東京レイヴンズIF~大鴉の羽ばたき~   作:ag260

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第三十一幕 暗躍

 

「我こそは『角行鬼』!」

 

「そして、我が名は『飛車丸』!」

 

男が高らかに言い放ったその名前は、陰陽道に疎い俺も知っていた。

その名は転入初日に大友先生から聞いた、土御門夜光が使役していた二体の護法の名前だ。

 

 

「『角行鬼』の『飛車丸』だって?本物なのか?」

 

一番近くに居る夏目に尋ねるが、

 

「わ、分からない。ただ、『角行鬼』の片腕が無いって言う特徴は一致しているけど…」

「我が姿を見せてなお、目覚める兆候すらないとは」

「これは中々に手こずりそうですねぇ」

 

男の口から交互に語られる声。

 

「夜光の死後、『飛車丸』と『角行鬼』の二体は行方不明のはず!それをどうしてあなたが!」

「簡単な事ですよ。貴方が夜光の生まれ変わりであるように、私も『飛車丸』の生まれ変わりなんです。だからこそ、『角行鬼』は私と共にいるのですよ」

 

男は恍惚と言った表情で言った。

 

「な、なにをバカな…」

「いけませんねぇ。目の前の現実から目を背けては」

「『飛車丸』もう良い。まずはあの小僧からだ」

 

『角行鬼』の巨躯が俺に向き直り、その大きな拳を振り下ろしてきた。

『ドォォン』と、まるで大きな岩が落下したかのような轟音が呪練場に響く。

 

拳の振り下ろしたアリーナの床にはクレーターが出来ていた。

 

「さすがは『角行鬼』!あの生意気な小僧も粉々だ!」

 

男がいやらしい笑みを浮かべる。

 

「威力が凄いのは認めるが、あんな大振り当たらねぇよ」

 

だが、その後に聞こえた俺の言葉によってその笑みは消えた。

俺は『角行鬼』の拳を後ろに跳んでかわしていたのだ。

 

「お、おのれ!!調子に乗りおって!」

 

男の表情が笑みから憤怒に変わる。

 

それに触発されるように『角行鬼』も拳を振り回す。

だが、冷静さを欠いた攻撃など当たるはずもなく、俺はそのすべてをかわす。

 

「はは、春虎様!い、今、助太刀に!」

 

結界に阻まれていたコンは突破を諦め、裏口に回り込もうと移動する。

 

「ぼ、僕たちも兄貴の助太刀に入った方が!」

「やめとけ。さっきの『蠱毒』との戦いで、俺たちは呪符も呪力も使い果たしてるんだ。今行っても足手まといになるだけだ」

「見てるしかないって言うの!?」

「安心しろ。あいつは負けないさ」

 

信頼のこもった冬児の言葉に思わず苦笑する。

男はその行動を余裕ととったのか、さらに表情を歪ませた。

 

「おのれちょこまかと!『角行鬼』!早くその小僧を仕留めなさい!」

 

その声に応えるように『角行鬼』は腕を振り上げ襲い掛かる。

 

だが、

 

「当たらねぇって言ってんだよ!」

 

その攻撃は俺に掠りもしなかった。

俺は『角行鬼』の拳を掻い潜って懐に飛び込み、

 

「五連!釘パンチ!!」

 

『角行鬼』の腹にめがけて、五発のパンチを連続で繰り出した。

俺の攻撃を受けた『角行鬼』は仰向けに倒れる。

 

まだ俺のグルメ細胞じゃ五連が限界か。

 

「お前はいつから美食屋になったんだ」

「…だからなんで心の声が聞こえるんだよ」

 

「何をしているのです!そんな分家の小僧などに!」

 

倒れる『角行鬼』に男が檄を飛ばすが『角行鬼』の方はダメージが大きく、起き上がろうとする動作は緩慢な物だった。

 

「夏目の式神を名乗るんなら、(わめ)くだけじゃなくてお前も闘ったらどうだ!」

 

その隙をついて男に肉迫する。

 

「く、来るな!喼急如律令(オーダー)!」

 

男は迫る俺を近寄らせまいと呪符を投じる。

 

「邪王炎殺煉獄焦!!」

 

しかし、その呪符は届く前に拳から発生した黒炎によって燃え尽きてしまった。

呪力を火に変えるイメージをしたら出たんだが、なぜ出たのかは分からん。

 

 

「お前じゃ無い!夏目の『飛車丸』は、俺だ!!」

 

俺はその言葉と共に、男の頬に渾身の右拳をねじ込んだ。

 

「ぶぎゃぁぁ!」

 

男は無様な悲鳴と共にアリーナの壁まで吹き飛ぶ。

 

 

「ちなみに『角行鬼』は冬児だ」

「洒落にならねぇよ」

 

律儀にも観覧席からツッコミを入れてくる冬児。

よく聞こえたな。

 

男がやられたからか、『角行鬼』の動きは止まっていた。

俺はその間に縛られている夏目の元へ駆け寄る。

 

 

「夏目、大丈夫か?」

「え!?あ、うん。だだ、大丈夫だよ!」

「なんでそんなにどもってるんだよ?」

「ききき、気のせいだよ!」

 

コンと同じくらいどもってるんだが。

夏目が必死に否定するので気にしないことにしておく。

 

 

「気のせいなら良いんだが。って、顔真っ赤だぞ。どうした?」

 

良く見ると夏目の顔は耳まで真っ赤に染まっていた。

 

「そ、それは春虎があんな恥ずかしいこと言うから!」

「恥ずかしいこと?」

 

はて?そんなこと言ったか?

 

「ぼ、ぼくの『飛車丸』は俺だ、とか言ったじゃないか」

「ん?なんだって?」

 

夏目がぼそりと小声で何かつぶやいたのだが、声が小さすぎて聞こえなかった。

 

「な、なんでもない!」

「?」

 

赤かった顔をさらに赤くして夏目はそっぽを向いてしまった。

 

 

夏目の態度に首を傾げていると

 

「この小僧がぁぁぁぁぁぁ!!」

 

壁まで殴り飛ばされた男が怒号と共に立ち上がった。

 

「もう許せん!この私の顔を二度も殴るとは!」

 

頬を大きく腫れさせた顔は、今までに無いくらいの怒りで歪んでいる。

 

「『角行鬼』!すべてを破壊し尽くしなさい!!」

 

 

男がそう叫ぶと同時に『角行鬼』の仮面が音を立てて砕ける

初めてさらされた『角行鬼』の貌は、以外にも素っ気なく人間に近いものだった。

ただし、その額に走っている傷跡が異様さを醸し出していた。

 

