東京レイヴンズIF~大鴉の羽ばたき~   作:ag260

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第十八幕 死闘の果てに…

 

 

 

勝った!

 

 

そう俺は、いや、俺たちは確信した。

夏目の攻撃に鈴鹿は対応できず、モロに喰らうはずだった。

そう、はずだったんだ。

 

 

「『土蜘蛛』っ!!」

 

鈴鹿が己の式神の名を叫ぶと鈴鹿と夏目の中間の位置にある地面が盛り上がり、割れ、鋼鉄の脚が飛び出してきた。

 

まさか、土の中から!?

 

「キャ!?」

 

夏目の短い悲鳴が聞こえた。

 

「大丈夫か!?」

「は、はい、何とか」

 

直前で『雪風』が察知し回避してくれていたようだ。

さすが先輩。頼りになるぜ。

 

 

「――っ!?ぐっ」

 

夏目たちの方に気を取られている隙に、『阿修羅』に押し返され、後方に弾かれた。

 

「大丈夫ですか、春虎君!?」

 

『雪風』に乗った夏目が『土蜘蛛』に注意を払いながらも旋回してこちら側に来た。

 

「ああ。だが、厄介なことになったな」

 

この隙に『土蜘蛛』は土中から全身を現した。

 

 

「ふん。中々いい作戦だったけど、残念。あんた達はそこでお兄ちゃんが生き返るのを見てればいいわ」

 

鈴鹿が凄惨に笑いながら言う。

 

「死人を生き返らせるのなんて不可能です。いいえ、試すべきでは無いんです!」

 

夏目が凛とした声で割って入る。

鈴鹿はたちまち不愉快そうな視線を夏目に向ける。

しかし夏目はあくまで、整然とした態度で続ける。

 

 

「現在の陰陽術は、魂に関する呪法を全て禁じています。それは、土御門夜光の件はもちろん、それ以上に人が関わって良い領域では無いからです!」

「ハア?あんた何様よ。ってかあんたも土御門の人間?誰だか知らないけど黙ってなさいよ!」

 

鈴鹿が怒りの形相と共に叫ぶも、夏目ははっきりとした口調で続ける。

 

「かつて人々の心には、神仏に対する確かな畏敬(いけい)の念がありました。 自然に対する感謝と畏怖。 人知を超えた存在への、理屈ではない信仰と真摯な祈りがあったのです。 だから効果があったとされているんです。 それは、その時代の人間が、その時代に行って初めて成立する代物です。 今を生きる人間が形だけを真似て良いものではありません!」

「どいつもこいつも……」

 

 

鈴鹿が低く唸る。

横から照りつける篝火が鈴鹿の顔に、禍々しい陰影を映し出す。

 

「『泰山府君祭』を祀ってきたのも、復活させたのも、全部土御門じゃない!自分たちは良くて、あたしは駄目って言うの!? ふざけんじゃねえよ!」

 

 

鈴鹿が叫ぶと同時に、今まで鈴鹿の背後で動きを止めていた『土蜘蛛』が動き出す。

 

 

「春虎君。こちらへ!」

 

俺は急いで夏目の後ろに跨り空へと飛ぶ。

空から全体を見渡すと、今まで黙々と準備を続けてた黒服の動きがピタリと止まったのが見えた。

 

「おい!なんかもう、準備終わってないか!?」

「――!?………まずいですね」

「鈴鹿!今すぐ儀式を止めろ!」

「黙れっ!あたしは土御門(あんたたち)より上手くやって見せる。 死にたくなけりゃ引っ込んでろ!」

 

 

鈴鹿はそう叫ぶと、呪文を唱え始めた。

 

「儀式を始めたのか!?」

「いえ、あの呪文は違います」

 

