Vengeance For Pain   作:てんぞー

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檻の底 - 4

「わーたしーはー! わーたーしーはー! 恋ーのードラクルむーすめー!」

 

 なんか歌ってる。

 

「ラブリーでー、キュートーでー、今日もーみんなをー魅了しちゃうのー、私って罪深い!」

 

 爆笑のし過ぎでもはや息を詰まらせている妖精が瀕死という感じをなんとなく笑い声の気配で感じ取れた。だが誰にもそれが見えていない。その為、歌声の主は止まることなく、酷い歌声を響かせている。それはもう、最悪だった。言葉にできないレベルで酷かった。これはもしや音響兵器ではないのか? というレベルで凄まじいレベルの酷さを見せていた。声は悪くないのに、歌い方の全てが音楽という概念を冒涜していた。そう、それは極上のあんこを用意したのに、ハチミツと砂糖とメープルシロップとラードとケチャップとマヨネーズと醤油としょうがを上からかけてこれが料理です、と言っているような状態だった。聞けば聞くほど頭が痛くなってゆく、呪いとしか言いようのない歌だった。

 

 それを無理やり聞かされているそばで、テキパキと治療を行う手つきを感じていた。時折体に触れる感触は完全に()()のそれで、え、どうやって治療してるの? なんで包帯持っているの? というか持てるのか? とか凄まじい疑問を思わせる感触だった。だがその思いとは裏腹に治療を行う手は凄まじく優秀だった。非常にテキパキとした手取りで傷だらけの体を消毒、治療、そして包帯を巻いて行く。その背後でずっと呪いの音楽を聞かされているのだから、治療と拷問の狭間にいるような気分だった。

 

「うむ―――これで終わったのである。とりあえず内臓がぼろぼろなのであるので栄養のありそうなものを作ってきたのである。ゆっくり食べつつ養生するといいワン。むろん、にんじん入りだぞ? 味わいつつ食べるといい。ちなみにフーフーは有料であるが故、辛抱するといいニャー」

 

『やばい。呼吸なんてしてないけど窒息しそう』

 

 そう声をかけられつつも、粥を肉球から受け取った。そのカオスすぎる言葉遣いとは裏腹に、動きや手当に関しては割と真面目にプロフェッショナルと呼べるような丁寧さを持っており、受け取った粥も非常に美味しく、空きっ腹に染み渡るような気がした。漸く、連合首都に潜り込んでから漸く休息を得られた様な気がする。

 

『人理修復ってまるでドリフみたいなのね……ふ、ふふふ……』

 

 まだ言うか、お前は。そう思いながらも粥を口の中へと運んで行く。こんなところで看護を受けられるとは思いもしなかった。カルデアに戻るまで本格的な治療を受けられるとは思っていなかった為、これは予想外にいい出来事だった。とはいえ、やはり目が見えないのが致命的だった。この状態のままだと流石に、これ以上の活動は足手まといになるから、カルデアに引きこもってダ・ヴィンチかロマニの手伝いに集中するハメになるだろう。

 

『うーん、それはそれでつまらないわね……良し、こうしましょう』

 

 短いノイズが走った次の瞬間には世界が光を取り戻していた。その驚きに粥を落としそうになりながら、視界の前に広がる光景に見入った。緑はこんなにも美しく、そして空はこんなにも鮮やかだったのか、そういう驚きが胸の内に広がり、頭を動かし―――視界が変わらないことに驚いた。よく考えれば視線がやや高い。今、自分は木の根元に背を預けて座り込んでいる。それにしてはやや視界が高く感じる。これは、

 

『―――そう、私の視界よ。段々と思い出すことが増えてきたし、私の力もちょーっとだけ範囲が広がったから、同期してみたの』

 

 そう言った直後、視界がぐるりと回り、黒い影の男を―――自分の姿を映した。何時見ても酷く醜い姿だった。だがそうやって見えるのはどこまでも凄惨な、自分の姿だった。体を隠すローブは正面が大きく切り裂かれてコートのような形に変形し、両手は空いた穴を隠すように包帯が巻かれている。インナーはところどころボロボロになっており、フードはぼろぼろになって降ろされている。そこに隠される筈だった顔は露出している。両目を奪われているが故、瞼は不自然にへこんでおり―――顔の醜さが加速している。フードをかぶろうにも、そこにかけられていた隠蔽の魔術はすでに切れていた。それではかぶったところで顔を隠すことができないだろう。

 

 ……なんとも、まぁ、無様な姿を見せてしまっている。

 

