「ふ~んふふん~♪」
上機嫌で大学の研究室へと戻ってくる。
その道中も今日の出来事を思い出すと、もう笑いが止まらなかった。
すれ違った人みんなが道を譲り奇異な視線を向けてきて、それでいて目が合うとすぐに逸らされたりするけど全然気にならない。
予期していなかった想定外の結果。
あの光景を見て、興奮しないKMF開発関係者はこの世界に居ないだろう。
そこにKMFの未来を見るには十分すぎる内容だった。
僕の研究が間違っていなかったと証明されたような気分だよ。
けれど最後は少し残念だった。
終始殿下が圧倒していたが、決めきることが出来ず、エナジー切れと脚部への過負荷の半ば自滅。
いくら卓越した操縦技能を有していても、こればかりは機体側の問題だ。
現状ではドライブの出力に比例して消費電力が増加し、活動限界時間が短くなってしまう。バッテリー駆動式のKMFの欠点といっても良い。現状ではバッテリーの蓄電性能向上を目指すしかないが……う~ん、永久機関とか造れないかなぁ? それが無理なら最低でも非接触式送電システムぐらいは実現したいね。
脚部に関しても殿下の機動に耐えられる強度に再設計が必要なのは確実。もし殿下の機体がグラスゴーだったなら、第三陣を捌けたかどうかも怪しいと言ったところだろう。
それらの点を踏まえ、殿下はエナジー効率や損耗を考えた無駄のない戦い方をしていたけど、最後の相手には余裕を失ってしまったようだ。
さすがはナイトオブワン=ビスマルク・ヴァルトシュタイン卿。例えカスタム機だとしても、あの機体性能差であそこまで粘り、結果的に勝利を収めるなんて、帝国最強の騎士の称号を得るだけのことはあるね。
ただその実力は確かだけど、彼はもう既に完成してしまっている。ナイトオブワン、それ以上でも以下でもないだろう。
今後の成長を考慮した時、残念だけど、やはり殿下クラスの価値はない。
そもそも機体が万全なら殿下の勝ちは揺るぎなかったはずだ。
もちろん、実戦だったらそんな事は言ってられないと理解はしている。
結果が全てであり、仮定は無意味だと。
敗北は死を意味していた。
でも当然そんな事はさせない。
殿下が実際に戦場に立つかどうかなんて今はまだ分からない。
けどKMF戦闘においては二度と敗北はあり得ない。
その為に僕が居るんだから。
そう、二度とあんな結末には……。
ん? あんな結末?
一体僕は何を言ってるんだろうね。
でも何故だろう?
胸の奥がひどくざわついている。
う~ん……。
「アハ♪ ま、いいや」
さあ、燃えてきたよ。
殿下の能力を活かせる殿下だけの機体を造り上げないと。
腕が鳴るよ。
今夜は眠れないね。
ま、そもそも興奮して眠れそうもないから、寮じゃなくてこっちへ戻ってきたんだけど。
「何だい、ロイド。随分とご機嫌じゃないの。いつにも増してだらしない顔してさ」
不意に声を掛けられ、思考から抜け出した僕が視界に捉えたのは、白衣を纏い、キセルを手にした褐色肌の女性だった。
「あ、居たんだ、ラクシャータ」
ラクシャータ・チャウラー。
中華連邦インド軍区から単身でブリタニアの技術を学びに来た留学生であり、同じ研究室に所属するメンバーの一人だ。
「ずいぶんな言い様だねぇ、まったく」
ラクシャータは眉を顰めながら鋭い視線を向けてくる。
「だってこんな時間まで残ってるなんて普通は思わないよ」
「それはお互い様」
「それで君の方は何か進展があったのかい?」
「分かってて訊いてるんなら最悪よ。
理論自体は大まかにはできてるだけど、力場の制御とエネルギー効率の問題がねぇ」
そう言って彼女は紫煙を燻らせる。
どうも上手くいっておらず、ストレスが溜まっている様子。
彼女が独自に研究しているのは、輻射波動機構という名称のマイクロ波誘導加熱システムの兵器転用。簡単に言えば電子レンジの兵器版みたいなものだ。
僕の趣味じゃないけど面白い発想だとは思う。いくら強固な装甲を纏っても、内側から誘爆させられては一溜まりもないだろう。シミュレーション結果を見る限り、現時点では対象に最接近しないと効果が無いみたい。
