どうしてこうなった。
目の前には形は違えどセーラー服に身を包む二人の少女。片方は少しおどおろしながら、もう片方は完全に僕を睨み付けながら。そして隣には白い軍服に黒い帽子を被った少女。こちらは何が可笑しいのか、にこにこしている。そんなに僕の境遇が面白いのか。クソが。
僕が今いるのはとある南の島、その泊地。帝国海軍の基地である。といっても接収した漁港に少し手を加えただけの簡易基地ではあるのだが。
そして僕は海軍所属ではあるが、軍人ではなく資材管理を主とする軍属の事務屋だ。なのに。
「電です。どうか、よろしくお願いいたします」
「特型駆逐艦、曙よ……って、こっち見んな! このクソ提督!」
えー。電さんはともかく曙さん、それが司令官に対する態度ですかね?
そう、司令官なのだ、僕が。どうしてこうなった。
事の発端は数日前に遡る。
◇
「君、本日付けで転属ね」
「えっ、は、はい……?」
始まりは突然だった。何時ものように横須賀の赤レンガに出勤し書類仕事に励もうと席についた瞬間、上司に肩を叩かれたのだ。て、転属かぁ……遠い所でないといいな……。
家には幼い妹達を待たせている、通勤出来る範囲だと助かるのだが。事務屋とはいえ軍属、断るという選択肢は最初からない。大黒柱の僕が佐世保や呉などの遠方への転属となれば、両親を既に亡くしている我が家は一番上の子に任せ、仕送りするしかない。
「説明は向こうの担当からあるから。今日の仕事はいいから今から応接室行って」
「は……はっ。了解しましたっ」
今からか、何から何まで急だな。簡単に卓上を片付け応接室へ向かう。それにしても一山いくらの事務屋である僕に、わざわざ担当者が面会して説明とはどういうことだろう。何か嫌な予感がする。
そうこうする内に応接室前。ドアをノックすると意外にも女性の声で入室の許しが出た。
「堤であります! 失礼します!」
「お待ちしておりました、堤『少佐』」
応接室に立っていたのは一人の少女。美しい銀髪を二房に結んでその上には黒い帽子、白の軍服に黒いスカート。
丈はかなり短い。少なくとも女性用の正規軍服ではない。眩しいくらいの生足につい視線がいったのに気付かれてしまったのか、彼女はくすり、と笑い。
「うふふ、鹿島、新しい『提督』さんが可愛らしい方で嬉しいですっ」
「え、提督? それに少佐って……」
「はい! 貴方は本日を以って文官から武官に転官、同時に少佐となり艦隊司令、提督となられます!」
「……マジですか」
「まじ、ですっ」
思わず素になった。なんでだ。なんでだ、なんでだ。慌てて鹿島さんに理由を問うが「軍機です」で両断される。とにかく、僕は艦娘を指揮する提督となり、深海棲艦と戦わねばならぬらしい。
深海棲艦とは突如あらゆる海域に出没した敵性群体である。奴らの目的は不明だが海上、海中を進む者を排除することは一貫しており、小型で快速、火力もある上に人類の兵器が通用しない。研究の途上ではあるが物理の法則で説明できない性能とのことだ。奴らによって人類は海を奪われ、その性能と物量によって敗退に敗退を重ねた。
そうした中、同じく突如として現れた妖精と呼ばれる小人達。彼女たちによってのみ造られる艤装、それを適性がある若い女性が装備することにより艦娘は誕生した。
艦娘は軍の指揮下、人類の技術を超えた性能で深海棲艦に反抗を開始。登場から数年だが破竹の勢いで深海棲艦を駆逐し、制海圏を取り返しつつある。
そんな艦娘達を指揮する提督となれば、海軍でも花形中の花形だ。エリート達の中でも実力ある一握りの者しか許される立場であるはずだ。それが、ただの軍属だった僕に? ありえない。何か、裏があるはずだ。
騙されている? いや、しかし僕なんかを騙してどうしようというのだ。自慢じゃないが大家族を養う僕は金がない。赤レンガの給金は決して悪くない、しかし十二人の妹達は僕一人には荷が重いのだ。無論愛しているので苦しくはないのだが。鹿島さんは何も答えてくれない。現地で再度、説明をするという。
「ところで、現地って……」
「提督さん、南国の島って素敵じゃありません? うふふっ」
ざけんな。
◇
「えへへ、可愛らしかったですねー、お二人とも」
「そ、そうですね……」
曙さんには即嫌われましたが。僕が何したって言うんだ。佐世保鎮守府の艦娘達に護衛されながら鹿島さんと共に貨物船に便乗し、慣れぬ船の長旅に胃の中身をぶちまけ続けてようやく到着した僕の着任する基地。