じゃあ、いったい何の呪文なんだ、と聞く前にその答えは明らかになった。

鈴鹿から吹き出す呪力の圧力に耐え切れず、黒服の簡易式がぐにゃりと形を崩し、近くにいた『阿修羅』に吸収された。

黒服の簡易式を取り込んだ『阿修羅』の砕けていた、四本の腕が修復されていく。

さらに『阿修羅』の背には蝙蝠(こうもり)の様な一対の黒い羽が生えていた。

 

 

「傷が治ってパワーアップって帰刃(レスレクシオン)かよ!?」

「そんな!?陰陽庁の人造式を、形代にも触れず改造した?」

 

俺が呟いている横で夏目が目を見開いて驚いている。

良く知らんが、どうやら凄い事らしい。

 

 

翼を得た『阿修羅』は一度身を屈め、反動をつけて闇夜に羽ばたいた。『阿修羅』は真っ直ぐこちらを目指している。

 

「来るぞ!」

 

夏目は手綱を操り何とか攻撃を回避する。

だが『阿修羅』はそのまま『雪風』よりも高く舞い上がり、高度を維持したまま頭上から攻撃を仕掛けてきた。

 

「くっ!」

 

『阿修羅』の猛攻に堪らず夏目は後退しようとした。

 

「止めろ!上下で挟み撃ちにするつもりだ!」

 

 

鈴鹿の意図に気が付き警告をするがすでに遅く、下で待ち構えていた『土蜘蛛』の脚が俺達を襲う。

夏目は急いで回避しようと手綱を引いた。

しかしその行動が、かえって『雪風』の行動を妨げた。

 

 

夏目より早く『土蜘蛛』の攻撃に気づき、回避行動に移っていた『雪風』の馬脚が手綱を引いたせいで乱れてしまったのだ。

 

マズイ!

 

『土蜘蛛』の攻撃が当たると判断した俺は、手に持っていた剣で迎撃した。

『雪風』から身を乗り出し、下から迫る『土蜘蛛』の脚に向かい剣を振り下ろした。

 

キィィン

 

甲高い音と共に、手に鈍い衝撃が走る。『土蜘蛛』の攻撃は間一髪で防げた。

弾いた『土蜘蛛』の脚を見ると剣による傷跡がクッキリと残っているのが見える。

 

 

「さっきも思ったが凄い力だなこの剣」

 

俺みたいな素人が使っても、『阿修羅』や『土蜘蛛』と渡り合えたのだ。その分霊力をごっそり持って行かれるが。

感心しながら剣を眺めていると、夏目が誇らしげな声で

 

「『護身剣』です。その中でもその剣は、土御門が特別に鍛えた一級品の霊剣なんですよ」

「え!?…………マジで?」

「ええ!それはもう、最高の一振りです」

「…………欠けちゃったんだけど…」

「うそっ!?」

「……マジ」

「クッ……ひ、非常事態です!この際折っても構いません!」

 

珍しく夏目が怒鳴った。しかし本当にいいのだろうか?夏目の焦り具合が半端じゃないんだが…。

 

 

その後も敵の挟撃は続いた。

夏目は精一杯手綱を操るが傍から見ていても、その手つきは危なっかしくハラハラする。

 

 

『護身剣』も下からの攻撃を弾く度に少しずつ確実に刃こぼれをしていく。

さらにこの『護身剣』のせいで俺の霊力も限界が近づいてきた。

 

「おい夏目!このままじゃ埒が明かないぞ!」

「そんなことは分っています!」

「じゃあ、お前も応戦してくれよ!」

「今、話しかけないでください!」

 

夏目は振り返りもしなかった。

『阿修羅』と『土蜘蛛』の連携に翻弄され、すごい形相で手綱を操っている。

 

 

コイツ普段は頭の回転早いのに修羅場に弱いな。

 

幼馴染の新たな一面を垣間見たが場合が場合なので笑えない。

 

 

俺が冷汗をたらし始めた時、

 

トーン、トーン

 

空気を割るような、軽い和太鼓の音が場に響いた。

音の鳴っている方向を見ると鈴鹿が祭壇で和太鼓を叩いていた。

 

