コードギアス 黒百合の姫   作:電源式

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第16話

 

 シミュレーターに乗り込み、パイロットシートに腰を下ろす。パイロットスーツのプロテクター部に存在するコネクターを介し、身体がシートに固定される。

 コックピット内部はリリーシャの体格に合わせ、シートや操縦桿、フットペダルも特注の物が用意され、操縦に何ら問題ないように最適化されていた。

 わざわざリリーシャ専用に再設計されたシミュレーター、そこからもロイドの入れ込みようが窺い知れる。

 だからこそ不安を抱く。

 

 ロイドはリリーシャに何を期待している?

 いや、ロイドが求めているモノは数少ない。その中でも現状=シミュレーターによるデータ収集から考えれば、自ずと答えは見えてくる。

 KMFの操縦技能、それしかないだろう。

 俺は彼女の腕前がどれ程の物であったのかを知らないが、一方でロイドが求めているレベルを知っている。

 当然の俺の操縦技能がその域に達していない事は、偽りようのない事実として自覚しているつもりだ。戦闘の度に機体を大破させ、ゼロは前線に出ない方が良いと陰口を叩かれ(玉城、お前にだけは言われたくない)、冷ややかな視線を受ける事もあった。

 だが敢えて反論するなら俺だって別に操縦が下手なわけじゃない。これでもシミュレーターを含めた騎乗時間は長く、そこらの一般兵以上の能力は持っている。

 そう、周りの連中や相対した相手の能力が高すぎたんだ。中でもスザクやカレンなんかは明らかに次元が違う。

 一騎当千を地で行くなんて異常でしかないだろ?

 間違っているのは俺じゃない、世界の方だ!

 ……よそう、今さら言っても仕方のないことだ。

 

 正直なところ高がシミュレーターだと思っていた。

 前の世界で実戦を経験し、最新のシミュレーターにも何度も挑戦した。

 情報を集めて機体や武装を解析し、幾通りもの戦術を考えた。

 故に実戦とは違い生命のやり取りもない旧式のシミュレーターなど、それこそ目標をセンターに入れてスイッチを押す程度でしかないと。

 だから二つ返事で引き受けたのだが、今は後悔している。

 

 もしロイドの期待を下回ったらどうなる?

 期待が大きければ大きいほど、それに比例して裏切られたと感じた場合の失望も、より大きなものとなるだろう。

 リリーシャとロイドの関係は主と従者ではなく共犯者。

 対等の立場であり、ギブアンドテイクが求められる。

 既にリリーシャはロイドから利益を供与されている以上、今度はこちらが対価を支払わなくてはならない。

 

 だが俺がリリーシャとなった事により、ロイドが求める対価を払えなかったとしたら?

 リリーシャに興味を失うだけなら良いが、それはあまりに楽観的すぎる。

 考えたくはないが最悪の場合、リリーシャの罪の証拠を握るロイドが敵に回る可能性があり、俺はいつ爆発するかも分からない爆弾を抱え込むことになる。

 その罪が公になれば確実に今の地位を失うだろう。

 皇族を厳罰に処する法律はこの国にはないが、代わりに皇籍奉還特権というものが存在している。

 皇族の持つ権利の一つだが、その実態は自ら皇位継承権を放棄し、市井に下ることを意味していた。

 罪を犯した皇族に強制的にこの権利を行使させ、皇族として持って生まれた全ての権利を剥奪することにより罰を与えるというものだ。

 特区日本構想においてユフィがゼロの、俺の罪を不問にする為の代償として行おうとした皇位継承権の返上も、この皇籍奉還特権を行使してのこと。

 

 かつて実際に強制的に体験するしかなかった俺としては、市井に下る程度大した問題ではない。

 俺には──ナナリーにだけは極力不自由な思いをさせまいと必死で体得した──家事スキルがある。

 そのナナリーの傍から離れる事にはなるが、この世界のルルーシュが傍に居る以上、最悪の場合でも──前の世界と同様に──最低限の生活が保証されるだろう。

 それにリリーシャというイレギュラーが存在しなければ、俺が知る未来を彼等が歩む可能性が高い。未来が分かっていれば後からでも対策が取れる。

 

 けれど全く問題がないわけではない。今俺が持つ力を最大限に活かす為には、立場が極めて重要だという事実を忘れてはいけない。

 皇族と一般人では、あまりに得られる利点と受ける制限が違いすぎる。

 もちろん打開策として別の力=ギアスを求める手もあるが、それには魔女との接触が必要不可欠だ。

 さらに契約を交わしたとしても、発現するギアス能力は個々によって異なる──契約者の本質や潜在的願望が大きく影響を及ぼすと推測されている──為、発現する能力が汎用性の高い物とは限らない。

 俺個人の本質は変わっていないつもりだが、リリーシャの存在が齎す影響は未知数であり、また潜在的な願望の変化を確認することなど不可能に等しい。

 リリーシャの人間性から考えて、極端に恐ろしい能力が発現してもおかしくなく、非常にギャンブル性が高いと言えた。

 絶対遵守のギアスなら使いこなせる自信があるが、同様のギアスが発現するなんて都合のいい展開は考えるべきではない。

 

 待て、肝心なことを忘れている、

 そもそも契約を結び、再びギアスを得ることは果たして本当に可能なのか?

