コードギアス 黒百合の姫   作:電源式

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幕間 鳥籠の楽園

“お兄様は悪魔です!”

 

 床に倒れた最愛の妹。

 彼女は冷たい瞳で睨み上げ、憎悪の叫びを上げる。

 

“卑劣で、卑怯で……。なんて……なんてひどいっ……!”

 

 開いたばかりの綺麗な瞳は、怒りと絶望の色を宿し、涙によって飾られていた。

 零れ落ちる嗚咽。

 

 ああ、そうだ。それで良い。

 今の俺はお前が知っている兄ではない。

 憎悪の視線を向けられ、陰ながら罵倒を浴びる悪逆皇帝。

 この世界に命を捧げることを決めた魔王。

 誰からも愛されるべき存在ではない。

 共に贖罪の位置を選んだ親友からも、背を預けた共犯者からも、そしてただ唯一の家族からも……。

 

 そう考えていた。

 

 なのに────

 

“愛しています!”

 

 死の間際、彼女の口からその言葉を聞いた気がした。

 意識は混濁し、既に遠退き始めていたが故に、それは俺の希望、都合の良い妄想に過ないのだろう。

 

“ずるいです……私はお兄様だけで良かったのに……お兄様の居ない明日なんて……それなのに”

 

 だからこれは夢だと自嘲する。

 愚かしくも心のどこかで彼女に理解されたいと望んでしまった弱い俺が見せる夢だと。

 爆発的に広がる歓声。

 地鳴りのように響くゼロコールの中、俺の遺体に縋り付き、ナナリーは泣き叫ぶ。

 それが不可能だと理解しているが、出来ることなら抱きしめ、もう一度その柔らかな髪を撫でてやりたかった。

 こんな俺のためにお前が涙を流す必要はない、俺はお前の笑顔が好きだと伝えたかった。

 だが、願いが叶うことなどありはしない。

 分かっている。

 この押し潰されそうな胸の痛みも、俺が受けるべき罰の一つだ。

 

 どれだけの時間が経っただろうか。

 依然周囲の喧騒は続いている。

 世界の悪が滅び、再び英雄が生まれたのだから無理もない。

 

 ナナリーは泣き続けた。周囲の全てを意識の外に置き、俺の遺体から離れようとすることなく、涙と共に己が感情の全てを吐き出すように。

 

 ふと彼女は徐に顔を上げる。

 未だ涙を流し続ける紫紺の双眸。

 流れ出た俺の血で紅く彩られていたその顔に浮かぶのは、まるで全てのしがらみから解き放たれたかのような晴れ晴れとした笑顔。

 

 吹っ切れた。と思えないのは決して思い上がりなどではない。

 一見して無邪気にも思えるその笑みは、何かが欠けていると本能的に悟る。

 

 笑う、嗤う、嘲笑う。

 泣きながら、ただ壊れたように。

 

“こんなの間違っています。間違いは正さなければいけません”

 

 その言葉を耳にした瞬間、戦慄に震え、止めどない不安が込み上げる。

 ッ、何を……言っている?

 

“ええ、そうです。だから私はこの世界をぶっ壊します。ゼロも私が殺します。見ていて下さい、お兄様”

 

 亡き兄に誓う宣言。

 彼女の姿が過去の自分に重なった。

 母さんを殺され、あの男に棄てられ、祖国を追われ、再び得た仮初めの平穏さえ奪われ、復讐を決意したかつての自分。

 その胸に抱くは復讐の二文字。

 だが目的を達成した果てに、どれだけの新たな悲劇を生むことになるのか、俺は嫌と言うほど知っている。

 

 ……止めろ、止めてくれ!

 そんなこと俺は望んでいない!