「いけない!儀式を始めるつもりです。止めなくては!」

「待て夏目。上だ!」

 

焦って鈴鹿の元に向かおうとした夏目に上から『阿修羅』が襲いかかる。

 

慌てて手綱を操るが、それがまた『雪風』の馬脚を乱した。

『雪風』はとっさに前足を跳ね上げ、後ろ足で立つように上体を反らし『阿修羅』の攻撃をかわした。

 

 

「「あ」」

――状況――

俺は身を乗り出して『土蜘蛛』の攻撃を弾いていた。

 

『雪風』は上体を反らし『阿修羅』の攻撃をかわした。

 

現在地…上空十メートル以上。

 

夏目は手綱に掴まっているが、俺は掴まってない。

 

――結果――

 落馬

 

 

「えええええええええ!!」

「は、春虎君!?」

 

ヤバいヤバい!

さすがの俺でもこの高さから落ちたら死ぬって!

下にクッションになる様な物も無いしどうすんだよ!

 

 

俺がパニックになっていると上から

 

「『北斗』、お願いっ!」

 

上から夏目の声が聞こえた。けど、

 

「――なっ!?」

 

俺が耳を疑った時、俺の周囲に光が生まれた。

生まれた光は集い、形を成してゆく。

 

 

全長は十メートル弱、牡鹿の様な角と長くたなびく(たてがみ)が見える。

全身は黄金の鱗に包まれ、四肢は短いが鷹のように鋭い爪をもっている。

 

大きさこそ、イメージのものより一回り小さいが夏目が呼び出したものは、東洋の神話や伝説に登場する『竜』そのものだった。

 

竜は体をくねらせ、俺の下に潜り込んだ。

俺は、空中で体制を変え『竜』の背中になんとか着地した。

 

 

コイツ式神だよな?けど式神は式神としても…。

 

 

「『北斗』……だと?おいっ、なんなんだよ、この『竜』は!?」

 

頭上にいる夏目に向かって叫ぶが、夏目は『阿修羅』との攻防に手一杯のようで、焦りの混じった声で叫び返してきた。

 

「その子は、私の切り札です!古くから土御門の当主に仕えてきた由緒正しき使役式。今や数少ない現存する本物の『竜』です!」

 

 

使役式?そういえば、前に冬児が『現在主流の人造式とは違い、鬼や神獣等を式神として従えたものだ』とか言っていたような…。

しかし、よりによって名前が『北斗』って。

 

 

「なんでこんなすごい奴、最初から出さないんだよ!」

「まだ御し切れてないんです!式神には、なってくれましたが言う事を聞かないんです!」

 

 

夏目はそう言って『北斗』を苦々しく見る。

言うこと聞かないって、サトシのリザー〇ンかよ!

 

その『北斗』は主の小言などどこ吹く風と、いう様に眼下の『土蜘蛛』と祭壇を見下ろしている。

その眼差しは闘志に燃えている、と言うよりかは好奇心に満ち溢れている眼差しに思えた。

 

「確かに緊張感のない奴だな……」

 

 

「『北斗』、命令です!敵の式神を打倒しなさい!」

 

主の命令を受けた『北斗』は、『敵ってどいつ?』と尋ねるような仕草で夏目を見る。

だが、夏目が敵を知らせる前に『阿修羅』の方から攻撃を仕掛けてきた。

 

 

不意打ちを喰らった『北斗』は驚きながらも、素早く胴体を捻り攻撃を避けた。

……そう。俺の乗っている胴体を捻ったのだ。

 

 

「またかああああ!!」

 

『北斗』の体から投げ出された俺は、地面に向かって落下してゆく。

当の『北斗』は、襲いかかってきた『阿修羅』に腹を立てたのか、ヤル気満々っと言った感じである。

 

「あああああああ!」

「春虎君!!」

 

地面に激突する瞬間、『阿修羅』を『北斗』が相手をしている隙に駆け寄ってきていた夏目に助けられた。

 

