準備と
覚悟と
僅かな不安
配点(開幕)
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晴れた昼下がり、武蔵・六護式仏蘭西両陣営はそれぞれの役目を果たすために動きを続けていた。
決戦の三時に至るまで、誰も彼もが密度高く動き回っている。
そんな中、主力とが何故か集中する三年梅組がいる教導院橋上に集まらず、一人多摩の甲板から六護式仏蘭西の動きを見ている者が居た。
康景だ。
既に喜美やトーリとは話を終えており、皆との作戦会議は済んでいた。
康景は甲板の淵に腰掛け、六護式仏蘭西の艦隊運動を眺めている。
いつもの長剣と、貰い物の剣を持ち、来るべき戦闘に備えている。
そんな彼に、背後から話しかける者が居た。
「六護式仏蘭西はどうやら
茶々だ。
彼女はM.H.R.R.の制服ではなく、何故か武蔵の制服を着ている。
いかにも服装の感想を聞きたそうにしている雰囲気がまるわかりだが、面倒くさいので無視した。
康景はその様子を興味なさげに横目で見て、
「なんでもかんでも計算づくなわけないだろう・・・狙った結果ではあるが」
「それを計算通りというのでは・・・?」
無視する。
「武蔵が出航するまでの間、連中の航空攻撃を食らうのは避けたいからな・・・」
康景がそう言い、彼らが共に六護式仏蘭西がいるIZUMО西側を見ると、確かに六護式仏蘭西がIZUMО西側に降り始めていた。
これは午前中に自分と正純でIZUMО代表と話を付けてきた結果である。
『IZUMОは中立であり、輸送艦である極東武蔵もまた艦船として中立』
『中立であるIZUMОとその関係船に当たる船が航空戦で被弾した場合、攻撃国を中立を侵すものとして聖連に訴えるものである』
という宣言が先程IZUMО代表、出雲邑から為された。
つまり、この宣言のおかげで武蔵は航空砲撃を受けずに済む。
しかしその反面、厄介な問題も生じている。
それは、
「大事なのは武蔵が如何に被害なくその場を去れるか、ですからね。確かに出航時に機関部がやられていては元も子もないですが・・・六護式仏蘭西の陸戦部隊は厄介ですよ」
六護式仏蘭西の陸戦部隊だ。
三時から三時十五分の間、その"十五分"間の戦闘はおそらく激戦になるだろう。
「副会長リュイヌの旗機パレ・カルディナル、近衛銃士隊自動人形・三銃士、武神戦力・・・六護式仏蘭西の陸戦部隊は濃いですからね」
「だから今回、俺は最初から前に出ようと思う・・・後ろは皆に頼る外ないだろうな。済まないが今回はお前にも手伝ってもらうぞ・・・構わないか?」
「!?」
茶々は驚いた後、すぐ顔を赤くして、
「勿論です。康景のお役に立てるのであればこの茶々、たとえ火の中水の中康景の懐の中だろうと喜んで飛び込みます・・・!」
「そうか、助かる」
「お、おおお?」
いつもなら"康景の懐"と言った時点で
そんな茶々の様子を知ってか知らずか、康景は続ける。
「もし俺が敵を仕損じて皆に被害が出そうな場合は、その時は援護してやってくれ」
「確かに六護式仏蘭西の陸戦部隊は強力でしょうが・・・康景が撃ち損じるような敵がいますかね?」
「今回は俺も少し余裕がないんだ・・・"
師匠に顔が似ている。
その言葉に茶々の動きが一瞬だけ固まるのを、康景は見逃さなかった。
「どうした・・・?」
「あ、い、いえ・・・あの
「ああ、詳しいことは俺も思い出せてないから何とも言えないんだが、俺の"妹"みたいなものだ」
「そう、ですか・・・そう、なんですか」
茶々が何か納得したように顔を顰める。
何故顔を歪めたのか、康景には理解できなかった。
しかし、茶々は、
「分かりました。この茶々、康景が思う存分戦えるよう、この力を奮いましょう」
何事もなかったかのように笑顔を作る。
康景はその笑みの理由を問い詰めることはせず、この後の戦争に向けて考えを巡らせるのだった。
