あー、沁みる。
朝の執務室。今朝から電さんが台所を預かり食事を用意してくれるようになった。以前にも感じていたが、味付けがとてもいい。
高級な味ではないのだが、どこかほっとする味。僕の家は両親を早くに亡くしているのでほとんど覚えていないが、母の味とはこういう味のことをいうのではないだろうか。
「どうですか、司令官さんっ」
「うん、すごく美味しいです電さん」
「ありがとうなのですっ」
朝食を持ってきてくれた電。不安げに尋ねる彼女に正直に答えると、花開いたようにその表情を輝かせる。可愛い。
学生服のようないつもの制服の上に三角巾、割烹着という電の姿は調理実習中の小学生にしか見えない。
先日明かされた衝撃の事実を感じさせない……が、無自覚に敬語になってるし電さん呼びだ。思うより僕適合能力高いのかもしれない。
それにしても艦娘すごい。このどう見ても子供な電が最低でも五十歳を超えていると……言動も身体に引っ張られているのか、それとも艦の記憶による影響か幼いように思える。僕をからかっていると思う方が自然だと思うくらい。でもこの出汁、年期入ってる感じの美味さなんだよなぁ……。
実際問題、艦娘化で肉体が若返るというのなら不老不死とかできるんじゃないのだろうか。まぁそんな甘くはないだろうけども。艦娘化の適合手術は極秘とされているから、首突っ込むのはよそう。好奇心はなんとかというし。
「では他の方の用意もありますので、失礼するのです。器は後程取りに来るのです!」
「よろしくおねがいします」
元気よく退室する電を見送る。さてさて、食事の続きだ。ゆっくり楽しみたいが今日も執務が溜まっている。翔鶴のおかげである程度艦隊が回るようにはなったが、それは僕の仕事が増えることも意味する。
何の魚かわからないが、白身の焼き魚を口に運ぶ。ぱりっと焼かれた皮、身はふっくらしている。塩加減は少し控えめ。美味い。
「おはようございますー……」
「おはよう鹿島。今朝で三十回目だけど、遅刻だからな」
「うふふ、和食美味しそう~」
僕の指摘は無視して、自身のテーブルに配された朝食しか見ていない鹿島。このやりとりも三十回目だからな。
◇
「……私は悪くないわよ、クソ提督」
「ごめんなさイ……」
報告を終えた二人はそう付け足す。うーん、性格だなぁ。
曙、翔鶴の二名は近海の哨戒の為出撃していた。翔鶴の艦載機で哨戒、曙が護衛という形だ。本来なら複数の護衛が望ましいのだが、電さんの異動により欠けた穴を埋める手がなかったのだ。
ごーやはそもそも潜水艦だから足を合わせにくい上に、態度不良過ぎて運用には注意が必要。手数を増やすどころか手間を増やしかねない。例の首輪もあるけどそれも僚艦が目を光らせていられてこそだ。
明石は……雑用のお姉さんだしな、うん。襤褸だったこの建物も彼女により日々清掃、修復がなされていっている。建物じゃなく艤装を直せるようになって欲しい。
で。
選択肢がない状況だが哨戒は必要。細心の注意と何かあればすぐ撤退を命じ出撃をさせたはいいが、帰りに潜水艦型の深海棲艦に襲われた。先制の雷撃により曙中破、潜水艦相手に為すすべもない翔鶴も続く二撃目を受けたがこちらは無傷。どいうことなの。
ともかく翔鶴はダメージを受けた曙を連れ帰還、入渠でとりあえず傷を癒し報告。
「うん。今回は運が悪かったとしか言いようがないかな……潜水艦が出たのは今回が初めてだ」
深海棲艦という敵。まるで駆逐や戦艦、空母型と大戦時の艦種に沿うように様々な型が確認されているが、その中でも厄介なのがこの潜水艦だ。
何しろ有効な攻撃手段は爆雷しかない。そしてその爆雷が使用可能なのは軽巡、駆逐艦のみ。翔鶴は色々反則的だが、流石に正規空母の彼女にはどうしようもないらしい。参った。
……一応、他にも爆雷可能なのはいるにはいるけど。
「……どうかしました、提督さん?」