 

「た、助かった。サンキュー夏ぶ!」

「春虎君!良かった!良かった~!」

 

よほど心配してくれたのか、もう離さない!と言わんばかりに抱きしめてくる。

 

いや、心配してくれたのはありがたいし、抱き着いてもらってる状況なんて最高なんだが時と場所を選んでほしかった。

なぜなら、

 

「な、夏目、前!前!」

 

目の前に『土蜘蛛』の攻撃が迫っているからである。

 

 

「うおおおおお!」

 

迫りくる『土蜘蛛』の脚に向かって何とか『護身剣』を振る。

夏目に抱き着かれながらの体勢から放ったため、上手く力が乗らなかったがなんとか『土蜘蛛』の脚を弾いた。

しかしその代償として、『護身剣』の全体にひびが入ってしまった。

 

使えて残り一回と言うところか……。

 

 

俺はいまだ抱き着いてくる夏目から抜け出し(ちょっともったいなかったが)夏目の背後から抱くように腕を回し手綱を握る。

 

「は、春虎君!?な、なにをこんなところで!?まだ心の準備が――」

「夏目、交代だ。俺が手綱を握るから、夏目が攻撃してくれ」

「――え?…あ、はい」(心なしか沈んだ声に聞こえた)

「良し、頼むぜ先輩」

 

俺は両足で『雪風』の胴を挟み手綱を振るった。

 

 

しかし、一度手綱を振るった後は主導権を『雪風』に任している。

最初の『騎英の手綱(ベルレフォーン)』も実は『雪風』にほとんど任せっきりだった。

 

なんせ、今いる味方の中で一番頼りになりそうなのがこの『雪風』だからだ。

 

他の面子(めんつ)といえば、自由奔放な『北斗』、もたつく夏目、素人の俺だ。

間違いなく『雪風』が一番頼りになる。

適材適所と言うやつだ。

 

 

その証拠に主導権を渡してからの『雪風』の動きは見違えるほどに良くなった。

 

上から降り注ぐ『土蜘蛛』の脚を縫うように避けてゆく。

頭上を見上げると、はるか上空で『北斗』と『阿修羅』の一騎打ちが行われている。

 

状況は、『北斗』が圧倒的優勢だった。

縦横無尽に空を泳ぐ『北斗』の動きに『阿修羅』は対応できていない。

勝負は時間の問題のようだ。

 

これでこっちは『土蜘蛛』だけに集中できる。

 

 

「けど、こっちも剣がコレだしな」

 

『護身剣』はひびが入り一回使えば砕けるだろう。

 

「夏目、なんか武器は無いか?」

「あ、あります。春虎君、弓を持ってませんか?」

「弓?……ああ、確か(きゅう)の中に」

 

背中の笈に手を入れ、弓を取り出し夏目に渡す。

 

「けどそれ、矢が無いぞ?」

 

俺も武器になるかと思ったんだが矢が無かったから使わなかったんだが。

 

 

「いえ、これに矢は必要ないんです。これは『桃弓』と言って桃の霊木から削り、呪力を練りこんだ弓で敵に向かって引くだけで霊力の矢を飛ばしてくれるんです」

 

滅却師(クインシー)みたいなだな。だから矢が無かったのか。

 

「しかし、『桃弓』では、『装甲鬼兵』に決定打を与えられません」

「無理に倒す必要はない。弓で牽制して、その隙に鈴鹿を叩く。とにかく儀式を止めちまえば良い!」

 

さすがの『十二神将』も禁呪指定されるほどの儀式の最中は無防備だろう。

 

 

「りょ、了解です。けど、春虎君の主は私なんですから、私が指示を――」

「口閉じないと舌噛むぞ!『雪風』頼んだぜ!」

 

文句を言う夏目に注意を飛ばし、手綱を振るって一気に加速する。

『雪風』は恐れることなく、『土蜘蛛』に向かって駆ける。

 