ただKMFに搭載しても取り扱いは難しそうだね。
よほど優れたデヴァイサーじゃなきゃ扱えない奇想兵器だけど、殿下なら使いこなせるかな? あ、もちろんラクシャータに殿下を渡すつもりは毛頭ないよ。あくまで単なる仮定の話だ。
医療用サイバネティック技術にも精通する彼女は、民生機フレームに多大な関心を抱き、アッシュフォード財団傘下の福祉研究機関に在籍。そこでの研究成果を踏まえ、僕と同じようにKMFへの技術導入に関して、早期に検討する発想力も持っている。
僕が認める──もちろん本人には口が裂けても言わないけど──数少ない人間の一人であり、好敵手って言っても良い存在なのかなぁ? 性格悪いけど……。
「なんだいその目は?」
「あはぁ、何でもないよ」
睨まれちゃったよ。
取り敢えず笑って誤魔化しておこう。
「まあいいさ。そう言うアンタこそどうしたんだい? 気持ち悪いぐらい上機嫌だし、それにてっきり今日はもう戻って来ないのかと思ってたんだけどねぇ」
「うん、そのつもりだったんだけど……、出掛けた先でちょっとね」
本当は素晴らしい逸材である殿下の事を自慢したかったし、シミュレーターの映像を見せて同じ研究者として興奮を分かち合いたかったんだけど、他国民への機密情報漏洩はさすがに拙いよね。
念願叶って求めていた存在が目の前に現れたんだ。ここで下手なことをして研究が続けられなくなったら死んでも死にきれない。
君がブリタニア人だったら良かったんだけど……ごめんね、ラクシャータ。
「ってか君、気持ち悪いって酷いこと言うね。せっかくの気分が台無しだよ」
「だって事実だし」
まるで悪びれた様子のないラクシャータ。ま、普段から皮肉を言い合う仲だから一々気にする事もないんだけど。
さてと作業に移る前に糖分でも補充しておこうと思う。やっぱり脳を効率よく動かすには甘い物が重要だよね。
席を立ち、向かう先は研究室の片隅に置かれた冷蔵庫。研究や実験用ではなく、所属メンバーの私物が収められている。
「アハ、愛しのプリンちゃんとご対め~ん♪」
冷蔵庫の中で冷やされているプリン──もちろん複素環式化合物の方じゃないよ──の姿を思い描きながら扉を開く。
プリン。そう、それは至高の食べ物だ。プリンさえあれば他の料理を食べなくても生きていける自負がある。あ、でもセシル君が作ったやつは……分かるよね?
それと比べることは畏れ多いけど、殿下が作ってくれる苺プリンは至高と言っても過言じゃない。苺好きの殿下が自らの舌を満足させるために作ったんだから当然だよね。また作ってくれないかなぁ。
何て考えながら冷蔵庫の中に視線を巡らせるが────
「僕のプリンが……ない?」
その事実に漠然とする。
いやいや、そんなはずはない。
確かに朝の時点では残っていたはずだ。
僕がプリンを見間違うはずがないじゃないか。
「それならてっきり残り物だと思って勿体ないから食べたわよ。あれあんたのだったのかい? 今度からはちゃんと名前を書いておきなさいよぉ、プリン伯爵」
意地悪い声が背後から聞こえてくる。その顔には嫌な笑みが張り付いていることだろう。
くっ、ラクシャータ。また君か……。
僕の好物がプリンだと知らない者はこの研究室には居ない。絶対に確信犯だ。きっとまた僕が激昂する姿を見て楽しもうって魂胆なんだろう。彼女曰くストレス発散の一種らしい。
ああもう、例え心の中だったとして謝って損した気分だよ。
「はぁ……仕方がないから購買に行ってくるよ。財布どこに置いたかな」
いつもなら感情的になり、醜態を晒してしまうところだけど、今日は殿下のお陰で気分が良いし、余裕があるというか寛容になれそうだ。
あ、ちなみにこの大学の購買部には、何と素晴らしい事にプリンの自動販売機が設置されている。まあ僕が頼んでおいて貰ったんだけど、きっとみんなも喜んでくれているはず。
大学にいても24時間プリンが買えるなんて、我ながら素晴らしい功績だと思う。その事を告げた時、セシル君はすごく複雑な表情を浮かべ、ラクシャータは鼻で笑ったけど、二人とも内心は喜んでいたはず。だってプリンだよ?
