アルデバランから電話がありました。それによると、教皇の調査部隊がデスクイーン島に上陸したそうです。
わたしの予想よりも調査部隊の動きは早いです。
わたしの計画では、調査部隊の海上移動中にグラード財団所有のキラー衛星によるレーザー照射で一気に片をつけるつもりでしたが、肝心のキラー衛星の照射準備が間に合いませんでした。
まったく、キラー衛星は金食い虫の兵器のくせして、肝心のときに役立たずとは困ったものです。
「さすがにレーザー照射はやり過ぎだと思っていたからむしろ良かったよ」
優しいシャイナお姉様は胸を撫で下ろしていますが、わたしとしては残念でしかありません。
なにしろ現在、デスクイーン島で調査部隊と睨み合っているのは、わたしが直々にギリシャでスカウトしたお姉さん達なのです。とても素敵なお姉さんだった彼女達が心配です。
「いや、あいつらは聖闘士候補生といっても青銅聖闘士に近い実力を持っているからね。デスクイーン島にはアルデバランもいるし、そう心配することはないよ」
シャイナお姉様は安心するように言いますが、わたしはちっとも安心できません。
だって、アルデバランからの電話によると、調査部隊は白銀聖闘士で構成された五人組だからです。
青銅聖闘士クラスの実力では非常に不安です。
「いや、本当に大丈夫だよ。なにしろアルデバランは黄金聖闘士だからね。同じ白銀聖闘士としては悔しい限りだけど、白銀聖闘士が五人掛りで戦いを挑もうとアルデバランに一蹴されるだけさ」
シャイナお姉様は気楽そうです。本当にアルデバランに任せておけば心配はいらないと確信しているみたいですね。そんなシャイナお姉様の余裕のある様子に、わたしもほんの少しだけ安心できました。
「沙織、もしかして他にも気になる事でもあるのかい?」
安心しきっていないわたしの様子に気付いたのでしょう。シャイナお姉様が心配そうに問いかけてくれます。
うふふ、わたしの事をちゃんと見てくれているのですね。
こんな些細なことでも、シャイナお姉様との確かな絆を感じて幸せな気持ちになれます。
そして、シャイナお姉様の心配げな眼差しからは、わたしへの深い愛情が伝わってきます。
これはもう愛の告白をしてもOKなのではないでしょうか?
苦節ウン年の努力が実る時がやってきたのですね。
シャイナお姉様へのアプローチを欠かさずに続けてきた甲斐がありました。
ああ、感無量です。
「いや、その、沙織? どうしてあたしの右手を両手で包み込むように握るんだい? それに顔の距離が近すぎると思うんだけど」
さあ、シャイナお姉様。
今こそラブラブな熱いベーゼを交わしましょう。
──あと、十センチ。
わたしのお胸がドキドキしてます。
──あと、五センチ。
わたしの頬っぺたがピンクに染まります。
──あと、三センチ。
おっと、目は瞑るべきですね。
──あと、一センチ。
さあっ、一気にいきますわ! ぶちゅっといきますわ!!
“ぺちん”
痛いです。
シャイナお姉様に額を叩かれてしまいました。
わたしが迂闊でした。シャイナお姉様の右手はガッチリと拘束しておきながら左手をフリーにしたままだったのが敗因でしょう。
「正気に戻ったかい、沙織?」
シャイナお姉様は、わたしの目を覗き込むようにしながら心配げな声で問いかけてきます。
そんな、わたしの事を気遣うシャイナお姉様の声からは間違いなく愛情が伝わってきます。それなのに何故ゆえに熱いベーゼは拒否されてしまうのでしょうか?
きっとこれが、世の男性陣を悩ませるという気紛れな女心というものなのですね。
女心と秋の空とはよく言ったものです。
まだまだお子様のわたしには理解できない世界です。
わたしとしては、もっとシンプルな方がいいですね。
そう、例えばこのように。
「星華、I want you to kiss me(わたしは貴方にキスされたいわ)」
「沙織お嬢様、Cut the crap (寝言は寝てから言え)」
うふふ、シンプルな中にも遠慮を感じさせない仲良しな関係を如実に表すわたし達です。
「ああ、いつもの沙織だね。安心したよ」
星華とわたしの仲良しな様子に安心されたシャイナお姉様はほっと息を吐かれます。うふふ、別に少しぐらいなら嫉妬されてもよろしくてよ?
「沙織お姉様、これ以上は時間の無駄が過ぎると思われます。デスクイーン島の件は如何なさいますか?」
再び、シャイナお姉様にじゃれつこうとしたわたしを星華が止めました。
言葉は丁寧なままですが、ギンッと音が聞こえそうな目付きでわたしを凝視しています。
ふむ、少しおふざけが過ぎたようです。ここからは真面目にいきましょう。わたしは真面目な良い子ですからね。決して星華に睨まれて怖いからではありませんよ?
