東京レイヴンズIF~大鴉の羽ばたき~   作:ag260

29 / 48
第二十七幕 主従

 

 

 

 

「…二人ともそこで何をしているんだい」

 

剣呑な響きを持った声が、俺と京子の頭上から聞こえた。

この声は、

 

「な、夏目。どうして此処に?」

 

俺たちのいる踊り場の一つ上段にあるドアから夏目が出てきた。

 

「き、君たちが教室から出て行くのが見えたから探していたんだよ!」

 

夏目は難しい顔をしながらも昨日の事があるせいか若干、顔を赤くしながら言う。

 

「君たちの決着は昨日の試合で着いたはずだ。これ以上何かするというのなら…」

 

夏目はそう言うと、厳しい目つきで京子を睨む。

京子は一瞬、身を竦ませるが直ぐに強気な姿勢に戻り、顔にふてぶてしい笑みを浮かべる。

 

しかし、俺にはその笑みが精一杯の虚勢で作ったものだと分かった。

 

 

 

「別に夏目君が心配する様なことは起きてないわよ。…あたしたち、和解したのよ」

「…和解?」

 

京子の言葉を聞き、夏目が俺に疑わしげな視線で『本当に?』と問いかけてくる。

まあ、昨日の事に関しては和解したな、と思い。

 

「ああ、本当だぜ」

 

と、答えると夏目はなぜか苦虫を噛み潰したような顔をした。

が、それも一瞬ですぐに表情を消し、

 

「……もうすぐ、授業が始まる。早く教室に戻った方が良い」

 

そう言ってサッと踵を返した。

 

「お、おい。待てよ夏目!」

 

俺は教室に戻ろうとする夏目の背に声をかけた。

 

 

 

「そんな冷たい言い方しなくても良いだろ。コイツだって反省してるんだから」

「……」

「お前だって売り言葉に買い言葉でああ言ったけど、コイツの事を嫌っては無いだろ?だから――」

 

俺の言葉に夏目は足を止め、そのまま振り返らずに俺の言葉に割って入った。

 

「春虎。今朝、君は他の塾生と話してたね」

「え?あ、ああ。いきなり話しかけられてビックリしたけど話してみれば結構面白い奴らでよ」

「くだらない」

「あ?」

「『汎式陰陽術概論』に『現代式神理論』。 それと『占事略決(せんじりゃっけつ)』は一度でも読んだかい?読んでないだろう。あんなくだらない事をしている暇があれば、少しでも多くの呪術に関する書物を読むべきだ」

「……お前、今の本気で言ってんのか?」

 

俺は夏目を見据えながら、静かに問う。

 

「ああ、本気さ。陰陽塾で陰陽術に関係の無い事は全てくだらない事だ」

 

 

 

夏目のその言葉はまるで自分に言い聞かしているようにも聞こえた。

 

 

「じゃあ、俺や冬児と一緒にいる事もくだらない事なのか?」

「え?」

「俺や冬児と一緒にいる時、話す話題は陰陽術のことばっかりじゃないだろ?お前はそれもくだらない事だって言うのか?」

「そ、それは」

「お前が土御門次期当主としての責任に追われて、頑なになっているのは分かる。でも、前に言ったよな?それはお前の一部でしかないんだよ」

「………」

「そんなに肩肘を張らずに、もっと周りに頼れ。そのための式神(おれ)だろ?」

「………」

 

 

『キーンコーンカーンコーン』

 

 

 

予鈴の音が沈黙を割った。

 

「……もうすぐ授業が始まる。君たちも教室に戻れ」

 

そう言って夏目は踊り場から姿を消した。

 

「まぁ、今日のところはこんなもんか」

「結構な事言うのね」

「ん?」

「あなただって夏目君の『例の噂』知ってるでしょ?」

「ああ、知ってるさ」

「あなたは夏目君にもっと周りに頼れって言ったけど、ここの生徒は皆『例の噂』を知っていて、おまけにあんな性質(たち)の悪い連中にまで目を着けられてるのよ?誰も近寄ろうとも思わないし、夏目君も自分が近づけばその人に迷惑をかけると思ってるから、自分から近づくことに躊躇うのも当然だわ」

 

夏目の事を庇うような京子の言葉の中に一つ気になることがあった。

 

「性質の悪い連中?なんだそりゃ?」

 

京子は一瞬、訝しげに俺の顔を見る。

俺も訳が分からず首を傾げると

 

「あなた知らないの?」

「何をだよ?」

「…そう、知らないのね。夏目君が言って無いのに、私の口からは言えないわ」

「なんだよ、気になるな」

「紳士なんでしょ?」

 

京子が隠している内容は気になるが、京子に話す気がさらさらないのが目に見えているために話を切り上げる。

 

「ちっ。分かったよ。無理には聞かねえよ」

 

 

 

 

「まあその話は別としても、夏目君には名門『土御門』の次期当主って看板や『例の噂』があるのよ?そんな夏目君に近づく人たちは、大半がろくでもない考えを持ってる奴らよ。そりゃ周りに頼りたくても頼れないでしょ」

「…その位、俺も分かってるよ。」

 

転入前に冬児に俺も同じこと言われたしな。

 

