裏切りの隣に愛の手を   作:冷目

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恋愛ってするのも書くのも難しい……





我思う故に、この身を捧げる

 「オレは静子のことが好きだ。だから、お前が傷つくのを見たくない」

 「好──!? え、な、えぇ!?」

 

 あまりに突然すぎる告白に、忌村は対処しきれず顔を真っ赤にする。何が起こったのか理解することもできず慌てる忌村に対し……秋雨は不思議そうに首を傾げ、頭に浮かんだ疑問を口にした。

 

 「……そんなに驚くことか? 長い付き合いの男女なんだから、可能性としては十分にあることだろ」

 「そそそ、そういう問題じゃないでしょ!? 大体、好きって……! い、いつから──!」

 「自覚したのはつい最近だ。そうだな……去年の終わりくらいか?」

 「な、なななな……!」

 

 あまりに淡々と語られる衝撃の事実に、忌村の頭はオーバーヒートしそうになる。まさに穴があるなら入りたいと考える忌村に対し、秋雨はそんなことなどお構いなしに忌村に一歩近づく。

 

 「それで、返事は?」

 「え!?」

 

 首を傾げ、返事を求める秋雨。しかし、今の忌村はオーバーヒート直前。とてもじゃないが正常な状態であるとは言えない。そもそも、彼女はこの状況の理解すら追いついていないので返事をする余裕がまずなかった。

 しかし、秋雨は一歩ずつ忌村へと近づいていき、その距離を詰めようとする。まるで返事を急くかのように。

 

 「ちょ、ちょっと待って! 返事とか、急に言われても──!」

 「大丈夫。嫌だったら断ってくれればいいし、嫌じゃなければ頷いてくれればいい」

 「そんな簡単なことじゃないでしょ!?」

 

 あたふたと慌てふためく忌村は、近づいてくる秋雨に対して後退ることしかできなかった。しかし、それでも秋雨は近づくのをやめない。一定の距離を保っていく二人だったが……二人がいるのは壁に囲まれた室内である。

 

 ──ドン

 

 「あ──!」

 

 当然、後退っていれば壁にぶつかる。そうなるともう逃げ道はない。一定に保っていたはずの距離はあっという間に詰められ、忌村の目の前に秋雨の身体がある。そんな状態に耐えられるはずもなく、忌村は顔を背けてなんとか秋雨の顔を見ないようにしていた。

 

 「ほ、本当にちょっと待って……。急に言われて、訳がわからなくなってるから……」

 「…………」

 

 顔を真っ赤にして、忌村は声を絞り出す。今にも破裂しそうなほどの鼓動を自身の胸から感じながら、なんとか頭を整理しようとする。そんな忌村を見下ろしながら、秋雨は黙ったままそこから動かない。

 しかし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ギュ

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ちょちょちょちょ!? な、なななな何を!?」

 

 突然、何を思ったのか忌村を抱きしめる秋雨。その途端に、整理しようとした忌村の頭が再び大混乱を始める。ドクンドクンと強く脈打つ鼓動と、身体全体を火照らせてる熱のせいで倒れそうになる忌村。まともに話すら聞けないと思われる状況……のはずだった。

 

 「──最初は、なんとも思っていなかった」

 「……?」

 

 しかし、ポツリと耳元で呟かれたその秋雨の言葉だけは、驚くほどスッと忌村の耳に入ってきた。さらに、その声が届いた瞬間、今まで感じていたはずの熱が下がって頭の中がクリアになっていくような感覚を感じた。

 

 「でも、ある時ふと考えた。オレにとって静子はどんな存在なのか、って。それまではまったく考えなかったことだからか、一回考えただけじゃ何も浮かばなかった。その後、何回考えても同じだった」

 

 十六夜に言われて……とは言わなかったが、きっかけはそこだった。彼に問われて、自分にとっての忌村静子という存在が何であるかを幼いながらに考えてみたのが始まりだった。だが、知っての通りそこで答えは出なかった。だから、秋雨はその後も考え続けた。

 ……結果として、その答えが出るのに数年の月日がかかったわけだが。

 

 「だからオレは考え方を変えた。……『もし静子がいなくなったらどうするのか』って。そうしたら…………」

 「……か、彷徨君?」

 

