Vengeance For Pain   作:てんぞー

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月の下でから騒ぎ - 4

「……俺、アレ苦手だわ」

 

 おそらくカルデアへと到着してから初めて口にする言葉だった。明確に苦手という存在を感じたことはなかったが、今日、この日、その言葉を撤回するしかなかった。なんというか、もう、言葉が見つからない。なんと表現するべきか―――そう、みゅんみゅんだ。なんかアイツ頭の中がみゅんみゅんしてる。そうとしか言葉が見つからない。それぐらい意味不明なのだ。なんかマスコットっぽいクマの様な謎生物を胸の谷間に隠しながら、弓からハートを撃ち出して、それでウェアウルフを退治しながら恋愛って素晴らしいアピールしながら団子を回収している。

 

 訳が分からない。

 

 何よりも意味不明なのはあの姿、あの言動でオリオンと名乗っていてそれでセーフ、完璧みたいな空気を出していることだ。そしてそれに立香が気づいていない。段々とだが、胃が痛くなってくるような感覚を覚えた。そう、まさに、この気持ちは、

 

 ―――帰りたい。

 

 それだけに尽きた。なんか、もう、なんでもいいから適当に切り上げて帰らない? というのが本音だった。食糧とか別のところから調達するから、今回はこの女神と関わらないのならもうそれでいいじゃないか、と思っている。そう思っているのに、横にはなんか女神がいた。

 

「ねぇねぇ、貴方ラブってない? こう、心を焦がすようなラブを感じてない? 恋愛の気配が超するんですけどー! キャー!」

 

「助けて」

 

「せ、先輩! アヴェンジャーさんが助けを求めてますよ! 事件です!」

 

「面白いから放置で」

 

 この恨みは忘れないから覚えてろよ貴様。そう思いながら妙に馴れ馴れしいこの女神の相手をどうするか、という事で頭を物凄い悩ませる。何が何だかわからないが、このゆるふわ脳の女神はこちらからラブ臭がすると言ってかかわってくるのだ。恋愛とか個人的にこの世からもっとも縁遠いものではないか? と思っていたりもしなくないのだが、そういえば猛烈アピールする奴が一人、いたよなぁ、とシェイプシフターを手鏡に変形させて、片手でピースサインを浮かべてくる妖精を見つけた。

 

 お前が原因か。

 

「このゆるふわ恋愛脳カミめ。いい加減俺にかかわるな」

 

「えー、そんなことを言わないでよー。他人の恋愛話なんて乙女からしたら常にごちそうで一番の玩具なんだから」

 

「なおさら性質が悪い」

 

 完全に愉快犯じゃないか。完全に呆れた。カルデアで処刑された二人がリスポーンされたら即座に交代を頼もう。心の中でそう誓いながらなるべくゆるふわ女神を無視しながら歩いていると、唐突に目の前に白い塊が突き出されていた。良く見れば、それは先ほどから回収し続けている団子であり、アルトリアが片腕いっぱいに抱える団子の一つだった。

 

「まぁ、まぁ、そう眉間に皺を寄せずに少しは肩の力を抜いてくださいよ。真面目に付き合うと負け、って奴ですよ。そういうのは。かくいう私もそういう連中には覚えがありますし、昔に経験しています―――そうだよ、お前だよトリスタン。いい加減に起きてるか寝てるかはっきりしろよ。ランスロットも裁かれたいのなら黙ってないで口に出せよ。おまえら円卓ってコミュ障かなんなの? 黙ってれば勝手に察してくれるエスパーしかこの世にはいないと思ってるの? お前ら馬鹿じゃね?」

 

 円卓の馬鹿野郎、と叫びながら進路方向にロンゴミニアドを叩き出していた。それに巻き込まれた月光のウェアウルフが抵抗や思考する暇もなく、一瞬で魔力へと蒸発されてゆく。ブリテン、円卓の話は聞けば聞くほど、良くお前それをあそこまで統治して保てたな、というどこか恐ろし半分の敬意の様なものを抱きそうになる。伊達や酔狂でブリテン式罰ゲームと呼ばれてはいないのだろう。ともあれ、振り返りざまに放り投げてきた団子を一つキャッチする。

 

 道路に転がったり、ウェアウルフが確保しているから汚れているのではないか? と思ったがそんなことはなかった。触れて確かめてみれば、半分概念的な礼装化されている―――つまりはこの特異点の影響を受けて、魔術的なアイテムに半ば変化しており、その効果なのか、汚れの類を受け付けていないようだった。これなら食べても大丈夫だな、と思いつつ口の中に一個運ぶ。白くて丸い団子は特別な味付けをされているわけではなく、ほとんど素のままの状態だった。だが絶妙に歯ごたえのあるそれは素のままでも十分に甘く、美味しかった。

