~SIDE???~
四月上旬
今あたしは陰陽塾の教室にいる。
周りにいる他の生徒も、陰陽塾に入塾しただけあって陰陽師としての素質に優れていることが視てわかる。
あたしはもちろん周りの生徒たちも陰陽師になるためにここに来ている。
けど、あたしにはもう一つ大きな理由があってここに来た。
彼に会うため。
一目見た瞬間、彼だと分かった。
周りの生徒たちも優れた素質を持っているが彼のそれは他とは一線を画していた。
彼の清廉な霊気に畏怖しているのか、彼に話しかけようとする者はいない。
……いや、誰も彼に話しかけないのにはもう一つ理由がある。
彼の噂だ。
彼……土御門夏目の噂は、陰陽師達の間では有名な噂である。
呪術界の
彼はその夜光の生まれ変わりだと噂されている。
みんなその噂を知っているためか、彼に近寄らないのだ。
そんな中あたしは、彼の前に立った。
周りの生徒が息をのむのが分かる。
彼も自分の目の前に人が立っているのに気が付いたのか、読んでいた本から目を離し、視線を上げる。
彼と視線が合い、顔に熱が集中するのが分かる。
「ひ、久しぶり、夏目君…私のこと覚えてる?」
あたしは昔、彼――夏目君に会ったことがある。
まだ幼いころだが、あの日に夏目君と交わした約束は今でもはっきりと覚えている。
夏目君は、あたしのこと覚えているかな?とドキドキしながら返答を待つ。
が、夏目君からの返答はなく、その瞳に警戒の色を映すだけだった。
覚えてなくても仕方ないよね、昔の事だし。と落ち込む自分に言い訳をしながら、思い出すかもしれないと最後の望みを託し、自己紹介をする。
「
「ああ、あなたが――」
あたしの事を思い出してくれたのかと思ったが、
「――ゴホンッ。…君は、倉橋家の人――なのか?…それでわた――ぼくに何か用で――かな?」
やはり忘れられていた。
それに加え、夏目君の突き放すような口調にショックを受けた。
「………」
場に重い沈黙が落ちる。
「よ、用が無いならもういいで――かな?独りにしてくれま――くれないか?」
そう言って夏目君は「話は終わり」とばかりに再び本に視線を落とす。
あたしはそれ以上夏目君に話しかけられず、そのまま夏目君の前から立ち去った。
これが入塾前から夢にまで見ていた、夏目君との再会――
~SIDE春虎~
「え?これが陰陽塾?ビルじゃん」
「どんなの想像してたんだよ」
「いや~、もっと古臭い感じかと思ってたんだが」
「ここ、渋谷だぞ」
「いや、分かってるけど、ビルとは思って無かったんだよ」
「まあ、ここは今年出来た新塾舎だからな」
俺と冬児は今、陰陽塾の前に立っている。
俺たちが着ているのは、平安時代の陰陽師が着ていたような
鴉羽色をしたそれは陰陽塾の制服だ。
俺たちは今日から陰陽塾に通う。
「ん?」
妙な気配を背後で感じ振り向くが何もない。
「どうした?」
「いや、なんか背後で妙な気配を感じたんだが……冬児、そこ何か視えないか?」
冬児は俺の言っている意味を理解したらしく、目を細め俺の指差す場所を睨む。俺はまだ霊気を見るのが不得意なのだ。
「………何も視えないが、気のせいじゃないのか?」
そうなのか?前からずっと感じてるんだがなあ。
「…まあいいか」
悪意も感じないので放っておくことにして冬児との会話を続ける。
「しかし、実感が湧かないな。俺まだほとんど素人だぜ?」
「まだそんなこと言ってんのかよ。いい加減腹くくれ」
頭では分かってんだが、いまいち実感が湧かない。
数週間前まではただの高校生だったのだから仕方ないとは思うが、隣に立つ親友はそうは思わないらしい。
「おい春虎。お前そんな悠長なこと言ってるとあっという間に『喰われる』ぞ」
「はあ?どういう意味だよ」
「良く考えてもみろ。ここは陰陽塾なんだぜ?田舎の高校とは全く違う世界だ」
コイツはいちいち遠回しな言い方をする時があるな。
「だからなんだよ?」
「察しが悪いな。良いか、ここに通っている奴ら全員が陰陽術と深く関わっている。そんな中に『土御門』が入学してみろ。注目度は抜群だな」
「でも『土御門』なら夏目がいるじゃねーか。しかも本家の跡取りだぜ?今更分家の俺にそんな注目が集まるか?」
「だから考えてみろって。その本家の跡取り様が塾内でどんなポジションにいると思ってんだよ。若くして『土御門』家の次期当主に決まっていて、陰陽塾きっての『天才』だ。当然、塾内ではカリスマ的な立ち位置にいるだろうな」
そこまで言って冬児の言いたいことを全て察した。