「夏目、今だ!」

「は、はい!」

 

俺の合図を聞き、夏目が(あぶみ)に足をかけ矢を射るために腰を浮かせた。

が、その時『土蜘蛛』の鎧武者の頭部がこちらに向かって糸を吐き出した。

 

「飛び道具まで有るのか!?」

 

 

吐き出された一本の太い糸は幾つにも分裂し、呪力で操られてるのか一本一本がバラバラに動き、俺達を絡め取ろうと迫ってくる。

 

俺は前にいる夏目を抱き込む様に姿勢を低くし、雪風の手綱を強く握った。

 

「わ、え、な、春虎君!?」

 

もがく夏目を力ずくで抑え込む。

俺達がしっかり固定したのを確認した『雪風』は、様々な角度から襲いくる糸を時には加速、時には旋回、時には切返しのターンで見事、全弾回避した。

 

「見たか!必殺、板野サーカス避け!」

 

まあ、俺は何もしてないんだが。

 

 

距離が縮まり『土蜘蛛』は遠距離の糸から、近距離の脚に攻撃方法を変えた。

 

「夏目、弓だ!」

「…………」

「夏目?」

 

返事が無いことを不審に思い、夏目の顔を覗き込むと、顔を真っ赤にした夏目が放心状態になっていた。

 

「おい、起きろ!夏目!」

 

夏目の肩を掴み前後に揺さぶる。

 

「……は!?ダメです!私たちはまだ学生なんですよ!」

「何のことだよ!?そんなことより弓だ。牽制してくれ!」

「え……?」

「早くしてくれ!」

「――――っ!?し、失言です!忘れてください!」

「分かったから、弓!」

「約束ですからね!」

 

 

そういうと夏目は、真っ赤な顔のまま『土蜘蛛』に向かって弓を引いた。

傍から見ればそれだけに見えるが、見鬼で視れば分かる。

 

夏目の持つ弓から、霊力で作られた矢が真っ直ぐ放たれたのが視える。

放たれた矢は『土蜘蛛』の脚に命中した。

 

しかし『土蜘蛛』は矢など意にも介さずこちらに攻撃を仕掛けてくる。

 

「やはり効きませんか」

「いや、当たった瞬間微かに動きが鈍ったように見えた」

 

良く見ていなければ見逃してしまいそうだったが、確かに矢が当たった脚だけ他の脚に比べ動きが微かに鈍かった。

 

「けど、怯む時間が短すぎます。とてもじゃありませんが通り抜けるのは無茶です!」

「クソッ!何かないのかっ?」

 

ほかに使えそうな道具が無いか背中の笈に手を伸ばして気づいた。

笈に何も入ってない。

 

「なんで!?」

 

そこでハッと気づいた。

 

さっきの旋回運動(板野サーカス)の時に落としたのか!

 

 

「……春虎君。手を出してください」

 

今まで黙って思案していた夏目が唐突に言った。

 

「…何か案があるのか?」

「私と春虎君、二人の霊力を弓に乗せ、放ちます。二人がかりならば、なんとか隙を作る程度なら」

「…頼むぞ」

「はい」

 

夏目の手に手を重ねる。

 

「手のひらに霊力を集中させてください」

 

霊力の集中の仕方が分からなかったので、『凝』をイメージしてやってみる。

 

「ーーっなんて霊力。さっきまで『護身剣』をあんなに振り回していたのに」

 

俺の手を取った夏目は小声で何かつぶやいた様だが、俺には聞こえなかった。

 

「夏目いけそうか?」

「え、ええ。これなら大丈夫でしょう」

「そうか。じゃあ、頼む!」

「はい!いきます!」

 

夏目は再び『土蜘蛛』に向かって矢を放った。

しかし、放たれた矢は先程の矢と全く違った。

 

先程の矢と決定的に違ったのは大きさだった。

巨大なのだ。

 

先程の矢と比べても三倍以上の大きさがあった。

そして形状も若干変化していた。

 