 俺の瞳に宿るギアスは失われていなかった。

 もし仮に契約が結べたとしても、新たなギアスを得られる確証はない。それどころか魔女との接触という危険に、己が身を晒すだけの結果となる事も考えられる。

 それでも魔女との接触により封印──正確には封印状態か休眠状態かは分からない──が解かれ、再びギアスを行使できる可能に賭けるべきか?

 

 っ、落ち着け、冷静になれ。

 まったく、何を焦っているんだ。

 まだKMFが実戦投入されていない現状、いくら軍用シミュレーターと言えど、そこに登録されているKMFの性能も、俺が知るものよりもずっと低いはず。

 例えばグラスゴーで求められる動きなんて、基礎的なものでしかないだろう。現状では対KMFの戦闘機動データだけでも十分に価値があるはずだ。

 だったら俺でもロイドを満足させられるか?

 ……いや、新型機動兵器開発案の件もあり楽観視はできない。

 

 そんな俺の不安を他所に、コックピットハッチがゆっくりと閉じていく。

 

 

 訪れる静寂。

 闇が俺を包み込む。

 刹那、異変を感じた。それはロイドとの間に起こった現象とは違い、俺個人の身に起こった身体の変調だった。

 速くなる鼓動。滲む汗。微かに震える指先。まるで意識が何かに吸い寄せられるかのように遠退いていきそうになる。

 同時に込み上げてくる感情は不安、先程まで感じていた不安とはまた別のモノだ。

 そして言い知れぬ恐怖。

 居住性の低い旧式のサバイバルコックピット──しかもリリーシャ用に改造されている──のために狭さを感じる。だからと言って恐れを抱くような閉所恐怖症ではない。

 だったらこの恐怖は周囲に広がる闇に対してなのか?

 闇、何処までも広がる闇。

 纏わり付いてくる何かが、言い知れぬ不快感を与えてくるかのような錯覚を覚える。

 だが何より恐ろしかったのは、この不安でしかない闇の世界に懐かしさ、そして安らぎを感じている自分が居ることだ。

 何故そう感じるのか、その理由を俺は知っている?

 何を馬鹿な……。

 その考えを振り払うように首を振る。

 

『システムを起動します』

 

 コックピット内に人工音声が響き、ディスプレイや計器に光が灯り、周囲の闇を照らし出す。

 それと同時、闇が齎す不安感が消え、身体の異常が収まっていく。まるで最初から何事もなかったかのように。

 けれど気のせいなどではなかった。

 この身に何が起こっているのか分からない。原因が俺にあるのか、それともリリーシャにあるのか……。

 ただこの胸の奥に残ったもどかしさは、最初にこの世界に目覚めた時に感じたものと同質のものだ。

 果たして俺は重大な何かを忘れてしまっているのだろうか?

 

『おや? 大丈夫ですか殿下? バイタルは正常の範囲内ですけど、さっきより顔色が悪い気がしますよ』

 

 ディスプレイの端に表示されたウィンドウに映るロイドの表情は、彼にしては珍しく真剣さを感じさせるものだった。

 あのロイドに気を遣わせるほど、不安や動揺といった類が顔に出てしまっているようだ。

 

『もう、ロイドさんが無理言うからですよ!

 殿下、お身体の調子が悪いようでしたら仰って下さい! すぐに起動を中止して医務室へお連れしますから』

 

 身体を心配してくれるセシルの思いが素直に嬉しく思う。

 もちろん前の世界の彼女=ゼロレクイエムの共犯者という立場から来る、ある種の仲間意識からではなく、ただ単に皇族であるリリーシャの身を心配してのことであり、そこに保身の念が含まれていることも理解している。

 それでも最後までゼロレクイエムに否定的であり、俺の身を案じてくれた彼女の姿が重なってしまうのは仕方のないことだ。

 

「ありがとう、セシル。ロイドも。心配を掛けたね。

 でも何も心配する事はないよ。少し思う所があっただけのこと。バイタルも正常を示しているんだろう? なら問題ない」

 

『はい……。でもお願いですから、くれぐれも無理はしないで下さい。絶対ですよ、約束です』

 

「ふふっ、了解。約束するよ」

 

 渋々了承したと言いたげに念を押すセシルの姿に、気苦労が絶えなくて大変だと同情しながらも苦笑が浮かぶ。

 

『では本プログラムについてご説明致します。

 本プログラムは対KMF戦を想定しており、殿下の機体が大破判定を受けるまで敵機が出現する内容となっています。

 殿下に騎乗していただく機体は対KMF戦闘を主眼として開発予定の次世代機であり、シミュレーター上での概念実証テストとお考え下さい。

 なお補給や支援はなく、殿下には限られた戦力で最大限の戦果を挙げる事に挑んでいただきます』

 