「っ……」
振り返るとラクシャータは驚愕の表情を浮かべていた。
残念だったね、今日は君の思い通りにはならないよ。なんて少しだけ勝ち誇った気分になっていたら────
「……まさか、あのプリン馬鹿のロイドが怒らないなんて一体何が起きているって言うんだい? 明日世界が滅びるとか……。いや、それよりも病院へ行こう、ロイド。付き添ってあげるから。大丈夫、きっとすぐに良くなるはずさ」
何だか凄く心配されたんだけど、この場合どうしたら良いんだろ?
うん、でもさすがに失礼だと思うんだ、ラクシャータ。
いや、本当に脳外科も神経内科も精神科も必要ないから。
怒っても良いよね?
微妙に混乱しているラクシャータを宥め、僕は研究室を後にする。
彼女は普段僕にどんな印象を持っているんだろう。
やはりプリン馬鹿なのだろうか?
そんな事を考えていると溜息が零れた。
購買を目指して薄暗い構内を歩みながら、殿下との出会いを思い返してみる。
そう、あれは忘れもしない、というか忘れることが出来ないインパクトのある出会いだった。
場所はアッシュフォード側のKMF開発に関連した施設。医療用サイバネティクス技術のKMF導入を検討していた時期だったから見学に訪れていた。
そこにマリアンヌ様──アッシュフォード家が開発を進めるガニメデのテストパイロットを務める──とお近づきになれないかなぁ、なんて思惑もなかった訳じゃない。だからわざわざ下調べをして、マリアンヌ様の訪問中を狙って行ったんだけど。
そこで僕が実際に出会ったのは、件のマリアンヌ様ではなく、マリアンヌ様似の麗しい幼女だった。麗しい幼女って表現はどうかと思うけど、その言葉が最も端的に、年不相応な魅力を持つ彼女の容姿を表している。
見覚えはなかったけど、マリアンヌ様の外見的特徴を色濃く受け継いでいる事実と、ルルーシュ殿下と瓜二つだという事実から考えれば、彼女がマリアンヌ様の娘であり、また皇族である事は想像に難くなかった。
これはチャンスだと思った。
将を射んと欲すればまず馬を射よ、という言葉もある。
本来子供は苦手、いや、正直に言えば嫌いだった。我が儘で感情の起伏が激しく、予期せぬ行動を取る煩わしい存在でしかない、と。
けれどすぐにこれが偏見でしかないと思い知らされ、無神論者である僕がその出会いを神に感謝することになるんだけどね。
何れにしても彼女を利用すればマリアンヌ様と接点が出来ると考えた。しかも幸いな事に彼女の方から接触して来たし、剰えその態度は好意的でもあった。
言い方は悪いけど、すごい掘り出し物を見付けたような気分。でも実際は逆で、見付けられたのは僕の方なんだろうけど。
だがその後の展開は予期せぬものだった。
まず第一に接触してきた理由が、僕が以前発表した論文を読んで興味を持ったからだと言う。
真摯な眼差しを僕に向け、そう告げた彼女が嘘を吐いているようには思えなかった。
絶対に子供が読まない、大人でもその論文の存在を知る者すら極少数だというのに、一体誰がそれを予測できただろう。現に僕は出来なかったよ。本当に殿下は、いつも僕の予想の斜め上を行く方だ。
確かに彼女は同年代の子供とは比べものにならないほど、その立ち振る舞いには落ち着きがあって大人びている。語彙も豊富で、相手を気に掛ける余裕、また広い視野を持っていた。もし実は僕と同年代だと言われても納得してしまうかも知れない。
この時点で僕の彼女に対する評価が、子供から異質な存在へとランクが上がる。
少し警戒した方が良いと思ったんだけど、どうやら手遅れだったみたいだ。
「共犯者になってくれないかな?」
年不相応──魔女の如く蠱惑的──な微笑みを浮かべて彼女が告げる。
一体どんな流れでそんな話になったのか正確には覚えていない。
ただあまりにその言葉は衝撃的だった。
困惑する僕に対して、彼女は言葉を続けた。
「貴男にとっても悪い話じゃない。私の身体はきっと貴男を満足させられると思うから」
正直何を言っているんだろうこの子供は、と思わなくもなかった。
捉え方しだいでは、とても危ない意味になると思うだ。男にそんなこと言っちゃダメだよ。
