「やれやれ、お前もつくづく運のない奴だな」
夜中、立香の部屋に忍び込み、その姿を見下ろしながらそう告げた。ベッドの上に静かに横たわる立香の姿はまさに眠っている様に見えた。しかし、彼は今、本当に眠っている訳ではない。その意識がどこを彷徨っているのかは、大体見当が付いている―――とはいえ、そこは魔術王の用意した監獄。外側から脱獄させる事は出来ないだろう。故に自分が出来る事などほとんどなく、こうやって、タイミングが―――僅かに魂が此方へと寄り、声が届く瞬間に説法の一つでもしてやることぐらいが限界だった。とはいえ、おそらくこの少年にそれは必要ないだろう。この子は天運に愛されている。だがそれ以上に、誰よりも頑張ろうとする事が出来る少年だ。たとえ心が折れても、また立ち上がろうとする意志がある。
それが無ければ、既に死んでいる。
「さて、俺がお前の為に出来る事と言えば……あんまりない。いや、ほとんどない。全くないと言ってもいい。俺は善でなければ悪でもない。故に
―――説法の一つでもさせて貰おう。
「覚者のありがたいありがたい説法だ。ついでに今、お前の魂を縛っているイフ島の監獄で一つ、予習として使える知識かもしれない。どちらにしろ、お前の魂が此方側にある時間はそう長くはない。これから毎晩、お前に一つ、ヒントを残す為の説法をしよう。俺みたいな破戒僧ですまないが、そこは、まぁ、我慢しろ」
苦笑しながらさて、と声を置いた。あまり、説法得意じゃないんだよなぁ、なんて事を考えながら今の立香に必要な言葉は、
「―――お前は誰かを狂おしい程に妬ましく思った事はあるか? 何故アイツが、と思った事はあるか? 持たぬものを求めた事があるか? 誰かに対して嫉妬した事がないなんて言わせはしない。七罪の一つ、嫉妬。七罪なんて名前はあるが、それ自体は良くあるものだ。卑屈になる必要はない。誰だって少なかれ何かを妬ましく思う事はある。俺でさえある。あったさ。だがそれを嘆く必要はない。とはいえ、本当に無害であるなら誰も気にはしないという話だ―――」
さて、と言葉を置いた。
「嫉妬心とは……実に単純で複雑だ。
案内人がいるのであればそう、複雑な言葉は必要ないだろう。であるなら、自分が送る言葉は一つ。
「
その言葉と共に立香の魂が遠ざかるのを感じた。再び地獄に幽閉されたか、と嘆息しつつ寝ている姿に背を向ける。やれやれ、と呟き、これは少し大変になりそうだと思った。その様子を部屋の隅からフォウがずっと眺めていたらしく、心配そうな表情を立香へと向けていた。本当にその少年の事が好きなんだな、と苦笑し、フォウに手を出す。獣はそれを受けて此方へと走ると、一気に肩の上へと駆け上がった。
「今は信じよう、キャスパリーグ。彼が心折れてもまた立ち上がれるという事を」
「フォウ……」
フォウの首筋を軽く撫でながら立香の部屋を後にする。魂が囚われている為に肉体の方は段々と衰弱している―――タイムリミットは七日、といった所か。
「実はカルデアで新しいシステムを開発しようと思っている。霊基再臨ってシステムなんだ」
特にやる事も無いので、食堂で膝に愛歌を乗せてぐだぐだしていると、ロマニが来た。昨日ソロモンに虐殺された面子が復活した事もあって、食堂の賑わいは一気に上がっていた。これこそ現在のカルデアだ、と言いたくなるぐらいには。度重なる召喚と加入によってカルデアの人口密度も上昇してきた。そろそろ新しい区間を整備、開放して新たなサーヴァントの追加に備えるべきだろうか?
「それで、その霊基再臨ってなんだ」
「うんとね……対ソロモン戦でサーヴァントには霊基の上が存在するってことが発覚したんだ。つまりは通常のサーヴァント、そしてグランドサーヴァント。このグランドサーヴァントに関する資料をカルデア内で徹底的に洗ったんだけど、どうやらグランド化には特定の条件が必要で、どんな英霊にでも出来るという訳じゃないらしいんだ―――ただ、英霊の霊基強化という点に関してだけは、カルデアでも真似る事が出来る」
「あぁ、そう言えば最弱の状態で召喚してから種火を与えて霊基回復を行っていたわね……」
愛歌の言う通り、サーヴァントとして召喚される英霊は弱体化している。カルデアではその英霊らが召喚された直後に裏切っても大丈夫な様に、最弱の状態で召喚している。とはいえ、根本的に本来よりも弱くなっているというのもまた事実だ。
「うん、だからボクとレオナルドで霊基再臨ってシステムをソロモンの霊基を参考に作り出したんだ。このシステムは現在の英霊の霊基を強化する事によって、英霊として設定された強さの上限を突破する、というシステムなんだ。その触媒に色々と珍しい魔術触媒が必要となるんだけど―――まぁ、それに関しては今、使い道もなく余っているからね」
成程、と呟く。根本的な戦力強化の話だ。サーヴァントの強さは霊基に帰順する。そして霊基が強化されればされる程、その英霊は更に力を発揮する事が出来る。純粋な身体能力は上昇し、使用するスキルの効力がアップし、そして更に戦闘で成果を出す事も出来るだろう。
「まぁ、グランド級ってのは無理だろう―――だけどサーヴァントという枠を超えて、本来の強さにかなり肉薄できるレベルまで強化が出来る、ってボクとレオナルドは予測している。ただこの技術もまだ穴があってね、ちょっとしたデメリットも存在するんだ」