 そこで、秋雨の言葉は一度止まった。突然の沈黙に、忌村も視線を秋雨へと向ける。といっても、さっきから高鳴り続ける自身の心音のせいで視線は揺らいでいるのだが。

 そうして、何秒の沈黙があっただろうか。沈黙の終わりは、直接的な変化によって訪れた。

 

 ──ギュウ……

 

 「オレは、何も考えられなかった。静子がいない世界を……欠片も想像できなかった」

 「ッ……!」

 「そこでやっと気付いた。オレにとって静子は……それだけ大切な存在なんだってことに」

 

 言葉よりも先に、秋雨はより力強く忌村の身体を抱きしめた。強く抱きしめられたことと耳元で囁かれたどこか悲しげなトーンの言葉に、忌村の心音はまた一気に速度を増した。

 これまでの決して長いとは言えない人生の中で、ここまでシンプルに自分の存在を認められたことなど忌村には無かった。かつて安藤と対等な関係でいた頃に受けた彼女からの賞賛よりも、今この瞬間にかけられている言葉の方が圧倒的に大きかった。

 

 「か、かな──」

 「断ってくれても構わない。ただ、それでもオレは勝手に静子を守る。それでお前から嫌われることになっても、オレはお前の悲しむところを見たくない」

 「──ッ!」

 

 だが、そのことに感動を覚えたりしている時間はない。これは告白。受けた告白には、答えなければならない。肯定か否定か……そのどちらかで。

 秋雨は否定されても構わないと言っているが、まったく大丈夫ということはないだろう。幼少の頃から人の本心ばかりを見てきて、実年齢以上に大人びた彼でもまだ少年なのだ。同年代の少年少女と同様に心を痛めるし、その結果不安定になったりするかもしれない。

 それでも否定されることを受け入れようとしているのは、やはり相手である忌村のことを思ってのことなのだろう。仮に否定の結果になっても、彼女が感じる責任が少しでも減るように、と。

 

 「…………」

 

 そこまで言われても、忌村は何も言えずにいた。なんとか言葉をまとめようとするが、まるで耳元で鳴っているかのように響く自身の鼓動の音がそれを邪魔していた。しかし、いつまでも沈黙しているわけにはいかないことは彼女もわかっている。混乱している頭のままでも、一つひとつの言葉を紡ぎ出そうとする。

 そして……ポツリと呟いた。

 

 「私……流流歌ちゃんみたいに、可愛くない。暗いし、スタイルだって……」

 「……それって、何か問題があることなのか?」

 「私みたいなのが彼女だったら……彷徨君が、バカにされちゃうかもしれないし……」

 

 それは、彼女自身ではなく秋雨のことを思っての言葉だった。彼女は、圧倒的に自分に自信がない。常に明るく、誰とでも仲良くなることができる安藤が近くにいたこともあり、彼女自身が無意識のうちに自分と安藤を比べていたのかもしれない。その影響もあって、彼女は自分が持つ何もかもに自信を持つことができなかったのだ。

 つまり、忌村にとっては自分がどうしたいかよりも、周りがどう思うかの方が重要なのだ。だから、秋雨の告白にも安易に答えることなどできなかった。

 

 しかし、そんな忌村の言葉を秋雨は真っ向から否定した。

 

 「くだらない」

 「え……?」

 

 予想していなかった言葉に、忌村はパッと顔を上げる。そうして飛び込んできた秋雨の顔は……まさに真剣そのものだった。嘘をつくようにはとても見えない……真っ直ぐな目をしていた。

 

 「仮にそんな連中がいたとしても、そいつらは静子のことが欠片もわかっていないバカな連中だ。そんな奴らに何を言われようと、オレはなんとも思わない」

 「彷徨、君……」

 「それに、お前は自分を過小評価しすぎだ。お前は暗いんじゃなくて落ち着いているだけだし、身体つきだってまだ中学生なんだから普通な方だ。そして……」

 

 そこで秋雨は、忌村が着けているマスクに手をかける。優しい手つきでそれを外すと、彼はそっと忌村の頬に触れた。

 

 「安藤や他の女子の誰よりも……静子は可愛いとオレは思っている」

 「なっ……!? はっ……バ、バカ!!」

 

