ソーホーからロンドン中央部への移動は魔霧が減って行くという点で見れば楽ではあるが、その代わりに気配の遮断が行えないキャスターがアリス、アンデルセンと揃った。特にアンデルセンに関しては働く気はない。俺を働かせるな。俺は本を読みながら惰眠をむさぼりたい。執筆作業反対、とどこまでも怠惰の極みを見せつけるショタだった為、お前に人権があると思うなよ、というアルトリアとの意見の一致により、強制的な拉致が確定した。お前に人権はねぇんだよぉ! と夕方のロンドンの屋根を跳躍し、
そうやってヘルタースケルター等の人造エネミーとの戦闘を避けながらアジト―――つまりはアパルトメントへと戻ってくる頃には既に日が落ちていた。暗くなった夜のロンドンは魔霧の影響もあって夜中の視界は最悪と呼べるような状態にあった。その為、暗くなってきたところでペースを一気に上げ、時には強引に突破しつつも、
漸く、アパルトメントへと帰還できた。シックな装飾の落ち着いた内装、どことなく気品を感じる部屋はなかなかハイセンスだと表現できる、ヘンリーのアパルトメントの広間だった。そこには他のみんなに加え、新しい存在―――ウェディングドレス姿の存在があった。特徴的なのはその額から伸びている機械的な角だろう。英霊ではないが―――人間でもない。
ともあれ、こうやって漸く合流する事ができた。記憶遡行が発生したせいで無駄に長く感じられた別行動だったが、今回は比較的成功と言える結果だった。
「よぅ、色男。苦労してそうな顔してるな!」
「なんだ、オリべえか」
夜中、ロンドンの誰もが寝静まった頃、サーヴァントである英霊達は睡眠する必要がない為、このアパルトメントではヘンリー、立香、マシュを除いたメンツが起きていた。自分に関しては昼間、記憶遡行で一回眠ってしまっている分、ここで眠る必要がなかった。特に眠気を感じる体でもないし、ならば普通にゆっくりと起きたまま夜を過ごそうかと、アパルトメントの一室で酒を飲んでいると、扉の隙間からオリべえが侵入していた。グラスの中身を軽く傾けながら、全く酔いが回ってこない悲しさを軽く感じていた。
「こんなところで一人寂しく飲んでるなら俺を誘えよー」
「お前、飲めたのか……?」
「……うん、正直俺も驚いてる」
オリべえの体は正直謎が多すぎるから変身とか変形とかしても正直驚かないのだが、そうか、ちゃんと飲み食いが出来るのか、その体で―――いったい、どこに消えているのだろうか。まぁ、見た目が謎な生物って幻想の世界をのぞき込むとそれとなくいるよなぁ、とは思わなくもない気がする。それはそれとして、仕方がないなぁ、とシェイプシフターで小型のグラスを作り、その中にオリべえ用に酒を注ぐ。
「お、サンキュ。つかこれ、どこで手に入れたんだ?」
「ん? 帰りに酒屋からパクってきたんだよ、高そうなのを適当に。人理定礎復元したら元に戻るしな、だったら別にいいだろう、ってな」
「うわ、まったく悪びれねぇ。それはそれとして、お酒は美味しいから見逃せないんだよなぁ……あぁ、生きてるって幸せ……飲んでる間は現実から逃げられるからな」
ヤンデレにつかまってしまったばかりに……そう思いながら軽くオリべえの肩を叩きながら、一気飲みであけたグラスの中身を再び注いで埋める。そうしながらも少しだけ自分も飲み進めて行く。昔はこんなキツイのを飲めなかったよなぁ、とどこか感慨深げに飲み進めなる。ふぅ、と軽く息を吐き、頭をからっぽにしながら飲み進める。なんだかんだで飲む回数はカルデアに来てから増えている気がする。
「そういやぁお前記憶が戻ったんだっけ。どんな人生だったんだ?」
「カミってやっぱクソだわ」
「お? もしかしてギリシャ出身? 神に人生を狂わされた者同士仲良くしようぜ」