「まあまあ、星華もそう睨むもんじゃないよ。沙織も悪気があるわけじゃないしね。それにこれも沙織の余裕がなせるもんだと思えば心強いじゃないか」
「……シャイナ様がそう仰られるのならこれ以上は申しません」
シャイナお姉様の制止に星華は素直に引いてくれました。ですが、ここで油断してはいけません。星華は“申しません”と言ったのです。決して“手は出さない”とは言ってはいないのです。きっと次は言葉での注意ではなく、鉄拳制裁する気なのですわ。
うふふ、このわたしがこの程度の罠に引っかかるわけがありません。なんといっても星華の鉄拳制裁は本気で痛いのですからね。あんなもの喰らいたくなどありませんわ。
というわけで、これからは真面目モードでいきますわ。
こほんと咳払いをしてからわたしは心配事を口にします。
「実はアルデバランには重大な弱点があります。わたしはその弱点を敵につかれないかを心配しています」
「あのアルデバランに弱点だって!? それは本当なのかい!!」
黄金聖闘士のアルデバランに弱点がある事が意外だったのでしょう。シャイナお姉様は大声をだして驚かれました。
ですが、シャイナお姉様。たとえ黄金聖闘士といっても所詮はただの人なのですよ。弱点の一つや二つあって当然ですわ。
「……沙織の言う通りだな。黄金聖闘士だからといっても無敵なわけじゃないんだ。弱点はあって当然だ。それで、その弱点を私がフォロー出来るのなら教えてもらえないかい?」
さすがはシャイナお姉様です。混乱をされても一瞬で立ち直りました。
そして、本来なら仲間内といっても人の弱点をおいそれと公開すべきではありませんが、今は緊急事態です。アルデバランの弱点の秘匿よりも素敵なお姉さん達の安全確保の方が何億倍も優先すべき事柄です。
ここは情報の共有化をはかり、事態への対処方法を一緒に考える方が有益でしょう。
わたしはアルデバランの弱点を
「実はアルデバランは──
「…………へっ?」
シャイナお姉様が驚くのは無理もありませんが、アルデバランには攻撃をわざと身体で受け止めたがる趣味があります。
一輝との模擬戦闘でも真っ向から身体中に一輝の拳を受け止めて気持ち良さそうに笑っている姿は怖いものがあります。
きっと、痛いのが気持ちいいと思う人種なのでしょう。本当に怖いです。
まあ、わたしは人様の趣味などに口を挟みたくは無いのですが、アルデバランの場合だと実戦で敵の攻撃をわざと受けて負けられると困ってしまいます。
シャイナお姉様、なんとかアルデバランを説得して実戦中は趣味を我慢してくれるように仰ってはくれませんか?
「あ、その、なんだ……沙織が命令すればいいんじゃないか? アルデバランなら喜んで命令を聞くと思うぞ」
シャイナお姉様が説得を拒否ってきますが、わたしも負けるわけにはいきません。
「わたしは命令を下すのは好みませんわ。シャイナお姉様が仲間としてアルデバランに話をされる方が穏やかに解決すると信じています。それに大人の趣味の世界に子供のわたしが口を挟むのも憚れますもの」
「都合のいい時だけ自分を子供だと言うのはやめておくれよ!!」
えーっ、わたしまだ13歳だもん。
子供だもん。
男の人の性癖なんかに関わり合いたくないもん。
星華もそう思うよね?
「はい、沙織お嬢様。さすがに沙織お嬢様が大人の男性の性癖に関わる事はお止め致します。という事なので、大人の女性であるシャイナ様が大人同士という事でアルデバラン様の説得をお願い致します」
「あたしだってまだ16歳だよ! 20歳のアルデバランと性癖の話なんか恥ずかしくて出来るか!!」
なんですと!?
オッさんだと思っていたアルデバランが20歳なのですか!?
ということは、アルデバランと出会った四年前は、今のシャイナお姉様と同い歳の16歳ってことに……今と見た目が同じだったような?
これも人体の神秘というものでしょうか?
そして、姉御肌で凛々しいシャイナお姉様が恥ずかしいという言葉を口にするなんて思いませんでした。
シャイナお姉様の可愛らしい一面にわたしのお胸がキュンとなりました。
「うふふ、
星華、うっさいわよ。
沙織「きっとアルデバランは老け顔で苦労されているのでしょうね」
星華「物は考えようです、沙織お嬢様」
沙織「どういう意味かしら?」
星華「アルデバランは門番が仕事です。童顔では舐められてしまいます」
沙織「なるほど、厳つい老け顔だからこそ門番として相応しいということですね」
星華「はい、その通りです。アルデバランは正に適材適所のオッさん面の門番です」
沙織「うふふ、アルデバランはオッさん面で良かったですわ。でも、そう考えるとシャカは可哀想ですわ」
星華「そうですね。美男子のシャカでは門番として威圧感が足らないかもしれません」
沙織「可哀想なシャカ……そうだわ!今度、シャカを慰めるパーティーを開きましょう!」
星華「それは良いアイディアです。きっとシャカも喜ぶでしょう」
沙織「うふふ、折角ですからとびっきり派手にしますわ♪」
*
アルデバラン 「俺は納得がいかんぞ!!」
シャカ「フフ、アルデバランは天性の門番なのですから良いではありませんか」
アルデバラン 「ウググ、やはり納得できん!!絶対に俺の方が可哀想なはずだ!!」