コードギアス 黒百合の姫   作:電源式

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第25話

 

 混濁していた意識が明瞭さを取り戻し始め、同時に焦点の定まらなかった視覚機能も正常に働き始める。

 

 っ、ロロ!?

 

 真っ先に思い浮かんだのは意識を失う直前に見た弟の姿。探すもその姿はどこにもなく、ただ目の前には薄暗い空間が広がっているのみだった。

 

 ロロ・ランペルージ。

 ブラックリベリオンでスザクに敗れた俺はあの男の前に引き立てられ、記憶改変のギアスによりゼロに関する記憶、皇族であった時の記憶、そしてナナリーの記憶を奪われた。

 そんな俺に新たに与えられた役は──表向き──コード保持者である魔女を誘い出す為の餌として、エリア11の狩場=アッシュフォード学園で学生生活を送ること。

 あの男とV.V.の間に意見対立のあったようだが、何とも回りくどい手段を執ったものだと改めて思う。

 餌となった俺の監視役であり、記憶を取り戻した際、再びブリタニアに反逆する前に始末する事を目的として、ギアス嚮団から機密情報局に派遣されたのがロロだった。

 その人選はおおよそV.V.が計画を了承する交換条件として、自分の支配下にある嚮団関係者を送り込もうと画策した結果だろう。

 最初はナナリーの居るべき場所に何食わない顔で存在している事が許せず、嫌悪の情を抱かずにはいられず、懐柔し、利用し尽くし、使い潰す気でいた。

 そして俺にとって日常の象徴であったクラスメイト=シャーリーを手に掛けたことを知った時、明確な殺意すら抱く。

 だから俺はロロを殺すつもりでいた。殺そうとして殺しきれず、その結果、ロロは俺を守って永遠の眠りに就く。自分が利用されていた事を自覚していながら、自分を罵倒し、殺そうとした俺なんかを最後まで兄と慕って……。

 ロロが何を考え、何を思い、その結論に辿り着いたのかは分からない。

 それこそマオが持つ読心のギアスやラグナレクの接続の完遂を迎えた後の世界でしか、他人の本心を識ることなど出来はしないだろう。

 だがその純粋すぎる想いは、俺のロロに対する認識や見解を改めるには十分だった。愚かしくも単純だと笑うなら、好きなだけ笑えばいい。

 それでも俺は今、ロロをギアス嚮団から救いたいと思っている。

 

 嚮団の駒であり続ける限り、やがて訪れるであろう結末を予測することは難しくないだろう。

 ロロに発現したギアスは絶対停止の結界と呼ばれる、任意に変更可能な効果範囲内の人間の体感時間を停止させる能力。

 その能力を嚮団は暗殺任務に使用し、破格の効果を得ていたとされている。

 しかし万能の力など存在しないということか、絶対停止の結界には看過できない副作用があった。ギアスの発動中、使用者の心臓は停止する。その為、長時間の使用や連続使用は心臓に大きな負荷を与える事となり、心不全を引き起こし、最悪の場合は心停止という結果を生む。もちろん心臓だけでなく、血中酸素の低下による脳を始めとする臓器へのダメージは計り知れない。

 

 それを理解していながら嚮団はギアスの使用を強要し、また断ることの出来ない状況を作り上げている。

 ギアスの研究開発、実験には莫大な資金が投入されている以上、生み出したギアス能力者を簡単に手放すことはないだろう。

 故にロロを始めとする被験体となった子供達は、逃れられない闇の中で、その決して長いとは言えない生涯を終える。

 

 どうにかしたいと願っても、それを叶えられる力は今の俺にはない。

 それこそ正当な手段で実現する為には皇帝の座を手にする必要があるが、問題なのは先に挙げた穏健策と同様、リリーシャが行った宣戦布告による影響だ。皇帝と敵対した以上、最悪の場合は廃嫡、つまりは継承権の剥奪の可能性も覚悟しなければならない。

 尤もこの手段には相応の時間を要するため現実的な妙案とは言えず、もしその期間に嚮団がブリタニアからの資金提供を必要としないだけの資本を確立すれば、ブリタニア皇帝の影響力は失われていく。さらに考慮すべきはブリタニア以外の国との繋がりだ。現に俺が殲滅命令を下した拠点は中華連邦領内に存在し、他にもEUや中東、アフリカ諸国勢力下にも拠点があったことは確認している。各国政府との繋がりはなかったようだが、仮に嚮団がブリタニアから離れ、他国と結び付き、そこから情報や人材が流出したとしたら……。

 超常の力=ギアス。相手にするには厄介すぎると、身を以て知っている。ギアス飛び交う戦場なんて想像したくもない。

 

 もちろん別の案としては、嚮団の意思決定権を持つ嚮主の座を確保するという手段も考えられる。

 簡単なのはV.V.からコードを奪い、コード保持者として嚮主に君臨することだが、現時点ではその前提となるギアスを手にする、もしくはギアスを再び使用することが出来るか分からない。