 グラスゴーが正式にロールアウトされる前に対KMF戦を想定したプログラム。若干気が早いと感じるが、話の流れから考えればむしろ当然と言えば当然か。

 このまま事が進めば何れ世界的なKMF開発競争が訪れる事は間違いない。

 それを確信しているからこその行動だろう。

 リリーシャ関与の疑いは未だ晴れないが、現時点でその未来予測を完璧に為しているロイド達には脱帽だ。

 

 シミュレーターの概要を説明するセシルの言葉に耳を傾けながら、騎乗する事となる機体のデータを確認する。

 対KMF戦闘を主眼として開発された第五世代KMFの代表といえばRPI-13=サザーランドだが、果たして────

 

「っ、これは……ふふっ」

 

 呼び出した機体データに目を通した瞬間、思わず口元を歪められずには居られなかった。

 

 

     ◇

 

 

『ロイド』

 

「何ですかぁ?」

 

 殿下に名を呼ばれ、キーボードを叩く指を止める。本来ならわざわざ止める必要はなかったけど、殿下の声音の僅かな変化が気になった。

 思わずコックピット内部と繋いだディスプレイに視線を向ける。

 殿下が笑っていた。

 だけど、いつも浮かべていた──感情を隠した──冷たく作為的な笑みじゃない。何か悪戯を思い付いた子供のような年相応の楽しげな笑みを。

 

『これ以上の説明は必要ないよ。前置きはこのぐらいにして、そろそろ始めようじゃないか』

 

「良いんですか?」

 

 説明を切り上げ、先に進むことを促す殿下。

 

『これでも私は自分に求められている事を理解しているつもりだからね。

 ああ、それと変に手心を加えて制限リミッターを掛ける必要はないと先に言っておくよ。その方がキミもデータを取りやすいんじゃないかな?』

 

 確信があるのか、その瞳はまるで全てを見透かしているかのようだ。

 あはぁ、どうやら殿下、本気みたいだね。

 

「そんなの駄目ですよ、いきなり実戦起動なんて! 無理はしないって約束して下さいましたよね!?」

 

 隣でセシル君が反対の声を上げた。

 まあ確かにセシル君の気持ちも理解出来る。

 このシミュレーターはちょっと特殊だからねぇ。扱っているデータがデータだし、普通のシミュレーターに比べると身体に掛かる負荷が強い。乗っているのが皇族だから何かあったらって焦るのは仕方ないよ。

 もちろん、そんな事態にならないように制限を組み込んでる訳なんだけど、本人の希望だし、相手は皇女様だから逆らえないよね?

 

『約束は守るよ、セシル。無理はしない、多少の無茶はするかも知れないけど』

 

「それは屁理屈です!」

 

『それともセシルは私には無理だって言うのかい? この脆弱な身体では高がシミュレーターも満足に動かせはしない、身の程を弁えろ小娘と。

 それは私に対する侮辱と考えても良いのかな?」

 

「そ、そうじゃありませんけど……」

 

「もう、殿下も人が悪い。セシル君をいじめちゃダメですよ」

 

 そろそろ助け船を出してあげようかな。

 殿下が相手じゃセシル君には荷が重いし、不満の矛先がこっちに向いても大変だ。

 

『ん、ロイドがそう言うならこの辺で止めておくよ』

 

 あはぁ、やっぱり自覚あったんだ。

 確かにセシル君は天然入ってて弄りやすいけど、報復が恐いって事も知って欲しいよ。

 

「殿下の仰るとおりにしますけど、本当に良いんですね?」

 

『私を誰だと思っているのかな?』

 

「さすがは殿下、もう惚れちゃいそうですよ」

 

『なら存分に惚れると良い』

 

 冗談に軽快に応えて微笑み、無い胸を張る殿下は僕から見ても格好良かった。

 なんかマリアンヌ様の血を感じるよね。さすがは親子だ。

 これがカリスマって言うのかな?

 あまり有機物に興味がない僕でも、本当に惚れちゃいそうだよ。

 あ、でも口先だけの子供には一切興味湧かないから、当然まずはこのシミュレーターの結果次第だけど。

 

「良いんですか、ロイドさん?」

 

「良いんじゃない? 殿下の命令なんだから。セシル君だって殿下がシミュレーター経験者だって知ってるでしょ。

 それに殿下のあの表情、もう色々と気付いてるみたいだし」

 

 それにね、残念だけどこの程度で壊れるなら、所詮はそこまでの価値しかなく、過大評価だったってこと。

 もちろん、出来ればそんな展開は見たくないと思っているけど。

 期待してるんだから頑張って下さいね、殿下。

 

 数度キーボードを叩き、最後にエンターキーを押す。

 

『モードL、オペレーションを開始します』

 

 無感情の人工音声がプログラムのスタートを告げた。

 後に振り返った時、僕の運命を大きく左右したと言える戦いが幕を開ける。

 

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