コードギアス 黒百合の姫   作:電源式

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第11話

 

 うん、どうして俺は幼いユフィから真剣なプロポーズを受けているんだろうか?

 胸の奥が温かくなる一方、何だかとても恥ずかしい気持ちになる。

 顔が熱い。

 れ、冷静になれ。所詮は子供の戯言じゃないか。

 箱入り娘で育ったユフィが愛や恋、結婚といった概念を正確に理解しているとは思えない。だが人を好きになるのに理由は必要ないとも言われている。

 いや、考えすぎだ。きっと友人に対する好意を恋愛感情と誤解しているのだろう。そうに違いない。

 

 しかし、リリーシャを守る為に家族になればいい、家族になるために結婚すればいい、か。

 何とも突飛な考えだが、ユフィなら有り得ると思ってしまう。

 その純粋な心が長所であり短所でもある彼女なら、と。

 

 リ家の庇護下に入る、その一点に関して言えば悪い考えではない。

 後援貴族を含めた勢力ではウ家、エル家、ド家には幾分劣るが、宮廷の一角を占めている。

 コーネリアの功績次第ではその差を埋めることも十分に可能だ。俺が持つ未来知識を利用すれば確実性は増すだろう。

 そして内側からこの国を、延いては世界を変えていく。リ家を矢面に立たせ、隠れ蓑に使うことに何ら思うところがないわけではないが。

 ただ問題は──もちろん婚姻による養子縁組は論外として──彼女達の母親だ。

 彼女達の意思を尊重しているとは言え、伝統ある名門貴族の出身。

 本心では庶民出身のマリアンヌ、またその子供、ヴィ家が暮らすアリエス離宮に愛娘を近付けたくはないと思っている事だろう。

 閃光のマリアンヌに憧れるコーネリアが、反対を押し切って剣を手に取った事も多分に影響している。

 ギアスが使えない今、悪感情を払拭することは難しく、また正攻法で認められる為に功績を築くこともすぐには無理だ。

 例え未来知識を持っていても、それを行使できる立場に立たなければ意味はない。

 故に現実的な策とは言えなかった。

 

「お姉様だって賛成してくれています。だから安心して下さい」

 

 尤も相談を受けたコーネリアが子供のお遊び程度に受け止めた可能性が高いが、どうせ姉バカの彼女の事だから、最愛の妹がどこの馬の骨とも知れない男に嫁ぐよりはマシだとでも考えて応えたのだろう。

 その相手が敬愛する閃光のマリアンヌの娘であり、彼女に似た妹が増え、さらには彼女自身とも距離が近付くことを喜んでいたとしてもおかしくない。

 けどそこは反対して欲しいところだ。

 貴女だってユフィの子供をその手に抱きたいだろ?

 いや、待て。その場合の彼女の立場を自分に当て嵌めてみよう。

 もしナナリーに子供が生まれたとすれば可愛いことは間違いないし、きっと育児にも参加したくなるのだろうと容易に想像が出来る。

 だが子供が産まれるということは当然父親が存在していて、その男とまあ…その……アレな行為に及んだ結果なのだが……。

 よし、殺そう。それも考え付く中で最も苦痛を与えられる方法で。

 けどもしナナリーがその男の事を心から愛していたとしたら悲しみにくれてしまう。心に傷を負ってしまう。

 仮に犯人が俺だとバレた場合の事を考えると恐ろしすぎるし、何よりその恐怖を常に感じながら生きていくことになる。

 まったく、生きていても死んでも厄介だな。

 もちろんナナリーにも幸せを実感して欲しい。恋愛、結婚、出産、幸せな家庭を築いて欲しいと思う。思ってはいるのだが……。

 うわあぁぁぁぁぁ、何というジレンマ!

 妹離れをしないと本当に拙いな。

 

 って大きく話がずれてないか?

