東京レイヴンズIF~大鴉の羽ばたき~   作:ag260

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第十五幕 人生の選択

 

 

 

俺は走っていた。

 

外灯の明かりしかない薄暗い県道をただひたすら走っていた。

嵐による強風と濡れた道路に足を取られ、何度も転びながらも休まずただ走った。

 

だが、ただがむしゃらに走っていたわけではない。

しっかり目的地を考えて走っている。

 

走っている途中、考えることは北斗の事のみ。

北斗は、出会った時から不思議な女だった。

北斗と言う名前しか教えなかったり、住んでいる場所どころか通っている学校さえも謎だった。

 

しかし、そんなことは百も承知で俺と冬児は、つるんでいた。

北斗から悪意は感じなかったし、数回北斗と遊んだら疑う事すらしなくなった。

北斗は、ただ純粋に楽しんでいた。俺や、冬児と一緒にいることを単純に楽しんでいただけだった。

 

その北斗はついさっき消えた。

一枚の形代を残して。

 

あいつは、式神だった。

あいつは偽物で、本物の北斗は他にいる。そう考えたくもなった。

 

けど、最後に北斗自身が言った。『…黙ってて、騙して…ごめん』と。

 

騙されていただけなのか、俺は?

冬児と三人で遊んでいたときのあの笑顔も。

 

祭りの夜、喧嘩して流したあの涙も。

全部演技だったのか?

 

違う!!

あの時の笑顔や涙は、全部北斗の心からの感情だったはずだ。

 

そして北斗の最後のあの言葉も

『春虎。ぼくは、君が、好き』

 

もうどのくらい走っただろうか。

体は汗か雨かもしくは、両方でびしょびしょに濡れている。

 

水分を吸って重くなった服が体に纏わりついて走りにくい。

それでも俺は、足を止めなかった。

目的地はもう、視界に収まっているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

外部の者を拒絶するような厳めしい木製の門。

周りに外灯は無く、門の左右にかけられた提灯の火が怪しく光を放っている。

表に出ている表札に書かれた名前は

 

『土御門』

 

もちろん土御門と言っても俺の家ではない。

ここは、土御門宗家の屋敷。夏目の実家だ。

 

その門の前に俺はいた。

 

手の中にある形代をそっと握りしめ、門を開ける。

開けた先には長い石段があった。急な勾配の石段の先は完全な闇。

 

 

しかし目を凝らすと、遠くに小さな明かりが二つ灯っている。

俺は、そこを目指しゆっくりと石段を上った。

 

 

石段を登りきった場所には、外構えの門があった。

門の両脇には、光を放つ提灯が掛けられている。

 

門は開けられていた。

 

そして、門の向こうには土御門宗家の屋敷が見える。

 

「ここに来るのも久しぶりだな」

 

この屋敷には、夏目と疎遠になって以降一回も来ていない。

 

屋敷に明かりはついていなかった。

夏目は無事に帰っているのだろうか。そう不安に思った時、

 

「――鍵ハ開イテイマス。桔梗ノ間ニ――」

 

そう聞こえた。

 

周りを見渡したが人の姿は見当たらない。

インターフォンの様なものも無い。

 

幻聴とも思ったが違う。

俺の鼻先を一匹の蝶が羽ばたいている。

 

いや、正確には蝶のような何かだ。

目の前の蝶からは生きているものの気配がしない。

おそらく夏目の式神だ。

 

蝶はゆっくりと屋敷の中に向けて飛んでゆく。

ついてこいって事か。

 

 

玄関を上がり、廊下を進んだ。

ずぶ濡れなのが気になるが、タオルの場所も分からないので放っておく。

 

 

屋敷の中は、真っ暗だったが、目の前を飛ぶ蝶が淡い燐光を放っているので迷うことは無かった。

 

俺は、蝶と自分の記憶を頼りに廊下を進む。

やがて廊下の奥に、かすかな明かりが見えた。ふすまの隙間から光がもれている。

 

 

蝶はその部屋の前でゆらゆらと漂っている。

ここが目的の桔梗の間なのだろう。

俺は近づきふすまを開けた。

 

漏れていた明かりは、ろうそくの火だった。

部屋の中は、。二十畳ほどの広さで奥に小さな祭壇があった。

 

そのほかにも用途は分らないが、様々な呪具らしきものが飾られている。

夏目はその部屋の中央に座っていた。

 

夏目は喫茶店に来た時の服装から着替えていた。

 

白い小袖に緋い(はかま)所謂(いわゆる)巫女装束(みこしょうぞく)に身を包んでいた。

 

「…夏目」

 

俺が声をかけると、ゆっくりと夏目は顔を上げた。

夏目の傍らにさっきの蝶が寄ってきて、一枚の形代に戻った。

 