 

 刹那、俺の願いを嘲笑うかのように世界が暗転する。

 

“偽りの英雄を、ゼロを認めた世界中の皆さん。お願いです、消えて下さい”

 

 視界を覆い尽くす光の奔流。

 フレイヤ弾頭という名の悪魔が生み出した輝きが街を、大地を、人を、世界を呑み込んでいく。

 抵抗を嘲笑い、祈りを踏みにじり、悪意を振りまきながら。

 死の閃光に照らし出される絶望の未来。

 国家が、生命が、想いが、思い出が、明日が消えていく。

 全てが(ゼロ)になる。

 

 何で……どうしてこんな……。

 

 ゼロレクイエムを完全に否定され、最愛の妹の凶行と滅び行く世界を見せ付けられ、放心状態に陥った俺の思考はただ疑問に満ち溢れていた。

 

“今の私をお兄様が見たらきっと悲しみに心を痛めることでしょう。激しく叱責を受け、その手で私の命を奪う事だって考えられます。

 ああ。もしそれが実現すればどんなに嬉しいことでしょうか。私はここに居ます、さあ早く殺しに来て下さい。早くしないと世界が無くなってしまいますよ?”

 

 宇宙空間への廃棄、太陽焼却処分の決まっていた天空要塞ダモクレス。

 その最上部に在する天空庭園に置かれた玉座に一人座るナナリーは、まるで誰かを迎え入れるかのように両手を大きく広げて天を仰ぐ。

 だが言葉を返す者は誰も居ない。

 

”……ふふっ”

 

 無駄だと、自分の望みが叶う事は永遠にないのだと既に理解していた。

 それでもこの段階になってもまだ、戯れ言を口にしてしまう自分を笑わずにはいられなかった。

 

“もうお兄様が悪いんですよ、私を一人置いて先に逝ってしまうから。

 だから────”

 

 諦観と絶望に支配された暗い瞳に、滅び行く世界を映しても何ら表情を変えることなく、ナナリーはフレイヤの発射スイッチに掛けた指に力を込めた。

 

 いくら叫んでも声にはならない。

 ただ眺めることしか出来ない俺を絶望と無力感が嘖む。

 

 幼くも蠱惑的な少女の声が脳裏を過ぎった。

 

“ところでキミは考えた事があるのかな? キミの死を喜ぶ者が居る一方で、キミを殺めたゼロに憎しみを抱く者が居る可能性を。

 人の思想は千差万別、十人十色、多種多様だからね。

 ほら、また生まれたよ。憎しみの連鎖を断ち切ったと思った瞬間、新しい憎しみが”

 

 そう告げたのは誰の声だったか。

 いや、そんな事はどうでも良い。

 やはりこれは夢だ。絶望に満ちた悪夢という名の……。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

「────シュ、ルルーシュってば」

 

 その声ともに身体を揺すられ、俺の意識は闇の中から浮上する。

 重い瞼をゆっくりと開け、瞳が正常な視覚機能を取り戻していくと同時に、曖昧な思考が稼働を開始した。

 視界に映り込んだのは黄昏色の光に照らし出された室内。

 備え付けられた大型液晶、整然と並んだ机。

 静寂に包まれているが、まるでもの悲しさを感じる事はなく、むしろ懐かしさといった感情が込み上げてくる空間だった。

 

「ここは……」

 

「もう、やっと起きたと思ったら寝ぼけてるし。ここは僕達が在籍するアッシュフォード学園の教室で、そして今は放課後だよ」

 

 そう、俺はアッシュフォード学園に通う学生ルルーシュ・ランペルージ。

 ここは普段授業を受けている二年の教室。

 何もおかしな事はない、何も。

 だが何だ、この言い表しようのない違和感は……。

 

 声の主へと視線が動く。

 日本人にしては色素の薄い癖のある髪、童顔と言っても過言ではないだろう顔立ちの男子生徒の姿を捉える。

 彼はやれやれと言いたげな表情を浮かべてこちらを見下ろす。

 

 ──ざざっ。

 

“許しは請わないよ。友達だろ? 俺達は”

 

「……スザク?」

 

 枢木スザク。

 竹馬の友、簡単に言えば幼馴染み。

 

「そうだよ、君の親友の枢木スザクだよ。けどなに君はこの短時間で僕の事も忘れてしまったんだ? ひどいや」

 

