Vengeance For Pain   作:てんぞー

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答え - 1

「おーつーかーれーさーま―――!」

 

 立香の声と共に完全に脅威が消え去ったのが確認できた。ニコラ・テスラも、アルトリア・オルタももはやその姿はロンドンにはなく、残されたのは戦闘による被害だけだった。魔霧もその大半はテスラとアルトリアが食ってしまった為、光輪が存在する大空が現在ロンドンの上空には見て取れた。とはいえ、これ以上英霊が召喚される事はなく、残された作業は聖杯の回収だけであった。長く、そして苦しい戦いだっただけに感慨深ささえある。それに、なんといってもこれで第四特異点なのだ。そう、全部で七つの特異点、その内四つを攻略したのだ。

 

 残りは五、六、そして七。それが終われば人理修復完了だ。漸く、半分を超える事に成功したのだ―――実に、長かった。こんなポンコツの体でも、何とか引きずってここまで頑張ってこれた。正直な話、第三特異点辺りで死ぬんじゃないか? と最初は思っていたりもしたのだが……どうやら、まだまだ存分に戦えるらしい。結構派手にダメージを食らったが致命傷に繋がるものが今回はない。だからゆっくり休んで、傷を癒して第五特異点に備えれば最後まで戦い続けられるかもしれない―――少なくとも簡単に命を投げ捨てる様な事はもう、出来ない。先に死んでしまった者達の為にも、俺は生きなくてはならない。後マリスビリーの顔面に一発叩き込むまで死ねない。

 

『アイツのヘイトの集め方に関してはもはや天性のものを感じるわね』

 

「まぁ、死んじまったから何を考えて、何に備えていたのかはもう解らねぇんだがな」

 

 そう、気になるところは()()だ。

 

 ―――マリスビリーは何に備えていたのだ?

 

 人理焼却というものを見ていたのはまず間違いがない。だが星殺しの兵器、大量の殺戮兵器、戦争を想定したかのような物資の数々―――正直、カルデアに積載されている本来の物資の量はあのテロさえなければ()()()()()()()()()()()()()()()レベルで備わっているのだ。それはまるで、最初からカルデアが隔離された状況を想定しているようなもので、自分やマシュを用意し、英霊を召喚できるように手回ししたマリスビリーの手腕には不気味さすら感じる。とはいえ、彼が既に死んでいる事は事実だった。どうあがいても正解を取り出す事は出来ないのだ―――その娘であるオルガマリーさえほとんど死んでいるような状況なのだから。もはや、聞き出す方法は存在しないだろう。

 

「はぁー……疲れた。後はもう聖杯を回収するだけだわな」

 

『本当にお疲れ様……何とかここまで来れたわね。それがこの先続くとも限らない訳だけど』

 

「そう言うな愛歌。俺だって明日が怖い」

 

 そう、怖い。明日が怖いのだ―――死ぬかもしれない明日が来るのが怖いのだ。この恐怖こそが人間性、人間らしさ。自分が人間であるという事の証明でもある。難しい話だが、人間らしさというのはやはり、多くを経験してこそ漸く理解に至れるものだと思う。少なくとも、喜びも悲しみもありとあらゆる形で貪ってきた自分には、人間という生物の形が良く見える気がする。

 

『童貞だけどね』

 

「童貞じゃない。守ってきたんだ……宗教的には偉いんだぞー」

 

『信仰心を欠片でも持ってから言ってみなさいよそれは』

 

 まぁ、それもそうなのだが。苦笑しながら回復薬をもう一個口の中に放り込み、細胞の活性化と体力の補充を感じ取る。寿命を縮める行いではあるのだが、そうだとしてもこれなしで自分が戦う事は出来ない。そこら辺はマシュが少々羨ましい。攻撃力に欠けるが、あの圧倒的な防御力は一生変わる事のないポジションだろう……とはいえ、マシュにも寿命がある。このグランドオーダーが終わるギリギリの頃に寿命、だろうか。今まで集めて来た聖杯でその問題を解決できるかどうか、といった所だろう。

 

『あんまり期待しない方がいいわ。生み出すのは得意でも聖杯はそういう寿命を延ばすような行いは苦手だわ。聖杯でそう言う事を願おうとすればマシュを不死者にするぐらいの事をしでかす必要があるわね』

 

「夢がないねぇ……まぁ、そんなままならなさが現実か」

 

 相変わらず救いがない。そう思っていると立香が此方へと向けて手を振ってくるのが見える。どうやら聖杯の回収へと向かうらしい。どっこいしょ、と声を漏らしながら一回だけ、ビッグベン跡地へと視線を向けてから、心の中で正直すまんかった、と軽く謝っておく。ただテスラへのトドメになったのは事実なのだ、そこだけは喜んでほしい。少なくとも良い活躍だった。割と世界遺産クラッシュにハマった感じあるので、次の特異点でも見かける様な事があればぜひとも実行してみたいと思う。

