「―――今日は俺は外に出ずここにいるわ」
「えっ、扇風機してくれないの?」
無言で立香の頭を使ってアイアンクローをかける。うがーうがーと声を漏らす立香の頭をしばらくの間掴んだまま右へ左へと揺らし、マシュがあわあわする様子を楽しんでから、その姿を開放する。言葉の続きはカルデアから繋がっているロマニのホログラムが引き受けてくれる。
『色々考察した結果、現在ロンドンを包んでいる魔霧は聖杯より発生したものだと思っている。だから逆に言えばボクらが魔霧の発生場所を逆探知する事に成功すれば、一気に聖杯の在処を特定し、そこに乗り込むという手段を用意できるって事だ。だからその逆探知の為にアヴェンジャーとヘンリー・ジキル氏には協力してもらおうかと思ってね、まぁ、立香君たちには今まで通り、自由に調査して欲しい。というかそうやって動き回ってくれると相手の注目をそっちに集められる』
「ということは俺たちは今回、陽動目的?」
「良く解らねぇこまけぇ事は任せてとりあえず暴れてりゃあいいんだろ? 軽い軽い」
「決して馬鹿じゃないのに頭脳労働を任せられる当てがいるとホントダメなんですからこの子は……まぁ、今回はヘマをしないように私が監視していましょう。見てないところで調子に乗ろうとする子ですから」
「や、やめろよ父上! 恥ずかしいだろー!」
「なんだ、今から授業参観日だっけ?」
―――アルトリアとモードレッドの間にある感情、そしてその関係は非常に複雑だ。アルトリアはモードレッドを子として認めなかった。そしてモードレッドは認めて貰いたかった。その境遇のすべてが不幸なのだ、そしてどうしても道化なのだ。何が悪い、と言ったら間違いなくモードレッドを用意したモルガンだろうとしか言葉は残せない。そんな二人が衝突することなく、遊ぶように笑っているのはアルトリアの現在の霊基が騎士王ベースではなく、もっとフリーダムな何かをベースとしているという点にあるのだろう。
あ、見てない間にオリべえがまたもみじおろしにされている。
ついに音もなく始末されるオリべえ。
「―――ま、という訳だ。俺はフランちゃんやショタロリ共とお留守番だ。サーヴァントの一騎や二騎が来ても余裕で防衛出来るだけの戦力はあるから安心してボケ老人のごとく徘徊してこい」
「先生今日は辛辣すぎやしませんかねぇ……というかなんか、活き活きしているというか」
立香のその言葉に苦笑する。この特異点が終わったら教えてやるよ、と軽く呟いて出て行く姿を見送った。俺が抜けた穴をモードレッドが埋めている為、立香が同時に指揮できる限界人数、六騎のサーヴァントがヘンリーのアパルトメントを出て行き、調査しに行く。正直、魔霧の中の探索と調査は非効率的だ。となると早めに魔霧を断つか、或いはその対策を行わなくてはならない。
「そんじゃ、ヘンリー。ちょっと場所を借りるぞ」
「あぁ、うん。碩学の徒としても異国の学術というものは物凄い興味があったんだ。解説とかを挟みながら進めてくれると嬉しいんだけど……」
「オーケイオーケイ、その程度だったら問題ない。任せろ」
使われていない一室を利用する為に移動する。室内の邪魔な家具を隅の方へとどけてから魔術の準備を行う為にまずは召喚サークルから補給されてきた召喚陣を書き込むための木板を用意する。
「それは……」
「魔術用に加工された木製の板だよ。これからやる事を考えたら金属でやるよりも自然の材料の方が相性がいいしな。ここに竜の牙を使って作った魔術刻印用のナイフを使って少しずつ陣を削ってゆき、そのあとから世界樹の種を粉末にしたものを粉末にしたスケルトンの赤骨と調合し、デーモンの心臓からのみ採取できる心血に混ぜ込む。完全に溶かして完成した触媒を刻印した溝の中に流し込んで下準備は完了だ―――いや、まぁ、これが神代のキャスターであれば遥かに手順を簡略化できそうなんだがな」