 

 気づけばエミヤの視線がこちらへと向けられていた。

 

「……あんこと一緒に食べたいところだな」

 

「なるほど、了承した。終わったら用意しよう。だがこれはこれでも十分に美味しいものだ。特に白焼きで食べると普通とは違い感覚に驚きを覚えるぞ」

 

「白焼き……白焼きか」

 

 つまりはそのまま七輪か何かで焼いた素の団子だ。それもそれで美味しそうだなぁ、と味を想像して思う。なんだかんだで自分も、大分味覚を取り戻している部分がある。昔は痛覚や皮膚感覚まで存在しなかったものだから、それに比べると遥かに色々と取り戻したものだ。こうやって何か、食べることを楽しめるというのはまず間違いなく大きな進歩であり、妖精のおかげであることは否定ができない。

 

「え、なに? 恋愛の気配がする!」

 

「うるさい黙れ埋まってろこっちに来るな月に帰れ」

 

「クク……」

 

「お前まで笑うかエルメロイ2世……」

 

 背中をバシバシと叩いてくる女神オリオン(仮)が心底鬱陶しい。時折その胸の間に挟まれているマスコットが小声でごめん、ほんとごめん、すまない、ほんとごめん、と何度も顔を出そうとして謝りながらまた胸の間に埋められて姿を消す。あの胸の間は四次元ポケットにでもつながっているのだろうか。あのマスコットは何者なのか。突っ込みどころが多すぎてなんかもう、めんどくさいというのが本音だった。

 

 溜息を吐く回数が一気に増えたと思いながら街道に沿って歩くと、やがて女神が示した、団子の気配というものを追って、森のほうへと進んで行く。夜の森といえば物騒なこと極まりないのだが、不思議と魔性の気配はかなり薄く、そしてその代わりに森の中央ほどに火の気配を感じられた。ウェアウルフを狩り、団子を回収しながら森の中を進んで行けば、

 

 やがて、森の中で野営をしている姿を見つけた。

 

「あれ……ドルヲタ」

 

「ん? これはカルデアのマスターですか」

 

 焚火の周りに集まるのは三つの姿だった。一人はドルヲタ―――シャルル=アンリ・サンソン、もう一人はオルレアンで退治したセイバーであるシュヴァリエ・デオン。だが最後の一人は見たことのない、赤い衣装に大きな帽子をかぶった輝く様な美しさの少女だった。誰だろうか、と思った直後、こんばんわ、と言いながら赤い少女が片手を上げた。

 

「えっと、こんばんわ」

 

「えぇ! 実に素敵な夜だと思わないかしら? こうやってやっと出会うことができたもの。少し、いいかしら?」

 

「え、あ、はい」

 

 そう言うと少女が立香へと近づく。それを見逃すのは単に彼女に邪気や悪意というものを一切感じさせないからで―――寧ろ感じられるのは好意、そして感謝の念だった。だから誰も動かなかった中で、少女は近づいた立香に対して、

 

 ―――キスをした。

 

「んにゃあ!?」

 

 マシュがそれを見て変な声を漏らし、一気に顔を赤くしてからバタバタとし、何が起きたのかを理解できない立香のほうはそのまま硬直してしまった。あーはいはい、とどこか慣れたような様子でエミヤは立香を現実に呼び戻し始める―――慣れすぎじゃないかお前? そう思いつつもデオンとサンソンへと視線を向けると、二人はどこかあぁ、またか……みたいな諦めの表情を抱いていた。

 

「マリー様……流石に初対面の相手に予告もなくするのは……」

 

「それがまたマリーの良さだよ……あぁ、マリー……今日も君は輝いているよ……イィ……マリーイィ……」

 

「アレと同じのが此方のカルデアにもいると思うと死にたくなってくるな」

 

 知ってるか、あのアヘ顔決めてトリップしている奴が魔神柱を一撃で殺害したんだぜ。そう思うとやはり死にたくなってくる。ここばかりは軽率に死に芸ができるサーヴァントという存在が羨ましい。霊核がカルデアに保管されている以上、このサーヴァントたちは本当の意味では死亡しない為、霊体を吹っ飛ばす程度であればどれだけでも無茶ができるという利点がある。その代りに本来よりもやや弱体化しているという欠点もまだ存在するのだが―――まぁ、それはさておき、