仮面が砕けた『角行鬼』は跳ね起き、アリーナが揺れる程の雄叫びを上げた。

さらにさっきまでとは違い、身がすくむ様な霊気を体中から発している。

 

「『角行鬼』の仮面は言わば制御装置です!それを砕いた今、『角行鬼』は全てを破壊するまで止まりません!」

 

男は狂ったように笑いながら言った。

その言葉を肯定するかのように『角行鬼』はアリーナ中を跳び回り、壁や床を殴り砕く。

 

「口を閉じてろ。舌噛むぞ」

「え?」

 

俺は夏目を横抱きにして跳んだ。

次の瞬間、さっきまで俺たちが居た場所に『角行鬼』の拳が振り下ろされる。

 

「大丈夫か?」

 

『角行鬼』との距離をあけながら聞く。

幸いにも無差別に暴れる『角行鬼』は俺たちの事を追撃しなかった。

 

「…お姫様抱っこ」

「夏目?」

「あ、うん!だ、大丈夫だよ!」

「?」

 

『角行鬼』との距離が十分に開いたのを見計らって夏目を下す。(なぜか夏目が若干残念そうな顔をしていた。なぜだ?)

 

「フハハハハ!良いぞ『角行鬼』!全てを破壊しなさい!」

 

『角行鬼』がアリーナを縦横無尽に暴れ回る中、男は狂ったように笑っていた。

その目には冷静さなど欠片も見られない。

 

 

だが次の瞬間、男の真横に『角行鬼』の拳が振り下ろされた。

男は衝撃に足をすくわれ、尻餅をつく。

 

「ひ、ひぃっ」

 

途端、男は正気に戻ったのか情けない悲鳴を上げて四股をバタつかせ、這うようにゲートへ逃げて行った。

 

 

「あの野郎っ!」

 

俺は男を追おうとしたが、俺と男の間には『角行鬼』が暴れていて追うことは出来なかった。

しかも最悪な事に『角行鬼』の振り回した腕がゲートの上部に当たり、ゲートは瓦礫で埋もれて通る事が出来なくなってしまった。

 

「大丈夫か春虎、夏目!」

「は、春虎様!!御無事ですか!」

 

観覧席を周り込んできていた冬児たちと、ゲートの裏に回り込んできていたコンが話しかけてきた。

コンの姿は瓦礫に阻まれて見えないが、声の大きさからするとすぐ裏まで来ているのだろう。

 

 

「ああ。なんとかな」

「兄貴、観覧席(こっち)に戻れそう?」

「夏目を抱えては無理だな」

 

アリーナのフェンスは三メートル以上ある。

それを人一人抱えて跳ぶのはさすがに無理だ。

 

ゲートから出ようにも出口は瓦礫で埋もれている。

壊せないことも無いが、その隙に『角行鬼』の攻撃が及ぶリスクがある。

 

「夏目君の竜は出せないの?」

 

京子の言う竜とは『北斗』の事だろう。

確かに『北斗』を出せればいくら『角行鬼』と言えども終わりだ。

 

「ご、ごめん。体に貼られた呪符のせいで、今は呪力が使えないんだ」

「その呪符は剥がせないのか?」

「呪符自体にも術が施されてて、先生たちなら剥がせるんだろうけども」

 

さらに縄にも何か術がかけられているのか、足の縄は解けたが腕を縛っている縄は切ることも解くことも出来ない。

 

 

考えれば考える程、八方ふさがりになっていくのを自覚する。

コンや『白桜』・『黒楓』は結界のせいで入って来れない。

 

出口のゲートも塞がれている。

先生たちの助けもいつ来るか分からない。

 

京子たちは『呪詛返し』のせいで呪力が残り少ない。

 

 

「…俺が『角行鬼(あいつ)』を倒すしかないか」

「そ、そんな!無茶だ!」

「そうよ!せめて戦うにしても全員で――」

「それはダメだ。お前たちは『蠱毒』との戦いで呪符も呪力も使い果たしてるだろ」

「じゃあ、先生たちが助けに来るまで待っていれば!」

「それを待ってる余裕も無さそうだぜ」

 

 

俺は視線をアリーナの中央に向ける。

そこにはこちらを睨みつけている『角行鬼』が居た。

 

「な、なんで?さっきまで無差別に暴れてただけだったのに…」

「さあな。理由は何個か考えられるが、今やる事は一つだ」

「春虎!?」

 

俺たちが話している間に『角行鬼』はこちらに向かって駆けだしていた。

俺は、動けない夏目を守るため前へ出る。

 

「俺が相手だデカブツ!」

 

『角行鬼』の気を俺にひかせるために大声と共に霊気を発する。

 

こちらに駆けだしていた『角行鬼』は俺の狙い通り、霊気にひかれ標的を俺に定め、駆ける勢いをそのままに拳を振り下ろしてきた。

 

俺は『角行鬼』の拳を、前に滑り込むスライディングの要領でかわす。

そしてその勢いを利用し、『角行鬼』の股の間を滑り抜けた。

 

 

このまま『角行鬼』の無防備な背後を攻撃するのは容易いが、俺はそれをせずに前へ走り出す。

此処で闘ってしまったら夏目を巻き込んでしまう可能性があるからだ。

 

 

後ろに『角行鬼』が追ってきている気配を感じながら、夏目のいる位置とは反対側の壁際まで移動する。

 

「ここまで離れればいいだろう」

 

 

十分に夏目との距離を空けたのを確認してから振り返り、駆けて来る『角行鬼』を迎え撃つために構えをとった。

 

『角行鬼』との距離がだんだん詰まる。

 

そして『角行鬼』の手の届く攻撃範囲に入り、『角行鬼』は雄叫びを上げながら拳を振り下ろす。

それと同時に俺も動いた。

 

「獅子戦吼!!」

 

拳に呪力を集中させ、獅子を模した霊気を飛ばす。

 

衝突する『角行鬼』の拳と獅子を模した闘気。

轟音と、霊気のぶつかり合いによる衝撃波がアリーナに広がる。

 

「お前の壊す拳と俺の守る拳じゃ、重さが違うんだよ!!」

 

攻撃のぶつかり合いに勝ったのは俺の攻撃だった。

 

『角行鬼』の拳は俺の攻撃に弾かれ、体ごと後ろにのけ反る。

俺はその隙を逃さず追撃に出た。

 

「荒れ狂う殺劇の宴! 殺劇舞荒拳(さつげきぶこうけん)!!」

 

のけ反っている『角行鬼』に詰め寄り、拳打の連撃を叩き込む。

 

