Vengeance For Pain   作:てんぞー

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序章 - 2

「―――あ、やっと見つけたわ。こんなところで何をしているのよ貴方」

 

 食堂であんぱんを食べていると、そんな声が聞こえた。食堂の入口へと視線を向ければ、そこにはオルガマリーの姿が見えた。本日はファーストオーダー発令予定で忙しいはずなのに、態々自分の足で探しに来るということはきっと、他人に話せない重要な事なのだろう。

 

『えっ』

 

 あんぱんの味を名残惜しむようにしつつ口の中に押し込んでから立ち上がり、食堂の入り口で立って待っていたオルガマリーに近づく。此方が近づいてきた所でオルガマリーは先ほどまで自分が座っていたテーブルへと視線を向けてから視線を戻し、

 

「貴方……あんぱん、好きなの?」

 

 その言葉にうなずきで返答を送ると、そう、とオルガマリーが何かを考えるように数秒間黙り込むのを見た。そのまま此方も黙ってオルガマリーが考えを纏めるのを待っていると、やがて考えを終わらせたのか小さくあっ、と声を漏らしてから視線をこちらへと戻した―――心なしか、その頬は少しだけ赤くなっているように見えた。作戦当日なのにこの女所長は大丈夫だろうか?

 

『人類の未来を任せるには明らかに不安すぎる人材よね。ロマニー、メンタルケア足りてないんじゃないのー?』

 

「そ、そうだったわ。こんなくだらない事を考えている場合じゃなかったわ。いつもやる気なさそうな様子しか見せていないから本当に大丈夫かどうかを見に来ただけよ。それで、調子はどうなの? ファーストオーダーの方はちゃんと遂行できそうかしら?」

 

 そういう要件だったのか―――まぁ、オルガマリーの気持ちは解らなくもない。実際、常に姿を隠している正体不明のサーヴァントモドキという時点でかなり怪しいし、その上現在のカルデアでまともに機能する唯一のサーヴァント戦力だと考えれば、オルガマリーが気を揉む理由も解る。もう一人、デミサーヴァント計画の被験者が存在し生存しているが―――彼女に宿る英霊は協力を拒否している。彼女自身は己を鍛えて戦闘に参加する腹積もりだが、英霊の力が得られない状況で、唯一のサーヴァント戦力は己だけになる。

 

 人間と英霊の戦闘能力はまさに別次元と評価するのに相応しい。どんな最底辺の英霊であろうが、神秘の塊で形成されている彼らは専用のルールが適応され、既存の常識を打ち破る型破りな存在となっている―――カルデア内でも無論、英霊としての力を改造の果てに入手した己は最高戦力となっている。

 

 真名―――存在すらしないのだが、それさえ秘匿している秘密兵器なのだ。

 

 気にする理由などいくらでもある。

 

『その割には無警戒で幸せそうにあんぱんを食べてたけどね』

 

「問題は……ない」

 

 やはり自分の喉から出てくるこの声は好きになれない。なるべくなら声を出さず、黙っていたいものだと思いつつそうやってオルガマリーへと返答すると、やや威圧されたような表情で頷く。

 

「そ、そう……確かに自信に満ちた声ね……」

 

『どこが?』

 

「これなら特異点Fでの活躍も期待できるわね。Aチームはカルデアから選りすぐりの精鋭の集まりよ―――一人一人が今のカルデアの宝なんだから、貴方を含めて全員、ちゃんと生き残って戻りなさいよ? この特異点だけで終わるとは限らないんだから」

 

「拝承した」

 

 言動の端からオルガマリーが不安を感じている、その感情が見え隠れしている。やはり、大きな作戦の前となると色々と心労が増えるのだろう。特にオルガマリーはあの外道(マリスビリー)から地位を引き継いでいるのだ。自分のことは知らないがもう一人、()()に関しての研究はすでに知ってしまっているらしい。それを考慮するとオルガマリーにも色々と心労が重なってくるのも理解できる。

 

 案外、大きな組織に思えて、カルデアもどこかで手が足りていないのかもしれない。

 