「なんでもないよ」
爆雷装備可能な鹿島さんはネイルのお手入れ中だった。いや仕事しろよ。
「出撃出来る軽巡洋艦か駆逐艦がせめて後一人いれば、なぁ……」
「あ、来ますよ軽巡。今日」
聞いてないぞ鹿島。
「夕方の便で到着予定です。中将にお願いしてたホームベーカリーも一緒に。これでサンドウィッチが作れますねー、うふふ」
そうか、僕の分は作ってくれないんだろうね。分かってるよ僕。
とにかく軽巡の人が来てくれるなら、電が抜けた分の穴を充分埋めてくれるはずだ。
まともな人だといいな。
◇
「……貴方が、ここの指揮官ですか」
はい分かってましたよ僕。
例によって港で出迎えた軽巡の人は、僕を見るなり睨みつけながらそう言った。
長い黒髪に濃紺のヘアバンド、眼鏡にセーラー服。スカートの脇の穴は何だろう。覗いている肌色が眩しい。
手元の資料には元大学生、ちょっと過激な政治主張をして逮捕。所謂政治犯というやつだ。
脱走兵に上官殺し、窃盗犯に、政治犯かぁー。出自の怪しいのまでいるぞ、あはは。これくしょんならほぼコンプリートといった具合だ。あはは。何のこれくしょんだよ畜生。
「えーと、堤です。一応少佐、よろし……「人でなし!」」
何とか友好的になろうと握手を求めたら、差し出した手を叩かれた上に罵倒された。えー。
「拒否権も拒否する力もないかよわい婦女子を無理矢理徴兵してその上非ィ人道的な改造手術そして怪物との戦争参加を強要するような軍そしてその指揮官これが人でなしでなくて何だと言うのですかしかも徴兵対象は私のような冤罪で逮捕されたような人間まで含み人権のじの字も理解しない野蛮な」
以下略。
うん、ダメじゃないこれ?
◇
それから。
軽巡の人、大淀は結局肩で息をするようになるまで軍や政府、僕達提督への批判を続けた。二時間かかった。
まだ言い足りなさそうなのが恐ろしい。例の首輪使うべきかな。
なお僕自身はそういった政治信条やら人権問題あれこれについては事なかれ主義、興味もなかったのでご高説開始から十分経った辺りから遠い地にいる妹達のことを考えていた。ずっと。付いて来ていた鹿島はいつの間にかどこかに行ったようだ。
とりあえず黙ったので建物の案内をすることに。とっくに陽は暮れていた。
「……あ、提督。その子が新しく来られた方ですか!?」
「うん。お疲れ様」
雑用のお姉さんと出くわす。いや明石と出くわす。片手には工具箱、こんな時間まで働いていたらしい。
「……嘘」
後ろから黙々と着いてきていた大淀の、震える声。振り返るとその目は驚愕に大きく開いている。その視線の先は、明石?
「生きて、たの……?」
「はて。どこかでお会いしましたか?」
生きていた? あ、そうか、明石は。
「戦闘中に逃げて、敵に、殺された、って……分からない? 艦娘になる前に、私達……!」
「あ、あー……一応、死んだことになってたんでしたね、私。あの、す、すみません貴女のこと、私見覚えがなくって……ほ、ほら艦娘になると顔結構変わるじゃないですか?」
そう、明石は敵前逃亡の上戦死という非常に不名誉な記録となっている。以前、工作艦である彼女を指揮して前線に突っ込ませたアホな司令官の不名誉を全て押し付けられた形だ。
しかしおかしい。
艦娘になる時に顔も整形されることになる。
艦娘化には必須であるらしく、多少の差異はあれど大淀なら大淀の顔、明石なら明石の顔に似せられる。元の面影はほとんど残らない。
電さんという例もあるほどで、通常の整形手術なんて比べ物にならない程高度なレベルで変わってしまう。
だから、明石が大淀が誰だか分からないように大淀も明石が誰か気づくなんて早々あるわけが。
「私、貴女の恋人だったのよ!?」
「――そ、そんな、貴女、なの……?」
これくしょんにレズビアンが追加されました。やったー。やったー……。