世の中よくわからないことだらけだ。
大学に行って、勉強して、まぁ、極端に言って研究者になったところで、この世界に起こっている事象、つまり真理と呼ばれるもののほんのひと握り、いや、ひとつまみ程度しか理解することができない。それも運によって左右さられることもしばしばだ。
運が良ければ、真理の一部分をのぞき見することくらいはできるだろう。その結果の良し悪しはまた別の話だが……。
どうして、俺がそんな話をするのか。簡単だ。俺はソレを見たからだ、そして、体験にした。
永遠のようで、しかし、一瞬ともとれるその時間を過ごしたのだ。忘れないほどの苦痛、しかし、青春のようにそれを駆け抜けた。それで得たものと失ったものを比べたりするほど野暮ではない。
始まりはそう、もう思いだせるか、思い出せないか、ぎりぎりの記憶のものとなってしまったあの場所だ。
あの時、あの場所で、ただのType-moonファンである一般人の俺がソレを見つけたのは偶然だった。
**
「すっげ、完成度たけーな!」
某アニメショップの店内の片隅で、一人興奮している俺を二人連れの女性がいぶかしげに見ながら通り過ぎていく。周りの視線に少し恥ずかしさを覚えながらも、俺はソレに心を奪われていた。
わずかに埃を被ってはいるが、不思議なほどその刃と装飾はリアルな輝きを放っていた。
Type-moonの代表作の一つであるFate/stay nightのヒロインが所有する聖剣、エクスカリバーのレプリカがそこにはあったのだ。
しかし、このような商品が発売されたなんて情報はなかったはずだ。
俺はスマホで検索してみるが、それらしい情報は出てこなかった。
もしかして展示品か?値札らしいものは特に付いておらず、用済みというか、人目につかないところに敢えて置いてあるように感じた。
「あれ、どうかしたんすか?」
俺が考え込んでいると、後ろから若い男の声が聞こえた。
振り向くとそこには金髪のいかにも遊んでます、という感じの俺と同じくらいの年齢の優男が立っていた。見た目だけなら、絶対に関わり合いにならないような男だが、一点だけ、俺なじみのものを身に着けていた。青いエプロンだ。俺は割と高い頻度でこの店に通っているので、顔見知りの店員が数人いた、彼はそのうちの一人だ。
「おいっす、後藤くん。コレなんだけどさ、展示品か何か?」
俺はエクスカリバーのレプリカを指さして、イケメン店員後藤くんに問う。
「これっすか?いやぁ、わかんないすよ。これ、ボクがここで働く前からあったらしいっすもん」
でも、再現度高いっすよね!と非常に気持ちの良い笑顔で答えてくれる。俺が女なら惚れてた。
「何ならてんちょーに聞いてきましょうか?今、ちょうど店にいるんで!」
「仕事は大丈夫、後藤くん?」
「もうほとんど終らせたっすよ!あとは品出し、顔見せくらいなんで、!」
ちょっと待っててください!と言って後藤くんは爽やかに駆けていった。
「それにしても、マジですごい出来だな。まるで本物みたいだ」
いや、本物見たことないけどね。
しばらくすると、後藤君が戻ってきた。店長曰く、
「それねぇ、僕がここで店長やる前からあるんだよねぇ。売り物じゃないと思うんだけどねぇ、捨てようにも捨てれないっていうかさ」
ということらしい。
「で、お金いらないから良かったら持って帰ってくれ、って言ってたっす」
「マジか、良いのか店長、そんな適当で」
「いいんじゃないっかね、何せ店長っすよ!!」
じゃあ、軽く包装しますねと後藤くんがエクスカリバーを持ち上げようとする。
が——、後藤くんの様子がおかしい。物凄く力んでいる。
「あの……後藤くん、そういうネタはいいから」
「いや、ネタじゃねぇすよ!!めちゃくちゃ重いんすけど!!鉄でできてるんすか、コレ!?」
珍しく後藤くんが、取り乱している。
どうやら後藤くんにとって本当に重たいらしく、彼はゼェゼェと肩で息をし始めた。
「いやいや、どれ、貸してみ?」
見かねた俺は後藤くんと代わる。そして、その柄を手に取ると——。
『認証開始——完了まで5、4、3、』
「う、うわぁあ!?」
「どっ、どうしたんすか!?いきなり叫ばないで下さいよ!?他のお客さんもびっくりしてるじゃないですか!」
なんだこれ、なんだこれ!?すげぇ!!え、ド○ネーター?すごくね!?