続けて、と視線で伝えながら膝の上の愛歌を両手で抱える。一部サーヴァントが団扇で自分を仰ぐ姿が見える。
「……うん、まあ、やられてからの復帰時間が長くなるんだ。霊基再臨による霊基の上限突破はつまり、英霊をもっと強固な、不確かを確かにする作業でもあるんだ。つまりは明確な受肉化でもあると言える。そして強固になればなる程、存在として固定される上に強度と存在感の問題で復活までの時間が伸びてしまう―――今までは数時間程度で復活出来たサーヴァント達も、霊基再臨を行えばこれから出てくるであろう強力な英霊と戦えるとしても、敗北したら復活まで
「……つまり、霊基再臨を行った後で特異点で敗北するような事があれば、探索中はもう復活を期待しない方がいい、って事か」
「うん。その代わりレイシフトの時差を極限まで短縮する事が出来るよ。まぁ、これがメリットとデメリットだね。ソロモンのような相手が出現するなら英霊の強化は間違いなく必須だと思ってる。だけど復活が遅れるという事は長期戦を挑む場合、此方の戦力が一方的に減る可能性を示しているんだ。そう考えるとどうするか、という悩みがあってねー……」
「まぁ、確かにそれは悩ましい話ね。ただこの先、強力な相手が出現するのはほぼ確実だろうし、強化しておかないと話にならなそうってのはあるわね」
「うん、まぁ、アルトリア・ランサー・オルタや、ニコラ・テスラの例を考えるとまず間違いなく戦力の向上は必須なんだよねー……ここら辺は立香くんが帰ってきたら相談、ってところかな。現場を一番よく理解しているのは彼だろうし、判断は任せちゃおう」
またプレッシャーがかかるなぁ、なんて事を考えつつも霊基再臨の必要性は理解できる。ぶっちゃけた話、今まで登場して来ている英霊の質は
まぁ、だがそれは立香の仕事だ。彼がマスターなのだ、彼が判断すべきなのだそこは。責任を丸投げしているようだが、実際にそれがマスターの仕事なのだから。自分はそこまでも道をつけるのが仕事だ。
ともあれ、それはそれとして、
「俺も俺の方で問題解決しないとなぁ」
「武器の問題だっけ?」
あぁ、とロマニの言葉に頷く。根源から戻って来る事で命という概念、その意味を完全に理解した。その影響で、自分にも正しい意味で宝具が、或いは
これだけならまだ良い。だがこれを叩き込んでも相手が死ななきゃ意味がない為、エネルギー源を直接「 」とし、そこから魔力を無限に引き出しながら魂の奥まで叩き込んで浄化、そして昇華させるのがやり方である―――とはいえ、これ、割と実は使ってはならない類いというか、
閑話休題。
ともあれ、転生、そして「 」というエネルギーに耐えられる装備が存在しないのだ。まずシェイプシフター、アレは完全に欠片も残さず蒸発した。それでも何度か振るう事に耐えただけ、かなり良くやった方だ。エミヤの投影品なんて一発で蒸発するし、他の英霊の武器を―――たとえばロンゴミニアドを借りても、何回目かで蒸発した。
おかげでアルトリアに凄い泣かれた。
そしてどっかで覗き見してるニートが大爆笑してる。
どこかの王様も爆笑してる。
だが爆笑する気持ちは解らなくもない。
まぁ、そもそも英霊が持ち込む宝具自体
「一応エミヤに100個ぐらい投影して貰って、それを空間魔術で何時でも持ち出せるようにしてはあるけど」
「あぁ、朝から魔力不足で死にそうな表情を浮かべていたのはそういう理由なんだ」
エミヤの属性は剣、そしてその投影能力は剣を生みだす事に特化している。なのに属性違いの大斧を投影、しかも形として残るものを大量生産させたら疲れるに決まっている。まぁ、それでも俺が戦うという以上、必要な事なので、エミヤには犠牲になって貰おう。
「どうにかして現存する神造兵器を入手できればいいんだけど―――カルデアにあったか?」
「レフが爆破テロをしたときに念入りにそこら辺は破壊されちゃったね。いや、まあ、破壊されていないけど存在抹消されている範囲の区画だから、サルベージが実質不可能なんだよね」
存在消失。このカルデアはシバの観測による特殊な磁場を形成しており、それが原因で特異点のような状態であらゆる時間軸から切り離されている―――性質としては座と似たような状態だ。そのおかげで存在が消失しないが、人理焼却の炎は2017年到達時にカルデアを焼く事が確定している為、絶対安全という訳ではないのだ。
なんとも、まぁ、悩ましい。
―――ともあれ、
「
「クシャトリヤ絶滅に使ったヴィシュヌ神の嵐斧かー」
現存する数少ない神造兵器―――まぁ、
「はぁ、足りないものが多すぎるなー」
「そうだねぇー……」
溜息を吐きながらぐだぐだしていると、カルデア内に放送が響く。
『―――チーフ! 新たな特異点を観測しました! 場所は日本!
「……やれやれ、普通に休む暇もないねぇ」
苦笑しながら立ち上がるロマニに付いて行く為に愛歌を持ち上げ、抱えながらついて行く事にする。どうやら、立香が戻って来るまでに一波乱がありそうな形だった。
という訳でコラボっぽいイベント特異点、はじまりますぜ。立香不在=サーヴァントは連れていけない。はてさて、どうなることやら。