 ロマニもなんだかんだで此方に会いに来るときはどこかで時間を捻出している様に感じる。

 

『まぁ、人類という種族全体で救おうと頑張っているのはわかるけど、明らかに組織としては足りていない部分が多いわよね。まぁ、それこそ私にはどうでもいいことなんだけどね? それよりもほら、何か言いたいこととか伝えたいこととかないの?』

 

 足元、妖精の形をした影からそう言われ、数瞬程付け加える言葉を考える。そこまで考えた所で、特に伝える様な言葉が見つからないのを理解する―――実際、そこまでオルガマリーと親しいわけでもないのだ。結局のところ一人の所長と、そして復讐者という関係でしかないのだから。それを知ってか知らずか、そう、とオルガマリーは言葉を漏らすと、背を向ける。

 

「……それじゃ、あと少ししたらみんなを集めるから。遅れては駄目よ」

 

 頷きで返答する。それを受け取ったオルガマリーが去って行くのが見える。とはいえ、自分も十全を期すのであればそろそろ向かうべきなのではないかと思う。まぁ、他にやる事もないし、適当に向かわせて貰おう。そう思って食堂を出る。

 

 しばし時間が経過したこともあり、カルデア内では前よりも活気が満ちているのを感じられた。時間が進んだことで眠っていた局員たちも目覚めたのだろう。カルデア内の緊張感が前よりも高まっているのを僅かに感じられる。しかしそうか、と口に出す事無く呟きながら歩き出す。今日がファーストオーダーで、これから自分はレイシフトするのだった。向かう先は2004年の日本のとある地方都市。

 

『あそこで聖杯戦争が勃発したのよねー。まず間違いなくそれが特異点の原因というか、理由でしょうね』

 

 聖杯戦争―――それは英霊を従えたマスターが英霊を従えたマスターと行なう()()()()だ。その果てに万能の願望機である聖杯を入手し、願いを叶えるという争いだ。自分の能力、システム、スキルとはそれら英霊をベースに、或いは参考にして生み出されたものだ。つまり、自分は存在自体が贋作ともいえるようなものだ。果たして、本物の英霊と出会った場合、己はそれらを殺し切ることが出来るのだろうか?

 

『そんなの相性と状況と格の差で変わるとしか言えないけど、殺せるだけの材料はそろっているし、私がいる以上は敗北なんかあり得ないと思うわよー? ふふ、そのうち私に泣いて感謝する姿が見れそうね』

 

 妖精がまた錯乱している。こいつとの付き合い方もだいぶ慣れてきたな、と小さくフードの下でため息を吐きながら足を止めていると、此方へと向けられる視線に気が付いた。振り返りながら視線の主を求めると後方、同じ方向へと足を向けていた存在を見つけた。

 

「あ……」

 

 振り返ればそこには何度かカルデアで見たことのある姿があった。菫色のショートカットの少女、白衣に眼鏡という特徴的な姿をしている、Aチーム所属の精鋭の少女―――マシュ・キリエライトだ。Aチーム所属であるのと同時に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、憑依までは成功させたが英霊が力を貸すことがない故に失敗作としてマリスビリーに見限られた子だ……ある意味では己の先輩だ。その横にはカルデア支給のマスター用制服に袖を通した少年の姿が見える。年齢はどうだろうか、マシュよりは年上のようには見える。癖のある黒髪に、不思議な色の瞳をした少年だった。その足元には猫の様な、奇妙な生物のフォウがいるのも見られた。気づけば何時もマシュと一緒にいるな、とフォウの事を考え、

 

「アヴェンジャーさんこんにちは」

 

 マシュのそんな言葉に此方も返答を返すように頷きを返した―――いつの間にか妖精の姿は消えていた。そのままマシュはで、ですね、と言葉を置いてから横の少年に此方を紹介するように視線を向けてきた。

 

「えーと、此方はアヴェンジャーさんです。先輩はサーヴァントという存在を知っていますよね? その中でも特殊と言われるエクストラクラスのサーヴァントがアヴェンジャーさんです。復讐者という実に物騒に聞こえるクラスの人物で寡黙ですが、物凄く親切な方なので見た目に怯えなくても大丈夫ですよ」