***********
午後二時半。
IZUMО南西側の陸港に着港した六護式仏蘭西旗艦、"狩猟館"からぞろぞろと戦力が降りてくる。
その数はおよそ二千。
数も多いが、それ以上に目立つのは六護式仏蘭西主力である武神、近衛騎戦隊だ。
数にして八機。
一機一機が相当な戦力であり、一機一機におよそ百二十五人くらいの小隊が付き、武神用の整備を揃えている。
更に武蔵に乗り込むための移動架橋など、準備に余念がない。
まさしく未来の強国に相応しい戦力だ。
そして武神戦力に続いて、近衛銃士隊が布陣を広げる。
その布陣は六護式仏蘭西の自動人形、"三銃士"だ。
赤の六護式仏蘭西制服を身に纏う女性型自動人形"アンリ"。
腕部が露出している制服を着た、巨躯の自動人形"アルマン"。
そもそも人型ではなく、腕が滑走路のように長い、高さ十五メートルほどの武神のようでいて違う"イザック"。
だが、そんな自動人形や武神たちよりも前、まさに軍団を率いているようにも見える位置に、"副長補佐"が居た。
彼女は遠足気分の子供の用に目を輝かせ、鼻歌交じりに行進し、そして止まる。
愛しい愛しい最愛の兄と本気でやり合うことが出来るまで、あとほんの数十分。
兄という存在は、基本"万能の天才"である。
普通に戦っても強いのに、その上で相手の"動き"や"視線"を見て挙動を予測し、常に相手の先を行く。
その頭の中がどうなっているのか、自分のような矮小な者では計り知れない。
だからこそ今回も、自分では思いつかないようなことをしでかすに違いない。
広家は心の底から楽しみで仕方がなかった。
自陣を振り返ると、そこには六護式仏蘭西における精鋭たちが陣を為している。
これが
・・・相手がお兄ちゃんじゃなきゃよかったんだけどなぁ。
頼りになったはずなのだが、相手が悪い。
何より輝元やアンヌ、(あとついでに全裸王)のメンツも掛かっている。
極力は自力で何とかすべきである(そして気分屋BBAの活躍にはあまり頼り過ぎない方がいいだろう)。
"狩猟館"の上、戦場を俯瞰するように存在しているパレ・カルディナルを見る。
銀の翼を持つ女性型の武神には、
リュイヌはかつて自動人形であったが、今では走狗としてアンヌに仕えている。
自分としては若干苦手なのだが、アンヌに仕えているのであれば自分にとっても大事な仲間だ。
だから広家は、カルディナルに手を振る。
まるで親類に手を振るようなその姿は、ただ無邪気に喜ぶ子供のようにも見えた。
*********
浅間は、康景の指示で多摩の甲板に来ていた。
その指示とは康景の提案に関わることである。
先程まで康景も居たが、今は準備のために二代たちと一緒に居る。
康景が単身突っ込むのはいつもの事ではあるが、それでも浅間には不安に思うことがあった。
・・・康景君、なんだか楽しそうでしたね。
勿論、子供みたいに笑って作戦を話したりしたわけではないが、意気揚々と語る様子はなんだか懐かしくも感じた。
喜美もその辺を心配していたが、康景の能力であればその策も絶対に不可能とも思えないから始末が悪い。
今回、康景の案で自分と茶々が甲板上に配置されている。
離れた位置に居るため話はしていないが、康景の命令には絶対服従みたいな雰囲気だ。
康景がわざわざ名指しで配置させるあたり、彼女も相当"できる"人なのだろう。
だが彼の思惑に一つ障害があるとするならばそれはただ一人だという。
「・・・絶対あの人ですよね?」
着々と準備を進める六護式仏蘭西の陸戦部隊の先頭に、知っている顔が居た。
否、知っているというより、昔見た顔と言った方が正しい。
康景の師であった、塚原卜伝その人の顔だ。
若干幼く見えるが、多分記憶にある限りそう見える。
皆何故か知らないがその顔を"覚えていない"や"忘れた"、"うろ覚え"、等という人が多い。