 ならばV.V.の身柄を確保し、洗脳または精神を破壊することで傀儡とするのも吝かではないが、第五后妃暗殺事件という確定された接触の機会を逃してしまった以上、身柄を確保する事も難しい。

 

 結論としては何れにしろ現時点では保留にするしかなかった。

 こんなに近くにいるのに、今はまだ手が届かない。

 もどかしさだけが強く後を引く。

 

 

 

    ◇

 

 

 

 そろそろ閑話休題としようか。

 ルルーシュくんはセンチメンタル過ぎるよ。まあそれもある種の美点ではあるんだけど、過去や未来ばかり見ていないで現実を見た方が良いと思うのは私だけじゃないはず。短くもあれだけ波乱に満ちた人生を歩んだ結果としては分からなくもない。だからこそ今という刹那の価値を見直して欲しいとも思うのだけど。

 

 身体を動かそうとしても筋肉が弛緩しているのか動かない。意識の混濁といい、薬でも使われたかな? 

 よほど警戒されているようだね。

 まったくルルーシュくんが好戦的な態度を取るからだよ。これは可憐で儚いリリーシャさんのイメージに傷が付いてしまったかな? ん、なに? 文句があっても聞かないよ。

 

 ふと視点を落として気付く。

 どうやら身体の自由が奪われているのは薬だけが理由ではないようだ。

 私が今身に付けているのは──かつて寂しがり屋の魔女が自分にはお似合いだと皮肉を込めて自ら纏うこともあったらしい──ブリタニア製の白い拘束衣。

 無理に動かそうとすれば身体に食い込み、何とも言えない気分にさせてくれる。

 ふふっ、一体誰が着替えさせたんだろうね?

 

 特に羞恥に頬を染めることもなく、唯一自由な首から上を動かして周囲に視線を向けてみる。

 周囲に監視者などの気配はなく、呼び出した張本人を除けば、私一人がこの薄暗い空間に放置されているようだ。拘束衣のことも考えれば、これはあれだね。放置プレ───んんっ、危ない危ない。ついつい可憐な幼女に相応しくないワードを口にしてしまうところだったよ。

 どうやら柄にもなくテンションがおかしいようだ。でも私だって喜怒哀楽のある人間だからね。こうも事態が順調に進んでいると舞い上がってしまうのも無理はなく、むしろ人として自然なことだと思うんだ。と自己弁護しておくよ。

 もちろん、だからといって最後まで気を抜くようなヘマはしない。ここまで来て足下を掬われたくはないからね。

 

 さてこの薄暗い空間についてだが、よくよく見ると単に光源が落とされた謁見の間のようだ。でもこうして見ると結構雰囲気が変わるね。

 まるでスポットライトを浴びるかのように光に照らし出された玉座。そこに腰を下ろすのは当然我らが父、ブリタニア皇帝=シャルル・ジ・ブリタニア。

 ルルーシュくんの記憶──ブラックリベリオン敗戦後──で見た光景を思い出し、思わず笑いそうになる。似てるとは思わないかい? 果たしてこれは偶然かな、それも必然なんだろうか?

 ま、どちらでも構わないんだけど。

 

「これはこれは皇帝陛下、このような格好で失礼するよ。

 しかし陛下は実の娘との拘束プレイを御所望されるようだね? さすがは陛下、凡人には理解しがたい高尚な趣味をお持ちでいらっしゃる」

 

 まずは簡単なジャブだね。

 久方ぶりの親子の語らいだ、問答無用でギアスを使用してくる可能性は低いだろう。

 さてどう返してくるか。

 

「お前はマリアンヌによく似ておるからな」

 

「は?」

 

 ……少々予想外だね。

 これが俗に言う藪蛇というものなのだろうか?

 最も愛していた妻を失い、狂った夫が妻の面影を色濃く残す娘に手を出す、とでも言うのかな?

 確かに後十年ほど経てば、母マリアンヌに優るとも劣らない容姿へと成長すると私自身も見込んでいる。が、今現在も過去も未来も、私達の続柄が親子だという事実は絶対に変わることはない。

 となればそれ何てエロゲ? それ何て昼ドラ?

 

 最終的に妻を百八人娶るぐらいなんだから、この男が例え異常性癖者でも驚きはしない。

 だけど私と?

 いやいや、さすがにあり得ないよ。

 目の前のロールヘッドは私の趣味じゃない。この男に惚れ込んでいた母マリアンヌの男のセンスは到底理解できない。ギアスを掛けられた結果だと言われた方が、よほど納得出来るというものだ。

 ギアスによって記憶を改変されてしまえば、舌を噛むことすら許されずに辱められてしまうのだろう。いや、自ら腰を振ることだって考えられる。

 本当に恐ろしい力だと改めて思うよ。

 

「冗談だ」

 

 そう言って父シャルルは、戸惑う私に笑みを向けてくる。

 

「っ」

 

 くっ、この私が言葉一つでこうも易々と取り乱すとは……なんて失態だ。戯れ言で相手──現時点では主にルルーシュくんだけだが──を惑わすのは私の専売特許だというのに……。