「これで止めだ!」

 

連撃の締めに右の拳を『角行鬼』の顎に叩きつける。

 

俺の連撃が全弾命中した『角行鬼』は、声を上げることなく後ろに倒れる。

奥の方では京子や天馬が騒いでいるのが見えるが、俺は緊張を解いていなかった。

 

 

全ての攻撃に完璧な手ごたえは感じた。

あの攻撃を食らって、立ち上がれるはずが無い。

 

しかし、俺はどうしても手放しに喜べなかった。

 

まだ終わっていない。

そう俺の直感が叫んでいるように感じられる。

 

そして、その直感は当たってしまった。

倒れている『角行鬼』が、何事も無かったかのようにむくりと上体を起こしたのだ。

 

 

「…マジかよ。俺の攻撃をあれだけ喰らって立ち上がれるのか?」

 

奥の方で夏目たちが息を飲んでるのが分かる。

上体を起こした『角行鬼』は俺に視線を向けると跳ね起き、天に向かって咆哮を上げた。

 

「…まるで狂戦士(バーサーカー)だな」

 

俺は再び『角行鬼』に対し構えをとった。

 

 

『角行鬼』はひとしきり叫び終えると、再びこちらに駆けだしてきた。

しかし、その速度はさっきまでとは比べ物にならないほど速い。

 

「は、速い!?」

 

急に上がった速度に驚いて反応が一歩遅れた。

『角行鬼』の繰り出した攻撃をかわす事が出来ず、咄嗟に防御をとる。

 

「ぐぁっ!」

 

『角行鬼』の攻撃は防御こそできたものの、あまりの膂力に踏ん張りきれず壁際まで吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

~~side冬児~~

 

 

 

「どど、どうしよう!兄貴、一人で戦うつもりだよ!」

 

春虎は今『角行鬼』を引きつけ、俺たちのいる場所とは反対側の壁際まで走っている。

おそらく夏目を巻き込まないためにだろう。

 

「やっぱり無茶よ!『角行鬼』相手に一人で戦うなんて!」

 

『角行鬼』相手に、か。

俺は倉橋のその言葉に引っ掛かりを覚えたが、この場を余計に混乱させたくは無かったので言及はしなかった。

 

 

「駄目だ!やっぱり僕も兄貴と一緒に――」

「やめろ」

 

観覧席からアリーナに身を乗り出した天馬を引き留める。

 

「さっきも言っただろ。呪力も武器も無い俺達が行っても、春虎の足手まといにしかならない」

「うっ…」

 

春虎の足手まといになる。

天馬もそれを理解したのか、おとなしくなった。

 

春虎の方はと言うと、反対側の壁際まで走ったら振り返り、『角行鬼』を待ち構えていた。

 

『角行鬼』が拳を出すと同時に放った春虎の拳からは、獅子の形をした霊気が飛び出す。

 

 

春虎と『角行鬼』の攻撃が衝突する。

その衝撃は凄まじく、観覧席が揺れる程だった。

 

「な、何て衝撃だ」

「アイツ本当に人間なの?」

 

倉橋がひどいことを言うが、それには俺も同感だった。

 

春虎と『角行鬼』の攻撃のぶつかり合い。

勝ったのは春虎だった。

 

しかも春虎の攻撃はそれだけでは終わらず、のけ反っている『角行鬼』に詰め寄り連撃を叩き込んだ。

最後の一撃を入れると、『角行鬼』は仰向けに倒れた。

 

「や、やったぁ!」

「さすが兄貴だ!」

「みみ、見事です!春虎様!」

 

それを見て倉橋たちは歓喜の声を上げる。

俺もホッと密かに一息吐くが、春虎が浮かない顔をしているのが目に映った。

 

何か様子がおかしい。

そう思い春虎を見ていたら倒れていた『角行鬼』が上体を起こした。

 

「な、なに!?」

 

あの猛攻を食らって何事も無かったかのように起き上った『角行鬼』を見て、俺は驚きの声を上げた。

『角行鬼』は春虎の連撃をまともに喰らったはずだが、何事も無かったかのように上体を起こしたのだ。

 

 

「な、なんで!?あれだけの攻撃を食らったのに!」

「兄貴の攻撃が効いてない!?」

 

『角行鬼』は跳ね起きると、ひと際大きな声で吠え春虎に向かって駆け出した。

その速度は遠目に見てもさっきよりも速いと分かる。

 

 

春虎もその速度に虚を突かれたのか、少し反応が遅れたようだ。

『角行鬼』の攻撃をかわせず、春虎は壁際まで吹き飛ばされる。

 

 

なんとか堪え、立ち上がったが、腕を押さえて苦悶の表情をしている。

……マズイな。

 

「倉橋!護法式でコンと一緒にゲートの瓦礫を退けに行け!」

「え、あ、分かったわ!」

「天馬!講師たちを探してこい!」

 

「う、うん!…冬児君は?」

「いざとなったら夏目の盾になる。早く行け!時間が惜しい!」

「わ、分かった!」

 

呆然としている倉橋たちに指示を出す。

倉橋たちはハッとしたように動き出した。

 

 

春虎の加勢に行けない自分が情けなく、唇を噛む。

 

「負けんじゃねぇぞ。春虎」

 

 

 

 

~~side春虎~~

 

 

 

「くっ!」

 

壁際まで吹き飛ばされた後、追撃に備えて構えをとったがその瞬間鋭い痛みが腕に走った。

 

…折れたか。

左腕を押さえながら冷静に状況を分析をする。

 

こっちの攻撃は何発も当てた筈なのに『角行鬼』がダメージを負っている様子は無い。

逆にこっちは左腕を負傷し、この戦いの中ではもう使えないだろう。

 

今の『角行鬼』相手にこの状況で勝つのは至難の業だ。

そう考え、俺は表情を厳しくさせる。

 

 

―――ヤバいな。

何か策を考えようとしたが、『角行鬼』がそれをさせてくれなかった。

 

『角行鬼』は先程と同じように凄まじい速度で俺に追撃をかけてきた。

 

「二度も喰らうかよ!」

 

一度見たと言う事もあって、今度の攻撃はかわす事が出来た。

しかし『角行鬼』の攻撃は一撃だけで終わらず、その場で暴れる様に手足を振り回し始めた。

 

 

一撃で腕を折るほどの攻撃を振り回され、堪らず大きく後ろに跳んで距離をとった。

しかしその行動が失敗だった。

 