やはり夏目の式神だったらしい。と言うことは、

 

「霊力は戻ったのか?」

「はい。全快とは言えませんが今晩だけなら大丈夫でしょう」

「ってことは、祭壇を守りに行くんだな」

「……」

 

それは、無言の肯定だった。

しかし、無言だからこそ夏目の覚悟の深さを思い知った。

 

「…春虎君こそ、ひどい格好ですが、怪我はないんですか?」

「怪我は無い。ただ、ここまで走ってきただけだ」

「走って――」

 

さすがの夏目もここまでの距離を走ってきたとは思わなかったようだ。

まあ、俺もランナーズハイ状態になってたから、疲れの自覚は無いんだが。

 

 

夏目は無言で俺にタオルを差し出してきた。

俺はそれをありがたく受け取った。

 

「…悪かったな。意識の無いお前を、一人で帰して」

 

タオルを頭から被って、夏目に謝った。

 

「本当です。状況は、運転手の方から聞きました。けど、目を覚ました時は本当に驚いたんですよ。喫茶店でもあれほど言ったでしょう。なのにどうしてあなたは、無茶ばっかりするんですか」

 

どうも本当に怒っているみたいだ。声にいつもの棘がある。

しかし、今の俺にはその説教が少しうれしかった。

 

「…ほんと最低だよ。俺は」

 

実際、俺が無茶をしたせいであんな事になっちまったんだから。

 

「………」

 

力の無い俺の声に、夏目の説教も止まる。

それから少し表情を改め、

 

「『神童』と呪捜官の戦いを見届けるためにあの場に残ったのでしょう?その様子からすると、あまり良い結果は出なかったみたいですけど」

「…ああ」

 

俺は床に座り込んで鈴鹿と呪捜官の戦いの結果、それに鈴鹿の持ち出した『装甲鬼兵(そうこうきへい)』の事、鈴鹿との会話、鈴鹿を説得しようとしたこと、その顛末。

 

迷ったが北斗の事も話した。

 

全てを話すと時間がかかりすぎるため、自分が見たことをそのまま話した。

北斗がいかに大切な親友だったかということも。

 

夏目は、俺が話し終えるまで一言もしゃべらず話に耳を傾けていた。

そして、俺が話し終わった後一度だけうなずいた。

 

「……そうですか。彼女は『装甲鬼兵』まで持ち出しましたか」

「知ってるのか?」

「名前ぐらいなら。おそらく研究用に保管されていたものを使ったのでしょう。本来は、一人で動かせるような代物では無いんですけど…さすがは『神童』です」

「倒す方法はあるのか?」

「分かりません。分かっているのは、それが極めて困難だということです」

「それでも『責任』は果たす――だろ」

「…ええ」

 

その返事は短くとも強い決意のこもった言葉だった。

 

 

夏目の強い意志を感じるたびに思う。

どうしてこんなにも、自分と違うのだろうか。

 

子供のころは、俺の方が兄貴分だったのに。

 

いったいいつの間に、夏目はこんなにも強くなったのか。

土御門家の人間としての責任。次期当主としての責任。周りからかかる様々な重圧。

 

俺だったら耐えられない。

 

夏目がこんなにも強い理由。『責任』に以上にこだわる理由。

それは、ひょっとして夏目が夜光の―――

 

「ヌアアアアアアアア!」

「っど、どうしたんですか!?」

「…いや、考えすぎで頭が熱暴走しそうになって」

「ま、まったく。春虎君は昔から頭で考える人じゃないでしょう。そりゃ考えなさすぎってのもいけませんけど、人には向き、不向きがあるんですから」

「そっか・・・そうだよな」

 

そうだよ。考えてわからなければ目の前の本人に聞くしかねーよな。

 

 

「夏目」

「な、なんですか。言っておきますけど、春虎君がどう言おうと、私は祭壇を守りに行きます。それが次期当主の責務でもあり、土御門家の人間としての責任なのですから」

「…それだけか?」

「え?い、いや、もちろん『泰山府君祭(たいざんふくんさい)』は危険な儀式ですから――」

「夏目。お前がそんなにも『責任』にこだわるのは、お前が夜光の生まれ変わりだからか?」

 

俺の言葉を聞いた夏目は一瞬驚いたが、直ぐに表情を引き締めた。

 

「…知っていたんですね」

「…で。どうなんだ?」

 

 

俺の質問に、夏目は俺の目を真っ直ぐ見つめ返し、答える。

 

「私には、私が夜光の生まれ変わりかどうかは、分かりません」

「夜光の記憶が一切ないって事か?」

「はい。そもそも、夜光が本当に転生したのかさえ今の陰陽術じゃ確かめることはできません。……春虎君は私の噂を知っているんですよね?」

 