 よし、修正しよう。

 

「ありがとう、ユフィ。キミの気持ちは素直に嬉しいよ」

 

「じゃあ────」

 

 その言葉に彼女は満面の笑みを浮かべ、期待に瞳を輝かせた。

 

「だけど現実問題として不可能だ。法という戒め、皇族という立場によるしがらみ。他国との外交、宗教も関わってくる。

 偏に結婚と言っても、キミが思っているほど簡単な話じゃないんだよ。

 それに私自身、今の立場を手放すつもりはないからね」

 

 正論による問題提起と、意志による牽制。

 例え内容の全てが理解できない子供でも、自身の考えが実現不可能だと否定されている事は伝わるだろう。

 世界を変えるためには、現状皇族という立場を失う訳にはいかない。

 自分が持つ力を最大限に活かすためにも、出来るだけブリタニアの中枢に籍を置くことが重要だ。

 

「さてと、私は疲れたから少し眠らせてもらうよ」

 

 体調が優れないというのは嘘ではないが、強引にこの話を終わらせようとしている自覚はある。

 例えすぐには受け入れられなくても、いずれ彼女も分かってくれるだろう。

 言っては悪いが子供の思い付きであり、時間が経てば忘れてしまう事だってある。

 そう俺は考えたのだが、どうやらそれが間違いだったと、すぐに思い知らされることになった。

 

「諦めません」

 

 あれ、もしかして障害が大きいほど燃え上がるタイプなのか?

 けれど続く言葉にそんな冗談は吹き飛んだ。

 

「だったらわたしが変えてみせます。法も、国も、世界も」

 

「なっ!? よせ、ユフィ。それ以上はダメだ!

 キミはその言葉の意味を本当に分かっているのか!? 冗談では済まなくなるんだぞ!」

 

 いや、分かっているはずがない。分かっているのなら、こんな第三者の耳に届いてしまう恐れのある空間で決して口にしないだろう。

 法を変える、国を変える、世界を変える。

 言葉は違えどその意味は同じだった。

 法を定めているのは評議会でも元老院でも司法機関でもない。

 専制君主国家であるこの神聖ブリタニア帝国において、全ての決定権を持っているのはブリタニア皇帝ただ一人であり、その決定を覆せる者は存在していない。

 つまりこの国に関する全てを変える事のできる唯一の存在であり、延いては世界三大勢力の一角を率いて世界に干渉できる存在こそブリタニア皇帝となる。

 

 彼女が口にしてしまった言葉は、聞く者が聞けば皇帝に対して反意があると受け取られてしまうだろう。

 皇族である彼女を厳罰に処す法は無く、反逆罪等による処刑という事態にはならないが、廃嫡やリ家没落の切っ掛けには十分だ。

 

 嫌な汗が止まらない。

 もう止めろ。止めてくれ。

 

 だが彼女は俺の思いを他所に言葉を続けてしまう。

 

「いずれわたしは神聖ブリタニア帝国皇帝の座を目指します」

 

 それは間違いなく醜い宮廷劇、権力闘争への参戦表明だった。

 ユフィが自ら皇位継承権争いに名乗りを上げる?

 あのユフィが?

 悪い冗談だとしか思えない。

 

 何より早すぎる。少なくとも彼女が自らの意志で行動を起こすのは、エリア11でこの世界の現実を知ってからのはず。

 スザクと出会い、虐げられる弱者の存在を目の当たりにした。

 ゼロと対峙し、強者に抗う者の想いを感じた。

 死した異母兄妹と再会を果たし、守るべきモノに気付いた。

 その果ての行政特区日本構想だったはずだ。

 

 この世界のユフィと俺が知る幼少期の彼女、二人の姿が重なるようで重ならない。

 例え平行世界の同一存在だとしても、姿が似ているだけの別人だと理解していたじゃないか、何を今さら。

 これも平行世界の可能性の一つ。

 リリーシャの存在によるバタフライ効果の影響だとでもいうのか?

