Vengeance For Pain   作:てんぞー

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影に鬼は鳴く - 5

「―――うるせぇ、死ね」

 

 飛び込んできた姿に向けて迷う事無く梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ)を放った。斧から放たれる爆裂の衝撃波が大地を床を刻んで亀裂を生み、正面の空間、生まれた亀裂から泥交じりの衝撃波が天井へと向かって消し飛ばす様に発生する。正面から襲い掛かろうとした黒い獣が全て、一斉に蒸発して姿を消し去った。その姿が消え去った事で半分溶けた大戦斧を投げ捨てる。すると正面、砕けた空間が時間を戻して行くように再生を始めた。黒い獣は完全に熱量で蒸発させたつもりだったが、再び床を覆う様に滲む黒が、未だに無事である事を証明していた。

 

「なんだこれ? 命がぐちゃぐちゃに煮詰まったスープみたいな状態になってるぞ。気持ち悪い」

 

「というか蒸発しきれなかった事に軽いショック受けてるんだけどこれ。しっかしぶっ飛ばした感じ、個体ではなく群体タイプか。こういうのは核となる奴が隠れてたりするんだよな。っつーわけで俺が適当に吹っ飛ばす」

 

「んで見えた所でオレが殺せばいいんだな」

 

 正解、と言葉をするまでもない。新しい斧を空間魔術で引き寄せながらそれに梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ)を込めて振るう。再び天地が鳴動し、床が砕けながら大規模な衝撃波と熱が一瞬で黒い獣を蒸発させる。これが対軍、対城規模なら間違いなく疲弊するのだが、威力の圧縮もしない対人規模であればほとんど疲労はない。その為、軽い連射は簡単に行える。故に床へと叩き付け、斧を融解させながら新しいのを取り出し、何度も何度も何度も床を消し飛ばしながら破壊を撒き散らす。その中で後ろへと下がった式が冷静に戦場を俯瞰する。

 

「見えた―――」

 

 式がクラウチングスタートを取る。それに合わせ、言語を変換する。悟りの声を直接脳へと届け、その一端を理解させる―――あらゆる虚飾を祓い、運命を掴み、そしてどんな存在であろうとも有利を得る事が出来るという単純な説法。それを通して式の死に対する感覚が強まり、彼女の眼には明確に死と急所が映る。

 

「―――死がオレの前に立つんじゃない」

 

 一瞬で駆けた式が次の瞬間には反対側の壁をナイフで解体していた。壁が崩れるのと同時に、その向こう側に隠れていた姿が露わになる。それは黒いコートを装着した混沌の固まりだった。その変色した、人を捨てた姿は生理的嫌悪を生み出しつつも、特徴的な姿故に誰であるかを即座に理解させられる。魔術教会のビンゴブックに載っている魔術師―――いや、死徒だ。こいつは元虚ろの英知の方から吸収した知識で知っている。

 

「ネロ・カオスかっ!」

 

 ニンマリ、と頬さえ裂ける様な笑みを浮かべ、ネロ・カオスがバラバラになった。だがその直後には黒い混沌の液体となり、バラバラになったそれが式を飲み込もうとする。

 

「なっ―――」

 

「―――あら、それでレディを誘えるとでも?」

 

 それを阻む様に泥の剣群が足元から式とネロ・カオスの姿を分断し、泥と泥がぶつかり合った。その隙に一瞬で式が離脱し、横へと戻ってくると軽く片手で頭を押さえた。

 

「なんだあいつ……気持ちが悪い。死が多すぎる。視えすぎて逆に吐き気を覚えるぞ」

 

『―――死徒、ネロ・カオスはその肉体そのものが固有結界となっているらしい。この資料によると生命をストックしていて、その数こそ簡単に数百を超えるとか』

 

「お前もっとパニックホラーとかに出現するべき存在だろ。こっちに来るなよ。というか死ね」

 

『救世主のクセしてこいつ死ねとしか言ってないぞ』

 

 迷う事無く再び新しい斧を振り下ろした。蒸発させながら発生した亀裂と熱波が一瞬で空間を地獄へと変形させた。それに合わせる様にオガワハイムそのものが広くなってゆくような気がした。なんというか、明確に戦場を形成しようとしているとでも言うべきなのだろうか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。つまり広く、もっと広く、そして物量という単純な暴力を利用できる空間への変化だ。

 

「やれやれ、本格的に化かされ始めたか。ここもオレが前見た時とはまるで別物だな……まぁ、どっちにしろ殺すんだけどな。さっきの支援、また出来るか?」

 

「任せろ。とりあえず俺がありったけ剥がしまくるから、中核を適当に解体しろ」

 

「解りやすくて結構。そんじゃ、適当に隠れるか」

 