自分も親しかったわけではないのでどういう人だったのかと言われれば怪しいところではあるが、顔も覚えている。
あとすごく酒臭かったのは記憶している。
「そう言えば見かける時はいつも酒瓶持ってたような・・・?」
多分康景君と酒(酔っ払い)は切っても切れない縁があるんでしょうねぇ・・・。
内心、康景に同情しつつ、全体を見る。
"塚原卜伝"は気の良さそうな人(←浅間視点での話)ではあったが、康景が警戒している吉川広家という人までそうとは限らない。
大体、あの康景に一撃を与えるような人間だ。
康景が最大限に警戒するのも無理はない。
不安は残るが、康景のことは信じている。
*********
そして六護式仏蘭西先陣隊が準備を始めて降りてくるのに少し遅れた午後二時四十分、武蔵でもまた同様に準備が進む。
武蔵の動きはまず、多摩中央架橋以外を橋を落としてそこから武蔵生徒七百人弱を出場させることだった。
緊張感漂う中、生徒たちの先頭には武蔵副長である二代と、康景が立っている。
武蔵でも最強の二人が先陣に立っている。
二代は自分の隣に康景が居ることで普段よりも心強かった。
今朝、康景と手合わせが出来なかったこともあり、時間がある内に聞いてみる。
「康景殿・・・前々から一つ聞きたかったことがあるで御座る」
「どうした?」
戦争前に聞くのはどうなのか疑問だが、
「貴殿は・・・何故拙者を、副長に推したで御座るか?」
自分よりこの人の方が、という思いがまだ自分の中にあった。
勿論、"武蔵副長の名"を背負っている以上、この問いはしてはいけないことだとも思う。
こちらがそう問うと康景は戦場を見据えながら、
「理由は色々ある。前にも言ったと思うが、お前が武蔵副長の座に就いていた方が武蔵は上手く回るんだよ。それに・・・」
「・・・それに?」
「やっぱり一番大きいのは・・・頼りになるから、かな」
「・・・!」
そう言われ、二代は心が跳ね上がった。
康景に言われることは嬉しいことこの上ない。
「もし俺が戦闘不能状態になったとしても二代が居るし、逆の立場だとしてもカバーし合える。二代が居てくれるから俺は俺で動けるんだ」
「しかし・・・康景殿に救われる部分も多かったで御座るが・・・」
「常に勝ち続けられる奴なんて・・・居るっちゃ居るが、そう言うのは極少数の化け物だけだ。俺はよく喜美に負かされるから、俺は違うぞ?」
苦笑い気味に自嘲した。
「だけどお前だって別に負け続けてるわけじゃない。その証拠に西国無双、立花宗茂に勝ったじゃないか」
「・・・」
「だからお前は、西国無双に勝ったお前は、武蔵の頼れる副長で良いと思う」
そう言った康景の顔は少し照れくさそうで、なんだか言われてる自分も少し気恥ずかしかった。
話し終えた康景は顎に手を当てて少し考えて、白いコートを翻した。
*********
武蔵学生たちは康景を見た。
その顔には一切の恐怖も戸惑いも無く、ただ一人の戦士として立つ男が居る。
その男を、武蔵学生たちは知っている。
敵には容赦が一切ないものの、時には身内にすら容赦のない男。
その無駄にハイスペックな能力のせいで苦手とする者も多い。
しかしいざ実戦になれば彼ほど頼りになる人物もいない。
それが副長と並んで立てば鉄壁の要塞にも見えてしまうのだから不思議である。
その天野康景が、自分たちに向かって話し始める。
「これから六護式仏蘭西と激戦になると思う」
解りきっていることを、改めて言う。
「なんで副長でもない俺がこんなことをわざわざ言っているのか、まぁ皆解ってると思うがそれは俺が
冗談とも本気とも取れる言葉に、周囲には苦笑いする者や真面目に聞いている者が居る。
笑っているのは大概康景に世話になったことのある程度の人物ばかりで、付き合いの深い者は黙ってその言葉の先を聞いている。
「俺は・・・正直に言うが、"失う"ということ自体が恐ろしい」