「だったら――」

「けどそれは自分の可能性を全部潰しちまってるだろ。確かにろくでもない考えを持って、夏目に近づく奴等もいただろう。けど全員がそんな考えを持ってるのかなんて分からないだろ」

「それはそうだけど…」

「あいつは自分の人見知りに尤もらしい理由を付けているだけなんだよ」

 

俺の言葉を聞いて京子は視線を床に落としながら言った。

 

「……なんであなたはそんな風に言えるの?いや、なんでそんな風に夏目君を見れるの?みんな夏目君の事を少なからず同情的な視線で見てる。夏目君があんなにも頑なに一人であろうとするのも仕方がないって。けどあなたは真っ向から否定した。どうしてそんな風に夏目君の事を見れるの?」

「……」

「ねえ、どうして?」

 

京子の問いに最初は黙っていようと思ったがあまりに真摯な眼差しで聞いてくるため観念して口を割った。

 

「…俺はあいつのダチで、幼馴染で、式神だ。主の悪い所は見過ごさずに指摘する。俺の目指す式神は主の後ろに付き従う式神じゃ無い。主の隣を一緒に歩けるような式神だからな」

 

自分で言って、自分の頬が赤くなるのを自覚する。

 

「だ、誰にも言うんじゃねえぞ。冬児にすら言って無いんだからな!」

 

 

 

 

俺の言葉を聞いた京子は暫しの間呆けていたが、その後フッと笑みを見せた。

その笑顔は今まで見た京子の表情の中で一番綺麗な物だった。

 

「結構、カッコいいこと言うじゃない」

「…そりゃどーも」

 

そっぽを向く俺の肩を叩き、

 

「教室に戻ったら夏目君にちゃんと仲直りしなさいよ春虎(・・)。主と式神が不仲なんて笑い話にもならないんだから」

 

ウィンクしながら言ったその台詞は京子にとても似合っていた。

 

 

「…サンキュー」

「お礼を言われるような事はしてないわよ。ほら、さっさと教室に戻るわよ。授業に遅れちゃう」

 

人に恩を感じさせない京子のその様は、とても好感が持てるものだった。

 

「ほんと、良い女だよ。京子は」

「なっ!?」

 

ドアに向かって歩いていた京子は、驚いたように振り返った。

 

「なな、なにをいきなり言うのよ!?」

「何のことだ?」

「さ、さっきあたしの事、その……良い女、だって」

「は?」

 

俺は京子を観察する。

 

高校一年生とは思えない程、凹凸のしっかりした女性らしいプロポーション。

 

顔は小顔で、それを形成するパーツもとても整っている。

 

要するに、容姿は百人中百人が認めるであろう、美少女だ。

 

 

 

「お前、鏡見たことあるか?」

「へ?」

「京子程の美少女なんて中々いないだろ?」

「な、なんでそんなにストレートに言えるのよぅ」

 

京子にしては珍しく(そこまで長い付き合いでもないが)ごにょごにょと言葉を濁らせる。

 

 

「……しかもいきなり、『京子』って名前で呼ぶし」

「お前だってさっき俺の事『春虎』って呼んだくせに。あ、もしかして嫌だったか?」

「べ、別に嫌じゃないけど…」

「じゃあ、京子でいいよな。俺あんまり同い年を苗字で呼ぶのに慣れて無いんだよ」

 

 

何かを呟いた後、真っ赤な顔のまま俯き黙る京子。

その体は良く見ると小さく震えている。

 

「おい、どうした?」

 

不審に思い、京子に近づき顔を覗き込んだ瞬間

 

「っ!?だ、駄目よ!!あたし達、お互いの事何にも知らないんだから!!」

 

いきなり、京子は大声をあげながら俺の事を両手で突き飛ばした。

 

 

 

 

 

「へ?」

「あ」

 

京子に突き飛ばされた瞬間、久々に自分の不幸スキルが発動した。

 

まず、俺の体勢が悪かった。

 

俯いた京子の顔を覗き込もうと、中腰だった為、とても踏ん張れる体勢では無かった。

 

次に場所だ。

俺たちが立っていたのは階段の踊り場。

 

突き飛ばされた俺はよろけ、数歩下がった。

しかしその先に足場は無く、下の階へと続く階段になっていた。

 

結果、見事に階段から落ちた。

 

「ぐっ!ごっ!がっ!ぐはっ!」

 

見事に階段で3バウンドした後、転落防止用のフェンスに勢いそのままで叩き付けられた。(頭部は何とか守った)

 

昨日の勝負のダメージが残っている体に今の衝撃は辛く、起き上がる事すらできそうにない。

 

 

 

「て、てめえ…なにしやがる」

 

思いの外、重症で動けずに怨嗟の声だけ投げると京子は

 

「ご、ごめんなさい!」

 

それだけ言って駆け足で居なくなってしまった。

体中の痛みに動くこともできず、助けも呼べない俺は力を振り絞り、

 

「ふ、不幸だ」

 

どこかの無能力者の口癖を呟く。

だがその呟きは誰の耳にも入る事は無く、ツッコミも貰えずに虚空に消えた。

 

 

 

 

一時限目はそのまま動くことができず、結果的にサボる羽目になってしまった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。