Vengeance For Pain   作:てんぞー

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プロローグ - 5

『―――結局全部ただのかかしだったわね』

 

 シミュレーションで出されたコースをすべてクリアした後で出ると、そんな声を妖精(フェイ)が投げかけていた。どうやらゴーレムやらオートマタを一方的に蹂躙するだけの戦いが好みだったらしく。非常に機嫌のよさそうな表情を浮かべている。もうすでに解っている事だが、この妖精はどうやら酷いサディストらしい。割と真面目に自分より弱い者を虐めるのを好み、そして自分より強い者は進んで殺したがる。一体何がどうなればこんな幻覚を見れるのか、自分でさえ理解できない。だが理解する必要なんてどこにもないのだろう。そういうものだ、と納得して放置する事に越したことはない。妖精は付き合うだけ時間の無駄である事は新しく刻まれる記憶にしっかりと記録されているのだ。

 

『ひっどーい! 私程貴方を想っている者もいないんだからね! そのうち咽び泣いて私の存在に感謝するんだから』

 

 そうなればどれだけいいのだろうか。少なくとも役立たずの幻覚が役割を持つようになるのだ。マイナスからゼロへと至れるというものだ。そんな風に自分との無意味な対話を果たしながらも、シミュレーター室を後にして向かうのは自室だ。食事を取るのは注目されるのが嫌なので、自室でこっそり、ため込んでおいた栄養食品を食べて済ませる事にしている。シミュレーターで軽く汗をかいたため、それをシャワーで流してしまったらさっさと食事を終らせてしまおう。そんな考えで自室へと戻る道を進んで行き、

 

 当たり前ながら特に問題もなく、自室前まで戻ってくることができた。ただ扉の向こう側には人の気配を感じる。その事実に首を傾げ―――同時に、覚えのある人の気配に納得する部分があった。そのまま、警戒するまでもなく自動ドアを抜けて自室へと入れば、

 

「お、帰ってきたか。お帰り」

 

 そう言って帰還を歓迎する、微笑を張り付けた男の姿がデスク前の椅子に座っていた。良く見ればデスクの上にはノートパソコン、そしてお菓子の類が広げられており、勝手に占拠されている、という妙な感覚に陥る。部屋に入ったところで足を止めていると、口にポテトチップスを咥えた男―――ロマニ・アーキマンが首をかしげる。

 

「ん? 何をやっているんだいアヴェンジャー。君の部屋だから一切遠慮しなくてもいいんだぞ?」

 

『一番遠慮すべき奴がそれを言うかしら』

 

 妖精の言う通りなのだが、特に文句らしい文句を主張する事もないので、そのまま部屋に入り、ロマニのほうへと近づき、何をやっているのかを見る為にノートパソコンを覗き込んでみる。その中ではステッキを握った少女が空を飛びながらビームを放っている姿が見えた。これは、所謂、

 

「アニメーション?」

 

 思わず口に出してしまった。それに目ざとく反応したロマニがにんまり、と笑みを浮かべながらこちらへと視線を向けてくる。

 

「お、解るかな? アヴェンジャーはこういうの、好き?」

 

 どうだろう、と思う。首をかしげてみたところ、ロマニがじゃあ、見て確かめてみようと、横の椅子を二度、その手で叩いて示してくる。つまりは座って見よう、というお誘いなのだろう。それを拒否する理由が見つからないのだが、

 

『私、個人的にはこいつの事嫌いだけど、こうやって会話のきっかけをつかもうとしたりコミュニケーション能力は高いわよね。なんだかんだで心配されているのね。メンタルケアの一環のつもりかしら? ケアするだけのものが中にはないのに、実に無駄極まりないわね』

 

 とはいえ、その心意気には報いるべきなのだろう。ロマニの隣に座り、ノートパソコンのスクリーンを覗き込む。その中に見えるのは何やらファンシーなタイトルであり、内容は魔法少女ジャンルらしい。正直、自分よりも妖精のほうが食いつきがいい。魔法少女モノだと発覚するや否や、即座に膝の上に出現してノートパソコンをガン見し始めるのだから。

 

「これ、今外で話題になっているシリーズでね? サメに育てられた魔法少女のお話なんだ」

 

『開幕からサメに育てられたとかいうパワーワードが出てきたわね』

 

「そんなサメ魔法少女の彼女は別次元の魔法少女組合の営業マスコットに魔法少女の素質を見抜かれて、週休二日で魔法少女をやらないか、って勧誘されるんだ」

 