そこで待っていたのは二人の駆逐艦の艦娘だった。そう、二人だけだ。追加の戦力は後日送られてくるとのことだが、素人提督に駆逐艦二人、後は練習艦である鹿島さんだけでいったい何をさせようというのだろうか。
今、ようやくその説明がされるらしい。漁港の事務棟を利用したらしい質素な執務室には僕と鹿島さんだけだ。曙さんと電さんには内緒らしい。
「どうぞ。少し長い話になりますので。ミルクとお砂糖は?」
「いえ、ブラックで。ありがとうございます」
鹿嶋さんから湯気の立つ珈琲カップが差し出される。疲れた体に熱く、澄んだ苦味の珈琲が染み渡る。鼻に抜ける重厚な香味。味の良し悪しに疎い僕でも上等な物だと分かった。
淹れ方もいいらしい。悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、そして恋のように甘い、だっけか。確かに砂糖を入れていないにも関わらず後味に不快感のない甘味が舌に残った。
テーブルを挟み対面のソファーに鹿島さんが腰かける。そうして正面に座られると、短いスカートから伸びる柔らかそうな太腿の間、暗がりの奥が見えてしまいそうでどぎまぎする。女性は男の視線に敏感だ、気をつけねば。
「てーいーとーくーさんっ。聞いてください、ね?」
「ひゃ、ひゃい!」
バレてるな、これ。慌てて居住まいを正して話を聞く姿勢を取る。しかし鹿島さんは何故か上機嫌そうに話し始めた。
「提督さん、あの二人、どう思いました?」
「どう、とは……曙さんには嫌われてしまいましたが、その、艦娘についてもあまり知らない程ですので」
「いえ、兵器としてではなく……彼女達は、軍規違反者です」
え、という言葉を飲み込む。
「堤少佐。貴方が今日から指揮する艦隊は『懲罰艦隊』となります」
懲罰艦隊……懲罰部隊の、艦隊、艦娘版というべきか。何となく、話が見えてきた。
鹿島さんの説明によると、僕の指揮下に入るのは軍規違反者などの問題のある艦娘となるそうだ。
艦娘登場当初、軍は総動員体制を盾に国民全てに検査を実施。艤装に適性する者、若い女性がほとんどだったそうだが彼女達を片っ端から艦娘にして軍の指揮下に置いた。
建前上は本人の同意によって艤装を装備、艦娘化が行われていることになっているが、実際は適性者にはかなり無茶をして軍に所属させていたらしい。幼い妹達を持つ身としては身震いする内容だった。
現在はそんな彼女たちの献身により戦局もいくらか落着き、適性者との面談により意思を確認しているそうだが。本当かは知らない。
しかし、そうして形振り構わない戦力増産はやはり問題となった。
士気に、素行に問題のある艦娘が目立つようになったのだ。
艦娘となる際、艦の記憶と呼ばれる人格が元の人格に書き加えられる。性格や言動などがそちらに引っ張られるそうだが、元の記憶や問題はそのままとなる。そう、完全に別人となるわけではないのだ。
……適性者は全て艦娘化された。
そう、戦闘に向かない者も、はたまた犯罪者も。
当初は各艦隊でどうにか運用していたそうだがどうしようもない者も現れ始め、ついにはその掃き溜め場所が用意されることとなった。ここだ。
懲罰艦隊。
僕が指揮するのは、そんな艦隊だそうだ。軍規違反者や犯罪者。役立たず達。掃いて捨てられた塵芥の艦隊。
なるほど、海軍のエリート様達が指揮したくないわけだ。経歴に傷が付く。無能な僕でも構わない、むしろ問題児を沈めてくれた方が都合がいい。誰でもよかったから僕か。ふざけるなよ。
「……以上です。明日から指揮を執っていただきますが、ご質問は?」
「その、もしかして鹿島さんも……?」
そんな胸糞の悪くなる話を淡々と話し切り、にこりと笑いながら質問を促す鹿島さんに毒気を抜かれながら尋ねる。
「いえいえ、まさか。鹿島は何も悪いことはしていません。懲罰艦隊の監視と提督さんの護衛を兼ねての着任です」
――ちょっと、男食いまくって上層部の人間関係を無茶苦茶にしたくらいです。
続くその言葉に僕は声を失った。出来れば意識も失いたかった。
固まりながら、明日からの日々に思いを馳せる。絶望しかなかった。クソが。
素人提督、指揮下の艦娘は問題児のみ、秘書艦はビッチでお送りするクソゲー、よろしくお付き合い下さい。