俺が跳んだ先の床には、『角行鬼』が殴ってできたクレータが有り、俺はそれに足を捉られる。

その隙を突かれ、俺は『角行鬼』の手に捕まった。

 

『角行鬼』の手に捕まった俺は頭上に掲げられ、そのまま締め上げられていく。

 

「ぐ、ぐぁぁっ」

 

万力のような力で体を締め付けられる俺は、口から苦しげな声を漏らす。

意識も薄れ始め、ヤバいと感じた俺は体を揺らし、その反動で『角行鬼』の額を蹴りつけた。

 

この蹴りでダメージを負わせられるとは思っても無く、わずかでも『角行鬼』に隙が出来ればと思って放ったものだ。

 

しかし予想外にも、蹴りを食らった『角行鬼』は捕まえていた俺を投げ捨て、蹴られた額を押さえながら苦悶の叫びを上げた。

 

 

「な、なんだ?効いたのか?」

 

渾身の連撃を浴びせたにも関わらず、無傷だった『角行鬼』があんな蹴りでダメージを負うとは考えにくい。

だが、実際に『角行鬼』に攻撃が効いた。

 

何故だ。どうしてあの蹴りだけ効いたんだ?

そう思い、注意深く『角行鬼』を観察する。

 

 

「……傷?」

 

良く見ると『角行鬼』の押さえている額に一つの傷を見つけた。

 

「あれが弱点なのか?」

 

さらに観察しようとしたが、立ち直った『角行鬼』がそれをさせてくれなかった。

 

『角行鬼』はさっきの俺の攻撃に腹を立てたのか、正に鬼の形相で俺を睨み、向かってくる。

 

「チッ。考える暇も無いか」

 

俺は唯一見えた勝機にすがる事にした。

すなわち、弱点であろう額の傷を叩きまくる。

 

 

覚悟を決めた俺は、自分から前に出た。

唸りを上げる『角行鬼』の剛腕が頬を掠めても、臆せず前へ出る。

 

その勢いを利用し、『角行鬼』の額に跳び膝蹴りを叩き込む。

今度の一撃は確かに効いたようで、『角行鬼』はたたらを踏んで後退した。

 

 

「うおおぉぉぉ!!」

 

その機を逃さず、さらに前へ出て『角行鬼』の額を目がけ、攻撃を繰り出す。

俺は一心不乱に額へ攻撃を続けた。

 

俺の攻撃を嫌がった『角行鬼』は振り払うように腕を薙いだ。

攻撃モーションに入っていた俺はそれをかわす事が出来ずに、『角行鬼』の腕が腹部にめり込む。

 

 

「ゴハァッ!」

 

またも吹き飛ばされ、床に膝をつきながら何度か咳き込んだ。

咳き込むたびに腹部に痛みが走る。

 

 

『角行鬼』を見ると攻撃が効いてはいるのだろうが、まだ余裕があるみたいだ。

それに対し俺は左腕と腹部に怪我を負い、既に満身創痍の状態。

 

 

前には止めを刺そうと『角行鬼』が俺に近づいてきている。

 

体を動かそうとしても攻撃が予想以上に効いているらしく、上手く体が動かない。

マ、マズイッ。

 

「ま、待て『角行鬼』!!」

 

ピンチの最中(さなか)、微かに震えている声がアリーナに響いた。

 

「夏目!?」

 

その声の主はいまだに縄で後ろ手に縛られながらも、立ち上がって必死な瞳でこちらを見ている夏目だった。

近くの観覧席に居る冬児も驚愕の表情をしている。

 

 

「こっちに来い!僕が相手だ!」

 

夏目の声に反応した『角行鬼』は足を止め、夏目に視線を向けた。

『角行鬼』の視線に気圧されたのか、夏目の体が微かに震えている。

 

 

「バカ野郎!何やってんだ!?」

「だ、大丈夫。春虎は、ぼくが守って見せるからっ」

 

俺に笑みを向けながらそう言う夏目が、なぜか北斗と重なって見えた。

 

「…ふざけた事、言ってんじゃねぇぞ」

 

俺は重症の体に鞭を打ち立ち上がる。

 

 

「俺は守られるために式神になったんじゃねぇ!もう二度と大切な人を目の前で無くさないように、大切な人を守れる力を得るためにこの道を選んだんだ!」

「……春虎」

「だからお前はそこで見てろ。お前は俺が守ってやる」

「…うん」

 

 

そう頷いた夏目の体にもう震えは無かった。

 

 

「さあ『角行鬼』!まだ俺との戦いは終わってねぇぞ!」

 

拳を構えながら『角行鬼』に向かって、再び大声と共に霊気を叩きつける。

 

『角行鬼』はその霊気に反応して、夏目に向けていた視線を俺に戻した。

 

 

「さあ行くぞ!歌い踊れ『角行鬼』!豚のような悲鳴をあげろ!」

 

再び俺を敵と定めた『角行鬼』が雄叫びを上げ、迫り来る。

依然として左腕は使い物にならず、立っているのも辛い状態なのは変わらない。

だが、俺の心に恐怖や諦めは無かった。

 

 

「ワンパターンなんだよ!」

 

振り下ろされる『角行鬼』の拳を体を捻る事により、最小限の動きでかわす。

そのまま『角行鬼』の左ひざに右ストレートを繰り出した。

 

俺の拳が直撃した左足は大きく後ろに弾かれ、攻撃をかわされ体勢を崩していた『角行鬼』は支えを失い、前のめりに倒れ込む。

 

 

俺は倒れ込んでくる『角行鬼』の額に狙いを定め、

 

「シェルブリットォ・バーストォォォォ!!」

 

放った後の事を全く考えていない、文字通り全身全霊を込めた右拳を叩き込んだ。

 

 

俺の攻撃を弱点に叩き込まれた『角行鬼』は、今までで一番大きい声で悲鳴を上げ、額を押さえながら体を大きく後ろに反らす。

 

そして、『角行鬼』の巨躯が大きくブレた。

 

ラグだ。

そのままラグは治まる事は無く、逆に大きくなり『角行鬼』は消えた。

 

「……か、勝ったのか?」

 

全力の一撃を放った後の凄まじい倦怠感が体を襲いながらも周りの気配を確かめるが、『角行鬼』の気配は完全に消えていた。

 

 

「春虎ぁぁ!」

 

離れていた夏目が、目に涙を浮かばせながらこちらに駆けて来る。

その奥にはいつの間にかアリーナに下りた冬児がいつもの笑みを浮かべている。

 

…終わったのか。

そう理解した途端、体に力が入らなくなり仰向けに倒れた。

 

「春虎!?しっかりして!!」

 