「ちょっ、後藤くん、すげぇ、すげぇよコレ!!」
やばい、これまで生きてきた中で一番興奮してるかもしれない。
後藤くんはというと俺の様子にドン引きしている。つか、後藤くんにも聞こえてただろ?
「何言ってんすか、何も聞こえてませんよ!ちょっと、しっかりしてくださいよ!」
「じゃ、俺にだけ聞こえてるっていうのかよ!?」
後藤くんは俺がクスリでもきめてると思っているのだろうか?そんなわけあるか、俺は生まれてこの方警察のお世話になるようなことなどしたことがない。
こうなれば、もう一回柄を握ってやる。
「後藤くん、もう一回このエクスカリバーを持つからちゃんと聞いててくれよ」
「は、はぁ……」
俺は深呼吸をしてグッと柄を握る。
すると、先ほど聞こえたのと同じ、無機質な声が聞こえてきた。
『再認証開始。完了まで5、4、3、2、1。認証、完了しました。塩基配列、ヒトゲノム。霊器属性、善性・中立。貴方は聖剣に選ばれました』
『世界、救ってみますか?』
これはイエスって言ったほうがいいの?いやいや、世界を救うって何から?魔王からっすか?
「やっぱり、何も聞こえませんよ!?」
後藤くん、何かさ……世界を救ってみますか?って言われてるんだけど。
「世界……すげぇ」
「いや、凄いけど。つか、このエクスカリバーって何か曰く付きなの?」
「曰くも何も、これただの完成度が高いだけの模型っすよね?すげぇ、重たいっすけどね」
後藤くんは気味が悪そうにエクスカリバーを見つめてそう答えた。
さて、どうしたものか。
「でも男なら一回は世界を救ってみたいもんすよね!浪漫すよ、浪漫!」
確かに誰かに世界を救うかと問われれば、漢ならば頷くのみ!
「じゃ、後藤くん!ちょっくら世界を救いに行ってきまーす!」
なんちゃって (笑)
『承認許諾、完了。転移、開始します』
「——え!?」
俺はこの時、もう少しよく考えて行動するべきだったのだ。冗談じみたシチュエーションで、その場のノリに身を任せると後々痛い目に見ることは必定だ。
『その場のノリで動く場からず、常に冷静たれ。だが、場合によってはやむなし』
俺の人生で得た最初で最後の教訓はこれだ。まぁ、それを本当の意味で教訓とするのはもう少し後のことだ。
さて、イエスと答えた俺がその後どうなったのかというと——。
**
エクスカリバーの声が聞こえた瞬間、眼が焼かれる程の閃光に包まれた気がした。そう錯覚するほどに一瞬の出来事だったが、おかげで目が痛くて開けていられない。
「ちょっと、後藤くん。これやっぱり凄いよ!つか、目は大丈夫?俺、もろに食らっちゃったよ!」
あれ、何かおかしい。俺はその違和感に気付く。
——音が聞こえないのだ。つい先ほどまで店内に流れていたアニソンが聞こえない。
それだけではなく、コンクリートジャングルでは考えられないほどに異様に空気が冷たく澄んでいる。
何が起こったのかと頭の中を整理していると少しずつ目が冴えてきた。
恐る恐る目を開けた俺は声を上げそうになる。
生まれて初めて本当に美しいものを見た。
月光に照らされたそこはまるで聖域のように幻想的であった。そんな空間に一人の女がいた。
銀色に輝く長髪、肌は雪のように白く、瞳は燃えるように紅い。
そして、その表情は酷く虚だ。
だからこそ美しく、そして神秘的で、同じ人間とは思えなかった。
そう、息をするのを忘れてしまいそうなほど。
「あ、あの——」
「——お前は一体、誰だ?」
俺が思わず女に声をかけようとした瞬間、すべてに絶望しているかのような、低い男の声が遮った。
声をした方向を注意深く見てみると、月光が届かない暗闇に同化するかのように黒いスーツ姿の男がいた。
まだ20代くらいだろうか、おそらくは日本人(さっき日本語喋ってたから)。外見はまだ若々しいがその瞳は暗く死んでいるようだった。
その瞳は困惑、疑問、そして敵意を俺に向けていた。ちびりそうだ。
やばいって、これ殺されるんじゃね?