 言葉と同時に式が気配遮断によって一瞬でその姿を消失させた。慣れてるなぁ、なんて事を想いながらも、新しい斧を取り出し、今度は二刀流でそれを握った。余り派手に動いていない為、まだ肩の上にフォウがいたが、そろそろアクションシーンを始めるので、降りておいた方がいいぞ、と視線で伝える。まぁ、近くにいればフィルタリングは出来るので肩に乗ってる必要はないのだが。ともあれ、

 

「蒸発させるだけじゃあ殺せねぇかぁ―――命の終わり、輪廻の導き(アンタメン・サムサーラ)は対人、対神特化だから人や神とは判断できないもんには通りが悪いからなぁ……」

 

「困ったものね。潰しても潰してもまた蘇るのだから。直死の魔眼みたいに確実に殺せればいいのに」

 

 簡単にやるなら宝具の出力を上げればそれで問題解決なのだが、……そうすると確実に同属に怒られるし。あんまりこんなくだらない事で宝具を乱発してもなぁ、と思わなくもない。そうなると、やはり地道な活動が一番という事か、と結論する。結局の所、決め手は式の直死の魔眼による即死なのだ。その無数の命、徹底して狩りつくそうではないか。まぁ、

 

「喋れない程度に理性を奪われた姿を見るのも忍びない。一気に消し飛ばしてやるさ」

 

 丁度良い所に()()()()()()が戦場を広げてくれたし、これなら多少本気でぶち込んでも大丈夫だろう。数を続々と増やし続け、一気に百を超える数を展開し始める原初の混沌、ネロ・カオスの姿が見える。だがこの規模であればまだ十分、余裕で対処可能な領域だ。根源から魔力を無限に引き出しつつ、それをマントラへ変換しながら自身を高めて行く。純粋な破壊のエネルギーとして、それを斧の中へとこめて行く。

 

「どうするの?」

 

 横にいる愛歌が聞いてくるので答える。実にシンプルな話だ。

 

「数が多いならまとめて処理すりゃあいいってだけの話だ―――以降、奥義をぶっ放すだけの作業に入る」

 

『酷い話だ……』

 

 対軍規模へと拡大させた梵天よ、死に狂え(ブラフマーストラ)が爆裂した。敵対者からすればおそらく悪鬼の如き表情を浮かべているのが見えるのだろうが、そんな事はお構いなく、大戦斧を振るう。その衝撃に耐えきれず投影品はその柄までが完全に蒸発して消え去る。衝撃によって砕け散る床や壁はしかし、一切埃や瓦礫の類を生み出さない―――壊れた側から蒸発して消え去るからだ。爽快感さえ感じる圧倒的破壊の前に、空間内のあらゆる不純物が消去されるのを感じ取る。その中で、蒸発した筈の混沌が再び再生しながら形を作ろうとするのが見える。やはり生命力の固まり、一発程度では追い込めないらしい。

 

「さあ―――何発目で死ぬか! 試してみるか混沌の獣!」

 

「派手目に行きましょう? お祭りだと言うのなら開始のパレードは賑やかにやらないと勿体ないわよ」

 

「落! ち! ろ!」

 

 再生途中の床に叩き付けた。熱と衝撃波の嵐が全てを飲み込みながら生物生存の領域を不成立の状態へと叩き込んで行く。まだまだ出力を絞っている状態だが、それでも対軍規模、数百規模であれば余裕で巻き込めるだけの破壊力がある。それを持って黒い混沌を一気に飲み込んで蒸発させる。だがそれは結局、形のない生命力のプール。一発叩き込んだ程度では生命力を削る程度でしかない―――不死を目指した存在の面目躍如、とう所だ。

 

 だが興味はない。完全に蒸発した斧の代わりに新たな斧を取り出し、それを振り下ろした。爆裂と暴風と熱の暴走が空間を食らいあいながら何度も発生する。二撃、三撃、四撃、五撃、六撃と慈悲もなく叩き込んで行く。その度に地獄は更に激化して行く。魔力の消費にピリ、と痛みを感じながらもそれも生きているという事の証明、心地よいと感じつつ、何度も振り下ろされる殲滅の奥義を前に、混沌が姿を変えて行くのが見える。

 

 何度と繰り返されて蒸発して行くことに、生命としての危機を覚えたのかもしれない。徐々に一か所に固まり、耐えきれるだけの幻想へと姿を変えようとするのが見える。

 

はーち(≪救世主≫)! きゅーう(≪根源接続者≫)! じゅーう(≪咎人の悟り≫)!」

 