夏目の慌てた声が耳に入るが、意識が薄れていくのを止める事が出来ない。

 

 

コンたちが瓦礫の撤去を終えるのと、天馬が講師を連れて呪練場に戻ってきた事、それと俺が意識を失うのは、ほぼ同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~side???~~

 

 

 

 

和服の老人は裏口から少し離れた車道に止まっているリムジンの後部座席から窓を下げ、男を見ていた。

陰陽塾の裏口から顔を蒼くさせ、必死に駆け出していく男を眺めながら老人はつまらなそうに呟いた。

 

「いやはや、期待外れじゃったな」

老人の皺だらけの口からは外見に似合わない若々しい声が漏れた。

 

 

「それにしても情けない。…いや、この場合子供たちを褒めるべきかな?しかし、大の大人が不甲斐ない。さすがに人選を誤ったかのう?」

 

老人の声には言葉とは裏腹に少し楽しそうな響きも混ざっていた。

しかし、それが分かるのは声だけだった。

 

 

老人の表情は全くの無表情だった。

真っ赤なサングラスをかけているとはいえ、口以外にその顔のどの部位も動いていないのである。

それが老人の異様さを際立てていた。

 

老人の視線の先に居た男が路地裏に入り、視界から消えたと同時に後部座席に差していた日が遮られた。

 

「―――よぉ」

 

日を遮ったのは雲ではなく、一人の大男だった。

リムジンに寄りかかるように中を覗き込んでくる。

 

 

身長は二メートル近くあり、体もそれに似合い筋骨隆々と言った体だ。

髪は短い金髪で、その下の顔は彫の深い端正な顔立ちをしている。

 

男はたくましい右腕をリムジンの屋根に乗せ、

 

他人(ひと)の名前を勝手に使うのは止めてほしいな」

 

と老人に語りかけた。

 

その声には多少の怒気も含まれていたが、老人は大して気にする様子もなく「もうバレたか」と飄々と言った。

 

「じゃが、お主も気になるだろう?」

「別に」

「冷たいのう。もう六十年以上経っていると言うのに」

「たかが六十年だ。懐かしむ様な過去じゃないさ」

「そうかのう?儂はこの六十年で大いに鬱憤が溜まっておるが」

「あんたはいい加減に落ち着いたらどうだ」

「いい加減と言われても、昔からこんなもんだったからの」

「…せめて黒幕に徹してろ。あんたが出てくると色々と面倒だ」

 

男はやれやれと言った風に首を振った。

男の本当に関心の無い態度に、

 

「本当に、まったく、気にならんのか?」

 

としつこく聞いた。

 

 

男は面倒そうに、

 

「まったく気にならないとは言わないが、わざわざ確かめようとも思わんさ。……俺は『飛車丸』とは違う」

「ふむ。そんなもんかの。……ところで相変わらず『飛車丸』とは連絡はつかんのか?案外向こうも冷たいの」

「それこそあんたの知った事じゃない」

 

男は淡々と答える。

そのやり取りはお互いの長い付き合いを感じさせるものだった。

事実、この二人の付き合いは極めて長く、古い。

 

 

「それはそうと、お主は自分の鬼気に無頓着すぎるぞ」

「悪いな。その辺は昔からでね」

「それこそいい歳をして―――ああ、ほれ見ろ。おかげで儂まで見つかったじゃないか。それもあんな若造に」

 

 

男はそのまま太い首を巡らせる。

 

「…あいつか。言うほど筋は悪くなさそうだが…知り合いか?」

「ちょっと前にな。生意気にも片足と引き換えに、儂から逃れおったよ」

 

老人は悔しそうに舌を鳴らす。

 

男はそれを聞いて微かに笑い、

 

「そいつは有望だな」

 

と言った。

 

 

「どのみち、ここの塾長はやり手の星読みだ。あんたの企みぐらいお見通しなんじゃないのか?」

「そこを出し抜くのが楽しいんじゃないか」

「困った趣味だな」

 

男の皮肉に老人は楽しそうに笑う。

 

「…なんであんなの付けたんだ?」

「何のことじゃ?」

「あのまがい物の『傷』さ」

「ああ、あれの事か」

 

老人は男の言いたいことが分かると、カッカッカと笑い出した。

 

「なに。雛たちに対してのちょっとした手心よ」

「そんなもの加えるなら、ちょっかいなんざ出してやるなよ」

「それではつまらんじゃろ」

「ほんと、困った趣味だな」

 

男はそう言うとリムジンの屋根から腕を下ろし、体を離した。

 

「あんたの悪趣味に口は出さないが、俺の名をつまらん悪ふざけに使うのは止めてくれ。話はそれだけだ」

 

そう言い残し、リムジンに背を向け歩きだす。

老人も引き留めようとはせず、別れの言葉も交わそうとはしなかった。

 

 

しかし数歩歩いた所で男が足を止めた。

 

「……そう言えばあのガキは?」

「あのガキ?どのガキの事じゃ?」

「虎」

「ああ。分家の息子らしいぞ。まだ粗削りだが、良い素質を持っている。これで竜虎並び立ったわけじゃが、あやつがどうかしたのかい?」

「…いや、別に」

 

男はそう言うと再び歩き始めた。

 

 

「あんたもほどほどにな、道満(どうまん)

「コラコラ。言った側から人の趣味に口を出すんじゃない」

 

道満と呼ばれた老人は、まるで子供をたしなめるように言った。

 

男は苦笑して今度こそリムジンから離れて行った。

陰陽塾とリムジンに背を向けて歩きながら、

 

「……相変わらずだな。忠義者だよ。お前は」

 

男の微笑と共に呟かれた言葉は誰の耳にも入らず消えた。

 

右手をスラックスのポケットに入れながら歩く。

反対の左の袖が、風でふわりと宙に揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ!くそっ!どうして私がこんな目に!私は『飛車丸』だぞ!」

 

怨嗟の声を吐きながら呪捜官の男は路地裏を早足で歩いていた。

 

「くそっ!こんな失態を犯すなんて!あの方に何と言えばいいんだ!」

 

あの方、それは突然男の目の前に現れ男の前世を教え、かつての相棒『角行鬼』とも引き合わせてくれた老人の事を言っていた。

 

「とりあえず一度同志たちの元へ――――」

「……しばらく見んうちに呪捜官の質もえらい落ちたな」

 

何処からか聞こえた声に男は立ち止った。

 

前を見ても後ろを振り返っても声の主の姿は無い。

 

「…いや、それだけ祓魔(ふつま)局に優秀な人材が偏ってるいうことか。霊災が増加してる悪影響やな」

 