その言葉は偽りなく、彼の中にある一つの真実である。
「"失い"たくないから、俺は前に出る。前に出て、俺は俺が出来ることをする」
しかし、
「だけどまぁ・・・最近じゃ一人で出来ることも限られてきてな。極力無茶はしないようにしたい・・・嫁も怖いし」
緊張を割くその言葉に、どっと笑いが出る(一部を除いて)。
康景はため息を吐いて最後に言い、
「だから、俺は前に出る、でも皆も出来る範囲で
前を向いた。
武蔵学生たちは普段"武蔵を護る側"からの"頼む"に、
「「Judgement!」」
張り切って答えた。
そして康景はただ一人、戦場となる舞台の中央に歩き始めた。
********
康景はただ一人、武蔵と六護式仏蘭西の戦場の間、ちょうど中間辺りに向かって歩く。
背後で構える武蔵勢を背に一人歩き、前方に並ぶ六護式仏蘭西の連中を見て、思う。
・・・よくもまあ、これほど数を揃えたもんだよ。
半ば呆れ気味だった。
武神も、自動人形部隊も、人員も、武蔵より数的に有利だ。
全体的な質で言っても同じことが言えるだろう。
しかし、武蔵もまた一人一人の質で言えば他国にも引けは取らない。
具体的に言えば三年梅組を中心とするメンツは、実際に英国や三征西班牙などの連中と互角の戦績を修めている。
だから、あとは敵の仕上がり次第だ。
一人進むうちに色々なことを考えた。
武蔵、六護式仏蘭西の戦争。
"妹"、吉川広家の存在。
そして広家と塚原卜伝の類似点。
何がどうなってるいるのか、その答えがすぐに出ないことは今朝の件で解りきっている。
しかしそれでも余計な事ばかり考えてしまうのは、緊張しているのか、それとも・・・?
自身の今の感情に戸惑いながら、康景は時刻を待った。
康景の考えでは広家はこちらに合わせて前線に出てくると踏んでいる。
そんなことを思ってっいると、
「・・・久しぶり、お兄ちゃん」
敵陣から広家が歩って来た。
*********
広家は兄が武蔵陣営からこちらに向かって歩いてきたのを見て、反射的に歩き出していた。
・・・あー、あれは確実に何か狙ってるなぁ。
解りきったことではあるが、態度から見ても策が二重三重でありそうなのは明らかである
だがそれでも行かなくてはならないのが副長補佐としての辛いところである。
「・・・久しぶり、お兄ちゃん」
腰に手を掛け、如何にも『待ってました感』を演出する兄に警戒心を強めつつ、最前線に立つ。
正直再会は嬉しい。
しかしいざ直面すると溜まっていた欲望をどう発散したらいいかわからず、
「・・・目、ごめんねお兄ちゃん」
謝罪が先に出た。
兄と心行くまで戦いたいというのもあるが、冷静になって考えてみるとこの前は『やっちまったな☆』感が強かったので謝罪も必要だと思う。
ヤンキー生徒会長には基本、誠意を持って謝ればなんとかなる。
だから、広家は誠意を持って(本人はそのつもりで)謝った。
「謝るくらいならやるな・・・って言いたいところだが、まぁ過ぎたことはいい」
「え? お、怒ってない・・・の?」
「怒るっていうか・・・つい最近、『人の心が解らないのか?』って言われてな。だから考えたんだ、お前が怒った理由をな・・・だが、俺の記憶はまだ戻りきっていない。理由も解らないのにただお前を責めるのは筋違いだろ?」
「・・・」
記憶が戻っていないことに関しては自分では何とも言い難いのでどうとも言えなかったが、なんだか兄が丸くなった気がする(性格的な意味で)。
「だからまぁ目のことに関しては実はあまり気にしてない・・・最初はお前の目を抉ってオブジェクトにして武蔵の魔除けにしようかなって考えてはいたけども」
「ま、マジおこじゃないっすかやだー!?」
前言撤回、人はそうそう(性格的に)丸くはならない。
「でもまぁ今はそんな話はどうでもいい」
い、いや・・・私が趣味の悪いオブジェクトになるかならないかの瀬戸際なんだけど・・・!?