 がんがんがん、と連続で武器を蒸発させながら床に叩き付ける。凄まじい勢いで消耗されて行く武器にエミヤが胃痛を覚えていなければいいんだけど。そう思いながら手を緩めない辺り、俺も相当な外道だよなぁ、と心の中で笑いながら再び振り下ろした。蒸発して行く視界の中で、笑いながら相手を見れば、混沌は一か所に固まっていた。本能的に生き残る為に最強の姿を顕現させる事を選んだのだろう、一か所に集まった生命とその因子はネロ・カオスの姿を背の高い怪物の姿へと変形させ、その瞬間、手を緩めた。

 

「―――直死」

 

 緩んだ瞬間、緩んだ合間をすり抜ける様にナイフを逆手に握った式が出現した。その居場所は既に怪物のネロ・カオスの真横であり、その横を抜けながら素早くナイフが三閃された。彼女と同じ視覚を持たない此方に彼女が見えたモノは理解できないが、それで一つに濃縮された命、それが一閃毎に一気に二桁程即死されたというのが見えた。それが続けて振るわれ、一気に生命がそぎ落とされ―――混沌が動き出そうとする。

 

「だが詰みだ」

 

 マントラで踏み出そうとした大地をへこませた。踏み出そうとした足が無を踏み、力が入らないのが見えた。その瞬間に再び式が素早くナイフを振るっていた。その速度にネロ・カオスは追いついていない。故に残されるのはただの怪物の解体作業だった。殺された命の総量から足が消失し、腕が切り落とされて消え去り、胴体が解体され、そして首が斬り落とされ、頭が割れた。最終的に存在の全てが完全に解体され、何も残す事なく完璧に消え去った。

 

「やれやれ。怪物とは喋らない、理解できないってのが定番だけど……お前、死ねるぶん、怪物としては失格だな。もっとも、死ななかったら死ななかったで困るんだけどな」

 

 鮮やかにしてお見事。式の動きには鍛えられた人間としての物が見られる。自分よりも遥かに洗練された動きに感動さえ覚える。それはこの特異点の捜索にいて非常に心強いものなのだが―――それはそれとして、これは非常に困った事でもあった。マンションのエントランスホールが広い空間から元の大きさに変化する中で、式の横に並びつつも、軽く息を吐いた。

 

「しっかし序盤のボスからこんなのを用意するとか正気か? 明らかにオオトリとして出すようなレベルだろ、これ」

 

 まぁ、普通の戦いの話をするのなら、今ので十分にラスボスレベルの実力はあるよなぁ、とは思わなくもない。実際、専用の対策でもなければ物凄く面倒な部類に入るだろう、アレは。まぁ、軽く狂化されていた事を考えると此方の流儀に合わせたキャスティングだった、といった辺りだろうか。そういう行動を好む相手を軽く思い出そうと考えると、めんどくささに溜息が入る。とはいえ、聖杯がここにあるのは確実だろうし、それを回収するまではここから逃げる事は出来ない。

 

 煙草でも吸いたい気分だった。ただ愛歌が何時も引っ付いている手前、煙草は吸えないのが現実だった。カルデアや特異点であっても、喫煙者に対して世界は厳しかった。

 

「とりあえずこれで番犬? 番混沌? はぶち殺した訳だけど―――」

 

 チリンチリン、と音がした。視線を音の方へと向ければ、マンションのエントランスホールから1階廊下へと通じる扉が静かに閉まる姿が見えた。そこで聞こえた音は猫が装着するような、鈴の音であり、おそらくはあの白猫が此方へと進むように誘い込んでいる、という証でもあった。それを見てから、式と視線を合わせた。

 

「まあ、進むしかないな」

 

「元々調査する予定だしな。ヒントがあるだけマシだ、マシ」

 

「そりゃそうだ。だけど初っ端からアレだと思うと胃もたれしそうだ」

 

 そこは、まぁ、なんとかなるのではないか? と思うしかない。少なくともずっとあの重さで来るとは思えない。アレだけの怪物を用意するのにもリソースは必要だろうし、聖杯は万能であっても全能ではない。たとえば失われた命を作り出す事で再現する事は出来ても、生きている人間の寿命を補填するような事は出来ない。聖杯にも明確な限度が存在する。だからあのネロ・カオス・バーサーカーとでもいうべき存在もぽんぽん出現しないだろう。したらしたで凄い困る。

 

 それはともかく、

 

「探索を進めるか」

 

「そうだな、飽きない夜になりそうだ……」

 

 式の言葉に苦笑しつつ、再びフォウを肩の上に乗せながら奥へと向かって歩き出す。




 という訳でネロ・カオスBSKおしまい。脚本家は適度に炬燵でみかんを向きながら舞台にシナリオを合わせているようですって感じで。

 メルブラ+fate+空の境界な感じで今回のイベントはお送りいたします。しかしほんとネロ・カオスは出演する作品間違えてる。

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