「うわぁ……聞いたのを後悔するぐらい材料が豪華すぎるなぁ……」
『まぁ、普通に考えるとアホみたいに豪華な触媒よね。でも冬木、オルレアン、ローマ、オケアノス、そして時々発生するイベント特異点で幻想生物が鬼湧きするし、つい最近幻想戦国時代勃発したおかげで腐るほど素材が余ったからねー……』
愛歌の言葉の通りだ。ぶっちゃけ、大量の素材が使い道もなく余ってるのだ。現在はそれを利用したサーヴァントの霊基の限界突破方法を模索中だが、ほかに使い道もない為、こうやって魔術の触媒や、武器の材料として主に俺が使っているのだ。まぁ、普通にこれだけの触媒を現代で用意しようとすれば、数千万ぐらいは軽くかかると考えていいだろう。それだけデーモンをはじめとした高位幻想種はレアであり、その素材は更にレアだ。何せ、神秘が僅かな現代では絶滅しているとさえ言えるのだから。
触媒の値段に軽く背筋を震わせつつ、これが終わったらカルデアから軽く何個かパクって売り払うか、と計画しながら彫り込んで行く。それをヘンリーに説明する。参照する魔術は呪術、風水術、そして一番得意なマントラの三種である。
「どれもアジアを代表とした魔術だけど……その選択に意味はあるのかい?」
「ある。どれも自然・環境・地形・天候に関連した魔術だから組み合わせやすいんだ。一応俺もマントラなら
呪術による呪い返し。魔霧が人体への悪影響を与えるという観点から
「―――まぁ、こういう風に複数の魔術を掛け合わせる事で乗算式に魔術効果を高める事ができる訳だ。多少の妨害があっても強引に突破し、逆探知ぐらいはできる」
「勉強になるなぁ……うーん、アジアの魔術か。ロンドンだと彼方方面の話は中々レアというか入ってこないんだよね……」
「まぁ、積極的に布教を広めていた宗教の背景には魔術的な侵略が常に存在していたからな。アジア圏の魔術組織ってのは基本的にはクローズドコミュニティで、自らを国外へと広げることを嫌がっていたからな。その結果が蠱毒の中で成長を遂げた独自の概念だからな。まぁ、どこも一長一短だよ。変に手を伸ばすよりは解るものを極めたほうがはるかに効率がいい」
「ふんふん、成程……あれ、ここはどういう意味を持っているんだい?」
「これか? これは異なる魔術体系を連結させるための中継ぎだ。異なる体系の魔術の中で共通を強制的に作るのではなく、もとより存在する部分を強調して流動的に変化させるんだ。1から4へ飛ぶよりは1から2へ、そこから3、4と変化するほうが工程は増えるが術自体の強度と柔軟性が上がり、行使する際の安全性が上がる」
「僕の専攻は薬学と調薬になるんだけどこれは応用の参考になるなぁ……」
そうやってヘンリーと軽い魔術談義をしながらも、心の底では少しだけ、虚しさを感じる。何故かと言えば話は簡単で、ここで彼に何かを教えたとしても、それを彼は正史に引き継ぐことはないからだ。特異点での出会い、別れ、物語、成長、それは決して座には記録されないのだ。特異点の修復と共にそれは忘れられ、なかった歴史として消去されてしまうのだ、正しい時間に。だからこうやって教えて盛り上がっても、それは一時の夢―――胡蝶の夢でしかないのだ。
『虚しい……いえ、悲しい話ね。人理を救ってもそれを保障できる人間はカルデアの少数のみよ。召喚されている英霊だってその記憶を保てるか怪しいわ。国連もカルデアが自爆したカバーストーリーとでも言いそうね。この人理焼却か人類を救ったとしても、それを認める存在がいるかどうか……』
悲しい話だ。本当に悲しい話だ―――だけど一番悲しいのはそれに参加する以外の選択肢を持っていないのに、魂を削りながら歩き進んでゆく立香の存在だ。彼が一番危うく、悲しく、そして最も輝いている。自分のようなダメな大人だからこそ、彼がこの先、報われるように頑張らなくてはならないのだ。自分は
その未来を―――ここで失わせてはならないのだ。