『勧誘。きっと営業マスコットにもノルマがあるのね』

 

「だけどね、彼女は野生児だったから人語が通じずマスコットを食べちゃったんだ。これが惨劇の第二話だ」

 

『いろんな予想をぶっちぎってたわね。逆に興味が出てくるわね、これ』

 

 妖精の方が興味津々になっているらしい。正直自分にその良さは理解できないが、妖精やロマニが面白いと思っているのだから、きっと面白いものなのだろう。そう判断し、とりあえずロマニと並んでノートパソコンのスクリーンを眺める。全部2クール分を持ち込んできたぞ、と自信満々に言い放つロマニはどこからどう見ても自分には気を使っている様には見えない。お菓子を持ち込んで、完全にくつろいでいるようにしか見えない。

 

 アニメを楽しそうに眺めているロマニを、軽く横目に盗み見て、そう思った。しかし、

 

『駄目ねー。食事は必要最低限、他人との接触もほぼなし。その状態を突破する事か、或いは過去に感じていた何かを取り戻せるかと思って色んなお菓子や娯楽を持ち込んでいるのよ、この道化師は。私個人はこいつのこと嫌いだけど、医師として、あと人間としては非常に優秀で良い奴なんじゃないかしら。私は嫌いだけど。うん、私は嫌いだけど』

 

 そこまで執拗に妖精がロマニを嫌う理由は自分には全く理解できないが、妖精がそう思うのならきっとそうなのだろう―――復讐心以外のすべてを投げ出して、そしてそれを果たそうというときに果たせなかったのだ、結果、この体の中に何も詰まっていないのだから。それを哀れだと思えるのは彼の優しさだろうと、自分の持つ知識から判断する。

 

『実に優等生ね……でもはたして、復讐心を再び心に抱けるようになったその時、同じような答えを出せるかしら? 同じような言葉を口にできるかしら? 同じ自分のままでいられるかしら? 貴方の胸の内の獣はそれを許す事ができるのかしら』

 

 そんな事、知る訳がない。それ以上にどうしようもなく無駄な話だ―――マリスビリーがこの世に存在しないのだから。

 

 そんな無駄な考えを頭の中から追い出しつつ、ロマニの持ち込んだアニメをそのまましばらく、ロマニと共に眺める事にした―――少なくとも、妖精は楽しんでいたし、戦闘シミュレーターで体を動かした以上運動する必要もないし、そもそも鍛えることのできる肉体でもなく、何もせずにいるよりははるかに有意義な時間の消費法だと思ったからだ。それのなにが面白いのかは解らないが、

 

 ロマニは時折、パソコンを眺める此方を確認しては笑みを浮かべていた。

 

 妖精の言葉が本当だとして―――底抜けに、お人好しで苦労性な男だった。

 

 

 

 

「―――そして到達する第二クール最終話、なぜ人は争うのか? なぜ理解しあえないのか? サメ魔法少女はそれに悩んだ結果、気づいたんだ。言語の壁、種族の壁、意思の違い、それがこの星を汚染して、今も終わらない争いを生み出しているんだと。だから彼女は決めたんだ……全人類サメ化計画を……」

 

『クソを突き抜けたアニメがもう一段階クソを突き抜けたって感じのアニメだったわね。個人的に表彰状を送りたい。これ、企画した奴相当キマってたでしょ』

 

「ちなみに脚本家はこれを作った直後失踪して、未だに発見されてないからさらに話題を呼んでるんだ」

 

『でしょうね。たぶん覗きこんじゃいけない深淵の三つや四つ覗き込んだ感じあるもの。ま、私程覗き込んでいないだろうけどね!』

 

 そう言ってロマニの解説付き、アニメの一気見は終わった。気づけばお菓子を摘みながら見ていたこともあって、大分時間を食ってしまったらしい。普段は特に何もしていなく、妖精と話し合っているだけなので無駄に時間が長く感じられるのだが、こうしてみると何とも時間が早く過ぎ去って行く物のように感じられた。だが同時に、胸の内に浮き上がるものを感じられた。ロマニはそれで、と言葉を置き、こちらへと視線を向けてきた。

 

「……どうだった?」

 

「おそらくはかつてないレベルで時間を無駄に使った……気がする」

 

「えー! でも結構面白かっただろ? 暗黒サメ天体とか。サメテオとか。あのどうしたらそこまでサメを応用できるのって感じの数々の狂気を感じられる魔法の類は」

 

「いや、間違いなく時間を無駄にした。まず間違いない」

 