 

『どこの大統領秘書よ……でも、まぁ、気持ちは解らなくもないわ。世間一般に価値があると思われるものを、思うが儘に壊せたらきっと爽快そうね』

 

 その対価が犯罪者と言う烙印である―――全く持って割に合わない。そんな世の中だからこそ上手く回っているのだろう。ともあれ、十分に体力は回復してきた。一回、口の中に詰まった血を唾で纏めて吐き出しながら立香達へと向かって軽く跳躍しつつ接近する。モードレッドが手を出しているので、それに合わせて軽くハイタッチを決める。

 

「お前があの時計塔ぶん投げる姿見てたぜ。超ロックじゃねぇかよ。なんか独り言の多い変な奴だと思ってて悪いな!」

 

「気にするな。ただアレは絶対やらない方がいいぞ」

 

「なんでだよ」

 

「超ハマる。二回目超やりてぇ。実際ぶん殴れた金時超羨ましい……」

 

 マジか、と両目を輝かせるモードレッド、やっぱり反社会的な活動に対してはどうあがいても心惹かれる場所が存在するらしい。でも気持ちは解る、気持ちはよーく解るのだ。そしてロマンや遊びに対して割と理解があるらしく、金時の方もかなりノリ気だった。なんだかこうやって金時とモードレッドの三人で話すと、中学のワルガキ三人組みたいな空気が出来上がりつつあった。まぁ、実際、やった事はその範疇を超えるのだが。ともあれ、

 

「―――さっさと聖杯回収して終わらせよ! 俺、もう疲れたよ」

 

 立香が両腕をだらりと下げて、疲れたというアピールを全身で見せていた。その姿に笑い声を零しながら、再び地下通路へ―――アングルボダのある大空洞へと向けて歩みを進めた。

 

 

 

 

「―――正直、マリー団扇でレイシフトしてしまった時はこれ、終わったな……と思ったもんですけど何とかなりましたね」

 

 そう言ってサンソンはボロボロになっているマリー団扇を見せた。

 

「寧ろそれでなんで父上のロンゴミニアドに対して一回打ち合えたんだよ……ありえねぇだろ。アレ聖槍だぞ、聖槍! 不貞野郎でさえぶっ飛ばされたってのに」

 

 話題に上がったランスロットはサムズアップを向けた。地下通路を歩きながら話を聞いている感じ、対アルトリア・オルタ・ランサー戦はランスロットと沖田が相当暴れ回ったそうだった。召喚された直後、街に対して一切の破壊を行わなかったアルトリアに対しては寧ろサンソンの方が無力で、近接戦闘を挑む羽目になったのだが―――何故あのドルヲタは生きているのだろうか、と言う驚愕さえ感じる結果が繰り広げられていた。とはいえ、召喚されたアルトリアは最終的には()()()()()()()()()()()()()()()らしく、アロンダイトとクラレントの同時攻撃にあえなく散ったそうだった。向こうも向こうで、相当な激戦を潜り抜けたらしい。

 

「ワイルドハント……父上がロンゴミニアドを使った果てがあんな姿だってなら、エクスカリバーを使い続けてて正解だったのかもしれねぇな。正直、ちゃんとした人間かどうかすら怪しいって感じがあったしな。まぁ、クソニートが面倒見てるんだからロンゴミニアドを握って戦う父上はIF以上の存在にはなれねぇんだろうな、きっと」

 

 口は悪い―――しかし、どこかでなんとなくだが、同僚の事を信じているという部分も感じられる。其れはそれとして、さっきからモードレッドがずっとランスロットにローキックを叩き込みながら歩き続けている為、地下通路にガンガンと金属音が響き続けている。正直煩い。

 

『けど、賑やかよね。余りない経験ね』

 

 愛歌の事だからもっと、こう、ちやほやされる人生かと思ったのだが。

 

『うん? 特にそんな事はないわよ。所詮は神の贄として用意された偶像よ、私は。生まれついて根源接続者だからなんでも解るし、それが原因でどうあがいても同い年の子と付き合うのは億劫だったわ。だから、まぁ、家族付き合いだけはちゃんとしてたのよ。それは替えのきかないものだし―――それでも、一番大事なものが出来たらそれ以外を全て切り捨てそうな、危ない存在が私だったんだけど』

 

 だが愛歌はそうならなかった。

 

『えぇ、ならなかったわ。なれなかったわ。私と言う存在をブレさせずに繋ぎ止める貴方がいたからね。だから私の生活は平々凡々なものよ。貴方がドラマチックで何も得る事のない人生だった代わりに、私は平凡で得るものしかない人生だったわ。素晴らしく意味のない仕組みね。作ったやつの正気を疑うわ』