 

 マシュにこのローブ姿が怖いと思われていたのか―――ちょっと傷つく。個人的にこの格好はかなりイケてると思っていたのだが、そうではなかったらしい。今度ダ・ヴィンチが暇そうな時に何か、威圧感を与えずに姿を隠せるような恰好を頼むべきなのだろうか。そんなことに軽くショックを受けていると、先輩と呼ばれたマスターが恐れずに手を差し出してきた。

 

「あ、俺藤丸立香って言います。よろしくお願いしますアヴェンジャーさん」

 

 一切恐れずに手を出してくる姿に驚きながら、そういう態度は気分が悪くはない。此方も手袋に隠されている片手を出して、それで立香の手に握手を返した。

 

「さん、はいらない」

 

 さん付けされるほど自分が高尚でも高潔な人物だとは思えない―――それどころかその逆だと思っている。自分ほど無意味で無価値で、それでいて存在する意義すらない、無駄な存在もいないだろうと思っている。故にその呼び方を否定するが、

 

「フォウフォウフォーウ!」

 

「アヴェンジャーさんはこれから集合ですか?」

 

 マシュが遠慮なくさん付けで呼んできた。今言ったばかりの事を思い出して欲しい。……なんか、調子が狂う。普段は煩いほどの妖精もマシュとフォウの前ではまるで借りてきた猫の様に静かになっている。まぁ、きっと彼女も苦手なのだろう、彼女たちが。自分がどこか、マシュに苦手意識を感じているように。ともあれ、返答として頷きを返せば目的地は一緒ですね、と納得されてしまう。あぁ、気のせいじゃなければこのノリは知っている。

 

「では目的地が一緒ですし、一緒に行きませんか?」

 

 ―――まぁ、こうなるだろう。

 

 マシュの遠い背後で妖精が両手をバツの字にして断れ、とサインを出しているがどうせ到着したら一緒―――というかマシュはAチームなのだから一緒に戦うのだ、ここで逃げても逃げるだけ無駄だろうと思う為、無言でうなずいてマシュの提案を肯定する。それを受けた妖精がしばらく離れた場所で崩れ落ちる姿が見える。一々リアクションが派手な娘である。

 

「それじゃあよろしくアヴェンジャーさん」

 

「さんはいらない」

 

 マシュのその言葉に即座に返答したのを見て、立香がこちらへと視線を向けてきた。

 

「アヴェンジャーさん」

 

「さんはいらない」

 

「アヴェンジャーさん」

 

「さんはいらない」

 

「……」

 

「……」

 

「アヴェンジャーさん!」

 

「さんはいらない」

 

 そこで立香はしばし、無言を保ちながらマシュへと視線を向け、ニンマリと笑みを浮かべた。

 

「やばい……この人楽しい」

 

「フォウフォウ……」

 

『初対面のサーヴァント相手にそんな態度をとる事のできるマスターっていうのもやはり凄いわね。才能を一切感じさせない凡人の筈なんだけど……ある意味恐ろしいわね』

 

 普通であればサーヴァントという超神秘的な存在に対して恐怖を抱く。それが当然の反応であり、生物的に正しい反応だからだ。サーヴァントモドキである己ですら自然体であろうと、休憩していようと、自分の意思で動いて活動する生物兵器なのだ。普通はその存在感だけで警戒し、恐怖を抱くものだ。だがそういう姿が一切立香には見えなかった―――不思議な少年だ。

 

 とはいえ、何時までもここで歓談しているわけにもいかない。一切こちらの呼び方を直そうとしない立香とマシュを放り出してファーストオーダー発令のための集合場所へと向かおうとすれば、立香とマシュが追いかけてくるように走り寄ってくる。

 

 なぜだか―――本当になぜだか、

 

 この二人との付き合いは非常に長くなりそうだと、そんな気がした。




 フォウはセリフがフォウだけなので実にフォウフォウしてるフォイ……フォイ?

 もうすぐ待望の爆破チャンス。

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