「えー、それは残念だなー。じゃあ今度はまたなんか別のアニメを持ってくるよ。今度こそ面白い、って言わせられるような奴をね。……っと、そろそろ戻らなきゃマリーに怒られそうだ。それじゃあここらで失礼させて貰うよ……あ、パソコンはそのままでいいし、お菓子はたくさん余ってるし、勝手に貰っておいて。殺風景な部屋だし、置いてもバチは当たらないんじゃないかな」

 

 それじゃあね、とまるで嵐のようにロマニは去って行った。その外へと消える後ろ姿を眺め、軽く首をかしげてから、今までずっとかぶっていたフードを下す。誰もいなくなったことでようやくフードを、仮面を、素顔や素肌を晒すことができる。やはり、既に知られているとはいえ、こんな醜い姿や声、到底誰かに見せたいとは思えない。この姿はマリスビリーやあの狂った研究者どもが自分に刻んだ一生消えない傷なのだ、嫌悪感しか存在しない。

 

 しかし、あの男、ロマニはいったい何がしたかったのだろうか。

 

『だから貴方と会話したかっただけよ、アレは』

 

 ローブを脱ぎつつ、あんなカオスなアニメとお菓子の山で会話を作ろうとしたのか、あの男は、と、少しだけ呆れを感じざるを得なかった。だがそのリアクションが面白かったのか、妖精の方はくすり、と笑っていた。

 

『だけど現実としてアニメのことやお菓子の話で会話は続くし、呆れるなんて感想、何らかのコミュニケーションが発生しなければ抱くことさえないでしょう? つまりはその時点であの男の目的は達成されているのよ。復讐以外にも感情の波を胸の中に生み出しているんだから。本当に優秀よ、彼。私は嫌いだけど』

 

 これが本当に自分の生み出した幻覚なのかどうか、時折、その言動には非常に驚かされる部分がある。しかし、自分以外に見えていないのであれば、考えるだけ無駄だ。やっぱり発狂して生まれた第二の人格なのだろうと、そう思っておき、

 

「……」

 

『あら、どうしたの?』

 

 服を脱ぐ動きをとめていると、妖精が首をかしげながら此方へと視線を向けてきた為、その言葉に答える。

 

「いや……生まれた意味も、存在意義も果たせない偽物にどういう意味があるのか、と思ってな」

 

『そんなの一年後まで待ちなさいよ。平時に力の使い方を考えても無駄無駄。極限にまで追い込まれてから漸くそういうのは発覚するもんなんだから、来年、地獄めぐりをする時に改めて考えればいいわ』

 

「来年、か」

 

 適当な言葉に聞こえて来年はレイシフトを完全なものとするための最後のピース、霊子演算装置トリスメギストスが完成される。その完成と共にここ、フィニス・カルデアは別時間軸への完全な干渉と過剰とも言える戦力による武力闘争を行えるようになる。やはり、その用意周到さは見えない何かに備えるかのように思える。2015年、やはり何かがある、と発表していなくてもマリスビリーは見据えて用意していたと言えるのだろう。

 

 ―――そこで、己は存在意義を果たす事ができるのだろうか。

 

 そうでなければ、一体、なぜこんな身になったのかすら―――。

 

『ま、今は考えていても無駄よ。疑問なんてもの、貴方がする必要はないわ。全てを私に委ねて、振る舞うべき風に振る舞えば―――あー! 私を無視しないでよー! もぉー!』

 

 妖精の言葉を無視して服を脱いだらシャワー室へと向かう。終わったらちょっとだけ、心配させるなら人間らしさを求めてみるか、と鏡に映る怪物の姿に嫌悪感を抱きつつ。シャワーボックスの中へと足を進めた。

 

 

 

 

 ―――2014年、まだカルデアは平和だった。多くのスタッフ、充実した設備、そして万全の備えにバックアップと、おそらくは地球で最強の戦力を備えた組織であったに違いない。アトラス院、国連、時計塔と大組織の協力を得たカルデアの戦力に比肩する場所はそれこそこの地球上では限られ、未来は明るいものだとされていた―――少なくとも、向こう100年は保障されていたはずだった。

 

 だが隠しようのない破滅の足音は、既にこの時……聞こえていた。




 どすけべ後輩はこの時期漸くAチームと合同訓練を行える程度の自由を得ていたらしいから不審人物(仮面フード)が接触できるわけないネ。

 ロマニのことはどーしても嫌いになれないよね、と言いつつ次回から序章かな。

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