ふふっ、フハハッ。やれる、やれるじゃないか!
プログラムの開始が告げられ、操縦桿を握り締めた瞬間、まるで頭の中でスイッチが切り替わったかのように思考が最適化された。
不安なんて微塵もない。
恐れなんて皆無だ。
今この身体を支配しているのは昂揚感、そして騎乗機と一体と化した全能感だった。
脳内麻薬でも溢れ出しているのだろうか。
フットペダルを踏み込み、目の前のグラスゴーに向かって行く。
ユグドラシルドライブの回転数が上昇し、呼応して急速回転するランドスピナーが大地を捉え、機体が急加速する。
発生したGが身体をシートに押し付けようとする感覚も苦痛ではなく、むしろ心地良さを覚えるほどだ。
ディスプレイ正面に捉えた敵機が、こちらを迎え撃つように剣を振り上げた。
だが遅い。
擦れ違いざまに手にした剣を振るう。
一閃。
相手の頭部が宙へと跳ね上がる。
まるで血飛沫のように噴き出すオイル。
胸が高鳴った。
その先に待ち構えて四機のグラスゴーが、構えたライフルの銃口を向け、トリガーを引く。
鳴り響く無数の銃声と煌めくマズルフラッシュ。
一斉に放たれる弾丸が進路を塞ぎ、明確な敵意を以て襲い来る。
狙いはなかなかに正確で、当たれば致命傷になり兼ねない。
だからどうした?
弾道を見極め、最小限の動きで躱しながら跳躍し、上空より四基のスラッシュハーケンを同時に射出する。
ハーケンの直撃を受け、姿勢を崩す敵機を見逃しはしない。
重力落下を利用した踵落としで頭部を潰す。
まずは一機。
その機体を蹴り付けた反動で後ろへと跳び、着地と同時に未だ体勢を立て直せていない二機目のグラスゴーを一閃。
さらに再び銃口を向けてくる三機目のグラスゴーに向けて剣を投擲。
そして最後の敵機へ向けて腰部のスラッシュハーケンを再射出。目標に巻き付いたと同時に巻き上げ、相手に向かって肩から突進する。ショルダータックルを受けた敵機は上半身を仰け反らせ、そのまま後方へと倒れていく。
倒れたグラスゴーの頭部を踏みしめながら、背に装備した二本目の剣を抜き、逆手に持った剣の先を相手の胸部装甲の隙間へ向けて振り下ろす。
完全に敵機が沈黙したことを確認し、周囲へと視線を向けた。
荒野に転がる大量のKMFの残骸。頭部を砕かれ、四肢を切断され、サバイバルコックピットを貫かれ、倒れ伏し、また爆散して鉄屑と化し、多様に無残な姿を晒している。
その中で唯一原形を留め、五体満足で大地に立つのはたった一騎の白騎士。
これがスザクの見ていた世界。
たった一騎で戦場を蹂躙し、戦術で戦略を覆す。
それを実現する圧倒的な力こそ、俺が今騎乗する白きKMF=ランスロットだった。
もちろんスザクが騎乗していた──唯一の第七世代KMFとして名を知らしめた──ランスロットとは違い、メーザーバイブレーションソードMVSやヴァリス、ブレイズ・ルミナスなどの装備。大出力の新型ユグドラシルドライブは搭載されておらず、全体的なサクラダイトの使用率も低く設定され、ある意味プロトタイプと呼べる性能となっている。幻の第六世代と言ったところか。
だがその状態でもグラスゴーはもちろん、サザーランドやグロースターに代表される第五世代機とも、比べものにならない破格の性能を誇る。
医療用サイバネティクス技術を組み込んだ脚部及びバランサーにより、極限まで高められた柔軟な運動性能は健在。三次元機動の実現性は、まさに次元が違う。
ただプログラム開始直後の戦闘で若干の違和感を覚えた。
データが未完成なのか、それとも調整のミスか。ロイドの性格から、ことKMFに関しては後者はあり得ないだろうが、ドライブの出力設定やバランサーの数値に無駄があり、ランスロット本来の性能を発揮できていないようだった。
幾度となく俺の前に立ち塞がった仇敵ランスロット。戦闘の度に性能を解析し、シミュレーションを繰り返し、ゼロレクイエムの共犯者となったロイド自身から情報を得ていたが故に気付く事が出来たのだろう。
ある意味で俺は開発者のロイド達に次いでランスロットの性能を熟知していると言っても過言ではない。それこそパイロットであるスザク以上に。あいつが難解な専門用語をちゃんと理解できていたのか甚だ疑問だ。
幸いすぐに調整用コンソールを展開し、修正することには成功したが、戦闘中に機体を調整するなんて実戦では絶対にしたくない。
今回は敵機との機体性能差に助けられた。
いや、機体性能以外の理由がもう一つあるか。