 

 マリーと呼ばれた少女―――おそらくはマリー・アントワネットへと視線を向ける。

 

「あまり、ウチの所の若いのを惑わすのをやめてくれないか、アントワネット王妃」

 

「あら、ごめんなさい。でも心がふわ、っとしたらそれはもう止められないものだし、だったら素直に行動するのが一番だと思うのよ、私。前からデオンには気を付けろ、って言われているんだけども……えぇ、だって貴方達はフランスの救世主だもの。我慢しろというの方が難しいわ」

 

「……覚えているのか」

 

「ここはオルレアン特異点の()()とも言える場所ですからね」

 

 デオンがその言葉に答えている間に、ゆるふわ駄女神とマリーが何か、恋愛話で超意気投合を始めていた。その横ではエミヤに抱えられ、起きろー、と解放されながらおろおろするマシュが見え、その横ではフランス組が集めた団子らしきものをひたすら漁って食っているアルトリアの姿が見える。完全に駄目だな、これ、なんて事を思いつつため息を吐きながら、デオンに話の続きを求める。

 

「いいんですか? では説明しますが簡単な話です。特異点とは時間軸から弾かれた場所であり、どの時間軸に存在しながらベースとなった時間軸が存在します。ですが特異点というのは()()()()()()()()()()()でもあります。それ故に特異点が解消されれば、その時間はなかった事となって、そこで発生した出来事は消えます……これは英霊の座であっても遵守されるルールです。すべての時間軸に同時に存在するのが我々の記録されている英霊の座です。ですがその本質は()()()()という制約が存在します」

 

「なるほど、つまり英霊の座は時間軸という明確な制約が存在する故に、時間軸外の出来事には対応できない―――特異点が解消されれば特異点での記憶もまたサーヴァントから消える。それは英霊の座が特異点の記録を残す事ができないから、という訳か」

 

 エルメロイ2世の言葉に正解です、とデオンが告げると、森の中からよっと、と声を漏らしながら出現してくる姿が見えた。後ろに流した金髪に巨大な楽器を抱えた男の姿は、おそらく、音楽家の英霊のものだろう。

 

「アマデウス、お前はどこに行ってたんだ」

 

「いやぁ、ちょっと戦隊ヒーローごっこでもやろうかと思ってたんだけど、出番がなさそうだしね? このまま縁も結ばずフェードアウトするというのもなんだか悲しいしね。という訳でデオンくんちゃんの話をこの僕が引き継ごうか」

 

「デオンくんちゃん……」

 

「アマデウス―――ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトか」

 

 エルメロイ2世の言葉にアマデウスが笑った。

 

「いやぁ、僕も意外だったさ。こうやって召喚されて初めて英霊認定される程の人物だって気づいたからね! まぁ、確かにちょっと悪魔の音楽ってのには興味があったわけだけど、そこまで足を突っ込んだわけじゃないしやった事と言えば演奏ばかりだからほんと英霊としての基準はどうかと思うよ」

 

 まぁ、戯言だよね、とアマデウスは呟き、

 

「それでも特異点は独自のルールを持っている。一部、英霊の座を超越している部分があるのさ。たとえば今のようにね」

 

「……ふむ」

 

 アマデウスの発言を聞き、頭を悩ませる―――良く考えれば、この特異点という存在自体について、あまり深く考えてこなかったな、と。レフ・ライノールの主、王と呼ばれる人物―――フラウロスという事実からするとおそらくはソロモンなのではないか? と言われていたりもするが、それが聖杯を生み出して七つの大特異点を生み出した。そしてその結果、様々なルールや法則、常識を破壊しながらこの人理を焼却してしまった。

 

 だけどその特異点という現象そのものに関して、すでに三つ解消しているのに良く知らないよな、という事実に思い至った。

 

 なぜ特異点を生み出したのか? 人類はどうやって知らずに滅亡したのか? なぜこんなことが可能なのか?

 

 忙しく、そして必死だからこそ気づかなかったがこのグランドオーダー、地味に謎は多かった……。




 初期の頃はスマホゲー、としてシナリオを描いている分があったから基本的に接触→バトルの繰り返しだったけど、6章辺りからはノベルゲーとしてのいつものスタイルに戻ってるから戦闘のない節が増えたよね、ってことでそういうスタイルでやります。

 毎回団子を殴って強奪する必要ねぇしな。

 オリオン(真)ェ……。

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