 そう言ってスザクは涙など微塵も無いのに目元を拭う。

 

「そんなわけないだろ。お前の事を忘れるなんてそんなこと」

 

「ほんとかな?」

 

「ああ、絶対だ。今のはそう、夢見が悪くてな。少しボーッとしていた」

 

「へぇ、どんな夢だったの?」

 

「あまりよく覚えてはいないが、世界と戦って最後はお前に殺される夢だ」

 

「何それ、縁起悪い」

 

 俺の言葉にスザクは顔を顰める。

 当然の反応だろう。例え夢の中だとしても人を、友人を殺すなんて言われて良い気分なわけがない。

 

「それに世界と戦うとか、ルルーシュ……。中二────」

 

「それ以上は言うな、俺の本意ではない!」

 

 生温かな視線を向けてくるスザクの発言を遮る。

 危ない、かつてこの身に封印されていた闇の炎の使い手が覚醒するところだった。

 ナチュラルに人の黒歴史を掘り起こそうとするな。スザク、お前だって昔はソルジャークラス1stとか……いや止めよう、互いに傷付くだけだ。

 記憶の奥底に沈めた方が良い思い出は誰にだってあるはず。

 

「で、どうしたんだ?」

 

「ルルーシュ、それはこっちのセリフだよ。まだ寝ぼけてるのかい? それとも本当は調子が悪いとか」

 

「いや、別段体調は普段と変わらないが」

 

「なら良いけど……、ルーフトップガーデンの完成記念パーティー。もうみんな待ってるよ」

 

 生徒会長ミレイ・アッシュフォードの卒業制作として、生徒会メンバー全員参加で進めていた屋上庭園の整備。

 先日めでたく完成を迎え、それを祝い、また労を労うためにささやかなパーティーが計画されていたんだったか。

 何故その事実を俺は失念していたのだろう。

 

「君がなかなか来ないからみんな心配してる。で、僕が代表で迎えに来たんだ。それなのに君は熟睡しているし、寝ぼけてるし」

 

「悪い、言い訳のしようがないな」

 

「ルルーシュってさ、普段はしっかりしているのに、たまに抜けてるとこあるよね」

 

「なっ、お前には言われたくない」

 

「はいはい、拗ねない拗ねない。ほら行こう、ルルーシュ。着いたらちゃんとみんなに謝りなよ?」

 

 まるで子供をあやし言い聞かせるかのような態度のスザクが、こちらへと手を差し出してくる。

 

「分かってるさ、言われなくても」

 

 差し出されたスザクの手を取り、俺は立ち上がると、みんなが待つ屋上へと足を向ける。

 

 

「おそーい!」

 

 夜の帳が降りようとする屋上へと続く扉を開くなり、生徒会メンバーでありクラスメイトでもあるシャーリーに怒られた。

 どうも待たされた事に彼女はひどくご立腹の様子。

 

「まったく何してたのよ、もう!」

 

「あら、私も気になりますわ、スザク」

 

 どうしてここにユフィが……いや、そういえば今年から生徒会に入ったんだったか。

 

「それがね、ユフィ。ルルーシュったら教室で気持ちよさそうに寝てたんだよ」

 

「まあ、それはいただけませんね」

 

 こら、スザク。事実なのだが言い方ってものがあるだろ!

 

「ちょっと、ルルーシュ!」

 

「はいはい、愛しのルルちゃんが来たからってじゃれないじゃれない」

 

「ちょっ、違いますよ! そ、そんなんじゃ」

 

「ふ~ん、まだかなまだかなってあんなにそわそわしてたのにー?」

 

「会長ッ!?」

 

 我らが生徒会長ミレイの参戦に、さらに騒がしくなり、俺は溜息を吐きつつ視線を逸らす。

 すると一人黙々と宅配ピザを頬張る転校生と目があった。

 見てくれは悪くないのだが、C.C.などいうおおよそ人の名前とは掛け離れた名前を自称する何とも胡散臭い存在だ。

 