まったくどんな教育してるんだろう。親の顔が見てみたい……マリアンヌ様だね。あの方は放任主義っぽいからなぁ。
あ、念のために言っておくけど、僕は特殊性癖保持者ロリコンじゃないから。
「もちろん今ここで答えを求めている訳じゃないから安心して欲しい。取り敢えず今日の所は検討材料にこれを渡しておくよ」
彼女が差し出してきたのは情報記録用のディスク。
それを僕は手渡されるままに受け取る。
「ではまた会える日を楽しみにしているよ、アスプルンド卿。今度は君の方からデートに誘ってくれると嬉しいかな、ふふっ」
そう言い残して去っていく彼女の後ろ姿を、僕はただ無言で見送る事しかできなかった。
第三皇女=リリーシャ・ヴィ・ブリタニア。
僕は彼女の存在を計りかねていた。
しかし結果的に彼女の、殿下の言葉が最高の殺し文句だったことは言うまでもない。
僕と殿下の関係はその日を起点に始まった。
率直に言って殿下は全てが異常だった。本来生物に興味のない僕でも興味を抱いてしまうほどに。
保有する知識量や深慮な思考力、精神構造の異常さは出会って直ぐに思い知らされたが、身体能力もまた同年代の子供とは比べものにならないほどに高い。
そしてそれはKMFの適性にも及んでいる。状況判断、反応速度、シンクロ率、その他全ての数値が円卓に所属するエースと呼ばれるパイロットと同等かそれ以上。計測不能を記録したこともあるマリアンヌ様に次ぐ数値であり、今後の成長を思えばその潜在能力はマリアンヌ様に匹敵し、また凌駕する事だって充分に考えられる。
さらには柔軟な発想力を持ち、殿下自らが仰った「所詮は兵器、人型に拘る必要ない」という言葉を体現する対KMF兵器開発構想には驚かされた。
制空権の確保の為とKMFの空戦性能の低さを突いた新型戦闘機。気品も矜持もない、ただ戦闘のみに特化した鋼の獣=ナイトメアビースト、及びナイトメアドラグーン。
これらが単なる子供の思い付きだったならどれほど良かったことか。添えられた詳細なデータを読み解く限り、現状のKMF開発の根底を揺るがすことが出来てしまう。何より実現不可能の一歩手前で纏められている事実に戦慄するしかない。
本当に末恐ろしいね。
こんな子供が果たして実際に存在するのだろうか?
夢か幻でも見ているんじゃないのかとさえ思った事もあるけど、実際に目の前に存在したんだから苦笑するしかない。
僕と同じようにこちら側=狂い壊れた人間じゃないのかと疑ってしまう。狂っているとまではまだ判断できないけど、少なくとも一般人の目線に立って客観的に見れば同類なのかも知れない。それがちょっと嬉しく感じるあたり、僕ってもう手遅れなのかな? 違うよね?
ここまで来ると殿下には悪魔が憑いているんじゃないのか、実はそもそも人間じゃないのでは……という荒唐無稽な考えに至ってしまうのも無理はない。
現にその肉体には人為的に手が加えられた痕跡を見付けてしまった以上、その出自には何か裏があるのだろう。
十中八九マリアンヌ様が関わってるよね。あまり深入りすると身を滅ぼすことは必至だから、追求するつもりはないけど。
今は僕を満足させられるという殿下の言葉が偽りではなかったこと。そして殿下が僕を選んでくれた事実に歓喜しよう。
ただ今日久しぶりに会った殿下に僕は違和感を感じた。
何がとは明確に言葉に言い表す事は難しい。
その存在が異常であることには変わりないんだけれど、少しだけ異常の質が変化しているような気がした。
最大の理由は既視感かも知れない。
既に顔見知りなんだから既視感も何もあったものじゃないと思うんだけど、僕の心には懐かしさに似た感情さえ去来する。
殿下は殿下なんだけど、殿下じゃない殿下と再会したような気分だった。自分でも何を言っているのか理解出来なくて困る。
だけどそれと同時に、何故だが殿下に為に何かしてあげたいという想いが強くなっていく。
本当にどうしたんだろう?
まさかこれが噂に聞く恋だなんて言うのかな?
そんな馬鹿馬鹿しいと自分でも思える思考を続けながら僕は購買を目指す。
うん、取り敢えず気分転換にプリンを食べよう。
全てはそれからだよね。