エクスカリバーの模型を握っただけでどうしてこんな状況になってんの?
つか、エクスカリバーの声、最後に転移しますとか言ってなかったか?
どこに転移したんだ!?空間転移とか、どこのSF映画!?ラノベじゃねぇんだよ!
『世界座標、 (6,6,6)。現界条件、サーヴァント。ステータス、異常なし』
はあ!?頼む、元の場所に戻してくれ!!
『拒否します。そのコマンドは実行できません』
ざけんな、おい!エクソカリバー!
「僕の質問に答えろ!お前はどこの英霊だ!?彼の騎士王が日本人なわけがないだろう!?」
「ちょっ、ちょっと待って……答えるから、答えますから殺さないで!」
そもそも英霊って何だよ!?Fateじゃねぇんだよ!!
う、うん?あれ……さっきこのクソカリバー、サーヴァントとか言ってなかったか?
「まさか……そんな、馬鹿なことがあるわけがない」
『サーヴァントとしてこの世界を救ってください。世界を救ってください。世界を救ってください。世界を——」
「あぁ、そうか。なるほど、これが異世界転生ってやつか……笑えねぇ」
本当に笑えない。つまり、俺はこの世界を救わないと元の世界に戻れないらしい。Fateの世界でサーヴァントって何回死なないといけないんだ……。
ただ、同時に少しだけ、ほんの少しだけワクワクしていた。昔、ド○クエをプレイしていた時と同じ感覚だ。俺はあまりに非現実的なことが起こりすぎて、頭がおかしくなっているのかもしれない。
ただ、男だったら一回くらい、世界を救う正義の味方に憧れるものだろう?
聖剣の意図はまだわからないが、俺はとりあえず今は流れに身を任せてみることにした。
「さっきから、何を一人でブツブツ言っているんだ?さっさと僕の質問に答えろ」
「失礼した。俺は聖剣の寄る辺に従い参上した救世のサーヴァント、イレギュラーだ」
「イレギュラー?そんな馬鹿な……いや、待て。僕とパスが繋がっていない——?」
は?この男と俺はパスが繋がっていない?じゃあ、俺はいったい誰のサーヴァントとしてこっちに来たんだ?
「——まさかッ!?」
男は女に駆け寄り、その白い手を荒々しく握り確認した。
すると、そこには三画の文様が刻まれ、まるで血のように赤く輝いていた。
「なぜ——何故だッ!?アイリスフィール、どうして君が!?」
男にとってあまりにも予想外の出来事だったのだろう、女の手を見たまま茫然としていた。一方の俺は男が口にした名前に驚愕していた。
アイリスフィール?あのアイリスフィール・フォン・アインツベルン?道理で人間離れした容姿なわけだ。
だったら、男の方は衛宮切嗣か?
なるほどぁ、そういえば似てるわ、うん。つか、三次元じゃこんな感じなんだ。
いやいや、それどころじゃない。どうなってるんだ?セイバーは?アイリスフィール性格違うくね?
頭の中で疑問が次々と溢れ出てくる。
が、現状ではどうしようもない。とりあえず、俺がやるべきことは一つだ。
うん、サーヴァントとして現界したんだから、この問いかけをしないと嘘になる。
俺はアイリスフィールの方を向き、定番のこのセリフを放った。
「問おう。貴方がこの俺のマスターか?」
ありがとうございました。
感想、批判、評価どんどん下さると嬉しいです。ではでは。