もしもの世界を生きる彼女と   作:マーマレードタルト

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1章【Not choose the world 】
掴んだもの掴めなかったもの


最近アークスシップに1つの像が出来た。

 

その人は身を賭して深遠なる闇の復活を阻止した、偉大なる英雄だと言う。

 

その英雄をみんな知っている。

それはその人にとってセンパイであったり後輩であったり、相棒であったりと様々だが、一貫して大切な仲間だった。

 

勿論最初は皆悲しんだ。それはもうアークスシップ全体のムードが暗くなり業務に支障をきたすくらいには悲しんだ。

 

だがその内の誰かが言った。その英雄が救った世界、私達が守らなくてどうする、と。

 

そんな意志はアークス全体に広がり、皆やる気に満ちている。

 

 

「彼は居なくなった後も皆にいい影響を与えるのか…ホント、凄いや」

 

ショッピングエリア中央、噴水広場でアークスの近況を振り返る青髪の少年。彼はシャオ。本人曰くシオンの弟であり子供のようなものらしい。

 

「あ、シャオくん」

 

そこへ白とも銀とも見える髪色を持つ少女が現れた。彼女はマトイ。

ダークファルスとの戦いを英雄と共に戦い抜いたアークスだ。

 

「やぁ、マトイ。調子はどうだい?」

 

「溜め込んでたダーカー因子も綺麗サッパリ無くなって絶好調だよ」

 

「それは良かった。あ、でもだからって出撃はダメだからね?」

 

「もう、わかってるよー。フィリアさんにも絶対安静を言いつけられてるし…今日の散歩だって……えへへ」

 

「まったく…マトイも英雄さまもいっつも無茶ばっかするからね。サポートする側にもなってほしいよ」

 

彼女の担当医が物凄く渋い顔で許可を出したのを思い出して思わず苦笑いするマトイを見て釣られて苦笑いするシャオ。

 

「ダークファルスも深遠なる闇も今は存在しない。その内ダークファルスは復活したり新たに生まれるかもしれないけど、とりあえず今は平和なんだ。マトイが戦わなくても大丈夫さ」

 

「うん…でもせっかく守ってもらった世界だもん。私も頑張らなくちゃ…」

 

「勿論そのうちマトイにも出撃してもらうさ。ダーカーはまだまだたくさんいるからね。」

 

でも、と一拍開けてシャオは続ける。

 

「マトイは頑張り過ぎだ。頑張り過ぎた結果がこの前の事件だ。少しは僕たちを信じて任せてはくれないかい?」

 

「そ、うだよね。もう一人で頑張る必要はないんだもんね」

 

「だから今のマトイの仕事はしっかり休むこと。わかった?」

 

「はーい」

 

「あ、そうだ。武器はともかく新しい服なんだけど、申し訳けどもうちょっと待ってもらえるかな?」

 

「うん、わかった。カスラさんに貰ったこのシャツ、着心地がいいから大丈夫だよ」

 

そう言ってその場でクルリと回るマトイ。

そのシャツにしまむらと書かれているのを彼女が知るのはまだ先の話である。

 

「あぁ、そう言えばハルコタンのスクナヒメが心配してたよ?こちらからだいたいの顛末は話したけど、やっぱり話さないと不安になるんだろうね」

 

「あ、そうだね。あとで連絡しておくよ。それじゃそろそろ戻るね」

 

また怒られちゃう、とシャオに笑いかけ去っていくマトイの表情は笑顔のはずなのに、何故か不安をシャオは感じたのだった。

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

「そうか、あやつは逝ってしまったのじゃな」

 

「うん。最後に泣くな、笑えって言われたよ」

 

「なんともあやつらしい…」

 

通信ウィンドウに映る、半ば呆れながら笑みを浮かべるのは黒と白の髪を持つ惑星ハルコタンの神とも言える存在スクナヒメだ。

 

「それでマトイ、これからどうするのじゃ?マトイさえ良ければハルコタンで暮らさぬか?」

 

ハルコタンでダークファルスと戦っている時、同じ誘いを受けた事がある。多分それは凄く幸せな生活なんだろうな、とマトイは思う。

辛く厳しい戦いで心身を削る事も無く友達と過ごす楽しい毎日。

 

「ありがとうスクナヒメ。でもごめんね」

 

それでもマトイはその選択肢を取らない。取ることが出来ない。

 

「どうしてじゃ?もうダークファルスは居ないのじゃろう?無理してマトイが戦う必要はないだろうに」

 

「うん。でもやっぱり私この世界が好きだから守りたいんだ」

 

救える力を持つ者として、ただ見ているだけは他でもない自分自身が許せない、そうマトイは感じている。

 

「マトイよ。そなたは、なんのために戦うのじゃ?」

 

以前にも投げかけられた問いかけ。

あの時は守りたいから守る。そう答えた。何を守っているのか、何を守りたいのか…それさえあやふやなままに。

 

「私は……」

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

通信を切り、少しばかり暗くなった部屋でマトイは椅子にもたれつつ天井を見上げていた。

 

「私が戦う理由」

 

そっと呟き部屋を見回す。

一人で住むには少し広過ぎるように見えるこのマイルームは、元々マトイのものではなく別の人物のマイルームだ。

かつて、記憶も身寄りも何もなく困っていたマトイに、「拾ったのも何かの縁、ここに住めばいい」と言ってくれたのが始まりだ。

それから、マイルームの一室をマトイの為に用意してくれたり家具も調達してくれたりと凄く世話になったのをマトイは覚えている。

 

アークスになって稼げるようになってからは二人で家具を選んだり、模様替えしたりと色々な思い出がある。

 

だが、その部屋主も今はもう居ない。ここにはマトイしか居ない。

視線を手元に落とす。

その手には煤汚れたアークスカードがある。

 

「一番大切で大好きな人を守れなかった私に何が守れるんだろうね」

 

誰に言うでもないその言葉は、広い部屋にとけて消えていった。

 

 

 


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