 恥ずかしげもなく殺し文句を言う秋雨に、忌村は耳まで真っ赤にして大声を出しながら外されたマスクを奪い返した。顔を逸らしてマスクを着け直す忌村は、ちらりと視線を動かして秋雨の顔を見る。何年も前から、ずっと見続けてきた幼馴染の顔。けど、今の彼の表情は今まで見たどの表情とも違う雰囲気が漂っているような気がした。当然だ。彼が告白をするところなんて始めて見たのだから。そして、おそらく今の自分も今まで見せたことがないような表情をしているのだろうとふと思った。

 

 「──スゥ、ハァ…………」

 

 忌村は落ち着けるように、深く息を吸ってからそれを吐き出した。そのまま、改めて秋雨の方へと身体ごと向き直る。

 そして……

 

 

 

 

 

 「……ありがとう。その、あの……上手く言えないけど…………私も、彷徨……が、好き……。だって……彷徨はずっと、私の傍に居てくれたから……。いつでも……励まして、ぐれだがら……!」

 

 

 

 

 

 言葉を吐きだしていると、忌村の目からは大粒の涙がボロボロとこぼれ始めた。それは喜び。自分が思っていた(・・・・・・・・)相手と結ばれたことによる喜び。抑えようとしても止まることは無い涙と共に、彼女の口からはその喜びを伝える言葉が溢れてきた。

 

 「こんな……ごんな私でも、見捨てないで……ずっと、だがら────!」

 

 そこで、彼女の言葉は途切れた。

 自分を卑下する言葉を述べていた彼女の口は、目の前に秋雨の口により塞がれ、それ以上の言葉を封じられた。まるで時間が止まったような感覚になり、それが何秒続いたかまったくわからない。

 長い……けど短くも感じる時間が過ぎると、彼女の口は自由となった。

 

 「『こんな私』……なんて言うな。少なくとも、オレの中では一番なんだから」

 「…………」

 

 優しく頬を撫でながら、そんな言葉をかけてくる秋雨。しかし、忌村は頬を赤く染めながら呆然としていた。秋雨の言葉を聞いて理解しているかも怪しい状態だが、まぁ幸せから来ているものなので大丈夫だろう。

 

 「…………」

 

 だが、そうした空白の時間もいずれはゆっくりと終わるわけで。

 少しずつ働くようになった頭は、今起こったこと(・・・・・・・)を理解しようと鮮明に脳内でその出来事を再生し……

 

 「」

 「……おーい、静子ー? …………気絶してる」

 

 こうして、彼らの一世一代の告白は忌村の気絶によって終わったのだった。余談だが、気絶した忌村を秋雨は背負って帰ったのだが、ベッドに寝かせようとしたところで目を覚ました忌村と目が合い、色々と勘違いした彼女は再び気絶したという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─────────────────────────────

 

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 ─────

 

 ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……そうか、付き合うことにしたのか」

 「随分と薄い反応だな」

 「いずれそうなるとはわかっていたからな」

 「……そうか」

 

 後日の放課後、かつて忌村たちと遊んだ公園で秋雨は十六夜と話していた。といっても、忌村と付き合うことになったことを報告しただけだが。

 そんな秋雨の報告に対し、「わかっていた」と淡泊な返事をする十六夜。安藤以外の人間に興味を示そうとしない彼だったが、秋雨のことは少し気にかけているらしい。

 

 「そういうお前はどうなんだ? 安藤と付き合わないのか?」

 「……わざわざ告白しないと付き合えないのか? オレたちにはそんな面倒なもの必要ない」

 「もう付き合っているようなものってことか……。ま、わかってたけどな」

 「さすが彷徨だな、オレのことをよくわかっている」

 「お前もな」

 

 話が秋雨と忌村のことから十六夜と安藤のことになったが、当の十六夜は告白やら付き合うということに対して特別視はしていないようだった。一般的に付き合っていると言える状態こそがデフォルトとも言えるのが普段の二人のため、秋雨はそこについてはもはや深く追及しようとはしなかった。

 

 「……でも、言わなきゃいけない時が来たらちゃんと言った方がいい。実際に言ったり行動したりしないと相手に伝わらない時もある。……オレの告白みたいにな」

 「頭のどこか片隅にでも入れておこう」

 「そうか」

 

 だが、それでもそれだけは伝えようと思ったのだろう。十六夜のことを思っての言葉をかける秋雨だったが、十六夜からは受け流すような返事が返ってくるだけだった。

 しかし、それでも構わずに秋雨もその返事を受け入れる。どうやら、彼らにとってはこういったやり取りが日常らしい。

 