今度は男の真後ろ、それもすごく近い位置から聞こえた。

 

男はすぐに振り返り、距離をとろうとするも体が動かなかった。

いや、体だけではない。指一本、舌すらも動かせない。

 

「(こ、これは、不動金縛り!?バカな!真言(マントラ)の詠唱も気配すらも無かったぞ!)」

 

 

カツンと渇いた音を鳴らしながら、男を縛った術者は男の前に移動した。

しかし、男は術者の姿を見ることは無かった。

 

男を縛っていた術が彼の視界と意識すらも縛ったからだ。

男が薄れゆく視界の中で最後に見た物は、木の棒でできた義足だった。

 

「(そ、そう言えば聞いたことがある。『十二神将』に数えられながらもその職務の隠密性ゆえに、名を公にすることの無かった凄腕の呪捜官の噂を。片足を失ってからは現役を退いたと聞いていたが、まさかこんな場所に――――)」

 

男は頭の中でそこまで思い出すと、そのまま意識を失い地面に倒れた。

 

 

「やれやれ、えらい時間外労働もあったもんやで」

足元に倒れる呪捜官を見下ろしながら、大友はぼやいた。

 

「しっかし、今時、珍しいくらいの雑魚やったな」

「おそらく、深度の深い暗示を長期に渡ってかけられていたのでしょう」

 

大友の背後から声が聞こえた。

 

大友が振り返るとそこには一匹の三毛猫が居た。

 

「塾長。あのみっともない一人二役を見とったんですか?」

 

大友はその猫に向かって『塾長』と呼んだ。

 

「もちろんです。かわいい大事な生徒たちなんですから」

 

猫の口から発せられた声はまさしく陰陽塾塾長、倉橋美代の声だった。

 

「…どうせ僕の監視込みとちゃいますの」

「何か仰いましたか?」

「いいえ、何も言うてませんよ」

 

大友は胡散臭い笑みを浮かべ、シレッと言った。

 

 

「改めてご苦労様でした。…しかし、今回はいささか生徒を危険に晒し過ぎたのではありませんか?あまり関心出来ません。せめて彼が『角行鬼』のまがい物を出した時点で何かしらの介入をすべきでした」

 

厳かな口調で言う猫に対し、大友は苦笑を漏らしながら

 

「無茶言わんといて下さいよ。あのしょぼいストーカー一人ならまだしも、すぐ側に超大物が二人も絡んどったんですよ?」

 

大友は苦笑しながら肩をすくめた。

 

「それに、僕なりの予防策は打っときましたよ。まあ、春虎クンが僕の造った呪具をあそこまで使いこなすとは思いもせんでしたけどね。並みのプロでしたら三割も力を出せへんのに、あの子はほぼ十割の力を引き出しましたからね」

 

大友はシリアスな顔で言うと急ににんまりとした笑顔になり、

 

「まあ、そのおかげで『角行鬼』のまがいもんも倒せたんやし、間接的には僕の手柄って事になりませんかね?」

「なりません」

 

対する猫も口調は笑いながらスパッと言った。

 

 

大友は少し拗ねたように「あ~あ~。そうですか」と言った。

 

「第一、今回の事は塾長の方こそ無茶やったんやないですか?この阿呆が夜光信者やって、とっくに分かっとったんでしょ?それを夏目クンの近くに置いておくだなんて。少々危ない橋を渡りすぎちゃいますか?」

 

大友の嫌味が含まれた言葉に猫は動じることなく、

 

「彼が双角界(そうかくかい)と繋がりがあることは、事前に判明していました。しかし、それ以上のことは分らなかった。今回はいい機会だったのですよ」

「生徒を『餌』にしたんですか?それって『感心出来ません』のとちゃいます?」

「これぐらいの揉め事には慣れてもらいませんと。これからの為にも。それに当人たちには、ちゃんと事前に注意はしてありますよ」

「………偽善者」

「何か言いましたか?」

「いいえ、なんも」

 

わざとらしく答える大友に猫がため息を吐いた。

 

「では、後処理などはよろしくお願いしますね。私も陰陽庁の方に色々と連絡を回しておきますので」

 

猫はくるりと振り返って、路地裏から出て行こうとした。

大友はその背に向かって

 

「…時間外手当とか、つかんのでしょうかね?」

 

と小さく投げかけた。

すると猫は立ち止り首だけ振り向かせ、

 

「まあ?かわいい生徒の為ですよ?お金なんて問題じゃないでしょう」

 

とだけ言って再び歩き始めた。

 

「金やのうてセーイの問題やっちゅうねん……」

 

小さく愚痴った言葉に猫は反応せず、そのまま路地を抜けて行ってしまった。

大友は上司の式神が消えて言った方向に、子供のような仕草で舌を出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~side春虎~~

 

 

 

 

「………また此処か」

 

既視感のある天井をベッドの上から見上げながら、意識を取り戻した俺は上半身を起こした。

起き上がると体の節々が少し痛んだ。

 

「起きたか」

「冬児」

 

隣で椅子に座りながら携帯をいじっていた冬児が声をかけてきた。

 

「体の調子はどうだ?」

「ああ、大丈――っ!」

 

大丈夫だ、と言おうとした時、左腕に痛みが走り言葉が中断された。

 

「…左腕。折れては無いが、罅が入ってるってよ。全治一週間。後、腹部に打撲。これは気にしなくても良いレベルだと」

「……そうか」

 

そう言って包帯と治癒符の巻かれた左腕を撫でる。

 

 

「そういや、夏目は?」

「アイツは事情聴取だ」

「……今度のは大丈夫なんだろうな」

「塾長の信用のおける人物だって話だ」

 

冬児のその言葉にフッと息を吐いた。

正直、また同じような事が起こったらたまったものじゃない。

 

「そうだ春虎」

「ん?」

「これ見てみな」

 

そう言って冬児は一枚の紙片を投げ渡してきた。

 

「なんだこりゃ?」

「お前が『角行鬼』を倒した場所に落ちていた物の一部だ」

「…式符か?」

「そうだ」

「これがどうかしたのか?」

「察しが悪いな。お前が『角行鬼』を倒した場所に落ちてたって事は、『角行鬼』の形代だったって事だ」

「だからそれがどうかしたのかよ?」

 

いまいち冬児が何を言いたいのかが理解できない。

 

冬児も『コイツ本気で分からないのか?』と言った顔をしている。

 