「今日初めて知ったんで詳しくは無いが」

「私もどんな噂がどのくらい広まっているのか正確なことは知りませんが、私が生まれる前からこの噂はあったようです」

「生まれる前から?」

「ええ。少なくとも私が物心ついた頃から、私が夜光の生まれ変わりだと言う噂は存在していたようです」

「…そうだったのか」

 

 

今初めて知った幼馴染の闇。

夏目は単に次期当主と言うだけじゃなく、生まれた時から『夜光の生まれ変わり』として見られてきたんだ。呪術界の禁忌(タブー)として。

土御門の闇そのものとして。

 

それは果たしてどんな十六年間なのか。俺には、想像もつかない。

 

「…土御門宗家に生まれ、次期当主に決まり、夜光の生まれ変わり『かもしれない』のが私なんです。だから私は、彼女を見過ごせない。見過ごしてしまえば、私は私を否定することになる。私自身の立場を」

 

夏目は言い終わると薄く笑った。

その笑みは、飾ることの無い心からの笑みだった。

ただしそれは、自嘲の笑みだった。

 

 

「私には『私』が無いんです。今持っているものは全て周りから押し付けられたものばかり。周りの期待する通りに自分を演じてきました。私の意思で成し遂げたことなどありません。もしかしたら私は、形代だけで魂の無い、式神みたいな人間なのかもしれません」

 

夏目の儚い告白が胸に突き刺さる。

形代だけで魂の無い式神。この言葉から真っ先に思いついたのが北斗の事だった。

 

北斗は式神だった。けど、あいつに魂が無いとは考えられない。

それに対し、夏目は自分の事を人間なのに魂が無いと言う。

 

人間の様な式神と、式神のような人間。

 

「バカ言ってんじゃねーよ」

「……っ!?」

 

俺の言葉に夏目は、びくりと肩を震わせる。

 

「自分には自分が無い?なに言ってんだ。人見知りが激しい、頑固、理屈っぽい、説教魔――これが全部周りから期待されたお前かよ?」

「なっ!そ、そんなこと…」

 

夏目は顔を真っ赤に染め、咄嗟に反論するも言葉が続かなかった。

どうやら自覚はあったみたいだ。

 

 

「それにな、式神には魂が無いみたいなことを言ってたが、俺はそうは思わん。さっき話した北斗って奴は実は式神だったんだよ。だけど俺にはあいつに魂が無いとは思えないんだ。あいつは何時だって自分の意思で怒って、泣いて、笑ってたよ」

「は、春虎…君…」

「…あとこれだけは、言っておく。土御門宗家に生まれ、次期当主に決まり、夜光の生まれ変わり『かもしれない』これがお前なんじゃない。これもお前なんだ」

「……え?」

「今言ったのはお前のほんの一部にしか過ぎないんだよ。自分が無いとか悩んでるのもお前。人見知りが激しくて、頑固で、理屈っぽくて、説教魔これも全部お前だ。ほかにもいっぱい有るだろうし、まだまだ増える。そういうの全部ひっくるめてお前だよ」

「……はい」

 

 

夏目は素直にささやいた。

 

 

「最後にもう一つ。……俺の幼馴染はお前だけだよ」

「っーーーー!?」

 

最後の一言を言った瞬間、夏目の顔が真っ赤に染まる。

あれ?すべった?結構いいこと言ったと思ったのに。

 

「な、夏目?大丈夫か、顔が真っ赤だぞ?」

 

夏目の額に手を当てようと手を伸ばしたら、夏目は俊敏な動きで身を引いた。

 

「だ、大丈夫です!」

「でも、顔真っ赤だぞ?」

「い、いつもの事ですから。ほ、ほっといてください!」

 

夏目の鬼気迫る迫力に俺も身を引く。

もしかして俺、嫌われてる?

 

「そ、そんなことありません!」

「お前も、俺の心読めるのか!?」

 

お、俺のプライバシーは……

 

 

俺は一度大きく息を吸った。

今から俺の人生を変える一世一代のイベントを起こすからだ。

 

「夏目。頼みがある」

 

俺の改まった雰囲気と口調を察した夏目が表情を硬くさせながら言う。

 

「な、なんですか。春虎君が何と言おうとも、私は祭壇を守りに行きます。それも『私』ですから」

「ああ、それは分ってる。俺も止めやしないさ」

「ど、同行も許可できませんよ。一度説得に失敗したのでしょう?だとしたら、尚更危険です。あなたを連れて行くことは、できません」

「違う。頼みごとってのは…」

 

俺は手の中の形代ゆっくりと握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夏目。俺を式神にしてくれ」

 

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