 「…………」

 「…………」

 

 すると、そこで話は途切れて二人の間に沈黙が流れる。だが、それは決して気まずい沈黙ではなく、二人はその沈黙すら楽しんでいるかのように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……それで、本題はなんだ?」

 

 しかし、その心地よい沈黙は十六夜の鋭い言葉によって唐突に終わり迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……わかっていたか」

 「お前がわざわざ付き合うことを報告するだけでオレを呼び出したりはしない。何年お前の親友をやっていると思っている」

 「よく恥ずかしげもなくそう言うセリフが言えるな……」

 

 長年の信頼から、秋雨の話にはさらなる本題があることを見抜いた十六夜。見抜かれたことに驚きを見せる秋雨だったが、それも大きな驚きではない。彼も十六夜ならば見抜くだろうとは思っていたのかもしれない。

 二人の友情を垣間見た瞬間ではあったが、二人の顔には笑顔など無かった。そこにあるのは、緊張感を感じさせるような真剣な表情だけだった。そこまでの緊張感を二人の間に漂わせている秋雨が話そうとしていた本題……彼は、覚悟を決めるとハッキリとした口調でそれを言った。

 

 「……これ以上、静子に安藤を近づけるな」

 「なぜだ」

 「静子にとって安藤は害になる」

 「……聞き捨てならないな」

 

 先ほどまでとは一転、穏やかさなど欠片も無い殺伐とした空気が周囲を包み込む。秋雨の言葉に対して十六夜が放つ殺気が原因だろうが……それはどう考えても中学生が放てるようなレベルのものではなかった。少なくとも、相手が大の大人でも思わず身震いしてしまうだろう。

 そんな殺気を真正面から受けながらも、秋雨は目を逸らすことなく言葉を続けた。

 

 「静子は安藤の道具じゃない。アイツの気まぐれや我儘に静子を付き合わせるな」

 「流流歌は忌村を道具として見ているわけじゃない。それに、そもそもそれは忌村の意志なのか? 奴自身の意志なら、とっくの昔に奴自身が流流歌に言うはずだ」

 「静子はそんなこと面と向かって言える性格じゃないし、言ったところで安藤が静子を解放するとは思えない」

 

 互いに一歩も引くことなく続けられる言葉のやり取り。互いが互いのパートナーのため、パートナーの今後のために動いていた。

 

 「もしまた静子を悩ませるようなことがあれば……オレは静子を守るためにそれを止める」

 「止められたら流流歌の頼み事が叶わなくなる。流流歌の邪魔をするなら、オレがお前を止める」

 「…………」

 「…………」

 

 そのまま睨み合いへと移行した二人のやり取りは、完全に平行線だった。引くことも無ければ、どこか妥協することも無い。

 そうして睨み合いながら、刻々と時間は過ぎていった。その間、どちらも目を逸らすどころか瞬き一つせずに睨み続けた。もしその場に第三者がいたら、この二人はずっと睨み合ったままなのではないか……と思ってもおかしくない。それだけの時間が過ぎた……その時だった。

 

 「……これ以上は不毛だな」

 「……そうだな。なら、どうする」

 「簡単だ。その時(・・・)が来たらそれぞれがやりたいように動く……それだけだ」

 「良いことを言う」

 

 これ以上のやり取りは無駄だと思い至ったらしく、彼らはほぼ同時に視線を下げた。そして、「やりたいように動く」というなんともその場しのぎの解決策だけを決めると、彼らはそれぞれ荷物を持って帰路へとついた。

 家は反対方向であるため、背中だけが向かい合う状態で別れる二人。その際に、秋雨はポツリと呟く。

 

 「言っておくが、オレは絶対に退かないからな。静子はオレが守る」

 「オレだって同じだ。流流歌はオレが守る」

 

 対立しているようにも見えるが、彼らの行動理念はよく似ていた。どちらもパートナーのため……どちらも根底にあるのはそれだけだった。

 それを改めて感じてか、二人はほぼ同時にほくそ笑みながらそれぞれの帰るべき場所へと歩き始めた。

 

 

 

 

 




次回はいよいよ希望ヶ峰学園入学……の前のお話
超高校級としてスカウトされた彼らが希望ヶ峰学園入学をどのように決めたのか……書いていきたいと思います



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