 

 口を開けば自然とカミに対する恨み―――まぁ、お互いにそれだけの不満があるのだから、当然と言えば当然だ。

 

 そんな風に適当に馬鹿話や愚痴で時間を潰しながらもはや魔霧のない地下通路を進んで行くと、漸くその終わりが見えた。事前にテスラが全てのエネミーを滅ぼしたのが原因で、驚く程何事もなく到着してしまい、今回の聖杯探索は本当に終わったんだな、と実感できた。到着した大空洞の奥、そこには壊れてもはや動く事のないアングルボダの姿があり、後はそこに近づいて聖杯を回収するだけだった。

 

「―――オケアノスと比べれば日数は短めですが、その代わりにかなり疲れが圧し掛かる特異点でしたね」

 

「全部魔霧が悪い」

 

「クッソ活動し辛かったもんなぁ……」

 

 魔霧もこうやってなくなると何故か、少しだけ物足りなくなってくる。やはりロンドンと言えば霧の都―――そういうイメージが完全に脳裏に刻まれてしまっている事が原因なのだろうか? まぁ、全ては後の祭りだ。口々に終わって良かった、と苦笑しながら大空洞、聖杯へと向かって歩み進んで行く中で、

 

 ―――ゾクリ、と背筋に悪寒が走った。

 

 足が止まる。その反応を見せたのは自分だけじゃなかった。英霊達は―――危機と言うものに対して敏感な者は誰よりも早くその予感を感じ取った。そしてそれに続くように立香も足を、そして手を無意識の内に震わせていた。

 

『……なんだこれは、空間に異常な反応を検知! ()()()がそっちに出現しようと―――ぐ、乱れが酷い! 映像がキレるぞ!! B班、存在証明だけは切らすな! こっちは映像の再接続を行う! A班はサポートに回れ! 皆、聞こえるか? ()()()()()、出現するだけで君達の存在証明を否定する程の大物が来るぞ―――』

 

 ロマニのその言葉と共にカルデアとの通信が切れた。予感―――予感がしていた。この場にいる誰もがその瞬間には予感していた。許してはならない()()()が接近している。それが今、出現しようとしている。全ての細胞が今、この瞬間に生きようと叫んで、警戒していた。無意識の内にシェイプシフターの虐殺機構を解除していたのに気付いた。本能的に一番凶悪な攻撃手段を、対抗手段として求めていたのだ、

 

 この―――俺が。

 

 そして、それは現れた。

 

 あまりにも静かな登場だった。空間ににじみ出る様に黒い影が滑り出て来た。軽い足取りで歩くように前に進み、シャドウサーヴァントの様な黒いシルエットで、ゆっくりと接近してくる。その存在を目視した瞬間から、敵対してはならない、逃げろと本能が警報を鳴らしているのが理解できた。

 

「―――魔元帥ジル・ド・レェ。帝国神祖ロムルス。英雄間者イアソン。そして神域碩学ニコラ・テスラ―――小間使いすらできんとは興ざめを通り越して滑稽だな。所詮は人間、時代を重ねて劣化する事しか出来ん不完全者か」

 

 マシュと立香の前に出た。すらり、と武器を抜いてその場にいる誰もがその存在を警戒した。

 

「無様―――あまりにも無様だ。無様で、無惨にも、そして故にこそ、無益。我が全てを見通す眼から逃れられ晒すのはそのような醜態か、カルデア。確かにその名は納得できる。まるで無の大海に漂う哀れな船だ。それがお前たちカルデアであり―――藤丸立香という個体」

 

 ガキィン、と音が響いた。気付けばいつの間にか玉藻が鏡を浮かべ、片手から出血している。

 

「名を呼ぶだけで呪い殺しますか。一尾の身では手に余るどころか穢されそうですね。私も出来るなら退散したいです」

 

 どうやら立香、と名前を口にしただけで呪い殺しそうになったらしい。そんな規格外の怪物、聞いた事が無い。いや、だが待て、知っている。これだけの化け物であるならこそ、納得できる。

 

『そう、彼こそがこの大事件の犯人にして人理を焼却した大罪の王』

 

「我は貴様らが目指す到達点」

 

『七十二の魔神を従える偉大なる魔術の王』

 

「―――名をソロモン、貴様ら有象無象の英霊の頂点に立つ七つの冠位、その一角と知れ」

 

 グランドキャスター・ソロモン。あまりにも強大すぎるその存在が、立ちはだかった―――。




 本日1更新め。公式で堂々と全能とか言われちゃっている奴。

 彼は憐憫を抱く獣だった。彼は憐れんでいた。彼は見下しながらも被害者を憐れむ。だからこそ彼は獣であった。

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