 視界が動き、サーヴァントを映す。一人目が猫の耳に狐のしっぽを持つ、メイド服姿のサーヴァント……サーヴァント? サーヴァントという概念に対して疑問を抱きたくなるサーヴァントの姿であり、もう片方はジャイアンリサイタルを続行している、ドラゴンと融合したような容姿の娘だった。サーヴァントは千差万別というのはよく理解していたが、ここまでのイロモノが存在すると解ると、やや困惑のほうが強くなってくる。或いは昔ならそれもそうだろう、と納得したかも知れないが、

 

『人間らしさを取り戻すと疑問を抱いたりするわよねー。まぁ、面白いならそれでいいんじゃないかしら、っと』

 

 そう言うと視界が動く。どうやら此方の膝の上に座ろうとしているらしい。場所を開けて、股の間に座る場所を用意してやる―――こうやって居場所を用意するのにも、どこか慣れてきたような気がする。彼女の視線がこちらへと見上げるように向けられるのを無視しつつ、粥を口の中へと運んで行く。見た目がメイド姿なら、こうやって看護が得意なのも納得できる、というものだ。

 

「フー! 歌終わったわ! どうかしら、この看護の歌は!」

 

「地獄に落ちる」

 

「控えめに言ってテロであるのだ。音響兵器的な意味で」

 

「猫が真顔で答えてる……! って何よ! 私の歌がまるでヘタクソみたいな言い方じゃない!」

 

「実際そうだろ」

 

『きっとコキュートスに落ちた罪人達はこんな音を発しているのね、って感じね』

 

「オリジナルの断末魔のほうがまだマシなのである」

 

「そ、そこまで言わなくてもいいじゃない……」

 

 槍をマイク代わりに使っていたランサーがくすん、と言いながら膝を抱えて丸まっていた。その姿を無視しながら粥を食べ終わると、メイドのサーヴァントに包帯を追加で貰う。それをそのまま、顔の上半分、両目を覆うように隠す為に巻いてゆく。仮面を失った今、カルデアに戻るまではこの格好で我慢するしかない。これで両目のへこみもある程度ごまかす事ができるだろう―――まぁ、レフと再びエンカウントすればその事で煽られそうだが。だがともあれ、これ見られる姿にはなった。あとは体力と内臓が回復するまでおとなしくするだけだ。軽く息を吐きながら、短く情報を整理する。

 

 ここは連合首都東側の海にある島―――形ある島。その主は()()である女神・ステンノが英霊という霊基へとダウングレードされて召喚された存在である。だが神霊である彼女は権能を保有し、争いに関知する事無くここ、形ある島と呼ばれる場所を根城にして特異点の終わりを待っている。神故に、彼女は性質から離れられない。

 

()()()()()()という性質ね。神は大なり小なり、()()()()()という性質、役割、権能の奴隷とも言える存在よ。まだ成長する間に己の役割を見定めた神はいいとして、生まれた時から決められている神は理解し、達観し、そして受け入れるわ。ステンノ、エウリュアレ、メドゥーサのゴルゴン三姉妹もそういう運命を受け入れた女神ね。生まれた時から愛される事のみを求められた、力も何もない愛だけの女神』

 

 その本質は()()()()()

 

『そしてそれを良しとするからこそ、救いようがないわね。ま、神の事なんてどうでもいいんだけどね?』

 

 そりゃそうだ。まぁ、ステンノはいいだろう。あの女は()()()()()()()()()()。文字通り何もできない。干渉する事も、干渉される事も。そういう出来事の範囲外だ。おそらくこのローマの特異点においてもっともイレギュラーな存在だと断定してもいいだろう。

 

「ふぅ、粥、実に美味しかった。助かった」

 

「気にする必要はないワン。郷に入っては郷に従え。なキャットはこたつがあるなら潜るだけの話である。それはそれとして、番ドッグなメイドとしてはキャットの野生さがご主人を求めろと叫んでいるのだが」

 

「まぁ、そのうち人類最後のマスターが来るだろ」

 

「なるほど、ニンジンを期待して迎え撃とう」

 

『迎え撃つのかぁー……』

 

「わ、私の歌がここまでボロクソ言われるなんて……なんて……こ、子ブタや子リスはめっちゃ喜んでくれていたのに……」

 

 ランサーはどうやらまだ発狂中だったらしい。あそこまで声はいいのに、音程を外しまくって歌を拷問に変える生物なんて初めて見た。その道のプロフェッショナルが聞いたらまず間違いなく泣き出すのではないだろうか―――音楽という概念の冒涜で。