『……そうね、確かにそうよ。それに関しては貴方は何よりも正しいわ。ただ救いたいのと、救えるかはまた別の話よ』
世の中、そう簡単にはできていない。救いたいから救い、救えるとはいかない。
本当に、どうしようもない。
「―――さて、こんなもんだろうか」
完成された木版に彫り込まれた魔法陣はすでにその溝の中に触媒の液体を流し込まれた状態だった。溝の深さまでもが魔術に影響するというめんどくささなのだから、魔術の存在を考えたやつはやはり頭おかしいと思う。結果としては非常に優秀な結果を出せるのだが、その過程がものすごく面倒だ。それを考えるとマントラは実に楽だと思う。唱える事と理解する事、そして修行による経験だけで数百を超える結果を生み出すことができるのだから。
そう考えると完全に魔術というジャンルとは異なる気がする。ともあれ、これで準備は完了した。
「後は―――」
詠唱を呟き、木版の端に触れながら陣の溝の中に魔力を注いで行く。数時間ほどかかってしまったが、それでも完成された魔方陣はその効力を発動させ、淡く輝き始める。それは即座にアパルトメント外の魔霧へと連結し、魔霧の中を泳ぐように漂い始める。魔術と同期した感覚が魔霧をよぎりながら進んで行く。
深く、さらに深く、その発信源へと向かって泳ぎ進んで行く。段々と濃くなって行く魔霧の中、こちらの動きに感づいたように干渉を始める感覚を覚える―――魔術だ。
『あら、どうするの?』
無論―――無視して強引に突破する。神経を魔術に全投入し、一気に探知速度を加速させる。焦るような感触と共に直後、魔霧が湧き出る場所を発見した。それはロンドンに存在する地下への入り口であり、それを発見するのと同時に魔術と同期した感覚が巨大な魔力を、そして霊基を確認した。その姿を魔術の感覚で捉えた瞬間、
魔術が破壊された。
「ぐっ―――」
魔術が破壊されるのと同時に木版が真っ二つに割れ、そして破壊された反動でダメージが肉体に来た。額が切れ、こめかみから血が静かに流れる。ギリギリで此方から魔術を切る方が早かったが完全には逃げきれなかった、という感じだろう。あぁ、自分の手際の悪さに絶望したくなってくる。とはいえ、情報は情報だ。
「ミスタ、大丈夫かい?」
「あぁ、ちょっと最後の最後で抵抗されただけだ―――魔霧の発信源は解った」
回復魔術で自分の治療を行いつつも、指は下を示す。
「地下だ、連中地下から魔霧を発生させてやがった。具体的な場所とか施設とかは解ったもんじゃないが、地下からだってのは解った」
「地下……時計塔かな? あそこは広いし隠すにはうってつけの場所だし……」
「あそこがあったかぁ……」
そういえばロンドンには時計塔が存在した。アレはダンジョンとさえ表現できる巨大な地下機構だった筈だ。となると聖杯の安置場所の第一候補はそこかもしれない。ともあれ、これで仕事は十分に果たした。少しは休ませてもらおう。
「とりあえず俺は一旦回復する為にも休む」
「あぁ、うん。お疲れ様アヴェンジャー。後片付けは僕の方でやっておくよ」
「すまん」
ヘンリーの言葉に今は甘えるとして、そこそこ体力を消耗したのも事実なので、適度に回復を図るためにもとりあえずは居間―――冷蔵庫の中のシードルに手を出す事にする。
―――なお、数時間後に立香らが帰還してくる。Pと名乗るキャスターを出合い頭に令呪ボルクで即死させつつ、魔霧の中から出現したサーヴァント、シェイクスピアを保護することによって魔霧が聖杯の産物であるという仮説を確定させた。
それとは別に、また一人文系サーヴァントが増えたことによって、拠点となっているヘンリーのアパルトメントの騒がしさがまた一段と上昇した―――。
描写する程でもないんだよなぁ、Pは……。それはそれとして、だんだんと手口がガチ勢化するボクラのガーチャー。殺意を忘れたらそこでおしまいですよ。ただ心はガラスだぞ?