柄にもなく興奮してしまった理由の一つでもあるが、それはこの身体=リリーシャのKMF適性の異常な高さだ。リリーシャの身体能力が優れている事は既に知っているが、それがKMF適性にも及んでいるらしい。
例えば今回の場合、使用できる剣はMVSではなく通常の実体剣だ。故に数度相手と刃を交えれば、また誤って装甲にぶつけたなら簡単に刃こぼれしてしまう。
ただ闇雲に振り回しているだけでは戦闘能力の低下は避けられない。
その為、的確に装甲と装甲の間や関節部を狙う必要があった。当然それには繊細で高度な操縦技能が要求される。
だが頭で考える前に身体は動いていた。無意識の内に呼吸するように、指を動かすのに一々骨膜や関節腔の動きを知る必要がないと同様に、さも当然の様に行うことが可能だった。
また、元々俺は機動性能を重視した機体と相性が良くはなかった。残念ながらパイロットである俺の肉体が負荷に適応できなかったのも事実。いくら高性能な機体といえど乗りこなせなければ意味がない。故に最後には防御に特化した蜃気楼に乗っていたわけだが……、悲しくなるので止めよう。何もKMF戦だけが戦いじゃない。俺の得意分野は別にある。
けれどこの身体では負荷をまるで感じなかった。少々大げさな表現だが、KMFに乗るために生まれてきたかのようだ。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア以上に、閃光のマリアンヌの遺伝子を多く受け継いでいるに違いない。べ、別に羨ましくなんてないからな。本当だぞ!
やはりロイドが期待するだけの能力をリリーシャは持っていると実感する。
まだまだ発展途上ではあるが、将来的にはスザクと比べても遜色のないパイロットになり得るだろう。
自分が創り出した作品、理想とする兵器を意のままに動かすことの出来る生体パーツデヴァイサー。
スザクを見出し、様々な軍規を無視して特派に引き入れた事を考えれば、スザクと出会ってない現状では手放したくない逸材であることは間違いない。
確かにロイドにとってはシュナイゼル以上に価値のある存在だろう。
などと思考している間に、新たなグラスゴーの姿が出現する。
「ふふっ」
思わず笑いが込み上げ、零れ落ちる。
どうやら今の俺はこの一方的な戦いが楽しくて、また自在に機体を動かせることが嬉しくて仕方ないらしい。前の世界の鬱憤を晴らしている気もしないではないが……。
客観的に見れば非常に子供っぽく認めたくはないが、今現在の肉体年齢を考えれば大丈夫。精神年齢は気にするな。あれだ、最終的には肉体に精神が引っ張られたという言い訳も残されているじゃないか。
だから、今この瞬間を楽しもう。
「さあ、今度はどうやって壊そうか?」
◇
プログラム開始の直後から、戦闘の様子が映し出された画面に表示される撃墜数キルスコアが、異常な速度で上昇していく。
うん、凄すぎる。
セシル君なんて信じられないと言った表情を浮かべて茫然としちゃってるよ。開いた口が塞がらないって感じかな。
初めて乗った機体で、しかもいきなりの実戦起動でこの戦果。通常稼働率も85パーセント以上を誇っている。
想定以上、否想定外。僕の予想を遙かに上回る展開だよ。
殿下のKMF適性や操縦技能の高さはマリアンヌ様からいただいたデータや、前回のシミュレーターの結果から理解していたつもりだったけど、正直ここまでとは思っていなかった。過小評価していたのかも知れない。
前回のシミュレーターでは手を抜いていた、それとも殿下の操縦に機体の方が付いていけなかったのかな?
円卓所属のパイロット達だって、まだグラスゴーを持て余しているのが実情だっていうのに?
きっと彼等をこのシミュレーターに乗せても、まともに動かすことも出来ないはずだよ。
異常、まさにその一言に尽きる。
何れにしろ、こんな結果を見せ付けられたら、もう殿下を手放すことなんて考えられない。殿下の後援貴族になるためにはアスプルンド家から出る必要があるよね。
う~ん、どこかの貴族令嬢と結婚でもして婿養子になろうかな。ヴィ家最大の後ろ盾のアッシュフォードなら、フレーム技術なんかも手に入るし、ガニメデにも触れそうだから一石二鳥だと思うんだけど。確か現当主のルーベン翁には孫娘が居たよね?
いや、でも殿下のお婿さんにしてもらうのが一番手っ取り早いかも。その場合、皇帝陛下のことをお義父さん、マリアンヌ様のことをお義母さんって呼ぶのかな?