 

「私の歌の何が悪いのよ!」

 

 いきりたち、勢いよく宣言するランサーに無情に告げる。

 

「まず音程が外れてる」

 

「相手に楽しんでもらおうって気持ちが足りてないのであるな」

 

『歌で楽しませようとしてるんじゃなくて、歌を歌ってる私って超アイドル! ってやってるんだから歌が綺麗に聞こえる訳ないじゃない。それじゃあ自慰をしているのとなーにも変わらないんだから。まずは相手を見て、なぜ歌うのかを考えなきゃ』

 

「ついでに言えば歌ってるときはまるでこっちを見てない」

 

「意見も聞いてすらいないのである」

 

「ボイストレーニングしてるか?」

 

「もしかして歌ってさえいればアイドルになれると思っているワン?」

 

「やめて……私を言葉の暴力で殺すのはそこまでよ!! ……ヒック、グッス」

 

 正面で、膝を折ってランサーが泣き崩れていた。哀れとは思うが、アレ以上音波兵器を食らい続けるとせっかく治療した傷口が広がる。というかすでに傷口に響いていた。クソがつくレベルで最悪な歌だった。是非とも矯正してから立ち上がって欲しい、そう思っていると、いいえ、まだよ、とランサーが言いながら立ち上がった。

 

「そう……今までの私はプロデューサーと二人三脚で駆け抜けてきた駆け出しアイドルだったの……だけどそれだけでは幅広いアイドルサーヴァント界は戦っていけない……なんか最近ヴィヴ・ラ・フラーンス! とか言ってる子が下から猛烈に追いついてきたし! 猛烈に追いついてきたし! というかもうすでに抜かれているような気がするんですけど!」

 

 どこかでマリー、と叫ぶドルヲタの気配を感じた。話題に出したら食いつくためだけにこの島へと来そうな気がする。

 

「そう……私はまだ事務所にすら所属していなかった野良アイドル!」

 

「完全にアマであるな」

 

「完全に自称アイドル」

 

『というか妄想に溺れてるだけじゃない。頭大丈夫……じゃないわね』

 

「心が折れそう!! だけど頑張るの! だって私に必要なものがついに見えてきたのだから―――そうでしょう、コーチ!!」

 

 ランサーの視線がキャットなメイド犬、そして此方へと向けられた。キャットと共に真顔になりながらどうするか、互いに見やるように顔を合わせ、数秒間、そのまま黙り込んで無言で会話してからランサーへと視線を向け、それで口を開く。

 

「修業は厳しいのである。そう、それこそ命を捨てる可能性もあるのだワン」

 

「それでもいいなら教えてやろう―――アイドル道を」

 

 具体的にいうと暇なときにロマニにつかまって散々付き合わされたアイドル話に。自分が知っているのはあくまでもマギ☆マリがベースだが、ロマニがしつこくその事やアイドルに関して何度も何度も説明する他、最近ではドルヲタ=アンリ・サンソンがマリー、マリーとうるさいもので無駄に知識が増えてしまった。そのせいで、

 

 ついに格納されてしまった(≪虚ろの英知:アイドル知識≫)のだ。

 

『人類の英知にドルヲタ共の執念が届いてしまった瞬間だったのね……』

 

 なんと言うべきだろうか―――人間の執念ってすごいね。色んな意味で。言葉がそれしか見つからなかった。というか死後になってもドルヲタをやり続けるとははたしてどんなものなのだろうか? いや、死後アイドルを目指し始めるサーヴァントもいるのだから、まぁ、そんなものなのだろうと諦める他ないのか。

 

 アイドルとドルヲタは人類の新たな概念、そう覚えておく事にしよう。

 

 それはそれとして、

 

「コーチ……コーチ!!」

 

「うむ、新たなパドワンよ……汝に必要なのはボイトレではない……炎となる事なのである。そう、こう、バスター! な感じでトップを目指す感じで! コマンドは熱血、気合、魂なスタイルでぶっこんでゆくのである」

 

「解ったわキャットコーチ! 私、頑張る!」

 

 この始末、どうするべきなのだろうか……。




https://www.evernote.com/shard/s702/sh/8b59fd97-47ea-4f83-a135-e3451be043d9/ce4c1afea836a91e7d20e46d30243bd9

 久々のステータスアップデート。ちょくちょくスキルの説明とかが変化しているのに気付いた読者はいたのだろうか、と言いつつ今回は非常にカオスだったワン。

 そしてついに力をちょくちょく出し始める。お願いですから座ってろ。

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