なんか下手に突っ込むとどうなるか解らないのでスルーしておく。
「なに・・・?」
「お前はいったい何が目的で武蔵と戦う?」
唐突な質問に、広家は目を丸くする。
その答えは決まってるのだが、いざ口にしようとするとなんと表現していいか迷い、
「そりゃあ・・・うん、
その言葉に康景が一歩引いて見せる。
その態度に広家はハッとして、
「いやいやいやいやそうじゃなくてねお兄ちゃん!? ちょっと! あからさまに引かないでよ!?」
言いたいことはそうではなく、
「性的な意味でとかそう言うんじゃなくて・・・ほら、
「・・・繋がり」
康景は頭を押さえ、苦しそうに顔を顰める。
その様子から察するに、まだ何も思い出してはいないようだ。
・・・可哀想なお兄ちゃん。
その強さを、武蔵みたいな半端集団にいいように使われていると思うとイライラするが、今は抑えよう。
「私の望みはね、お兄ちゃん・・・お兄ちゃんと一緒に居たいんだよ」
「それなら、お前が武蔵に来ればいいじゃないか・・・俺は別にそれで構わないが」
「・・・はっはっは、面白い事言うね」
そう言って貰えるのは心の底から嬉しい。
しかし、
「でもね、武蔵じゃ駄目なんだ。私が居たいのは六護式仏蘭西であって武蔵なんかじゃないからね」
「・・・なるほど、つまりこういうことか? お前は『俺と一緒に居たいが、それはあくまで六護式仏蘭西でのこと』と言いたいのか」
「・・・ほんと、話が早くて助かるよ」
理解力のある人は話が早い。
康景は剣を片手で回しながら、
「それがお前の望みなら、お前がそうしたいのならそうすればいい。だがな」
「・・・だが?」
回した剣をこちらに向ける。
「お前の居場所が
********
康景は切先を向けた相手の表情を見た。
かつての師と似た顔を持つ"妹"が、何かを諦めたような表情をした後、いつものふざけ顔になり、
「だよね・・・そう簡単に思い通りになるなら誰も苦労しないよね」
「そうだな・・・世の中思い通りになったら誰も苦労しないし、俺も記憶探しで四苦八苦することなんてないだろうな」
自分の言葉に、広家が寂しそうな顔をした。
ちょくちょく表情が変わる奴だと思いながら、康景は一つ、
「そこで一つ提案がある」
「ん・・・なぁにお兄ちゃん」
それは、
「お前が勝てば俺はお前の望み通り、六護式仏蘭西だろうがどこだろうが付き合ってやろう」
「・・・お兄ちゃんの望みは?」
「俺が勝てば・・・お前が知ってる俺のことを洗いざらい吐いてもらうぞ。無論、武蔵でな」
広家が知っているであろう事実を、武蔵で聞き出す。
六護式仏蘭西との戦闘は"15分"。
武蔵はその時間で出立しなくてはならない。
だから広家の相手をしながら他の奴もぶちのめすことを考えると、この場で全てを聞き出す余裕はない。
故の取引である。
もし負けたらということを考えると中々にイカれた提案だと思うが、今の自分は負ける気がしなかった。
すると、広家は見透かしたように、
「はっ・・・舐めた提案だよね・・・普通に考えたら
「随分後ろ向きだな、俺が勝つとは限らんだろう?」
不貞腐れた表情から、口の端を上げ、
「そだね、これでも副長補佐だから・・・こっちもただでお兄ちゃんに負ける気はないよ」
悪そうな笑みを浮かべる。
「悪そうな顔してんな」
「はっはっはっ・・・私がどれだけ今日の事楽しみにしてたかわかる?」
笑みの理由は何となくだが想像は出来ていた。
だから、
「ああ、どれだけ楽しみなのかは大方想像できる。だから俺も今日、出来るだけ万全を期して挑むつもりだ」
「万全・・・ね」
「楽しみにするのも結構だが、本気で来いよ?」
*********
時刻は午後二時五十六分。