「何だ、やらんぞ。いや、女神のように美しいC.C.様、どうかお恵み下さいと頭を下げて頼めばわけてやらないこともないぞ」

 

 あまつさえ大仰にそんな事を宣ってくれる。

 

「ふん、遠慮しておく。見ているだけで胃がもたれる」

 

「そうか」

 

 俺の返答に興味を抱くことなく彼女は食事を再開する。

 

「大丈夫ですよ、お兄様。ねぇ、ロロ」

 

「そうだよ、兄さんの分は僕たちがちゃんと取っておいたから。ね、ナナリー」

 

 そう言って左右から取り皿とドリンクを差し出してくる俺の自慢の弟妹達。

 二人の姿を見ているだけで幸せな気持ちになる。

 お前達が俺の翼だ!

 

「ありがとう、二人とも」

 

 二人の頭を撫でると、彼女達は嬉しそうに瞳を細め、もっと撫でて言わんばかりに、自ら撫でやすい位置に頭を動かしてくる。

 本当に可愛い弟妹達だ。

 

「モテモテだな、ルルーシュ」

 

「家族にモテても不毛なだけですよ、ヴィレッタ先生」

 

 生徒会顧問のヴィレッタ先生がからかうように告げてくるので、苦笑しながら返事をする。

 もちろん実際には不毛だなんて微塵も思っていないけれど。

 

「それより先生こそ、扇先生とはどうなっているんですか?」

 

「バ、バカ! 私の事はどうだって良いだろ! ……本当は今日だって誘ったのに……」

 

 あ、何だか地雷を踏んでしまった気がする。

 

「ちゅーもーく!」

 

 会長が手を叩き、自分に視線を集めるように声を上げる。

 

「誰かさんが寝坊してくれたおかげで、ちょうど良い感じに暗くなってきました!」

 

「ちょっと会長、それは言わなくて良いじゃないですか」

 

 会場に笑いが満ちる。

 

「シャーラップ! という事で、さっそく本日のメインイベントに移りたいと思いまーす。

 リヴァル、ニーナ、準備はいい?」

 

「もちろんですよ、会長」

 

「うん、大丈夫だよ、ミレイちゃん」

 

「ではルーフトップガーデンの完成を記念して、たーまやー!」

 

 会長の掛け声とも打ち上げられた花火が、次々と夜空に大輪の花を咲かせる。

 どう考えても市販のものとは思えない豪華さだった。

 きっとまた無駄に予算を使ったのだろう。

 今後の埋め合わせが大変そうだ。

 

 だけど何故だろう。

 またみんなで花火を見られた事が、心の底から嬉しかった。

 本当に、どうしてこんなに胸が締め付けられるのだろうか。

 

「大丈夫ですか、お兄様?」

 

「ああ、何でもない。何でもないよ、ナナリー」

 

 願わくは来年も、さらに次の年も、またみんなで集まって花火を上げたいと切に願う。例えそれが決して叶わぬ願いだとしても。

 今この瞬間だけは夢見ていたかった。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

「そう、これがキミの望んだ世界なんだね」

 

 どこまでも続く地平線。

 遙か広大な荒野に聳える崖の上に立ち、砂漠の中に突如として出現したオアシスの如く存在する教育機関を見下ろしながら一人ごちる。

 

「本当にキミは強欲だ」

 

 望めばすぐに手に出来そうで、一つ選択を誤れば絶対に辿り着くことのできない、ささやかにして、どこまでも欲張りな世界。

 まさに机上の空論、絵に描いた餅、夢物語に等しい。

 

「だけど安心して欲しい。キミの眠りは何人も妨げさせない。だから夢は終わらない、いつまでも果てしなく。

 でもだよ、もし私もその夢の中に入りたいって言ったらどうする?」

 

 眩く光り輝く世界。

 かくいう私だって、そこに興味がないわけじゃない。

 例えそれが現実から目を背ける行為だとしても、夢の中ぐらいなら許されないだろうか。

 

「ねぇ、ルルーシュくん?」

 

 

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