 さすがは我が父だと思わなくもない。

 しかし例えラグナレクの接続なんて趣味の悪い冗談を実現しようとしていると識っていても、まさかこの男の口から冗談を聞けるとは思っていなかったからね。

 私から言い出した事とはいえ、折角の雰囲気が台無しだよ、まったく。

 

「そう、なかなか面白かったよ。笑えはしなかったけどね。

 それで何の用かな? 私の意志は既に表明したはずだよ。故に最早語る言葉は必要ないと思うんだけど、違うかな?」

 

 もちろん呼ばれた理由は分かっている。ルルーシュくんの想像通り、ギアスを掛ける為で間違いない。暗殺偽装に際しての辻褄合わせだね。

 私としては即座にギアスを使用されても問題はないんだけど、どうやら我が父には思うところがあるようだ。皇帝の仮面の下から父親の顔が覗いているのかも知れない。母親という仮面も数ある仮面の一つでしかない母マリアンヌとは違うね。

 

「今一度問う。お前は何を求めておる?」

 

「私はただ願っているだけだよ。過去でも未来でもなく、『今』の世界の存続を」

 

 刹那、父シャルルの顔付きが僅かに険しくなる。

 私の答えの真意に気付いたのだろう。むしろこれで気付かない方がどうにかしているか。

 

「どこまで知っておる」

 

「何のことを言ってるのか分からないけど、私の知っているところまで知っている、としか言えないね、ふふっ」

 

 ただの言葉遊び。

 最初から真面目に答える気なんてさらさらないよ。既に知りたい情報の大部分は手にしているんだから、わざわざ相手にこちらの情報を与える必要はない。

 全てを聞き出したいのなら早くギアスを使用して、従順な奴隷にでも記憶を書き換えれば良い。尤も望んだ通りになるとは限らないけどね。

 

 訪れる沈黙。

 父シャルルは目を閉じ、今後の対応を熟慮しているようだ。

 さて、一体どんな結論を導き出すやら。

 

(こちら)に付かぬか、リリーシャよ」

 

 嗚呼、失望だよ、父上。

 私からの宣戦布告を忘れるほど耄碌する年じゃないよね? もしそうなら老後の介護に不安を覚えるよ。

 確かに貴族達が参列していたあの場では、ブリタニア皇帝としての威信を傷付けるわけにもいかず、ああ応えるしかなかったのは理解している。というか応えてくれると確信していたからこその発言だったわけだけど。

 ここに来て、まだ情の尻尾が邪魔をしているのかな? 

 結果を重視していながらプライドを守り、情に流される。そういう所はルルーシュくんと似ているね、さすがは親子だ。

 仕方がない、もう一度皇女として働き掛けてみるか。

 

「残念ながら陛下と私が歩む道が交わることはないでしょう。

 そして考えを改めるつもりもございません。私はただ私の望むがままにのみ動かせていただきます。

 その障害となるのでしたら、それが産みの親でも血を分けた兄妹でも、親しい友人でも愛する恋人でも、例え私自身だとしても排除する覚悟があると、リリーシャ・ヴィ・ブリタニアの名に懸けて誓いましょう。

 故にこの覚悟、陛下といえども打ち砕くことは容易ではありませんよ? さて如何なさいますか?」

 

 私は自分の為だけに動き、ルルーシュくんのように他者を顧みるつもりはない。

 自己中心的? 我が儘? 性格が悪い? 腹黒? 何を今更、大いに結構。

 私の意志を、思考を変えたければ、それこそギアスでも使わなければ不可能だよ。

 さてここまでお膳立てし、背中を押してあげたんだ。

 後は分かっているよね?

 

「……そうか」

 

 重々しく呟き、父シャルルは玉座から立ち上がる。

 嗚呼、いよいよだね。興奮してきたよ。

 

 私は視線を逸らすことなく、睥睨する父シャルルの視線を受け止める。

 

「シャルル・ジ・ブリタニアが刻む────」

 

 その双眸に浮かび上がるギアスの紋章。

 ギアスの暴走を克服し、左右の瞳にギアスを宿すまでに至った存在。

 これが達成人か。

 

 初めて見るギアスの輝きは禍々しくも綺麗だった。

 

「偽りの記憶」

 

 発動するギアス。

 飛び立つ紅き凶鳥が、視覚を介して脳へと侵入して行く。

 記憶を喰らい、書き換え、都合の良い駒へと作り替える視覚毒。

 その事実を知っていながら、私はそれに抵抗することなく、むしろ進んで受け入れた。

 

 急激に遠ざかっていく意識の中、私は笑みを浮かべる。

 さあ、最後の仕上げといこうか────

 

 

 

     ◇

 

 

 

「……これで良いのか」

 

 静まり返った謁見の間、誰かに問い掛けるような呟きがシャルルの口から零れ落ちる。

 

「ええ、上出来よ」

 

 その呟きに満足げに応えた声は、艶やかな女のものだった。

 

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