「お前の場合は自業自得だろ」
そんな声とともにクー・フーリンが参加していた。チーッス、と片手にグラスを持って登場すると、あからさまに酒を寄越せ、とそれを振ってくる。苦笑しながら横に座ったクー・フーリンのグラスにも酒を注ぐ。これで今回のレイシフトに参加した野郎が全員揃った。プチ、飲み会が開催される。ヘンリーも、立香もどちらも未成年なうえに生身である事が原因で普通に寝ているため、もうこれ以上参加者が増える事もないだろう。
「しっかし今回はなんつーか、色々と面倒くさい気配してるな。魔霧にちょくちょく隠れてる感じで気配感じるわ」
「あん? オリオンテメェ、そういう感じのスキルあったのか?」
「僕、オリべえ。オリオンのオプションパーツだよ! そこは忘れないでね! ……よし、聞かれてないな! じゃあ真面目な話をするけど、定期的に魔霧を歩いている間に監視の視線は向けられている。ってか感じてるってーか……狩人としての経験と技術ってやつだよ。まぁ、ナリはこれでも記憶や経験が消える訳じゃねぇしな。猛獣が潜みながら狙ってる、そういう感じの視線にちけぇよ」
ん? と言葉を漏らす。
「お前ら昨日の内に奇襲してきたジャック・ザ・リッパー即死させたんだろ?」
「おう、でも監視されている感じがあったのはその後も継続してたぜ」
なんでもジャック・ザ・リッパー、切り裂きジャックの英霊が魔霧の中に紛れて活動しており、フランケンシュタイン博士からフランという人造人間を連れて帰っている間に襲撃されたらしい―――が、ぶっちゃけ、どんなのが相手であろうと、アサシン特有の初手の奇襲を防いでしまえば、あとは数の暴力でどうにかなってしまう。なんでもマシュが天性の守護者だったらしく、直感でジャックの奇襲をガード、
そっから三段突きをすかさず叩き込み、迷うことなく回避に入ったジャックを狩り殺すようにゲイ・ボルクで心臓を一撃で貫いたらしい。どんな凶悪な英霊であろうと、霊基の格が魔神柱クラスほどぶっ飛んでいて蘇生や無敵でもない限りは、大体数の暴力で殺せる。カルデアチーム相手に単独で勝負を仕掛けるという選択を選んだ相手がそもそも悪い。しかも沖田という天才剣士とケルトの大英雄クー・フーリンという組み合わせは、対人領域においてはほぼ負けなしとも呼べる凄まじいコンビだと思っている。
それを掻い潜ったところでアルテ―――オリオンがいるため、
戦う、というよりは殺すのにだいぶ慣れたなぁ、と思えた。
「あぁ、ぶっちゃけた話ほぼ確実に聖杯か、或いはそれによって形成されたサーヴァントクラスじゃなきゃこの魔霧は生み出せないだろ? となると裏でこれを仕込んでる奴がいるはずなんだよなぁ……オケアノスではアルゴー船に乗ったアルゴナイタイの連中だったけど、今回はだれが控えていると思う?」
「まぁ、まずは錬金術師か魔術師だろうな。じゃなきゃあんなに兵隊を用意できねぇだろ」
「時代はどちらかというと近代っぽいよなー」
そうだなぁ、と相槌を打ちながらもどんな英霊が敵対しているのかを、考えてみる。今回は今までとは少し、パターンが違う。オケアノスやローマ、オルレアンは
「現在のロンドンで判明している事は魔霧があふれている事、サーヴァントが召喚されている事実、一部英霊の暴走……か?」
「こうなるとどうやって英霊を召還してるか、って話になるな」
「―――馬鹿め、そんなもの答えが出ているだろう。聖杯戦争のルール上、英霊を召喚できる方法は一つしかない。そして特異点でそれができるものは一つしかない」
気づけば入口にアンデルセンが立っていた。そういやぁお前もいたな、と思い出す。ただ未成年だった為、盛大に忘れていた。ただ今のアンデルセンの話は実に興味深い。迎え入れながら何をしているのかと聞けば執筆の合間の休みらしい。仕事をしたくはない、とか言っているクセになぜ執筆作業を進めているのだろうか。
