コードギアス 黒百合の姫   作:電源式

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第6話

 

 説明の付かない不可解な事象──時間逆行&次元転移&憑依──によって、この世界で意識を取り戻してから数日が経った。

 その間、衝撃の出会いを果たしたリリーシャから介入を受けることはなく、落ち着きを取り戻すには十分な期間と言えた。

 一方、その過程で俺は知る。人間は順応性が高すぎる生き物であり、思っていた以上に自分には高い適応能力が備わっていたのだと。

 つまり何が言いたいのかと言えば、慣れとは怖いという話だ。

 最初あれだけ戸惑い、抵抗のあったリリーシャとしての生活。特に日常生活における着替えや入浴や排泄行為も、今では人間として当たり前の行動だと受け入れられるようになっていた。

 

 何の因果かリリーシャ・ヴィ・ブリタニアの人生を歩む事になってしまった以上、日常生活程度の些細なことで、無意味に神経をすり減らしている場合ではないと本能が悟った結果なのかも知れない。ただ精神が肉体に引っ張られる可能性が現実のモノとなった、とは絶対に考えたくなかった。誰が何と言ってもそれだけは譲れない。

 もし仮に本能説が事実なら、少なくとも日常生活に煩わされることがないと喜ぶべきなのだろうか?

 それとも本来の自分=ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアから乖離していく現実に対し、恐怖を抱き、また悲しむべきなのだろうか?

 難しいところだ。ただ女体化に対する拒絶反応及び精神的負荷が、少しでも軽減できたことは喜んでもいい。

 

 しかしながら個人の感情がどうであれ、俺がリリーシャの肉体に宿っている事実は残念ながら覆ることはなく、世界はそれを受け入れたまま動いている。

 ならば否定するばかりでなく肯定することが大切だ。悲観的な考えではなく、ポジティブな視点で見つめれば、また違った何かが見えてくるかも知れない。そう、真実は常に一つとは限らない。

 

 そこでリリーシャとして得られるメリットを考えてみよう。

 第三皇女という立場と外見スペックから考えて、性格さえ矯正すれば蝶よ花よと可愛がられ、優雅な生活を送れる可能性が高い。思い浮かんだイメージとしてはユフィか。

 ただ彼女の場合、母親が名門貴族の出身であり、軍人としては優秀かつ皇位継承権も上位の姉=コーネリアの存在が大きい為、一概に同様の生活環境を得ることは難しい。

 性格矯正の結果、リリーシャ本来の性格を知る者は怪訝に思う者も居るだろうが、そう親しくない者ならば籠絡も可能だ。借り物の力を我が物顔で振り翳す、醜い貴族相手に媚びを売るのは反吐が出る思いだが、馬鹿な貴族息子を言葉巧みに騙し、勢力拡大や地盤固めに利用できる。性別を活かすなら最悪政略結婚という切り札もある。男と結婚するのは精神的に嫌だが、手段を選べない状況となれば覚悟がないわけじゃない。

 そう考えるとやはり権謀術数渦巻く権力闘争の方が、俺やリリーシャにはお似合いかも知れないな。

 いや、この外見スペックを活かす事に主眼を置いた場合、必ずしも皇族や貴族という立場に拘る必要はない。最大限活用にできる別の選択肢があった。

 

 そう、それはアイドルだ!

 

 超銀河美幼女リリーシャ、キラッ☆

 抱きしめて、輪廻の果てまでぇ~♪

 

 英雄ゼロを超越する偶像となり、歌の力によって荒んだ心を癒して争いを止める。

 実に平和的だ。

 もちろん各種グッズ収益や番組出演料により懐も暖まってまさに一石二鳥。

 それでも争いが止まらなければプランBへ移行。ブリタニア、EU、中華連邦からそれぞれ戦力を集め、三勢力同盟『歌姫の騎士団』を組織。国際法を無視し、戦場に介入してはテロ紛いな無差別攻撃により喧嘩両成敗。フリーダムでジャスティスなデスティニーをレジェンドにしてやる。

 

 ────ハッ、俺は一体何を……何だこの電波は? この世界で目覚た後、変な電波を受信する機会が多いような……。これが電波系キャラへの入り口なのか?

