な話だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()なだけな話だ。とはいえ、グズがいつまでも役割を果たせずに残ったままは消化不良は否めない。だからこそ適当に残ったカルデアの相手をしてあげているのだが―――」

 

 レフは此方へと視線を向け、此方へと言葉を送ってくる。

 

「君は本当に此方へと来る気はないのかな? 君は()()()()()()()()()の存在だろうに」

 

 レフのその言葉の意味は解らない。何がそちらで何がこちら、なのか。だが世の中を殺したい程に恨んでいた、というのは事実だ。そしてそれを記憶の中でも俺は願っていた。そして今でも、なぜ俺だけこんな理不尽な生を受けているのか、と神を呪い続けている。暇さえあれば心の中で死ね、死んでしまえと呪詛さえ呟いている。そんな自分だが、解るものがある。

 

 レフへとまっすぐ視線を向ける。鉄格子の向こう側にいるその姿を見て、笑みを浮かべ、

 

 ―――口の中にたまった唾を血と混ぜて、吐き出して叩きつけてやる。

 

「失せろ裏切り者。精々カルデアに怯えて城に引きこもっていろ鈍亀。貴様は絶対に勝てない(≪■■■■:予言≫)からな。何故勝てないかそれを永遠に迷いながら苦しんで死ね、塵が」

 

 淡々と宣告する。貴様は絶対にカルデアに敗北すると。それを受けたレフはそうか、と短く返答し、笑い声を零し始めた。この状況で挑発するのはまず間違いなく賢くない選択肢であるし、171号という人造英霊は合理的な判断ではないと、告げている。ここは英知を使って話術を利用し、目の前の男から最大限の情報を引き出す場面であると、そう告げている。だが同時に、

 

 171号の元となった元聖人の男はもっと直情的で、野性的で、そして救いようのない男だった。アレは理不尽を嫌悪し、邪悪を憎み、そして現実に諦めている、そういう男だった。だからこそ、こういう状況であればこうするだろう、というほぼ反射的な行動だった。それが妖精の琴線に触れたのか、彼女は笑いながら背後から抱き付いてくる。

 

「―――なるほど、元が人類であればどうしようもない愚者であるのも事実か」

 

 そう言うとレフ・ライノールから肌の色が消えた。その代わりに出現したのは醜い黒の色と、それを埋め尽くす赤い目玉だった。まるでゴムのような皮膚と、場所を選ばない目玉の化け物が人の服装をしていた。醜い。己なんかよりも遥かに、醜い。正真正銘の怪物の姿だった。生物的な恐怖を心に突き刺すその姿でレフは前へと一歩踏み出す。

 

 まるで砂糖菓子の様に鉄格子が曲がり、千切れた。

 

 その歩みを鉄格子で程度では止められず、レフ・ライノールという形をした怪物はこちらに近づき、顔を覗き込んできた。

 

「どうした人間? 笑ってみろ。それとも笑い方すら忘れたか? 失敬、中身が空っぽだったな、君は」

 

 まぁ、とレフは斜め上へと視線を向けてからため息を吐いた。

 

「バカでグズで救いようがないうえに状況をまともに認識することができないんだ―――その眼はいらないな?」

 

 そういった直後、

 

 ―――レフの片手が一息で目に指を入れ、眼球を握りつぶしながら引き抜いた。

 

 痛みを堪えようと痛覚そのものを殺そうとした瞬間、義眼を引き抜くために指が再び差し込まれた。それとともに遮断していた筈の激痛が蘇り、それが制御できないまま脳天を貫き、抑えられない痛みは絶叫となって喉を枯らすほどに叫び出した。両目をえぐりぬかれて世界が完全に闇を取り戻す。聞こえるのは去り行く絶叫の中でもいやに響く足音だった。

 

「さらばアヴェンジャー、愚かな被造物よ。所詮人は人、その醜悪さからは逃れられないと知らせてくれたことには感謝しよう。精々闇の中で私におびえて引きこもっていたまえよ?」

 

 激痛と疲労と消耗に脳がプッツン、と一線を超える感覚を伝え、

 

 ―――意識が―――途切れる。




 ふふ、来ちゃった、とハートマークをつけてレフ・ライノールは供述しており……。

 囚われのプリンセス171号……!

 というわけで両目を失いました。

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