「聖杯、か」
「特異点で召喚が出来る方法と言えばそれぐらいだろうな」
聖杯、サーヴァントを現地で召喚可能にするのは聖杯だ。
「聖杯がサーヴァントを召還する為の手段ってのは解るが―――この場合の原因は何だ? 聖杯でどうやって召喚してるんだ?」
「俺は
「ひぇー、作家先生は答え出すのが早いなぁ……」
「この程度情報を整理すれば直ぐに解る事だろう。そもそもあの叛逆の騎士がなんでその程度に至っていないかが疑問だ。アレか、腕力の代わりに知性をすべて失ったか! まぁ、それはそれとして少なくとも俺は魔霧の中から出てきた覚えがある。そして英霊召喚は聖杯の機能だ。これだけの情報が出ているのであれば後は簡単な話だ……ふむ、紅茶でも淹れるか」
「魔霧が聖杯によって作成されている、って事か」
オリべえのその言葉に考えさせられる。その可能性は考えもしなかった。ただそうなると、色々と疑問が湧いてくる。
「……なんで普通に召喚しないんだ? サーヴァントを狙って召喚するぐらい、聖杯があるならできるだろう?」
「魔霧それ自体に役割があるんじゃねぇか? まぁ……流石にこれ以上は情報が足りねぇな。もうちょい調べる必要があるな。ただやっぱあのヘルタースケルターってのは邪魔だな。生み出してる奴をサクっと始末したほうが後の活動の為だな」
となると次の活動の優先度はヘルタースケルターの創造主の排除か? いや、だが全体的に
「オルレアンではファヴニールを使ってフランスを消し去ろうとして、ローマじゃローマ文化を上書きしようとした。オケアノスじゃ契約の箱で特異点を消し去ろうとした―――じゃあなんだ? 1888年ロンドンで用意できる人理を消し飛ばす手段って何だ? この特異点を消し飛ばすのに足る手段はなんなんだ?」
『まぁ、ヒントは魔霧の存在なのでしょうね。そしてなんでそれが英霊を生み出しているか、というのもまた目的に至るためのヒントかしら?』
クー・フーリンの言う通り、そこまで情報を纏めてもやはり肝心な部分が抜けている。これ以上考案する為には新たな情報が必要となってくる。そしてその調査で邪魔になるのはまず、間違いなくあの不気味なロボットの存在だ―――何やら別行動中に立香たちが調べたらしく、あの不格好なロボットは電気ではなく、歯車と蒸気で動いていたらしい。まるでスチームパンクな世界から飛び出してきた、異世界の住人のような存在だった。
蒸気、それとロボットだけで英霊を絞り込む事は不可能だし、困る。
「答えが出ないときは深く考えるだけ無駄だ。第一貴様の仕事は頭脳労働ではなく肉体担当だろう? であるならば無駄に考えを巡らせることはなく、自由な時間を自由に満喫しろ、それが人類に許された特権だからな! それはそれとして貴様もいい加減に眠ったらどうだ? 未だに本調子という訳ではあるまい?」
「眠気があるって訳じゃないんだがなぁ……ま、勧められたのなら仮眠とっとくか。一応生身だし」
「お、寝るか。おやすみー」
「やすみー」
「あいあい、お休み。体力を回復しますかねー」
『あ、私横! 横がいい!』
はいはい、苦笑しながら愛歌の頭を撫で、適当に引き連れながらいつの間にか情報整理に発展していた野郎部屋の隅、適当なソファを占領し、そこで横になって―――静かに目を閉じた。
酒飲んで休んでるように見えて仕事を続けるサーヴァント共。ガチャ丸くんは経験値を蓄積しているようです……(確殺コンボを組みつつ
女は男の愚かさを愛した。なぜならそれはどうしようもなく救いようがなかった。だけどその救いのなさにこそ、間違えることのない人間らしさというものを垣間見たからであった。