「良いか春虎。呪符で形代を作るのは人造式だけなんだよ。夏目の竜や『角行鬼』みたいな本物の鬼は使役式だ。呪符の形代なんて必要ないんだよ」

「じゃあ、あの『角行鬼』は……」

「偽物、って事だな」

「………」

 

 

俺が黙っていると、

 

「…驚かないんだな」

「まあな。正直、あの『角行鬼』からはそこまでの覇気は感じなかったし」

「まあ、確かにあれは本物の鬼には、遠く及ばない物だったな。―――本物はあんなものじゃ無かった」

「……そう、か…」

 

一度目を覚ましたのだが、再び強烈な眠気に襲われ舟をこぎ始めた。

 

「まだ全快には程遠いんだ。寝とけ」

「…あ、ああ。わりぃ」

 

再びベッドに沈み込み、そのまま微睡に身を任せる。

体は予想以上に疲れていたのか、すぐに意識が薄れ始める。

 

 

「今回、俺は何もできなかった。やっぱりこの力を―――」

 

最後に冬児の声が聞こえたが、俺の意識はそのまま闇に落ちて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~数日後~~

 

「はぁ~~~。…だるい」

 

 

転入してきて初めての日曜日。

俺は自室の机の前で必死に宿題をしていた。

 

あの後、俺は無理がたたって数日、塾を休んでしまったのだ。

今日はその分の溜まった宿題や、ノートを写している所だった。

まあ、写しているだけで内容は頭に入ってないんだが。

 

俺の部屋には、ノート(天馬の)を届けに来た冬児も居るが、冬児は窓辺に腰かけながら俺が休んでいる間に聞いた、事件のその後の情報を話してくれている。

 

 

「…結局、詳しいことは分らなかったのか」

「ああ、あの男、呪術で記憶がブロックされているらしい。今、陰陽庁の方で解呪してるらしいが、どこまでわかるか」

「例の『角行鬼』は?」

「やっぱり、偽物だってよ。当然、あの男が『飛車丸』ってのもアイツの妄想だ」

 

そこまで話すと、冬児の口調が少しだけ真剣さを増した。

 

「まあ、案の定ってとこさ。少なくとも、俺の見た鬼は、あれとはまるで別物だった」

 

その冬児の言葉に、俺はノートを写す手をいったん止めて振り返った。

それと同時に俺の背後でドスンと大きな音がした。

 

音の発生源はどうやら隣の部屋からみたいだ。

その後も立て続けにドスン、ガタ、と音が聞こえてくる。

 

…あれ?隣って空室だったような…。

 

「面白いことに、あの『角行鬼』もどきと『蠱毒』は形代の術式がまったくの別物だったらしい。それこそ、同じ人物が作ったとは思えない程にな」

 

俺の思考を遮るように、いつもの口調に戻った冬児が言った。

 

 

「なに?じゃあ、あの『角行鬼』はあいつが作ったんじゃないってことか?」

「ああ。取り調べで白状したらしいが、何者かに引き合わされたんだとよ」

 

おいおい、じゃあ今回の事件には黒幕的存在がいるって事か…。

そんな俺の考えを読み取ったのか、冬児はニヤリと笑って、

 

「退屈せずに済みそうだな」

 

と、トラブル好きの悪友は言った。

 

俺がため息を吐いて、「お前なぁ」と言った時、

 

コンコン

 

扉がノックされた。

誰だ?と思いながら扉を開けると、

 

「はは、春虎様。お、お茶をお持ちしました」

 

盆に二つの湯飲みを乗せたコンが立っていた。

 

「ああ、ありがとう」

 

コンを部屋に入れるため体を脇にやるが、コンはチラチラと視線を横に移し中々入ろうとしない。

 

 

「は、春虎様。じじ、実は…」

「どうした?」

 

コンの様子を可笑しく思い、廊下に出てコンの視線の先、さっきから音のしていた隣室の方に視線を向けた。

 

すると、そこには夏目が立っていた。

 

「夏目?何やってんだ?」

 

俺の声に気づいたのか、夏目もこちらに視線を向けた。

 

「やあ、春虎。宿題は終わったかい?」

「ああ、今やってるとこだ。―――ってだから何やってんだよ?」

「見て分からない?」

 

そう言う夏目の周りには段ボールや衣装ケースの様な物が積まれていた。

さらに、隣の部屋から黒い人型の影みたいなもの(おそらく式神)が出てきて、夏目の側に積まれている段ボールを部屋の中に運び入れて行く。

 

「……引っ越し?」

「そう。ぼくも今日から、ここに住むの」

「…お前が?」

「うん」

「ここに?」

「そうだよ」

「……はぁ!?ここは男子寮だぞ!?」

「ぼくだって男子生徒だよ」

 

夏目は少し得意げにそう言った。

 

「何バカな事言ってんだ!無理に決まってるだろ!」

 

コイツは自分が本当は女だってことを理解しているのか?

 

騒ぎを聞きつけた冬児も、部屋の外へ出てきて夏目を見つけると何かを察したのか、苦笑いになる。

 

「春虎は今回の件で思わなかったの?」

「何をだよ?」

「ぼくが常日頃から、どれだけ危険に晒されているかって事をだよ」

「……それがどうかしたのか?」

 

正直、それと今の状況の関係性が分からない。

夏目は額を押さえ、わざとらしくため息を吐く。

 

「君はぼくの式神だろ?君には、ぼくを守る義務があるんだよ!二十四時間ずっと!」

 

夏目は人差し指を立てながら、俺に詰め寄る。

 

 

「それに春虎が言ったんだぞ。『ずっと側に居て、お前の事を守る』って」

「あ……」

「『二度と約束を違える気は無い』でしょ?」

 

ニッコリとした笑みでそう言われると、俺は反論出来なくなってしまった。

 

俺が反論しないと分かると、夏目はさらに笑顔になり

 

「じゃあ、春虎も引っ越し手伝って」

 

と言ってきた。

 

「はぁ?そんな事、お前の式神にやらせとけよ」

「春虎だってぼくの式神じゃないか」

「俺は宿題やってんだよ!」

「主の命令だぞ!」

「「………」」

 

無言で夏目とにらみ合っていると、

 

「兄貴!…って夏目君?どうしてここに?」

 

ノートの詳しい解説をしに来てくれた天馬が姿を見せた。

その後ろには京子の姿もある。

 

「天馬。それに…京子まで。何か用か?」

「な、なによ。用が無けりゃ来ちゃいけないとでも言うの?」

 

若干、顔を赤くしながら拗ねたように言う京子。

 

なんで喧嘩腰だよ。と俺が思っていると、夏目が一歩前に出て、

 