 

「ユフィ、悪いことは言わない。その決意は早々に捨てた方が良い。それがキミのためだ」

 

 ユフィが皇位継承権争いに参戦して勝ち残れる可能性は、厳しいことを言うようだが客観的に評価して皆無だろう。

 内政、外交、軍事、家柄、知略、人徳、その全てにおいて上位の皇位継承者を下回る。

 何より彼女は優しすぎた。知謀策謀を駆使し、他者を陥れることなど出来はしない。

 そして敗北は破滅を意味している。

 現状の彼女──いや俺の知る未来の彼女を含めて──が皇帝の座を手にするには、それこそ奇跡または他者を圧倒するギアスのような力が必要だった。

 これは俺の我が儘だが、彼女にはギアスに触れて欲しくはない。ギアスの魔力は人を簡単に狂わせる。

 ギアスに翻弄される彼女の姿をもう二度と見たくはなかった。

 

「嫌です」

 

「っ、ユフィ……」

 

 彼女に頑固な面があることは幼少期から知っている。

 今回の件も彼女の中では絶対に譲れないことなのだろう。

 だが────

 

「わたしは今までお母様やお姉様の言われるがままに生きてきました。

 だけどそれではダメだって、それではただのお人形なんだって気付かせてくれたのはリリーシャです」

 

 そう言ってユフィは自らの胸に手を当てる。

 

「この想いはわたしが初めて自分の意志で手にしたモノ。わたしが生きている証なんだと思います。

 わたしはもう、お人形の皇女様に戻りたくはありません。

 例えリリーシャでも……いいえ、リリーシャだからこそ、この想いを踏みにじられたくはないと思うのです。

 だからわたしは逃げません。神聖ブリタニア帝国第四皇女=ユーフェミア・リ・ブリタニアとして生きる現実から」

 

 その眼差しは誰にも負けない力強さを有していた。

 その言葉に宿る決意は揺るぎない覚悟を纏っていた。

 彼女がブリタニアの皇女だという至極当然の事実を、改めて思い知らされるには十分すぎる風格があった。

 彼女は俺は考えていた程度の弱者ではない。

 人の上に立つ紛れもない強者。

 守られるだけの存在ではないと、何故失念していたのだろうか。

 

 だから俺は言葉を失い、彼女に反論の言葉さえ返すことは出来なかった。

 既に回り始めていた歯車は止められない。

 

 面白くなってきたじゃないか。

 そんなリリーシャの囁きが聞こえた気がした。

 

 

     ◇

 

 

 窓へと視線を向けると、いつの間にか夜の帳が降りていることに気付く。

 ただそんな事を気にしている余裕はなかった。

 俺はベッドの上で、ただ呆然とする。身体を休めるために眠りに就くことはおろか、横になる事さえ出来ずにいた。

 

 予期せぬユフィの参戦表明、そして使命感にも似た決意を受け、どう対処すれば良いのか分からなかった。

 思考を停止させるなんて俺らしくはないと自覚はしているが、あまりに濃すぎる今日一日を振り返り、精神的疲労を考えれば仕方がないと、誰にともなく言い訳をする。

 最も単純な対策としては、ユフィの正式参戦に合わせて、俺も皇位継承権争いに参戦し、彼女へ向けられる視線を逸らすことぐらいしか現状思い付かない。

 ふわふわとした雰囲気を有するユフィだが、ああ見えて我の強い部分があり、一度自分で決めたことを撤回させるのは難しい。

 それはあの男からの遺伝というよりは、ブリタニア人の気質なのかも知れないが。

 しかしリリーシャの件で決意を新たにし、これからって時に今度はユフィの爆弾発言。出鼻を挫かれたどころではないな。

 まだ半日だが、某24時間テロと戦う連邦捜査官の男の一日に匹敵するんじゃないだろうか。

 あのドラマでは半日を過ぎた辺りで真の敵が現れるが、これ以上何かが起きれば俺のキャパは限界を迎えるかも知れない。

 ただでさえ何ら問題は解決されず、それどころか次々に山積していっているのが実状なんだぞ。

 

 だからだろうか、聞こえてきた小さな物音にも敏感に反応してしまう。

 すぐさま音の聞こえてきた方向、部屋の入り口へと視線を向ける。

 これ以上、厄介事の訪問は勘弁して欲しいところだが、果たしてその願いは通じるのだろうか……。

 