 

 いや、現実逃避をしたくなる瞬間は確かに存在する。

 女体化した肉体、最悪なリリーシャの性格、ナナリーの脅えた態度、この世界のルルーシュが存在している事実など、明らかに目を背けたくなる現実だった。

 そして今また、俺は全力で見逃して欲しくなる現実と対峙していた。

 何故ならば、目の前に鬼が居る。

 

 さて、状況を改めて整理しよう。

 今俺が居るのはアリエス離宮の一角に、特別に建設された訓練場の内部だ。まあそれはいい。アリエスの離宮に訓練場が存在し、たまにコーネリアやその友人が母マリアンヌの教えを受けに来ていたことは記憶の片隅に残っている。

 その中央に普段のドレス姿ではなく、身軽な服装で髪をアップに纏めた母マリアンヌが、手に訓練用の模造剣を手に立っている。これもまあいい。この施設は元々彼女の為に造られた物だ。ならばその施設を彼女が利用することは何らおかしな事ではなく、むしろ当然と言えるだろう。

 では一体何が逃げ出したくなるほど問題なのか?

 

 その1、母マリアンヌが向ける鋭い眼光の先に俺が立っていること。

 その2、俺の手にも模造剣が握られていること。

 その3、彼女との戦闘を強制されていること。

 

 いや、ちょっと待て。というか待って下さい!

 特にその3は普通に考えておかしい。

 数々の伝説を持つ閃光のマリアンヌVS幼女──しかも実の娘──って、おい。もはや虐待のレベルですらない。

 その2の模造剣を考慮すれば完全に殺人の域に達している。せめて普通は木剣を使わないか? 木剣だって当たり所が悪ければ致命傷になるというに、これでは明らかな故意犯だ。情状酌量の余地はなく執行猶予が付くこともないほど有罪は確実。

 そもそも俺は剣術を始めとした戦闘訓練を教わった覚えのない完全な素人。護身術程度なら最低限囓ったことはあるが、一体どうやって伝説級の化物と戦えと?

 冗談ならばいいと思ったが、その視線や纏う雰囲気、放たれる重圧は彼女が本気であることを物語っていた。既に母親の仮面は外されている。

 

「どうしたの? 掛かって来ないなら、こっちから行くわよ?」

 

 その声が耳に届いたと同時、視界から閃光のマリアンヌの姿が消えた。彼女の動きに動体視力が追い付かなかったのだろう。目にも留まらぬ速さというのは、まさにこの事だ。

 リリーシャも同じ事をして見せたが、あれはあくまで精神世界──と思われる空間内──でのこと。

 しかし今俺達が存在している場所は紛れもなく現実世界……のはずだよな?

 刹那、俺の身体を衝撃が襲い、何が起こったのか判らないまま、気付いた時には吹き飛ばされていた。短い空中浮遊の後、落下と共に床の上を転がり、それでも勢いを殺すこと出来ず、背中から訓練場の壁に叩き付けられる。

 

「かはっ……」

 

 肺の中の空気が無理矢理吐き出され、次いで口の中に鉄の味が広がった。痛みは背中だけに留まらず、まるで全身が悲鳴を上げているかのようだ。

 脳が揺れ、焦点の合わない視界に映った閃光のマリアンヌは、呆れたように、また不機嫌そうに冷たい視線で見下ろしてくる。

 そこに愛情の一欠片も見出せなかった。

 