先程の矢は、洗練された形の儀式などに使われる矢、と言うイメージを持ったが今放った矢は、全く違うイメージを持った。

 

荒々しく、敵を射るためのみに造られた弓兵の矢のようだった。

 

 

放たれた矢は凄まじい速度で『土蜘蛛』向かい、胴体の部分に命中した。

命中した瞬間、今までの攻撃ではびくともしなかった『土蜘蛛』が大きくよろめき『ラグ』が発生した。

 

今までとは違い、明らかにダメージを受けている。

 

「春虎君、今です!」

「応!」

 

合図とともに手綱を振り、『雪風』を加速させる。

『ラグ』の硬直で動けない『土蜘蛛』の横を『雪風』が駆け抜ける。

 

 

駆け抜けた直後、硬直から立ち直った『土蜘蛛』が振り返り、脚を振り下ろしてくる。

上から降ってくる脚をかわしながら、引き離そうとするが中々振りきれない。

無理もない。『騎英の手綱(ベルレフォーン)』での衝突や、無理な旋回運動(板野サーカス)での回避行動。

 

『雪風』の体力も限界に近いのだ。

 

 

「ぐあっ!」

「キャッ!」

 

『土蜘蛛』の攻撃が『雪風』をかすめた。

致命傷ではないが、そのせいで『雪風』の体勢が崩れてしまった。

 

その隙を見逃さず、『土蜘蛛』が渾身の一撃を振り下ろしてくる。

 

「しまった!」

 

咄嗟に剣で防御しようとするが間に合ない。

 

 

しかし、『土蜘蛛』の鋼鉄の脚が俺の体に触れることは無かった。

 

攻撃が直撃する寸前、横から飛び出してきた『北斗』の鋭い牙が『土蜘蛛』の脚を食い破ったのだ。

『北斗』の後方に『阿修羅』だった残骸が紙片に戻るのが見えた。

 

どうやら『阿修羅』との戦いを制し、こちらの援護に来てくれたようだ。

さすがの『土蜘蛛』も脚を食い破られ、苦悶の声を上げている。

 

「『北斗』ここはお願いします!」

 

主の声に答えるように、尻尾を大きく一度振り、再び『土蜘蛛』に向かってく。

『土蜘蛛』も『竜』は無視できないのか、俺たちの追撃を諦め『北斗』との戦闘に入った。

 

 

「今のうちに!」

 

祭壇に近づくと、中央で鈴鹿が兄の遺体の前に(ひざまず)いていた。

 

「鈴鹿ああぁぁ!」

 

儀式を止めるべく、鈴鹿を取り押さえようと『雪風』から飛び降りた時、

 

「あんた達……なめすぎ」

 

冷たい声で鈴鹿が呟いた。

直後、鈴鹿の兄を包んでいた呪符が一斉に剥がれ、津波のようにこちらに押し寄せた。

 

「ぶはっ!」

 

飛び出していた俺は、抵抗する間もなく呪符に押し倒され、身動きが取れなくなってしまった。

どういう仕掛けなのか、力を入れてもビクともしない。

 

なんとか動く首で後ろの夏目たちを見ると、夏目たちも呪符に囚われ、地面に伏していた。

『雪風』も体力が尽きかけていて、呪符を振り払えそうにない。

 

 

「夏目、大丈夫か!?」

「はい!けど、身動きが…」

 

どうにかならないのか!?

 

「あんた達はそこで見てなさい」

 

鈴鹿は、おもむろに立ち上がった。

その足元には呪符が剥がれ、むき出しになった兄の遺体が見えた。

 

鈴鹿と変わらないような幼い少年。

肌の色こそ土色だが、それ以外は穏やかに眠っているようにも見える。

 

そして鈴鹿は最後の呪文を紡いだ。

 

「陰陽師、大連寺鈴鹿。謹んで泰山府君、冥道の諸神に申し上げ(たてまつ)る――」

 

 

 

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