 開け放されたままになっていた扉から、こちらに顔を覗かせていたのは一人の幼い少女。

 可愛らしい顔立ちをしているが、どこか眠たげな赤みを帯びた瞳が特徴的だった。

 彼女の事は知っている。

 アーニャ・アールストレイム。

 元々はヴィ家と関わりを持つ貴族の出身であったが、行儀見習いとして訪れていたアリエス宮で運悪く第五后妃暗殺事件に遭遇。

 人払いがされていたはずの現場で、当事者達が彼女の存在に気付かなかった事は甚だ疑問だが、偶然居合わせた暗殺現場で母マリアンヌの人の心を渡るギアスを掛けられ、精神に寄生されてしまう。

 さらに皇帝シャルルの記憶改変のギアスによって、偽りの記憶を植え付けられた事実も加わり、以降記憶障害に苦悩する事となる。

 その後、あの女が寄生していたからか、それとも彼女自身に高い適性があったのかは不明だが、KMFの操縦に天才的な才能を発揮し、若干14歳という年齢で神聖ブリタニア帝国が誇る十二騎士が第六席=ナイトオブシックスを拝命する。

 そう、彼女もギアスの呪いによって、また俺の両親によって大きく人生を狂わされた犠牲者。

 この世界で救わなければならない者の一人だった。

 

 俺と目が合い、彼女はビクリと身体を震わせる。

 気まずい沈黙が流れた。

 俺自身もあの男のギアスによって記憶を書き換えられていたのか、幼少期に彼女がアリエスの離宮に居た記憶はない。

 故に過去の自分が彼女にどんな風に接していたのか思い出すことは出来ない。まあ、リリーシャとなってしまった今の俺には無意味な問題なのだろうが。

 何れにしろ一から関係を気付く以外に道はない。

 

 取り敢えず──まるでペットを呼ぶみたいで不躾な行為だが──手招きしてみる。

 様子を窺っていることから、少なくともリリーシャに興味を持っていることは間違いない。それが好意からくるものなのかは不明だが。

 

 トコトコと、いやキュピキュピか?

 そんな足音が似合いそうな足取りでアーニャは近付いてくる。

 本当に小動物みたいな愛らしさだ。

 何だろう、この気持ち?

 萌とかそんなチープな感情じゃない。

 ああ、そうか。忘れていた。これは癒しだ。

 

「私はリリーシャ・ヴィ・ブリタニア。キミの名前は?」

 

 俺は彼女の事は知っているが、リリーシャとしては初対面だ。

 まずは基本に則って自己紹介から始めてみる。

 

「……アーニャ、アーニャ・アールストレイム」

 

「じゃあ、アーニャと呼ばせてもらうよ」

 

「ん」

 

「さて、アーニャ。早速だけどキミにお願いしたい事があるんだ。こうして出会ったのも何かの縁、折角だから私と友達になってくれないかな?」

 

 少々強引だと自覚はしている。ここで焦る必要はないが、彼女を救う上で接点を持つことは重要だ。

 そこに将来ラウンズになる、もしくはラウンズクラスの戦闘技能を保持する可能性があり、味方になってもらえれば戦力として期待が出来るという打算が、一瞬たりとも脳裏を過ぎらなかったと言えば嘘になるが。

 

「ともだち……わたしと?」

 

 そう言って首を傾げるアーニャ。

 …………ずるい。その仕草は反則だ。もはや打算云々は吹き飛んで、ただ単純に傍に居て欲しいと思ってしまう。

 駄目だと分かっていたが、衝動を抑えることが出来ない。

 気付いた時、俺はアーニャを抱き締め、その頭を撫でていた。言っておくが別にやましい感情は1ミリもない。本当の本当に。そもそも幼女同士だし絵的に見てもセーフのはずだ。

 

「駄目かい?」

 

 耳元で囁くように問い掛けると、アーニャは状況に戸惑い、恥ずかしがりながらも首を横に振ってくれた。

 嗚呼、この世界ではナナリーから得る事の出来なかった妹成分を補給できて満足だ。

 

 こうして俺はアーニャとの友人関係の第一歩を築き、この世界で初めての癒しを手に入れたのだった。

 

 

 

 

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