マリアンヌ様に殴られないといいなぁ。
「ロイドさん、これ……」
「ん、何? セシル君」
僕が将来について考えていると、セシル君にとある画面を注視するように促される。
それは機体パラメータを表示する画面だった。
「あはは……」
変更される数値。
咄嗟にコックピット内部を映す画面に視線を向けた瞬間、乾いた笑いを零すことしかできなかった。
調整用コンソールを展開して、その上で物凄い速さで指を動かしている殿下の姿。
例えシミュレーターだとしても、戦闘中に機体設定に手を加えるなんて誰が想像できただろう。
殿下はリミッターを掛けるの必要は無いって言ったけど、僕だってある程度は常識があるつもりだから、機体性能にちょっとだけ手を加えておいた。最大の特徴である機動性を落として、負荷を抑えてリミッター代わりにしようって。
けど、どうやら殿下にはお見通しだったようだ。機動性を落としたって言っても、それでもグラスゴーなんかとは比べものにならないし、普通なら気付かないはずなんだけど、殿下自分で設定を書き換えちゃったよ。
しかも迷いなく最適の数値に。こんな短時間で機体性能の全てを理解したのかな?
それとも最初からランスロットの事を知っていた? ……まさかね。
さすがにそれはあり得ないと思う反面、殿下ならやりそうな気もするし、知っていても不思議じゃないとさえ思える。というか信じられないが、理由はどうあれ実際に目の前で起きたことだ。
自分の目で見てしまった以上、現実として認めるしかないよね。
僕たちは暫く戦闘画面に釘付けとなり、無言のまま、繰り広げられる一方的な虐殺ワンサイドゲームをただ眺めていた。
「……まるで実際に戦場での騎乗経験があるみたいですね」
「ふ~ん、君もそう思うんだ」
暫く見入った後、不意に呟いたセシル君に僕も同意する。
一切の無駄がなく合理的で、誰よりも洗練された動き。それは戦場を知り、実戦を経験した兵士の動きに近い。
だけどそんな事は彼女が年端も行かない皇女殿下だという現実的に、またKMFが実戦配備されていない条件的にもあり得ない。
あり得ないはずなんだけど、その操縦技術はあまりにも完成されすぎていた。
一方で殿下の操縦に違和感を覚えずにはいられなかった。
異常な操縦技能という点では同じだが、前回のシミュレーター騎乗とあまりにその戦い方が違いすぎる。
前回殿下が見せたのは某人型汎用決戦兵器の暴走状態の如く、胸部装甲を無理矢理マニピュレータでこじ開け、ドライブを握り潰して破壊するという荒々しい戦闘だった。まるで子供が無邪気かつ残酷に人形を破壊するかのような光景は、普段の殿下とのギャップが激し過ぎて我が目を疑ったが故にハッキリと憶えている。その光景を見て、口部展開型排熱機構を取り付けても面白いかなぁ、と思ったのはセシル君には内緒だよ。
ハンドルを握った時に性格が変わる人間が居るように、もしかして殿下は操縦桿を握った時に性格が変わってしまう人間なのかも知れない、と割と本気で考えもした。
よって今回と前回を比べれば、もはや別人と言ってしまっても良いのかも知れない。
異常な成長速度。
果たして何が殿下を変えたのか?
いや、別に何だって良いよ。
正直その問いの答えに興味はない。理由がどうあれ殿下が僕の求めていたモノを持ち、期待に、そして機体に応えてくれたという事実のみが重要なんだから。
ラクシャータに自慢しちゃおうかな。
あはぁ、きっと悔しがるだろうなぁ。
「セシル君、今回の記録にはプロテクトを掛けておいてね。でもって外部にはバグって事にしておこうか」
「はい、その方が良いと思います」
「でも殿下驚くかな? 一方的に蹂躙している相手が、実は単なるプログラムじゃないって知ったら」
そう、殿下が戦っている相手は仮想データではなく、実際にこの円卓に所属するパイロット達だ。もちろん彼等も自分達が戦っている相手が、齢十にも満たない皇女殿下だってことは知る由もない。軍のエースパイロット、精鋭中の精鋭だったのに、ここまで一方的な蹂躙戦になるなんて、きっと自信喪失で涙目だよね。トラウマにならないと良いけど。まあ仕方ないよね、弱肉強食は国是でもある事だし。
「彼等に対するフォローはどうするんですか?」
「え? 興味ないよ、そんなこと。気になるならセシル君一人でお願い」
そんな事に無駄な時間を使っている暇はない。
さっそく殿下専用機の構想をまとめないと。
あ、でもその前に画面の隅に表示された経過時間を確認する。
そろそろ彼が登場する時間だ。きっと彼も自分に出番が回ってくるなんて思って居なかったんじゃないかな。
さて、殿下はどんな戦いを見せてくれるのか。
アハ、胸がときめいちゃうよ。
◇
敵機から奪ったライフルを撃ち終えて投げ捨てると、再び剣を構え、敵機の集団の中へ飛び込んでいく。
斬り裂き、躱し、穿ち、跳び、貫き、薙ぎ払う。
フハハハハハハハハッ!