 ああ、そうか。

 ようやく俺はリリーシャが置かれていた状況の一端を理解した。

 彼女が何故、愛情に嫉妬し、羨望し、憎悪を抱いたのか。

 ルルーシュやナナリーは何も知らない。知らされず、知ろうともせず、知る術を持っていない。

 現に今彼等はリ家姉妹と花の咲き乱れる庭園で優雅なティータイムを過ごしているはずだ。

 幼くして理解した、いや強制的に理解させられた理不尽な世界。

 限りなく近く、限りなく遠い光と闇。

 そんな世界で彼女はただ一人孤独の中で闇と向き合う。

 自分を保つためには、自分を守るためには、己の形を無理矢理変え、歪まずに居られなかったのだろう。

 だが同情はしない。彼女は絶対に嫌がるに違いない。そしてそれは一人耐えてきた彼女に対してあまりにも失礼な行為だ。

 だから────

 

「本当にどうしたの? この程度いつもの貴女なら問題なく対処できるはずよ。

 やる気がないのは勝手だけど、このままじゃ死ぬわよ?」

 

 落ちてくる声には、もはや隠すことのない苛立ちと殺気が含まれていた。

 冗談を口にしているわけではないのだろう。

 

「ほら、早く立ちなさい。いつまで休んでるつもり?」

 

「はぁ……はぁ……くっ……あぁ」

 

 どうにか立ち上がろうと試みたが無理だった。

 ダメージもあるが、それ以上に恐怖に身体が震え、上手く力が入らない。

 そんな俺の姿を見つめる一対の瞳が失望の色を強める。

 

「ふ~ん、嫌なの? 困ったわね、反抗期かしら……。まあ良いわ」

 

 閃光のマリアンヌは俺から視線を外し、訓練場の入り口に立っていた二人の侍女へと命令を下す。

 

「立たせなさい」

 

『イエス、ユア・ハイネス』

 

 了承の意を返した二人の侍女が俺に近付いてくる。母親が我が子に対し、一方的な暴力を加えようとしている。いや既に加えている場面に遭遇しているというのに、彼女達の表情に心配どころか同情や憐憫の感情さえなかった。お前達に母性、いや人の心はないのかと、文句の一つでも言いたい所だが、実際に言ったところで状況の好転は期待できない。

 彼女達は帝国特務局に所属し、皇族の護衛及び監視の為に派遣されている、完璧な侍従にして完璧な兵士。ベッドメイクからヘッドショット、ヘリや船舶の操縦までこなせるその道のプロだ。

 彼女達の選定や教育に携わったのが閃光のマリアンヌである事実を考えれば、命令に従う以外の選択肢を与えられていないことは明白。最悪人格改造や精神操作、記憶改変などの処置を受けて居てもおかしくない。

 

 両脇を抱えられ、俺は無理矢理立たされる。

 すぐに膝を折りそうになるが、それだけは拙いと本能が告げていた。ここで倒れれば二度と立つことは許されないだろう。

 歯を食いしばり、模造剣を落とさないように強く握り締め、ただ目の前の女を睨み付ける。残念ながら今の俺に出来るのは虚勢を張ることだけだった。

 俺の視線を受け、閃光のマリアンヌは満足そうに微笑んだ。

 

「いい目になったわ。じゃあ続けるわよ。

 今度はちゃんとやりなさい。痛いのが好きっていうならそれでも構わないけど、その歳でそっちの趣味に目覚めるのは母親として心配ね」

 

 勝手なことばかり言ってくれる。

 誰が母親だって?

 俺は貴女を母親としても人としても認めない。

 

 やはりこの世界の貴女も敵だったんですね。

 

 バランスを崩しながら前に一歩踏み出し、そのまま目の前の敵へと向かっていく。

 

「ハアアアッ!」

 

 もしもギアスが使えたなら……。

 そう思わずには居られなかった。

 力が欲しい。

 誰にも負けない力が、強者に抗える力が、目の前の敵を粉砕できる力が────

 

 模造剣の刃に反射した光が輝きを放つ。

 その瞬間、俺の意識は闇に落ちた。

 

 

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