「なるほど。それに加え、夜光の噂も付けば夏目にちょっかい出す奴はいないだろうな。そこに分家で新人の俺がのこのこと出て行けば、名家にゴマすって取り入ろうってバカやら、『土御門』を倒して名を上げようなんて時代錯誤のアホやらが寄ってくるって訳か」
「そういう事だ。分かったら気合入れろよ」
「下手なことすると北斗に怒鳴られるしな」
お互いの顔を見てニヤリと笑い合う。
「分かってんじゃねーか」
「じゃあ、行くか」
「ああ」
そう言って塾舎の入り口に向かう。
「さすがにセキュリティは『それっぽい』な」
冬児が言っているのは、防犯目的のセキュリティの事ではなく、呪術上の保安処理の事だ。
以前までは感じなかったが『見鬼』になった今、俺も呪術の存在を感じれるようになった。
「ああ、そういえば夏目の家もこんな感じだったな」
「まあ、今や都心部じゃ霊災なんて日常茶飯事だからな。気の利いた建物には、呪的セキュリティぐらい用意してるだろうさ」
「そうなのか」
感心しながら最初の自動ドアを潜り、二枚目の自動ドアの前に進んだところで冬児が足を止めた。
「おい春虎。見てみろよ」
冬児が指し示す方を見るとそこには
「狛犬?」
「反対側にもあるぜ」
二枚目のドアの両側に狛犬が台座の上に鎮座している。
「自動ドアとのミスマッチ感が半端ないな」
「まあ、陰陽師らしいけどな」
「これにも何か意味が――」
近くで見てみようと近づいた時、違和感に気づいた。
「どうしたんだ?」
「それ、式神じゃねーか?」
「
「!?」
近くに立っていた冬児は、まさか喋るとは思っていなかったようで珍しくギョッとしていた。
しかし、すぐに落ち着きを取り戻し狛犬をじっくりと観察する。
「式神か。良く気付いたな、春虎」
「近づかなけりゃ分かんないほどの気配だったけどな」
「見事なり。しかし我らをそこいらの市販品なぞと一緒にされては困る」
「然り。我ら、塾長直々に呪力を吹き込まれ生まれた高等人造式、『アルファ』と『オメガ』である。主の命により、開塾以来その番を司っている」
今まで黙っていた反対側の狛犬も喋りだした。中々に渋い声である。
「どっちが『オメガ』でどっちが『アルファ』なんだ?」
「我が『アルファ』なり」
「そして、我が『オメガ』なり」
向かって右側に見えるのが『アルファ』、反対側が『オメガ』らしい。
「スゲーな。こんなの夏目の家でも見たことねーぜ」
「こんなのとは失礼な小僧だな」
「確かに変わった式神だ。塾長の式神って言っても常にここにいるんだろ?ひょっとして
「ほう。汝は詳しいようだな。もっともこの塾の生徒ならば当然だが」
スイマセン。ここに例外がいます。自分の事なので口には出さないが心の中で一応言っておく。
「――さて、汝らの事はすでに聞き及んでいるが、我らの任もある。己が名を名乗るが良い」
「俺は土御門春虎」
「阿刀冬児だ」
俺たちが自分の名前を言うと、二匹の狛犬たちは一瞬ただの石像になったかのように動きを止めた。
しかしそれは一瞬の事だった。次の瞬間には元の様子に戻っていた。
「よろしい。土御門春虎及び阿刀冬児、両名の声紋と霊気を確認、登録した」
「我らは汝らを歓迎しよう。これからは学友と
「任せとっけって」
自動ドアの前に立ち、中に入ろうとしたとき『アルファ』が言った。
「汝の式神も共に登録しておいた。次からは自己申告せよ」
アルファの言葉の意味が分からず立ち止まる。
冬児の方を見るが、冬児も分からないらしく首をかしげている。
「俺の事か?」
「左様」
さっきの言葉は俺に向けて言われたものらしい。
しかし、だとするとおかしい事がある。
「俺、式神なんか持って無いんだが…」
もしも式神なんて持っていても使い方すらわからないしな。
「春虎が夏目の式神って意味じゃないのか?」
「それにしては、言い回しが変だったけど」
どういう事だ。と『アルファ』に視線を投げかける。
『アルファ』が答えようと口を開きかけた時、
「待て」
『オメガ』が横から割り込んできた。
『オメガ』を見るとさっきみたいに石像のように固まっている。
今度は、少し間をおいて戻った。
戻った『オメガ』は厳かな口調で告げる。
「我らが主がお呼びだ。汝らは塾長室に向かうがよい」
~SIDE???~
「……あれが例の小僧か?」
「そうみたいですね」
少し先にはエレベーターに乗り込もうとしている陰陽塾の生徒が二人見える。
「……気に入らぬな」
「そう言わずにもう少し様子を見ましょう」
彼らごとき、いつでも始末できるのですから。