「…天馬君。倉橋さん。この前はありがとう。迷惑をかけて、済まなかった」

 

頭を下げ、礼を言った。

急に頭を下げられ、礼を言われた二人は動揺しながら、

 

「あ、謝らないでよ。僕は兄貴に付いて行っただけだし。…それに僕、何もできなかったから」

「そんなことは無いよ。感謝している」

 

夏目はそう言ってほほ笑む。

 

 

基本的に夏目は頑固だが、一度自分の内に居れてしまった人にはとことん甘く、素直になる。

天馬は夏目の急に変わった態度に驚きを隠せないらしく、返す笑みが引きつっている。

 

「倉橋さんも、色々厳しいことを言ってしまったけど、悪気が無かったのは信じて欲しい。そして、そんな態度をとっていたぼくに、手を貸してくれたことを本当にありがたく思うよ。助けてくれて、ありがとう」

「い、いや、そんな……」

 

京子は視線をさまよわせた後、チラリと夏目を見る。

それに合わせて夏目がほほ笑むと、カッと顔を赤くさせた。

 

 

「ちょ、ちょっと春虎!来て!」

「な、なんだよ?」

「いいから!」

 

有無を言わせない剣幕に押され、渋々ついて行く。

 

たどり着いたのは夏目たちから少し離れた、階段の踊り場だった。

 

「ね、ねえ、夏目君もしかして昔の事、思いだしてくれたの?」

「い、いや。本人に直接聞いた訳じゃ無いから分からんけど、違うと思うぞ」

「じゃあ、なんであんな急に態度が変わったのよ?」

「急って訳じゃ無いだろ。言ってたじゃん。『助けてくれて、ありがとう』って」

 

京子は俺の説明じゃ納得いかないのか、形の良い眉をひそめる。

 

 

「夏目は基本的に身内には素直だし、甘いんだよ。色々看板背負ってるから、最初は厳しく当たるけど仲間と認識すればあんなもんだ」

「…仲間?あたしを?今まであんなにつっかかって行ったのに?」

「夏目自身はお前がつっかかって来るのを不思議に思っていても、恨んだりとかはしてないと思うぜ」

 

苦手意識はあっただろうがな。

 

「……そう」

 

京子はそう呟くと、そのまま俯いた。

 

「「………」」

 

しばらく沈黙が続く。

 

しばらくすると京子は急にしゃべりだした。

 

「…ねぇ、春虎」

「なんだ?」

「例えばなんだけど、二つの物が同時に欲しくなったとするじゃない?けど、常識的に考えれば手に入れられる物は一つだけって時どうしたら良いと思う?」

「はぁ?急になんだよ?」

「良いから答えてよ」

 

京子の真剣な眼差しを受け、俺も真剣に考える。

 

「……俺だったら両方手に入れる。常識的に考える?そんなつまらないルールで縛られちゃ、面白くないだろ」

 

最近やったギャルゲーで似たような経験あったな。

俺には仮面優等生か、ぽっちゃり幼馴染のどっちか一人を選ぶなんて出来なかった。

まあ結果、二台のゲーム機を使って二人同時攻略したんだけどな。

 

 

「……二兎追うものは一兎をも得ずってことわざ知ってる?」

「そんなものは、最初から諦めてる奴の言い訳だ。それに二つ欲しかったのに、一つだけしか手に入らなくてもお前は満足なのか?」

「………」

 

京子は俺の言葉を聞くと、しばらく何かを考えるように黙り込んだ。

 

「…そうね。春虎の言う事にも一理あるわね」

 

口を開いた京子は、何か憑きものが取れたような表情をしていた。

 

「そうよ!あたし頑張るわ!」

「お、おう」

 

急に元気になった京子は、元来た階段を上り始めた。

 

「…あ、そうだ」

 

階段を上っている途中で京子はくるりと振り返り、

 

「今話したことは、誰にも言っちゃダメなんだからね。分かった?」

「俺の事、そんなに口が軽い奴だと思ってるのか?」

 

京子の言葉に若干ムッとしながら言う。

 

「念のためよ。良い?誰にも言っちゃダメよ?約束なんだからね(・・・・・・・・)?」

 

腰に手を当て人差し指を立て、ウインクしながら言うその台詞は勝気な京子の雰囲気にとても合っていた。

 

あれ?なんだ?昔、似たようなことをどこかで―――――

 

「…二人とも、何をしてるんだい?」

 

何かを思い出しかけた時、階段の上からかけられた声で俺の思考は中断させられた。

 

見上げるとそこには夏目が立っていた。

大方、戻らない俺たちが気になったのだろう。

 

京子は夏目を見ると、少しだけ頬を赤らめながら

 

「少し話してただけ。もう済んじゃったから。それより、何の連絡も無しにいきなり来てごめんなさい。迷惑じゃ無かったら上がらせてもらっても良いかしら?」

 

 

上がらせてもらうと言うが、夏目の部屋は絶賛引越し中で段ボールが乱立しており、人が居座れる状態じゃない。

結果、隣の俺の部屋に入ることになるのだが、

 

「ああ、構わないよ」

「ちょっと待て夏目。俺の部屋なのになんでお前が――「ありがとう、夏目君」京子も人の話を聞け!」

 

京子は俺の話を聞かずに階段を上り、廊下の向こうに姿を消す直前に、

 

「春虎も、ありがとね」

 

と言って姿を消した。

 

 

「ったく。なんなんだよ、あいつは」

「………随分と仲良くなったんだね」

 

底冷えする様な冷たい声が聞こえた。

 

「…な、夏目?」

「いつの間にか、お互い下の名前で呼び合ってるし」

「そ、それは、土御門は二人いるし、俺はみんな下の名前で呼んでるだろ?」

「……確かに倉橋さんは胸とかスタイル良いですけど、私だってその内あれくらい…」

 

夏目は急に口ごもり、ぼそぼそと何かを呟く。

 

「何言ってんだ夏目?」

「な、なんでもない!」

 

「何でもない奴が、なんでそんなに怒ってるんだよ?」

「怒ってない!」

 

いや、怒ってるじゃん…。

 

夏目はそっぽを向き、そのまま廊下を進んでいく。

 

「お、おい!待てよ夏目!」

 

俺は慌ててその後を追う。

 

「うるさい!バカ虎!」

「…なんなんだよ、一体」

 

ため息交じりに呟いた、俺の言葉に応えてくれる人は居なかった。

 

結局その日、夏目の機嫌はなかなか戻らず、貴重な日曜日を宿題と夏目のご機嫌取りで潰してしまう事になったのだった。

 

 

 

 

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