「今からデスクイーン島に乗り込むよ! ボヤボヤしてたら置いて行くからね!」
調査部隊の問題が一応は片付いたと判断したシャイナは、瞬攻略作戦を開始する事にした。
沙織お嬢様が帰って来る前の作戦発動だったが、すでにシャイナは沙織お嬢様から作戦監督の地位を譲り受けていた為、何の問題もなく作戦は開始された。
「沙織がついてきたら絶対に問題を起こしそうだから、あいつが帰って来る前にデスクイーン島に行っちまうとするよ」
「それが賢明ですね。沙織お嬢様が戻られましたら適当に相手をしておきます。シャイナ様は後顧の憂いなく瞬攻略作戦に集中して下さい」
シャイナは、城戸邸の中庭に着陸した大型ヘリに青銅聖闘士達が乗り込んでいくのを確認しながら星華に一時の別れを告げていた。
「ああ、沙織の事は任せたよ。デスクイーン島での瞬攻略作戦の方はあたしが……本当にこんな穴だらけの作戦を実行するのかい?」
「ふふ、もう作戦は動き出していますわ。ここがシャイナ様の現場指揮能力の見せ所ですね」
「あのね、そんな簡単に言われても困るんだけど? だいたいこんな三文芝居をするよりも一輝の奴が瞬に正直に打ち明けた方が良くないかい?」
シャイナの常識的な発言に星華は眉をしかめる。
「いいえ、それは不許可です。この瞬攻略作戦は沙織お嬢様直々の発案なのですよ。どんな手を使ってでも成功させて下さい。そう、どんな手を使ってでもです」
星華の普段とは違う強い態度にシャイナは興味を引かれる。
「へえ、どんな手を使ってでもかい? それはどこまでなら許容範囲なのかねえ」
世間的には星華は只のメイド見習いに過ぎないが、実際には沙織の代行として、グラード財団の “力” を行使できる立場にある事をシャイナは理解していた。その為、彼女の真意を問うた。
「それが必要ならば、デスクイーン島をこの地上から消し去ろうと、青銅聖闘士達を全て使い潰そうと構いません。シャイナ様は作戦達成のみを念頭において行動なさって下さい。それに伴う全ての事象はグラード財団が責任を持って処理を致しますゆえ」
シャイナの問いに星華は淡々と告げる。彼女の口調が余りにも普段通りだったため、シャイナはその内容を理解するのに時間を要した。
「……随分と厳しい言葉だねえ。青銅聖闘士にはあんたの弟もいるだろうに」
自分の弟をも平然と使い潰せと言い放つ星華に薄ら寒いものを感じたシャイナは思わず呟いてしまう。
「弟? ああ、星矢の事ですか」
自分の言葉に一瞬だけ考え込むような仕草を見せた星華にシャイナは内心でホッとする。なんだ自分の弟が混じっていた事を忘れていただけかと、単純に考えたからだ。
「フフ、自分の弟の事を忘れていたのかい? それなら星矢の事は気にかけておくよ。ほら、ヘリの窓からあんたに手を振っているよ」
シャイナが指差す先では星矢が窓越しに一生懸命に手を振っていた。それを見た星華が軽く手を振り返すと星矢は満面の笑みを浮かべて更に手を激しく振り出した。
それを見たシャイナは可愛いものだと笑みを深める。星矢は魔鈴の弟子だったためシャイナとしても好意的に感じる存在だったからだ。
だが、そんな温かい想いを胸に抱いていたシャイナに冷水を浴びせるかのような冷めた声がかけられた。
「別に星矢も使い潰しても構いませんよ。あの子は一時的にといえど、大恩ある沙織お嬢様に牙を剥こうとした愚か者ですからね」
星矢に軽く手を振りながら言い放つ星華の冷酷な言葉にシャイナは言葉を無くした。
シャイナは、なんだかんだ言いながらも身内には優しい沙織が自分の家族として接している星華なのだから、彼女もまた沙織と同じように身内には優しい娘なのだと普通に思っていた。
そんな彼女が今、シャイナの目の前で感情のこもらない瞳で実の弟を興味なさそうに見ていた。
──ゴクリ。
自身でも意識せずに鳴った喉の音で、シャイナは立ち竦んでいた自分に気づいた。
シャイナはいつの間にか全身にかいていた汗が妙に冷たく感じて身震いをする。
「ふふ、もちろん星矢が無事に帰ってきてくれた方が私個人としては嬉しいですよ」
そんなシャイナの状態に気づいたのか、星華はこの場を取りなすように微笑むとシャイナ好みと思われる言葉を口にする。
「……ああ、やっぱりそうだよね。あたしも犠牲なんか出したくないからね。向こうでは頑張るとするよ」
自分を見つめるどこか歪な光を放つ星華の瞳に恐怖を感じたシャイナは、自分の声が震えていない自信がなかった。