力だ。
望んでいた力、他者を圧倒する力だ。
想定していたものとは違うが、取れる行動の選択肢が増えたことは喜んで良い。
優れた身体能力と操縦技能を併せ持ったリリーシャには感謝しないといけないな。
だが今は全てを忘れ、目の前の戦いを楽しもう。
振り向きざまに振り抜いた剣がグラスゴーの首を切断する。
愉悦に快感を覚えた。
「濡れるッ」
何がとは、またどこがとは良い子のみんなは聞いてはいけないよ。
リリーシャさんとの約束だよ♪
ん? 俺は何を……。きっとテンションが上がりすぎて思考に影響を及ぼしているのかも知れない。少し冷静になった方がいいだろう。
刹那────
『退け、ここからは私が相手をする』
戦場に声が響き、新たな騎士が戦場に出現する。
しかしそれは普通のグラスゴーではなかった。
追加装甲により重厚さを増した鎧に装飾が施されたカスタム機。
その機体が手にしているのは、補助ランドスピナーを搭載した、身の丈と同等の巨大な剣。攻防一体の矛と盾と言ったところか。
外装だけではなく、内部も特別なチューンが施されていると考えてまず間違いない。
一見しただけで、今までの相手とは違う重圧を放っている。
時間経過に伴うボスの登場と言ったところか。
なに、臆する事はない。そろそろ刺激が欲しかったところだ。
立ち塞がるというなら排除するまで。
俺は操縦桿を握り直す。
「挑んでくるがいいよ。歓迎してあげるから」
◇
「どうだった?」
シミュレーターを降りてくる隻眼の男に、出迎えた女が声を掛ける。
ただ笑みを浮かべた女の表情は、男の答えを既に分かっていると言いたげだった。
「ご想像の通り、さすがとしか言い様がありません」
「でも貴方には敵わなかったけどね」
「それは機体も殿下自身も消耗されていたからです。条件が同じなら結果は容易く逆転していたことでしょう」
汗を拭いつつ、男は思ったままの事実を口にする。
技量、そしてあり得ない事だが、経験さえも相手が上回っていたのではないかと感じていた。
これ以上戦闘が長引いていれば、左目の封印を解き放つ選択肢が脳裏を掠めるほどに、本気にならざるを得ない相手だった。
条件が同じであったなら自分が敗北を喫することになっていたはずだ、と先程までの戦闘を思い返しながら考える。
ただ彼は知らない。
今し方自分が戦った相手との機体性能差を。
いや、知ったところで誇りはしないだろう。
ラウンズの戦場に敗北はない。
帝国最強の剣であるラウンズに勝る者もまたラウンズのみ。
それが模擬戦、机上戦、シミュレーターだとしても例外ではなく、ラウンズとしての地位を、名誉を、誇りを傷付けることは許されない。
現状ただ一人その覚悟を背負っているのだから。
「何れにせよ、間違いなく次代のラウンズとなられる力をお持ちかと。帝国の剣を担い軍を率いる立場となられれば、我らがブリタニアの覇道は揺るぎないものとなりましょう。
もちろん、それは貴女様が最もよく理解されているかと」
「ふふっ、そうね。でも私の娘なんだからそのくらい当然よ」
言葉とは裏腹に女はどこか誇らしげに笑う。
その様子に男も頬を弛めた。
「リリーシャ様のこと愛しておられますね」
「もちろん愛してるわよ。今はまだ私の次に、ルルーシュと同じぐらいだけどね」
彼女らしい言い回しだと男は思う。
だけど彼は女の傍に長く居たためか気付かない。
それとも女が身に付けた仮面が完璧すぎて悟らせないのか。
その口で囁く愛が歪なものであると。
「さて、じゃあ私は愛しい我が子を迎えに行くとしましょうか。後の事は頼んだわよ」
「イエス、ユア・ハイネス」
「でもあの娘負けず嫌いだから、今頃へそを曲げていないと良いけど。苺のデザートでも用意したら機嫌直してくれないかしら」
男は応え、女の背を見送る。
やがて訪れる未来。美しき二人の戦女神によって導かれる、強き祖国の姿を思い描きながら。