開戦まで残り四分を切った。
武蔵は作戦通りに陣を整えている。
一人、康景の命令で多摩甲板に待機していた茶々は、康景と広家の様子を眺めていた。
「まさか
皮肉というか、戦うことしか能がない戦闘馬鹿の広家には相応しい展開かもしれないが。
六護式仏蘭西にいたことには驚いたが、まぁ康景が彼女に負けることは絶対に無いのでスルーしてもいいだろう。
そんなことを考えていると、不意に背後から声を掛けられる。
「おっす、えーっと茶々? でいいんだっけ?」
この声の主を、茶々は知っていた。
これは、
「・・・武蔵総長兼生徒会長と・・・副王ホライゾン様ですか。開戦まで残り数分なんですが、何か御用ですか?」
康景の親友と、康景の家族。
前者はともかく、後者のホライゾン・アリアダストに関してはちょっとした因縁があるのだが、彼女がそれを知ることは無いだろう。
「・・・jud. 単刀直入にお聞きしますが、茶々様は康景様のことを知っておられるのですか?」
「本当に単刀直入ですね・・・」
戦争開始数分前に聞くことではないと思う。
いやしかし、午前中は武蔵中を駆け回っていた。
ならば康景の計画上、この時間帯に
だがそれでも今聞きに来るのはどうなんだろう。
「まぁ・・・ええ、知ってますよ。康景の事も、康景が相対しようとしている相手の事も。ただ、それを今語るとなると
話している内に戦争が進んでしまうのは明らかだ。
すると今度は武蔵総長の方が、
「別に今すぐ答えを知りたいわけじゃねえ、ただ知ってるかどうか・・・それが一番大事だからよ」
「成程・・・そう言うことですか」
つまるところ、
友達想いですね・・・。
「しっかりしていますね、大丈夫ですよ。そんなに急かさなくともいずれは話します・・・康景に誓いましたし」
「やりましたねトーリ様、人生初の"しっかりしてますね"ですよ。今日は記念日にしましょう」
「なんの記念日だよ!? 流石に何度かは言われたことあるぞホライゾン!?」
「ほほう、それはいつの事ですかトーリ様。言っておきますが、康景様、喜美様、店主様は身内ネタなのでノーカンですよ?」
「クッソ汚ねぇぞホライゾン! それが駄目なら俺他に居ねえんだけど!?」
「それ・・・言ってて悲しくならないんですか?」
武蔵総長の術式は悲しみの感情を得たら死ぬと聞く。
ならば今は悲しくないんだろう。
意外と武蔵総長は鋼のメンタルを持っているらしい。
茶々は意外に感じていた。
「茶々様は何故、康景様に尽くされるのですか? あの方はああいう方ですが婚約者が居ます」
「ぐっゥぅぉぉおお・・・痛いところ突いてきますね。まぁ・・・尽くす理由なんて色々ですよ」
それは、
「私は康景に一生掛けても足りないくらいの恩義があるからです」
「・・・ヤスは恩義とか、あんまり気にしないと思うぜ?」
「それは解ってます。それでも私は、彼に対して恩義を返さないと後悔が残ります」
「・・・そっか、ならしゃあねえのか」
武蔵総長はこちらの言に対し理解の色を見せてくれた。
有難いことだ。
おそらくこの二人も、康景の事が心配だろう。
だから茶々は彼らを安心させるように、
「康景の事、心配ですよね・・・でも大丈夫です」
何故なら、
「他の六護式仏蘭西の戦力がどうかは全部把握できていないので何とも言えませんが、
そう言って茶々は、康景の指示通りに自分の主武装である弓矢を番えた。
**********
午後三時、武蔵の時報が鳴り響く。
それと同時に、六護式仏蘭西の前戦隊が動き、康景と広家は真正面からぶつかり合った。
武蔵と六護式仏蘭西の戦いが幕を開けたのである。
月2くらいで投稿出来ればいいんですけどね・・・はい。