*
星華は孤児だった。
彼女が物心ついた頃には弟の星矢と孤児院にいた為、両親の顔も覚えていない。
その頃の孤児院は今とは比べ物にならないぐらいに劣悪な環境下にあり、気の強い星華ですら未来に希望が見出せない毎日を過ごしていた。
そんな最低な日々だったが、唯一の心の拠り所の星矢がいたお陰で、星華は絶望だけはせずに生きることが出来ていた。
だが、そんな大事な星矢をある日突然孤児院に現れた金持ちの爺さんが連れて帰ると言い出した。
星華は当然の如く反発したが、経営難だった孤児院は金持ちの爺さんが資金援助という名目で提示した “星矢の値段” に喜んで首を縦に振ってしまう。
星矢を奪われた星華は絶望しそうになるが、泣き喚きながら連れていかれた星矢の姿を思い出すと、自分しか星矢を助けられる人間はいないと気力を奮い立たせた。
星華は院長室に忍び込み、星矢を奪った爺さんの正体が分かる書類を探し当てる。
“グラード財団総帥”
それが爺さんの正体だった。
世事に疎い星華ですら聞いたことのある名称に彼女は怯みそうになるが、星矢の泣き顔を思い出すと再び気力が湧き立った。
星華は爺さんが住む城戸邸に向かう。
空きっ腹を抱えた星華にとって、その道のりは遠く厳しいものだったが、きっと連れていかれた星矢は自分以上に辛い状況に違いないと、星華は歯を食いしばりながら頑張った。
やっとの思いで城戸邸に辿り着いた星華は、その高い塀にしがみつく様にしながら登っていく。
何度も滑り落ちながらも星華はやっと塀の頂上に手が届く。
──星矢! 今、助けるからね!
そんな必死な思いで城戸邸内に忍び込んだ星華が見たのは、大きな庭で行われているバーベキューの肉に喰らい付く大勢の子供達だった。
星華は想像とは全く異なる光景に呆気に取られる。
城戸邸では虐待されているはず。そんな思い込みを抱いていた星華は混乱した。
混乱する星華のもとにバーベキューの煙が流れてきた。
美味しそうな焼肉の匂いが、星華の空きっ腹を刺激する。
“グーキュルキュル”
星華は何故か泣きたくなった。
星華が見たこともない大きくて美味しそうな肉を嬉しそうに食べている星矢を見つけた時には、あんなに大事に思っていた星矢に対して怒りすら湧いた。
──孤児院に帰ろう。
もう星矢には私がいなくても大丈夫なのだと星華は思った。
自分の頬を伝う涙に気付きながらも星華は心の中で星矢に別れを告げる。
最後に星矢の姿を目に焼き付けようと目を向けると、星矢は相変わらず夢中で肉にかぶりついていた。
少しムカついた星華は、落ちていた小石を拾うと星矢に向けて投げた。
「イテッ!? 誰だよ、石を投げたのは!」
見事命中した小石に星矢は文句を言うが、当然ながら周りは反応せずに凄い勢いで肉を食べ続けている。星矢もすぐに負けるものかと肉を食べるのを再開した。
そんな星矢の様子に星華は口元だけでクスリと笑うと、その場を後にした。
それからの星華は、星矢のいない寂しさを紛らわせるために全てに対して全力で取り組むようになった。
孤児院の手伝いに年下の子の世話、そして学校の勉強と運動も頑張った。
品行方正で学業も優秀。それが星華の評価となった。
だけど、星華の心の隙間は埋まらなかった。
星華自身も自分が精神的に星矢に依存していた事は理解していた。
だからこそ、一人でも大丈夫になろうと頑張ってきたが無理だった。
──もう一度だけ星矢に会おう。そして、ちゃんと別れを告げよう。
思えば、星華は星矢と二度の別れを経験したが、二度ともちゃんとした別れではなかった。彼女は改めて星矢とちゃんとした別れをして自分の心に折り合いをつけようと考えた。
そうと決めれば星華の行動は早かった。
城戸邸まで一目散に駆けていった星華は、以前とは段違いの身のこなしで塀をよじ登った。
「とうっ、着地!!」
塀の頂上から飛び降りた星華は見事な一回転を見せながら着地を決める。
“パチパチ”
拍手が聞こえた。
星華は驚いて拍手の聞こえた方向に顔を向ける。
「あなた凄いのね! 塀から飛び降りる女の子なんて初めて見たわ!」
そこには絵に描いたようなお嬢様が、その頬を興奮で赤く染めながら立っていた。
これが、生涯を共にすることになる二人の初めての出会いであった。
*
星華とお嬢様は不思議とウマが合った。
気の強い星華と我儘なお嬢様。
普通ならば反発しそうなものだが、わんぱくな星矢を可愛がっていた星華にすれば、我儘なお嬢様すら可愛い年下の女の子でしかなかった。
お嬢様の方は既に超能力の片鱗に目覚めていた。その為、無意識に他人の心に触れてしまいその隠された本心を感じ取るせいで人間不信に陥っていた。
そんな状況で突然出会った星華からは嫌な気配を感じなかった。それどころかお嬢様にとって唯一安心できる祖父のような温かいものを感じた。
そうなれば、我儘なお嬢様は星華を手に入れようとするに決まっていた。
お嬢様は、星華本人には泣き落としで了承させた。まあ、星華はお嬢様の嘘泣きには気付いていたようだったが、仕方ないなあ。といった感じで了承していたので問題ないだろう。
その他諸々の事は、孫馬鹿の祖父に丸投げした。もちろん二つ返事で祖父は引き受けた。
それからの日々は二人にとって幸せな日々だった。
たとえそれが、互いの寂しさを慰め合うような、悪く言えば傷を舐め合うような関係だったとしても、二人にとっては温かい関係だった。
途中、お嬢様の祖父が亡くなるという悲しい出来事もあったが、悲しみを怒りに変えて生きよ。という某暗殺拳の使い手の言葉を実践したお嬢様は乗り越えられた。
そして、二人で過ごす日々が続けば自然と役割分担というものが出来上がる。
お嬢様が破天荒な言動をする。それを星華が諌める。
俗に言うボケとツッコミだ。
それが二人の予定調和だった。
だが、その日は不測の事態が起こった。
大きなイベントがあるというのにお嬢様が不在だったのだ。
星華は普段通りに真面目に務めを果たす。だが、普段通りに破天荒な言動でボケてくれるお嬢様がいなかった。
星華が発する言葉には、常識的な言葉が返ってくるだけだった。
──なんだか物足りない。
そんな風に星華が思ってしまっても仕方ないことだろう。
だから彼女は慣れないボケ役を演じてみることにしてみた。
そうすれば、自分に似た性格の目の前の女性は、きっと普段の自分のように突っ込んでくれるだろうと考えた。
お嬢様のいない寂しさが紛れることを期待して、星華はいつものお嬢様のようにブラック成分を含んだツッコミ要素の多い言葉を口にした。
──それが必要ならば、デスクイーン島をこの地上から消し去ろうと、青銅聖闘士達を全て使い潰そうと構いません……
星華は『物騒な事を言うんじゃないよ!』などといった突っ込みが返ってくると予想していたが、何故か目の前の女性に普通に引かれた。
予想外の反応に星華は内心では慌てたが、お嬢様ならこう続けるはずだと思う言葉を口にした。
──別に星矢も使い潰しても構いませんよ……
思いっきり目の前の女性に引かれた。
星華は、自分にはお嬢様のようなユーモアのセンスは無いのだと気付いた。
星華は諦めて真面目な返答をする。内心では、やはりボケ役ではお嬢様には敵わないなと、ボンヤリと考えながら。
── ふふ、もちろん星矢が無事に帰ってきてくれた方が私個人としては嬉しいですよ。
理不尽にも目の前の女性に怯えられた。
心の距離が離れた気がする。微かに震える女性を見ながら星華はそう思った。
お嬢様のいない寂しさが身に染みる。そんなある日の出来事だった。
沙織「うふふ、必要とあらば彼の地に住まう生きとし生けるもの全てを殲滅しても構いませんわ。そう、障害の全ては打ち砕きなさい。このグラード財団総帥の前に道はなく、わたしの通った後にのみ道は存在することが許されるのです。たとえ、デスクイーン島を更地に…いいえ、地上の全てを破壊し尽くそうと、我が望みの為ならこの世界はその身の破滅すら喜んで受け入れることでしょう。生物はその命の灯火をわたしに捧げ、無機質は捧げる灯火無きことを嘆き悲しむ事でしょう。全ての灯火はわたしの所有物なのですからね。地上を埋め尽くす灯火は全てわたしを輝かせるためのスッポライトなのですよ。さあ、お行きなさい。そして、全てを粉砕してでも使命を達成するのです! と、このぐらい分かりやすいブラックジョークでないと、真面目なシャイナお姉様は本気にされてしまいますよ?」
星華「なるほど、流石は沙織お嬢様です。途中から意味不明な言葉が混じり出すのでジョークだと分かりやすいですね」
沙織「うふふ、そうでしょう」
シャイナ「……魔鈴、あんたさっきの沙織の言葉がジョークに聞こえたかい?」
魔鈴「……沙織から滲み出てた禍々しい小宇宙から彼女の本気度が分かった。だから3秒で任務を行う覚悟を決めたよ」
シャイナ「……あたしもだ」